希望のある次
なんであいつは復活したんだ?あんなにぼろぼろだったのに。
もう交代だと思ったのに。
まぁいいや。どっちにしろさっき羽角さんと交代した僕に勝てるわけ無い。
終わりだよ、瀬尾くん。
勝てば良い。みんなで。みんなで勝つことができれば良いんだ。
そのために強くなったのだから。
俺は、京都の良家の子供だった。家は大きい和室がいくつも備わっているような家で、小さい頃から指導係がついていた。しかし八浦自身は他の子供達となんの変わりもない少年だったが、放課後だけは違った。
学校が終わって、遊ばずにまっすぐ家に帰ると大量の習い事が待っていた。塾はもちろん、ピアノ、バイオリン、琴に水泳に作法の特訓まで小さい頃から詰まっていた。だから、その過酷なスケジュールはもう小学生になる頃には八浦にとって当たり前のようになっていた。
そんな八浦少年のただ一つの楽しみは、稽古の時間のたった15分ほどの隙間に外に出て、公園に走っていって、友達のやっている草野球に参加することだった。
このときだけは、楽しいと感じられた。思いっきり体を動かせるし、好きなようにプレーできるし、何よりもみんなと協力して戦うのが楽しかった。いつの間にか覚えたまだ未熟な変化球を試したり、相手の考えないような視点で試合を動かしてみたり、キレをもっと良くしようと工夫したり、とにかく自分が自由でいられる場所だった。
いつの日か、両親に野球がやりたいと言ったことがあった。こんなにもたくさんの習い事をこなしているのだから、いいと言ってもらえるのだと期待していた。
しかし、小さい自分にもわかるような言い方で説得された。
「野球は大人になったときに使わないから、今やっても意味ないのよ」
その時はうまく納得させられたようで何も反論することができなかった。しかし、今ならわかる。そんな簡単に丸く収まることじゃない。
なぜ確信もできない将来のために、たった一つの自分の確信してる意思を捨てなければならないのか。
その理不尽さを、俺はもう草野球をしてくれる友達もいなくなってしまった頃、つまり中学に入る直前にやっと理解した。俺はそのことに気付いた瞬間、怒りとともに悔しさがこみ上げてきた。
今からでも、と俺は何も考えないまま家を出た。
行く宛も考えていなくて、フラフラとたどり着いたのが佐賀のばあちゃんの家だった。携帯ももたず、ただフラフラとやってきた孫に、ばあちゃんは驚きもしなかった。
「まぁおいでぇ、真。」と優しく迎えてくれた。
久しぶりに、人の温かさを感じた。
そこからばあちゃんのところには何度も親が連絡をよこしたらしいが、ばあちゃんは「まぁそうかっかなさんな。真はこっちで見るからぁな」とかばってくれた。
そして俺は中学を佐賀で過ごし、高校は今の佐賀加唐へと進学した。俺はしばらく黙っていたが、もやもやしたから、もう一度言おうと思った。
「ばあちゃん、俺野球がやりたい」
また役に立たないとか言われたらどうしよう。どうやって立ち直ろう。どう諦めよう。
そんなことを考えているうちに、ばあちゃんは短くこう答えた。
「そうかそうか好きなもんやりゃあええよ。今しかできんことだぁ。」
「え、良いの?」
「あたりめぇだ。真が自分の気持ちを言うのは初めてじゃねぇか。ならいいっていうしかないじゃろ」
初めて肯定された。心からうれしかった。
そして俺は佐賀加唐高校の野球部に入った。
小さい頃、15分だけでも友達と一緒にやった野球。少しだけでも入れてくれたみんなにお礼がしたくて、
勝たせてあげたくて必死に投げた。
そして勝ったら、みんなとハイタッチした。嬉しそうにしてくれるみんなの役に立てた気がして、もしかしたらそれが楽しくて野球をしていたのかもしれない。
いつから、忘れていたんだろう。
いつからそんな大事なことを、見ないふりをしていたのだろう。
羽角さんは、優しいキャプテンだ。俺は、多分優しくないキャプテンだ。
俺のが上だ。絶対上だ。だから、いままで俺がまとめてきた。「みんな」にこだわって。
でも、羽角さんが「次」という言葉を言った。
俺はいつだって、「次」なんて考える余裕なんて無くて、そんなの考えたくもなかった。
それでも、わからない「次」になにかかけてみるのもいいのではないかと一瞬思った。
そして羽角さんはちゃんと無失点で終えた。
初めて、「希望のある次」を見せてもらった気がした。
その時、口からこぼれてきたのは「ナイスピッチング」
小学生の頃のあの野球のとき、みんながかけてくれた言葉だった。
負けたくない。絶対に勝ちたい。みんなで勝ちたい。
そのために俺は投げる。
目の前には城聖のバッター。何度も見てきた景色だけど、ここに来てやっとこの景色の価値に気づいた。
みんなと野球するのって、楽しかったんだなぁ。
「おい、今八浦笑わなかったか?」「は?まさかそんなことねぇだろ」「はずみんお前とうとうやられたか」
「いやほんとだって」
本当に、あの八浦がすこしだけ笑った気がした。
本当に最低、最悪の後輩だった。それでも、勝とうと、勝たせようとしてくれているのはわかったから。
だからお前を信じてここまで来たんだと思うよ、みんな。
改めて、頼むよ。八浦。




