まさかの出会い
その日の帰りのバスでは、皆が盛り上がっていた。疲れ切っているはずなのに、アドレナリンのせいか興奮が冷めない状態が続いていた。
そしてホテルに戻ってもみんながワイワイしていた。小石も嬉しそうにそれらを眺めていた。
俺は軽く佐倉さんと話してから部屋に向かった。しかしその途中で、「瀬尾」と呼び止められた。
誰かと思って振り返ると、意外にも小利木さんだった。「ちょっといいか」と言われ、断りきれなかった。
そしてロビーの椅子に向かい合って座った。小利木さんはしばらく黙っていたが、少しずつ口を開いた。
「最初の頃は、悪かった」
俺は思わず「えっ」と驚いてしまった。まさかあのプライドの塊で俺を嫌っている小利木さんが俺に謝るなんて天地がひっくり返っても無いことだったからだ。小利木さんはそのまま続けた。
「4月の頃。俺ちょっとお前にあたり強かった気がして」そう考えると、最近はマシにはなった気がする。
「俺、全力で最高の状態でピッチャーとして投げているお前を、どうしても認められなかった。
そこはお前のポジションじゃない。一条のポジションだって。」
小利木さんはいつものノーテンキな雰囲気はなく、どこか寂しい目をしていた。
「なんで一条たちは辞めなければならなかったのに、お前はのうのうと投げてんだって。今考えると馬鹿だよな、俺も。お前には何も関係ねぇのにさ。」
小利木さんはずっと後悔してたんだろうな。一条先輩のこと。そして、日向さんのこと。でもどうすることもできなくて、もどかしかったんだろうな。
俺はそんな励ますのも不器用だからできなくて、ただ「大丈夫っす」というしかなかった。
「それより、二階堂さん大丈夫っすか?」と気になったことを聞いて話題をそらした。
「あぁ。幸い後遺症とかもなくて、今日と明日完全に休んだらもう大丈夫だって。次の試合勝てば、ベスト8だもんなぁ。やべぇとこ来たなぁ。笑」と小利木さんは初めて俺に笑った。
「一条さんにも届くといいですね。小利木先輩の思い」と思わず言ってしまった。でも、小利木さんは
「おう、」と言ってまた笑った。そして立ち上がり、引き止めて悪かったと言って去ろうとした。
その時、小利木さんは振り返ってこういった。
「正直、二階堂にはまだ無理させることはできない。佐渡島さんの状態も怪しい。次の試合も、今日みたいに1年のお前中心になるかもしれない。でもそのときは」
『任せっからな。』
と小利木さんはいいながら部屋に戻っていった。やっと小利木さんとの距離が少しだけ縮まった気がした。
ふぅ、疲れた。やっと休める。そう思いフラフラで部屋までたどり着き、部屋のドアを開けるといきなり
「うっ」とバンと音を立てて顔面に何かが当たるとともに「やべっ!!」という颯の声が聞こえた。
数秒後にそれは枕だということが判明した。俺はイライラしながら枕を引っ剥がすと
「あっぶねぇ。佐渡島さんとかだったら殺されてたな」とやけに安心した顔をしていたので、思いっきりその顔面に枕をぶん投げた。
すると先程の俺のときの音の2倍ぐらいの音を立てて枕が颯の顔面に直撃した。それを光哉と成斗が笑いながら見ている。颯は顔面の枕を引っ剥がすと、「ピッチャーの投球とは聞いてねぇぞ!!」と痛そうにしていた。で、そこからはもう枕投げ合戦が始まってしまった。
休むどころかもっと働かせられたが、こういうのも悪くねぇかな、とか変なことを思いながらその夜は過ぎていった。
次の日はミーティングだけだった。ただ、だけといっても大事な試合の対戦相手の発表だった。
皆は少しずつ感づいているようだが、佐倉さんの言葉で一斉に理解することとなった。
「改めて、昨日は色々あったが皆のおかげ、そして瀬尾の投球、光哉の好プレー、豊島が打ってくれたりと活躍してくれた。いよいよ次の試合に勝てば、ベスト8だ。本当にすごいことだ。でも」
その時、あの佐倉さんの声が初めてくぐもった。
「今回は、こんなこと言っちゃいけないのはわかってるんだが、正直厳しいと思っている。」
それだけ強い相手ということなのだろう。
「でも俺達は試合をやる前から諦めるようなチームじゃないことは、もう何度も証明してきてるから」
と豊島さんが明るく言う。そして、佐倉さんもうなずいた。
「次の対戦相手は、津軽新浜だ。」
空気がかつてないほど凍る。そして皆一度は考える。「無理だ」と。
津軽新浜。甲子園の最高到達地点。昨年、一昨年の覇者。そして多分、俺が覚えていない中でもなんども頂点に立っている。部員は120人と俺達の10倍弱くらい。
そんなところと戦う、ましてや勝たなければ行けないと考えると今にも気絶しそうだった。
でも、俺はここに勝たなければいけない。ここに勝たなければ、父さんと同じになってしまう。
母さんが前に父さんは3回戦の津軽新浜に負けたと言っていた。同じだ。同じ場面だ。
負けてはいけない。この試合は俺にとって、絶対に負けてはいけない試合だ。
次の試合までに3日間ある。そこで肩を万全にしなければ、津軽新浜とは戦えすらしない。
今日も瀬尾に任せてしまった。佐倉にも何度も懇願したが、肩のほうが重要だと言われてしまい、反論することができなかった。そして若干きまずくなってしまっている。
ここまで来たのは本当にすごいことだ。奇跡以上のことだとも言っていいと思う。
そして何より、今まで負けた選手の顔を見ていると、なんともいえない楽しそうな顔をしている。
それを何より、羨ましく思ってしまう。
俺は野球を楽しんではいけない。あの日、日本一になるという約束を守るために野球をしてきたのだから。
気分転換がてら、俺はホテルから10分ほど歩いたところのコンビニにやってきた。またそこから5分くらい歩くと、公園があり、そこからはきれいな夜景も見えるはずだ。
そこでベンチでも探しながらコンビニでお菓子買って1人お疲れ様会でもしますかぁ、と考えたのだ。
そしてジュースと少しのお菓子を持って並んでいた。その間もずっと考え事をしてしまっていた。
「ありがとうございました」という女性店員の明るい声が聞こえる。そして前があき、レジに物を出したときその店員さんが「あっ」と声を上げた。
俺はなんだと思ってビクッと驚き顔を上げると、その店員さんが困っているようだった。
俺は勇気を出して聞いてみた。「どうかしました?」すると店員さんが困ったように言った。
「先程のお客さん、お釣りを取り残して言っちゃったみたいで…」といいながら会計が終わる。
「多分その人すぐ近くにいると思うんで、俺届けてきます」
そう言ってお金を持って走る。店員さんは驚いた顔をしていた。ただでさえ女性と話すときアガってしまう俺が、よく声をかけたなと自分で自分を褒めた。
しばらく走ると、先程の背中が見えた。この人だ、と思い声をかけた。
「あの!これ、忘れてましたよ」と言うと、その人は振り返った。意外にも俺と同年代のようだった。
「うそぉ‼俺忘れてました?あっぶねぇな…ありがとうございましたぁ」と笑いながら受け取った。
そして彼がまた歩き出そうとして、俺はその来ているウインドブレーカーの文字にやっと気がついた。
「…津軽新浜?」
「えっ」といって彼は振り返った。「もしかして、甲子園でてる?年代的に」と聞かれ、「あ、はい」と思わず答えてしまった。
「うわまじか!!俺のこと知ってくれてる感じ?知っちゃってくれてる感じぃ?」と笑いながら言う。
どこかノリが昔の日向に似ているなと思ったが、またこりゃ陽キャだと確信した。
「まぁ少しだけならですが。確かピッチャー…でしたよね?」というとそうそう、と嬉しそうに頷いた。
「俺、津軽新浜高校野球部の3年、凪野海です。ポジションはピッチャーね。」
と自己紹介をしてくれたので、俺も慌てて返した。
「あ、えっと俺は城聖高校野球部の3年、佐渡島竜聖です。ポジションは同じくピッチャーです。」
「君が佐渡島くん?!あの⁉今日城聖高校の試合観に行ったんだけど、佐渡島くん出てこなかったから」
「え、俺そんな有名じゃないっすよ」というと、「いやいや、あれでしょ?ストレートだけのエースピッチャーでしょ⁉すげぇよな」となんの嫌味もなく言われた。
「あ、ちなみに凪野さんの背番号は…」とお返しに聞くと、「海でいいよ。タメ口でいいし。だって同年代じゃん?堅苦しいの嫌じゃん?」と答えた。
「わ、わかった。じゃあ凪…海くんの背番号は?」と聞き直すと、さらりと「1だけど」と言われた。
津軽新浜のエースピッチャーと、城聖のエースピッチャー。まさかの出会いにお互い内心とんでもなく驚いていた。
しばらくして、凪野が口を開いた。
「ね、あそこに夜景きれいな公園あるからさ、せっかくだから少し雑談でもしない?」




