似た者同士
「ちょっと雑談でもしない?」
いきなりの津軽新浜エースピッチャーの誘いに驚くも、別に断る理由もなかったので乗ることにした。
そうしてゆっくりとそこの公園へと歩いていく。すると、また凪野が口を開いた。
「佐渡島くんのさ、バッテリーの相手ってどんな感じ?」まさか作戦でも聞こうとしているのか。そう少し怪しく思って黙ってしまうと、その思考をよんだかのように「あぁ、大丈夫。ただの雑談だからさ笑」
と笑いながら言われてしまった。「どんな感じって?」と恐る恐る聞き返すと、「うーん、性格とか?かな」と自分で質問したにも関わらず彼はのんびりと答えた。
「…俺のバッテリーの佐倉は、しっかりもので、みんなをまとめるのが好きだ。でもみんなのことを考えてて、どうしたらいいかっていっつも頭ひねってるなぁ」と佐倉を思い出しながら答えた。
「そっかぁ、やっぱりかぁ」と凪野が言ったので、俺は首を傾げると、彼はまた呑気に笑いながら言った。
「水人、あいや、うちのバッテリーの茅森っていうんだけどさ、あいつもキャプテン気質でさぁ。でも多分、お宅のキャッチャーとはちょっと違って、めんどくさいやつだよ笑」
どういうことだ、と聞き返すと、「まぁ9割俺が悪いんだけどさ、今も昨日もやったのにまたミーティングするとかなんとかいい出して俺コンビニを理由に抜け出したわけ。多分30分したら電話がかかってくるよ」と自分のキーホルダーの着いたスマホを持ちジャラジャラと振った。
「それは海くんが悪いんじゃない?」というと「えぇ、佐渡島くんぐらい俺に味方してくれてもいいじゃぁん」とおどけた声を出した。その声の感じがまた日向に似ていて、久しぶりに笑ってしまった。しかしすぐに凪野は真面目な顔になった。「佐渡島くんはさ、野球どう?」「楽し?」
思っても見ない質問で、思わず驚いて凪野の方を見てしまった。答えを待っているその顔には、本当のことを言えそうになかった。
「うん、そうだね」と目を逸らしながら言う。
すると凪野はなぜか嬉しそうに言った。
「そっかぁ。すんげぇなぁ」
「海くんは楽しくないの?」と聞いてしまった。
すると凪野は真面目にこう言った。
「楽しいんだけどさ。俺なんも自慢できるものがないから。野球において。自分がうまくいかないとさ、楽しくないじゃん?」
「いや、でも海くんあの津軽新浜のエースピッチャーだろ?それだけで自慢できんじゃんか」
さすがに嫌味に聞こえてしまって、思わず強く言ってしまった。やばい、とあとになって後悔したが、凪野は当然というような寂しい笑みをこちらに向けていた。
「それだよ。「津軽新浜のエースピッチャー。本当は俺なんかがなっちゃいけない。」
でも‥と言いかけるも、凪野はそう感じているようだった。そしてしばらく沈黙が続いた。でも、やっぱり口を開くのは凪野だった。そして俺にゆっくりと話し始めた。
「俺、野球下手すぎてさ。中学の頃、津軽新浜行くって言ったらみんなに笑われて。馬鹿にされてさ、「推薦はまだなのかぁ?笑」とか、「なんでレギュラーになれてないのかなぁ?笑」とか、もう散々言われて。自分でもその夢を後悔したし、諦めた。で、チームのメンバーと自分が嫌になって野球も辞めた。」
『逃げたんだよ。俺。』と凪野は悔しそうに、寂しそうに言った。
わかるよ。自分の願ってもいない運命から逃げたくなるのは、痛いくらいにわかるよ。
そしてそのまま凪野は続けた。
「で、俺は居場所がなくなったんだよねぇ。まったくクソみたいな話だけど」と笑いながら言う凪野のその笑顔の裏には、やはりなにか寂しげなものを感じることができた。
「で、部活やめて、帰宅部になって。逃げて逃げて逃げ続けて、やっと見つけたのが、美術室だった。」
「美術?」と急に関係のない話題が出てきてたので聞いてしまった。凪野は、そう、と言って続けた。
「当時のうちの中学の美術の先生、若くて新任だったから生徒になめられまくっててさ笑。
俺もいつの間にか体調不良を言い訳にして、堅苦しい大嫌いな教室から抜け出して美術室にいた。」
「で、おもしろいのがさぁ、その美術の先生。絵が下手くそなんだよね笑」
「え?笑」と俺もつられて笑ってしまった。
「下手っていうか、誰にも理解されなさそうな変な絵描くんだよ。あれが芸術っていうのかなぁ」
みんなにも有名だったんだよなぁ、と懐かしそうに凪野は言った。
そう。あいつはいっつも変なやつだった。いつも生徒たちに呼び捨てされていた。
「浦野、美術のワーク明後日提出するから見逃してぇ」
「へいへぇい。どうせだめっつってもお前ら聞かねぇだろぉ」
「サンキュー」
浦野。年は25か6って言ってた。気がする。いっつものんびりしていて、顔は悪くないと思う。が、ところどころ変な空気が醸し出されていたので、なにかと近づきにくかった。
が、その分扱いやすくも合ったので、いろいろと好き放題に生徒に言われていた。
俺が初めて死ぬほど過呼吸になって授業を抜けたときに、保健室に行っても信じてもらえない気がして、フラフラとたどり着いたのが美術室だった。
浦野がいたが、俺を見ても「いらっしゃい」とだけ一言、その後は相変わらず変な絵を描いていた。
でも、影での笑い声と、視線と、そして重圧の集まる教室よりは、この美術室と浦野のところのほうが何倍も何十倍も居心地が良かった。いつの間にか、呼吸も楽になっていた。
そうして3日に1回はそこに避難するようになった。そこに行くと、落ち着く。
そうしているうちに、少しずつ浦野とも喋るようになっていた。いつも美術室に来ると、「いらっしゃい」と言って拒まず迎えてくれる。なぜかもわからないが、その反応に助かっていた。たまに、部活の愚痴や日常の愚痴も言えるようになっていた。浦野は友達みたいに、うなずきながら聞いてくれた。
そして浦野のことも、段々とわかるようになった。
生徒たちになめられているのは承知の上のこと、俺が来ても拒まないのはただ静かに絵を見てくれるからで、実は彼女がいること、結構すごい芸大出身だったこと、そして何よりも絵が大好きなことを知った。
日々積もっていたマイナスのものを、少しずつ取り除いてくれる時間ができた。
そんななか、いつの間にか進路相談の時期になっていた。俺は担任にあれこれ質問されるも、何も答えることができない。そしてついに2次相談まで食らってしまった。
高校なんて、どうでもよかった。津軽新浜なんて、聞きもしたくなかった。そうして俺は美術室に走っていって、着いた瞬間に泣いた。なぜか分からなかったけど、涙が止まらなかった。
そんな俺に浦野は慰めるわけでもなく、ただ隣りに座って絵を書いていた。うるさくして申し訳なかったが、何も文句は言われなかった。
しばらくして落ち着いた頃、浦野が美術準備室から何かを取ってきた。「はい、糖分補給」と言って渡してきたのは、数粒のチョコレートだった。「絵描くと当分消費するから常備して時々こっそり食ってんの。
やるよ、他の奴らには内緒な」と口元に手を当て、しーっとやりながら浦野は無邪気に笑った。
そして俺はチョコレートを食べながら、相談してみようと思った。言うのが怖かったけれど、浦野なら、と思えた。
「ねぇ、俺が津軽新浜行くって言ったら、そこで死ぬ気で上目指すって言ったら、笑うよな?」
一気に言ってしまった。答えを聞くのがまた怖くなった。けれど、浦野は珍しくまっすぐ俺を見て言った。
「なんで?」
「え?」と俺は聞き返すと、また浦野は続けた。
「野球、好きなんだろ。上目指したいんだろ。だったらそうすればいいじゃないか」
「でもそうしたらまた笑われるし馬鹿にされる。また逃げることになるかもしれないんだって」
「じゃあ、そいつらはなんでお前を笑うんだ?お前が下手だからか?叶わない夢だからか?
だったらなんで黙ってられんだよ。自分の好きなもの否定されて、なんで黙ってられるんだよ。」
浦野は真剣だった。
「好きなものを、得意じゃないから、うまくないからっていう理由で辞めるのは理不尽じゃねぇか?
笑ってくる奴がいんなら、それを笑い飛ばせるようになればいい。」
『だって俺だって、絵下手くそだけど美術の先生になってる』
俺はハッとした。確かにそうだ。多分、浦野もそうだったんだ。馬鹿にされて、夢を折られかけたんだ。
それでも好きな絵を信じて描き続けて美術の先生になった。
浦野は俺にその姿を見せたくて、ずっといさせてくれたんだと思う。
それから俺は受験勉強をし、津軽新浜に入った。そして、120人規模の野球部に入った。
そこからの3年間、記憶がないほどに必死に投げ続けた。時間を忘れて、中学の時できなかった分を取り戻すかのように朝から晩まで誰よりも多く、投げ続けた。特別な球も、すごいものもなにもないけれど、とにかく投げ続けた。そしていつのまにか、こんな所まで来ていた。逃げて逃げて逃げ続けて、ようやく振り返ってまた走り出した。
「いままで楽しむ余裕なんてなかったからさ、せめて最後の甲子園くらいは楽しませてもらおうかな、って思ってるとこ笑」と隣の佐渡島に笑いかける。
佐渡島は不思議な人だ。何を考えているのか、正直わからない。でもそこが、なんとなく浦野に似ている気がしたからこうやって話すこともできた。そして多分、強い。ずっと投げ続けてきた者の顔をしている。
そうしてしばらく時間が立ち、自分のスマホがなった。着信画面をつけてみると、予想通り。
「茅野くん、だね」と佐渡島が言う。「水人やっぱりかけてきたなぁ」といいながら俺が出ると、聞き慣れた声が聞こえた。「おい!!!海、どこ行ってんだ!!!ミーティングだぞミーティング!!!」「コンビニコンビニ、すぐ帰るからぁ」と適当に返し、電話を切った。それを見た佐渡島が少し笑った。
俺もヘヘッと笑って、ゆっくりとベンチから立ち上がった。
「今日は話せてよかったぜ。俺はこれからミーティングだけど、佐渡島くんは?」と聞くと彼は
「俺はもうちょっとここで休んでいこうかな。就寝までは自由だし」とのんびり言った。
いいなぁといいながら俺は公園からホテルへと戻る。すると、その瞬間にあることを伝え忘れていたことを思い出したので、振り返って呼んだ。
「佐渡島くーん!!!」彼は不思議そうな顔をする。
「あさってはお互い、楽しもーな!!」
俺の願い。そして多分、彼の願い。佐渡島は少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻って、
「おう!」と返事が帰ってきた。
走りながら急いでホテルに戻る。次に彼や城聖に会うのは、明後日のベスト8をかけた戦い。
そして俺は初めて試合を「楽しみ」と思えたことに、その時はまだ気がついていなかった。




