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世界の答え(長編特別編)

あの日、私は家で洗濯を畳んでいた。いつものように、澪馬は家で宿題をしているところだった。

そんなとき、見覚えのない番号からかかってきた一本の電話。不思議に思って出てみたところ、こんな声が脳内を通り抜けていった。

「すみません、警察のものなのですが。瀬尾さんで合っていますでしょうか。」少し警察の人は焦っているようにも聞こえる。「はい。瀬尾ですが、どうかされましたか?」と不安げに聞くと向こうはこういった。


「落ち着いて聞いて下さい。あなたの旦那様が事故に合われ、病院に搬送されました。奥様は今からこちらにお越しいただきたいと思っております。場所は…奥様…?大丈夫でしょうか?」


「……え?」警察の声は、何も耳に入ってこなかった。


私が瀬尾晴せおはるという人に出会ったのは、16歳の年だった。彼は学校にもろくに顔を出さず、聞けば路地裏のヤンキーとただつるんでる、万引きしている、またもや強盗に手を貸しているなんて噂があったから、たまに見かけると皆逃げていくような、ヤンキーだった。

制服も着崩ずし、金髪で、ピアスを何個か開けていた。たしかに、見た目でいうと人が寄り付かなそうな見た目をしていた。そしていつものように下校していたある日、ふと足元に小さい野球ボールが転がってきた。その時の私はもともと野球にはあまり興味がなかった。だから、通り過ぎようとしたのだけれど、ふと遠くから、聞いたことのある声が聞こえた。


「わりぃ、それ投げてくれ!!」

その声の主はまさしく晴だった。私はびっくりして怖さと驚きで固まってしまった。すると、しょうがねぇという風に彼が私の方へ走ってきた。私が怯えているのに気がついたのか、「悪い」と恥ずかしそうに言って、足元のボールを掴むと、「おーいなげんぞー!!もう道路に飛ばすんじゃねぇぞぉ!!」と少年たちに優しくボールを投げて返した。「ごめんて晴にい!!」と何人かの子どもたちが謝りながらも嬉しそうにボールを受け取る。「ったくよぉ」と彼はぶっきらぼうに言うも、その声にはどこか優しさが感じられるようだった。また走って戻ろうとする彼をみて、私はふふっと思わず笑ってしまった。彼は振り返り、不思議そうな顔をした。「晴にいって笑」というと、「ま、まぁな。そう呼ばれてんだよ」と恥ずかしそうに答えた。

「ここ、共働きの子が多いからよ、俺がたまに野球教えてめんどうみてやってんだよ。」と説明してくれた。その行動が意外すぎて、でも隠れたその深い優しさを見つけられたような気がして、私は嬉しくなった。


そして何度か帰り際に会い、話すうちにだんだんと彼のことがわかるようになっていった。

親との価値観が合わず、ほとんど縁を切られていること。他校の生徒と喧嘩したり、授業に出なかったり、ヤンキーなのはそうだが、犯罪は一切したことがないこと。そして何より優しくて、野球が大好きなこと。高校では一応野球部に入っているが、他の奴らに煙たがられるため、あまり行っておらず、代わりに自主練を続けていることなど、たくさんのことを知ることができた。

そしてしばらく会っていると、その子どもたちにも覚えられるようになっていた。

「あ、おねえちゃんだ‼」「はるにいのガールフレンドだ!!」するとすかさず彼は振り返ってこういう。

「お前らうるせぇぞ‼」と。でも、ちょっと嬉しそうにしているのも、単純で面白い人だった。

でも、1つ問題が合った。私が彼と話すようになってから、自然と私も避けられるようになっていた。

ついには先生までもが私を見放した。一人になった。それでも帰りに会うのと、子どもたちに会うのが楽しみで日々を必死に過ごしてた。そしていつの間にか、その時間以外の時間も彼と過ごすのが楽しくなっていた。彼は見た目がこれなのが気にならないのかと聞いた。が、私が「それが君でしょ」というと、嬉しそうに笑った。その向日葵のような笑顔が好きだと気づいたのは、彼と出会って3ヶ月が過ぎた頃だった。

そして私と過ごすうちに、髪色も落ち着いて、ピアスも減っていった。私は気にしなくていいのにと言うと、俺が気になるから、と言って彼なりに配慮してくれたみたいだった。

そしてある日、彼は私を近くに呼んだ。いつも通りまた子どもたちの面倒を見るのかな?と思って行くと、違った。そこには子どもたちの姿はなく、彼の姿だけが合った。しかもちょっとだけおしゃれした感じ。

私が不思議に思いながら近づいていくと、謎に彼は緊張していたが、気持ちを決めたらしく、私の手を取って恥ずかしそうにこういった。

「好きだ。ただそれを伝えに来た」そう言うと、彼は走ってどっかに行ってしまった。私はいきなりのことで困惑していた。まさか告白してそのまま逃走するなんて思っても見なかった。

その後、しばらく私達が会うことはなかった。そして久しぶりにあの子どもたちのいる公園へ行くと、彼はいつものようにいた。そして私を見ると、やばいっという顔をしてまた去ろうとしたので、私はその腕を掴んだ。「まってよ!!!」

「なんで逃げるの?好きって言ってくれたのは嘘だったの??」と私が不安で問い詰めると彼は驚いたようにこう言った。

「逆に、俺のこと嫌いなんじゃねぇのかよ?」「え、何言ってるの?」

「だから、俺といるせいでお前学校でも1人なんだろ。それぐらいダチから聞いてるよ。だから、俺はあれでお前とけりをつけるつもりだったんだよ」

「じゃあ私を好きって言ったのは嘘だったの?」もう一度、同じ質問をした。答えを聞くのが怖かった。

すると彼はまっすぐこっちを見つめながらこう言った。


「嘘じゃねぇ。本当だよ」あまりの真っ直ぐさに私のほうが赤くなってしまった。

「でも、お前のことを思うとこれ以上俺と一緒には…」「そんなことない」

「私、それでもあなたといっしょにいたい。子どもたちと野球している姿を見てて、あなたが本当に野球と彼らが好きで、心から優しいってことに気がついた。これを私だけが知ってていたいっていうのは…わがままなんだけどね」

そう言うと、彼は驚いたような顔をした。が、私の方に体を向け、深呼吸をしてから改めてこう言った。

「好きです。こんな俺で良ければ、俺の彼女になってください。」「よろしくお願いします。」

「今日からは絶対守るから。な。」

こうして、優等生とヤンキー君のちょっぴり不思議な私たちは付き合い始めた。そして私たちはいままでの何倍もの時間を共に過ごすようになった。デートに行ったり、遊びに行ったり。そしていつもの子供たちに会いに行ったり。

そして数カ月経ったとき、彼が急に「俺、部活だけでも野球がちゃんとしてぇ。食っていけるぐらいになりてぇ。」と相談してきた。私は驚いたが、彼が真剣なのと部活だけでも学校に顔を出してくれるのが嬉しくて応援することにした。そして適切な服装や言葉の使い方まで普段学校で習うことを彼に色々教えたりした。そして付き合って1年ほどして大きな出来事が起こった。

私が妊娠したのだ。

まだ17才。私は一気に不安と恐怖に陥った。彼になんて言おう、これからどうしよう、などとずっとずっと考えていた。そのうち私は体調を崩してしまった。彼はうちにまで来て看病してくれた。

その時に始めて話した。

すると彼はしばらく驚いて黙ってこう言った。

「俺にも責任があるから何とかする。お金は親が俺の学費にと出してくれたもんがあるからそれ全部使えるし、俺も死ぬ気で働いて稼ぐ。あとはお前の気持ち次第だ」

何度も何度も彼と悩んで、そしてついに育てることを決めた。数ヶ月して性別もわかり名前の話になった。


「男の子でかっこいい名前…色々探したんだけど、「れい」ってどうかな?」「すげぇかっこいいな」

「でしょ」「漢字はどうする?」「そうね…」と私は考えた挙げ句、これに決めた。

「澪はどう?真っすぐで美しいイメージ。」「いいと思う」

「れいもいいんだけれど、どうせならもう一文字付け足さね?ちょっと欲張っちゃってよ笑」

「じゃあ何がいいの?笑」「馬」

「…うま?!」と二人で笑う。すると彼はちゃんとした感じで言った。「れいま。「澪馬」だ。馬のようにまっすぐ美しく、そしてかっこよく、だな」

「あなたと馬に似て優しい子に育ってほしいな」「俺馬なのかよ笑」「あはは笑」と笑い声が響く。


こうしてあなたが生まれたの。澪馬。

澪馬、あなた一回だけお父さんの試合を見に行ったことがあるの。1歳のときのことだから、覚えてないと思うけれど。その試合はね、晴が最初で最後に出た甲子園。そう、津軽新浜の試合。

晴はあのあと平日は朝昼晩働いて、ちょっとずつ勉強もして、そして土日に部活の練習に出ていた。

その代わり土日は誰よりも朝早くから行って、誰よりも遅くまで練習して帰る。

私は平日学校が終わると母に預けていた澪馬といっしょに帰り、家事をする。そして仕事をして帰ってきた晴はつかれているはずなのに家事を手伝ってくれた。

そして少しずつ部活内での信頼と、社会の信頼を得ていった。正直、おかしくなるくらい大変な毎日だったけれど、幸せだったんだ。最後に晴が投げると聞いて、澪馬を連れて甲子園に行った。遠くから見ていたのだが、確かに晴はマウンドの上にいた。必死に努力してきたのは私が全部知っているから。

そして結局チームは津軽新浜に負けた。晴は泣きながら帰ってきた。だからお疲れ様、かっこよかったよ、って抱きしめた。するとちょっとだけ嬉しそうに微笑んだ。本人も満足だったんだろう。

それから晴は本格的に両親が共働き、お金が足りないなどの問題を抱えている子たちのために野球を開くことを考えた。ちゃんと企業化して、もっとたくさんに野球の楽しさを教えたいと言っていた。私はその彼らしい事業に賛成して、応援した。そんな忙しい日々が続いてく中のたった1つの楽しみは毎週日曜日の少しの時間だけ大きい公園に行って家族でキャッチボールをすることだった。

何気ないことだったけれど、これが一生続きますようにと願わずにはいられなかった。

まだ小さい澪馬はがんばっててをのばして晴の投げたボールを取ろうとする。キャッチできたとともによろめきながら後ろに尻もちをつく。いてててとする澪馬に手を差し伸べようとすると、晴が「ストップ」と言った。そして「俺みたいなちょーかっこいい野球選手になるには、自分で転んでも自分で立つことが大事だぞぉ」というと涙目になっていた澪馬はムキになって立ち上がった。「よし、かっこいいな」と晴がいいながらこちらにウィンクをした。まったくおもしろいくらいに完璧な夫で、立派な父親になっていた。


それから澪馬が4歳になったとき。あの事故が起こった。

あの日、晴は初めて澪馬とプロ野球を見るためのチケットを取りに行っていたところだった。

私はあのあと母に澪馬を預け、そして病院に駆けつけた。息を切らしながら説明を受け、対面した。

晴は頭を強く打ったらしく、血がなかなか止まらなかったらしい。意識もまだなかった。

そうして一度水を飲みに待合室に行くと、一人の女性に声をかけられた。

「もしかして、瀬尾さんで合ってますか…?」不思議に思いながら「瀬尾ですが…」と応えると、その人は急に待合室の床に膝をつき、必死に頭を下げてきた。「本当に本当に、申し訳ございませんでした」

私は詳しいことは聞いていなかったので、心底驚いた。「い、一旦どこかへ入りましょう。ここじゃ人目も気になりますし、」と女性をなだめ、病室に入った。そしてその女性から詳しくその時のことを聞いた。


飲酒運転の車が歩道に突っ込んできたのが原因だった。そして彼女は自分の子とともに晴に咄嗟に庇われたというのだ。彼女は擦り傷と打撲、そして息子さんの方は肘の損傷と打撲だったが、命に別状はなかった。

「いきなり、私達が歩いていたところに車が大きな音を立てて突っ込んできたんです。私達は怖くて何も動くことができませんでした。けれどその時、だれかに突き飛ばされたのです。そしてしばらくして意識も回復し隣を見ると車により近い息子と、そしてその上にかばうようにして旦那様が倒れていました。

息子はかろうじて意識はありましたが、旦那様の方は…」

「そうでしたか。教えてくださりありがとうございました。」と私はつらそうな彼女の様子を見て話を途切れさせた。正直、私も聞くのが辛かった。

「私がもっと注意深くいれば…」と彼女は言った。「いえ、あなたのせいではないです。それから息子さんのせいでももちろんないです。晴は野球をやっていたので、たまたま反射神経が優れていたのでしょう笑」

冗談っぽく入れてみた。こうでもしなければ自分が壊れてしまいそうだった。でも意地でも泣かなかった。だって1番辛いのは晴なのだ。私が泣いたら優しい彼は心配する。だから泣かなかった。


そして病院でつきっきりで寄り添った。そして晴が意識を取り戻したのは事故から3日後。一瞬のことだった。

「……ん」晴のか細い声が聞こえた。その瞬間私はナースコールを押し、彼が何を伝えようとしているのか必死に聞き取ろうとした。

「……ごめん」 なんであなたが謝るの。何も悪いことしてないじゃない。

「喋らなくていいから、大人しくしてて!!」と私が言うと彼はこういった。

「ごめん……時間が…ねぇわ」と。私が絶句していると、そこから少しずつ喋り始めた。


「お前は怪我してねぇか…澪馬は…」頭を打って少し混乱しているらしく、「みんな、みーんな無事だよ。」と応えるとよかった、というようにほっと息をついた。こんなときにさえ人の心配をしてしまう人なのだ。


「あんとき1人だった俺を見つけてくれたから、こんなに幸せな人生が送れた」

「まだ、まだそんな事言わないでよ…!!」こらえていた私の涙が溢れてくる。

少しずつ、少しずつ晴は言葉を紡いでいく。

「俺多分もうすぐ死ぬわ。だけど、俺胸張って言えるぜ。幸せだったって。なんなら今も幸せだって。

でもな、やっぱりこれは謝らなきゃいけねえ。」

「1番大事なお前と澪馬を、これからはそばで守れそうにない。約束、破ってごめん。」

いつの間にか、彼の目には涙が光っていた。彼も泣かないようにしてたんだ。

「それと、このことは澪馬には言うな。やるとは思わねぇが、あの子を責めたりしたらいけねぇ。

ある程度理解できる年令になるまで、勘違いされてもいい。絶対に言うな。」

と先ほどの親子の病室に視線を送る。「わかった。」と私は力強く頷く。いまはこれしか彼にしてあげられない。すると、晴はいよいよ意識が危なくなってきたらしく、私の手をなんとか握っている手も力がなくなっていった。私はその手を離さないように、しっかりと強く握る。すると晴はとぎれとぎれにこう言った。

「もっと…ずっと生きていたかったなぁ」それは晴が最初で最後に言ったわがままだった。

そうして最後にこう言った。


「春、」


そう。私の名前も「はる」なのだ。

彼はずっと、自分の名前を呼んでいるようだからと名前を呼ぶのを恥ずかしがっていたのだが、ここに来てやっと、呼んでくれた。

「俺と出会ってくれてありがとう。愛してる。」


その瞬間、彼の手は私の手をすり抜けて落ちていった。

20年の短すぎた彼の人生は、こうして突然と終わりを告げた。


私はなんどもなんども、神様を恨んだ。卑怯だと。不公平だと。なぜ晴なのだと。

晴がいなくなってからも、色々合った。それでも、必死に生きてきた。

生きてきて、ようやく少しだけわかった気がする。


これがこの世界の答えなのだ。それでも「生きろ」という答えなのだ。

答え合わせは、いつになるのかわからない。

けれど今できることは、隣りにいる澪馬に精一杯の愛情を注いでいくことだ。

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