すれ違い
俺はフラフラとホテルに帰っていった。
久しぶりにあんなに泣いた気がする。
まさかあの時の人が瀬尾の母親なんて知りもしなかった。衝撃だとともにショックでもあった。
ホテルに着いたとき、誰かに会う前に部屋に戻ろうと考えてたところ、名前を呼ばれてしまった。
「‥竜?」
見ずともわかる。この声は佐倉だ。
「お前、どこ行ってたんだよ‥連絡もなしに心配したんだぞ。電話も出ねぇし‥」
「わりぃ」とちょっとだけ振り返り返事をする。
佐倉の優しさも、今は正直迷惑とでしか思えない自分が嫌だったから、早くこの場を抜け出そうとした。部屋に戻ろうとすると、佐倉がためらったように言った。
「竜‥、お前泣いた?」 1番気づかれたくなかったことに気づかれてしまった。
「…うるせぇよ」「なんかあったのかよ、大丈夫か」「うるせぇって」「肩痛いのかよ」
「ほっとけよ!!!うるせぇっつってんだろ!!!」溜まっていたものがここに来て爆発してしまった。
佐倉は何も悪くない。ただ自分のことにイライラしていた。
「心配してやってんのに」と佐倉の冷たい声が走る。佐倉の顔を見ると、怒っていた。ものすごく。
そして佐倉は後ろを向くと1人ラウンジの方へ戻ってしまった。俺はその背中をただ睨みつけるしかできなかった。そして一気に怒りと悲しみが沸き起こり、自分の部屋に走って戻った。幸い、佐倉も豊島も別のところに行ったらしく部屋にはいなかったので、1人でいることができた。俺はまた泣いて、怒って、枕を投げて、そして疲れた。
俺は今日初めて佐倉と本気の喧嘩をした。
目を瞑ると、一気にまた感情が押し寄せてきて、怖くなった。
そして、先程の瀬尾の母親との会話をゆっくりと思い出した。
「晴のことは、あの人のことは忘れてもいいからね。忘れられなくても、あの人に縛られないで。」
「でも、そうすると俺は野球をする意義が見いだせません。あなたとも約束もしましたし、」
「そうね…気にしないというのはどうしても無理よね。どうしたらいいかしら…」とその人はうーんと悩む。よく見ると、その表情は澪馬がよくうまく投げられないときに悩む姿と重なった。
「そうだ…!!いいこと教えてあげるよ」と瀬尾の母親は嬉しそうに言った。
「あの人のこと、守り神だと思えばいいんじゃない?」
「守り神?」と思っても見なかった回答に、俺は聞き返す。
「そう。守り神。昔晴が言ってたのよ。『野球のラウンドには、守り神様がいるんだ』ってね。
『ラウンドの守神』っていうらしいわ。すべてのラウンド上の球児を守ってくれるんだって。」
「ラウンドの守神…」その言葉を丁寧に復唱してみる。なぜならその言葉は初めて聞いたはずなのに、何故か見覚えが合った。そして俺はハッと気付いた。
「『ラウンドの守神』って、確か澪馬くんも書いてました。バッティンググローブに。」
すると相手は驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに「そう。澪馬が。」と言っていた。
そこから俺にとって「瀬尾晴」さんは「ラウンドの守神様」となった。不思議なめぐり合わせだけど、事故で死なせた人、という肩書よりはずっと軽かった。
俺はそんな事を考えながらいつの間にか眠りについていた。
母の話を聞いてからしばらくして、少し落ち着いた。でも、次に佐渡島さんに会うときにどんな顔をして、何を言えばいいのかわからなかった。でも今はとぼとぼと部屋に帰るしかなかった。
パタッとドアを静かに開けると、颯と成斗と光哉、そしてなぜか佐倉さんと豊島さんが部屋の中にいた。颯は「澪馬遅いぞぉ!!!」と言った。「何してんの?」と颯に聞くと、「3年の先輩と最初で最後のお菓子パーティー」と嬉しそうに言った。確かに、甲子園が終わると先輩方もそれぞれの進路に進むため部活は引退し、学校以外に滅多に顔を合わせなくなるだろう。
「本当はもう二人いるはずなんだけどね、」と豊島さんが苦笑いした。1人は多分、日向さん。そしてもうひとりは、佐渡島さんのことだろう。その時、佐倉さんに小突かれた。「佐渡島と何か合った?」と聞かれたので、「まぁ、ないといえば嘘になります。でも、多分大丈夫っす」そう。佐渡島さんならきっと大丈夫。
そんな謎の自信を佐倉さんに見せたら、佐倉さんは「そうか」と言って目を逸らした。その顔は、珍しく元気がないように見えたので少し心配になった。「佐倉さん?」というと、佐倉さんはすこし驚いたあと、「大丈夫だ」と言って、またみんなの会話に戻っていった。
そういえば、佐倉さんは俺が出ていくときにちょうどロビーでさっき誰かと話していた。
知らない人だったけれど、ひたすらただ佐倉さんに頭を下げていた。そして佐倉さんは俯いていた。
何が合ったのか、聞くわけにもいかなかったが、どうやら小利木さんにも豊島さんにも謝っていたらしい。
きっと、佐倉たちの先輩なのだろう。あの横暴だと言っていた先輩なのだろう。一条さんを、日向さんを退部に追いやった先輩なのだろう。今更謝りに来ても、二人は戻ってこないのに。その疲れもあるのだろう、やはり佐倉さんは元気がないように見えた。
そうして楽しいお菓子パーティーは終わり、1日がまた過ぎていき、そしていよいよ俺達は最後の砦と行っても過言ではない、津軽新浜戦の朝を迎えたのだった。




