凪野海として
小利木からのエールに答えるように、俺は一心不乱に投げ続けた。打たれても打たれても、後ろの仲間が支えてくれた。特に戸賀が頑張ってくれた。なんども滑り込みながら、ぶつかりながらも必死に取ってくれた。「ねぇちゃんが絶対見てくれてるからさ」と試合前日瀬尾に話していたのが聞こえたのだ。多分、ここにいる全員に、見せたい姿がある。見せたい人がいる。
俺が投げることができるのはたった2回だけ。瀬尾と佐渡島さんをつなぐ大事な役割。多分これで良かったんだ。たった2回だけど、最高に長かった。打たれてきついはずなのに、周りの視線が怖いはずなのに、俺はいまラウンドの一番高いところで投げていたいとなぜか思っている。ああ、そうか。
楽しいんだ。
観客の中には泉もいた。母に連れられて試合を見に来たらしい。先程大きな声を出して「にいちゃーん!!!」と応援してくれていたと早坂が教えてくれた。
いいところ見せないとな、と俺は気合を入れ直す。一条、見てくれているか。お前のできなかったこと、俺がやってやる。お前の投球も見たかったけれど、それでも小利木は前を向いてる。だから今は、見てて。
大きく空に向かって手を振り上げる。その手を「いけぇぇぇ!!!!」とかつてない気合とともに投げる。
するとそのボールは今までの中で1番の回転がかかり、打者の胸元に食い込んでいった。
ボール判定ではあったが、行ける。俺のやれる場面はここだけだから、役に立てるのはここだけだから
バラバラになってもいい。何なら倒れてもいい。ただ投げ続け、アウトを取ることが役目だ。
そうして俺は2回の大舞台を投げ終えた。結果は無失点だった。たった2回だったとはいえ、津軽新浜を無失点に抑えたことは俺にとっていままでで最高の自信となった。
そして攻守交代し、小利木は「格好つけヤロウにいいとこ見せられてだまってられっかよ」といいながらちゃんとヒットを打ってきた。
そして1点をなんとか4対2となった。次からもう後半戦だ。あと半分しかないと思うと、終わらないでほしいという気持ちが高まる。
そしてここで、ピッチャー交代のアナウンスが告げられた。
「城聖高校の選手の交代をお伝えします。ピッチャー二階堂くんに変わりまして背番号1番、佐渡島くん」
頼みます。佐渡島さん。
まだ、あの事故以来、俺は俺自信を許したことはない。あんなふうに言ってもらえても、未だ吹っ切れることはない。考えすぎて、眠れないことも何度も合った。俺はここにいていいのだろうか。
俺は自分の持っているバッティンググローブを見る。そこに書かれているのは、かつて佐倉が皆に言って書いた言葉だった。俺が書いたのは「届け」という言葉。そう。あの人に届け、という思いで書いたのだ。
何を届けようとしたんだっけ。何を届けたかったんだっけ。俺はマウンドに向かいながら考える。
まだ2点差しか点差をつけてない城聖に、観客たちはざわめき始めている。しかしここで離されたら今までと同じで大量得点で負ける。守備は俺にかかっている。ストレートしか投げれない俺をみんなはエースピッチャーと認めてくれたのだ。だったら死んでも守り通してやる。でもそんななか、1つだけ大きな問題があるのを俺は理解している。それは、俺の肩の状態が前回の試合からあまり良くないことだ。
念の為前回の試合の登板は見送ったが、それでもズキンと肩が痛む。下手したら合宿のときのように激痛で動けなくなるかもしれない。でも、そこまでとは佐倉でさえ言っていない。そんな事を言ったら家に送り返されかねないからだ。「軽く湿布をすればいい」とだけ伝えているが、いつバレるかもいつ肩が壊れるかもわからない。そしてその佐倉とはおとといから最低限の会話しかできていない。あんなふうに突き放してしまった。もう戻るには遅いことはわかってしまっていた。どうせこの甲子園が終われば終わる仲なのだ。
とにかく、ここさえ乗り越えればいい。そんな事を考えながら俺はマウンドに立つ。
足元の土を払い、足場を慣らす。そして滑り止めをつけ、ボールを手のひらで転がす。
視線を上げると佐倉と目があった。別に、今はおとといのことなどどうだっていい。投げきることが最優先だった。
球種は言わなくても伝わる。打者でゆっくりと歩いてきたのは、凪野だった。
凪野は嬉しそうな表情をしている。よりにもよってトップバッターが凪野なのは、運がいいのか悪いのか。
それでも俺は表情を変えず、いつもの通り高く手を空に向かって上げる。
甲子園のマウンドは、いつもと変わらないマウンドのはずなのに、1段と高く感じる。
いつものように最初の手加減はなしだ。全力100%から行き、120まで上げる。
ボールが手から押され、まっすぐと光のように佐倉のミットの中に入る。凪野のバットは動かない。
凪野は一筋の汗を流しながら、前を向いたままだ。その顔からはなお笑みが消えてない。さすがだ。
「過去1のストレートだな。すっげぇや」
目の前を見えない速度で通過していったボールを肌で感じ、感動を覚える。
多分ベンチ側も息を呑んで見ているだろう。でもやはり見るのと感じるのとは全然違う。
ボールが見えないのだ。本当に。速すぎる。ここまで練り上げるのに、相当の時間と気力がいるはずだ。
すごいよ、佐渡島くん。その前のピッチャー二人、瀬尾くんと二階堂くんも強かったけど、君は別格だ。
3年の意地ってやつか。わかるよ、俺も3年だ。でも、悪いけれど俺は君のボールを攻略しなきゃいけないんだよ。俺も最後の試合なんだ。一度は諦めて、逃げて、戻ってきた最後の試合なんだ。
ここはエースピッチャーとしてじゃない。副キャプテンとしてでもない。
凪野海として、君に勝ちたい。




