根性×根性
光哉の神プレーで失点を免れ、チームの雰囲気も良くなった。そして治療のため光哉の代わりに豊島さんがセンターへと入ることとなった。
そして交代。このいい流れの中、小利木さんがついに羽角さんのナックルカーブを捉えた。
軌道をうまく読み、思いっきりバットを振った。
それは内野と外野の間をうまくすり抜けていき、
2塁のヒットとなった。
「くそっ時間かけすぎた」といいながらも嬉しそうにガッツポーズをする小利木さんが見えた。
すると唐突にアナウンスが入った。
「ここで、佐賀加唐高校のピッチャーの交代をお知らせいたします。」
打たれて一瞬で‥!!!いくらなんでも交代早すぎだ‥
小利木さんがせっかくこじ開けた隙間をまたリセットしてくる。そんな俺たちの暗くなった心も知らず、アナウンスは続く。
「11番の羽角くんに変わりまして、1番ピッチャー八浦くん。八浦くん。」
ここでついに、エースの八浦が来た。
羽角が汗を拭いながらふぅ、と息をつき、一瞬空を見上げた。そしてゆっくりとマウンドから降りていった。
2塁。約束の2塁。八浦が交代を入れてくる。
そして予想していたアナウンスが淡々と流れた。
8回も投げきった。いつも多くて5回しか投げさせてもらえない俺が、八浦を説得して「次」に希望を持って8回まで投げることができた。
今この一瞬くらい、俺のこと褒めてもいいだろうか。
空を見上げると、自分が思っていたよりももっと、青かった。青すぎるくらいだった。
ふぅ、と息を吐きながらマウンドから降りる。
1段下がったラウンドへと足を踏み出し、ベンチへと戻っていく。その時、向かい側から八浦が歩いてきた。その雰囲気は怖く、冷たく、でもなぜか最初に会った頃にはなかった安心感があった。
俺はまたなにか罵倒攻撃をされる前にとさっと八浦とすれ違おうとした。
その時、八浦が予想通り口を開いた。でも、その口から出てきた言葉は、罵倒ではなかった。
「ナイスピッチング」
小さくて、一瞬聞き逃してしまいそうだった。でも、確かに八浦の口からこの言葉が聞こえた。
「えっ」と俺が驚き振り向いても、八浦の足は止まらない。
でも、気のせいではなかったはずだ。
「あいつこんなときに」と俺はベンチに戻りながら思わず笑ってしまった。
八浦真、後は頼む。
八浦が足元の土をざっと足で避ける。
羽角とはまた違った雰囲気だった。
小利木さんが出てしまった今、クリーンナップの後はもう下位打線しかない。
番号通りに考えても、八浦が羽角より強いことが考えられる。8回でこれはまずい。
まずはどんなボールか見るしかない。
持ち方は‥スライダーか?そして八浦が振りかぶる。ここまでは何の違和感もない。
そしてそのボールが繰り出される。
「‥落ちた?」
持ち方は確かにスライダーだった。
しかしボールの軌道はまさしくフォークだったのだ。俺の脳はバグを起こした。多分、あそこに立っているバッターも混乱しているはずだ。
そして八浦は何食わぬ顔をして2球目を投げる。
今度こそ落ちるか。
そう予測し、バッターも深めにスイングした。
しかし、はずれだった。
今度はスライダーの持ち方で紛れもないスライダーが繰り出されたのだ。
嘘だろ‥‥?
どっちかわかんねぇ。
持ち方の変化もわかんねぇ。とてつもなく難しい羽角さんのナックルカーブの後は、八浦の意味不明な独自球が襲ってくる。
本当に全力で打つ気をなくしてくる。
次々に打ち取られていく。
そしてとうとう9回もなにも攻略できないまま
0対0。
まさかの延長試合突入となった。
10回、11回とお互いランナーを出しながらも何とか守備のカバーで失点は抑えていた。
延長に持ち込めたことはいいんだ。むしろ加唐相手によくここまで粘った。しかしここまできて、大きな問題が一つある。
俺だ。
俺の体力がが限界を迎え始めてる。
12回。正直めまいもしてきた。
先輩にはひたすら言い訳をして当番を続けさせてもらってる。が、先輩も今は俺しか頼れない。
12回目のマウンド。やばいな。
うつむく顔が上げられない。
その時俺の頭の中に聞いたことのある声がした。
「澪馬」
?
「澪馬」
この声は、父さんだった。
俺は思わず笑ってしまう。
「幻聴まで聞こえるようになったか笑」
「何?励ましにでも来たの?」
俺は幻聴の主に問いかける。
俺はまだこいつを許さない。
あったかい言葉でもかけにきたのか。
そう思って油断していると、また頭の中でさっきの声がこだました。
「何俯いてんだ?澪馬。あぁ、そうか。もう疲れたんだよな。もう暑いんだよな」
「‥は?」
「もう終わりでいいだろう?諦めていいだろう?もうたくさん投げたんだもんな。」
何を、言ってるんだ。終わり?俺のせいで?
‥‥‥諦める?
ふざけるな。
俺が終わらすなんて俺が許さねぇ。
だまれ。こんな事を言うのは父さんじゃない。
いや、父さんだとしても、俺は聞かない。
顔を上げろ。前を向け。
暑さなんて気の所為にすれば良い。
「天才」のプライドを思い出せ。
今度は心から言わせてやる。
「もうだめかな」と冷たい諦めた目でこちらを見ていた八浦が初めてすこし目を見開き、驚いたのが見えた。
さっきまでほぼ熱中症状態でマウンドの上でフリーズしていた人間がいきなりバッと顔を上げ、睨みつけてきたらさすがの八浦も驚くのは仕方なかった。
腕で汗をぬぐう。もう暑さは気にならなかった。
大きく振りかぶり、その手を下ろす。いつもと何の変わりない動作だけど、やはり腕の重さは感じる。
でも今は怒りのほうが大きかった。何を思ったのか、八浦に対してすべてを込めたど真ん中を投げた。
スパンっというキレの良い音がして、きれいに颯のミットに収まった。
これなら、2回分は持つ。
だから2回の間に、こっち側が1点でも入れたら勝ちだ。
まだ終わらせない。俺は幻聴の主を頭に思い浮かべて思いっきり睨みつけた。
澪馬が動かない。マウンドの上でうつむいたまま。流石にやりすぎだ。汗の量も尋常じゃなかった。
反応も少し遅く感じた。このまま二階堂のように倒れる可能性だって大いに出てきた。
その前に最終の武器だが俺が出るしか無いのか。
でも…
と俺は自分の肩をさする。万全とは言えない。
どうする俺。隣の佐倉を見ると、やはり険しい表情だった。
「そろそろ下ろすしか無いか、」と澪馬を見ながら言った。
そして審判にタイムと声をかけようとしたその時。澪馬がバッと顔を上げたのだ。
そしてものすごい形相で八浦を睨みつける。いや、その視線は八浦を通り越してもっと先の何かと戦っているような感じがした。
そして再び澪馬が渾身のボールを投げた。ストレートだった。
まだあいつは生きている。
心配そうにしている佐倉の肩に俺はそっと手をおいた。
「あいつは大丈夫だから」
「いやでも…」
「お前も知ってんだろ。ピッチャーっつう生き物がどんだけ頑固か。ま、言い方変えるとさ、
根性あるってことか」
佐倉は少し悩んだけれど、すぐにまっすぐ俺を見た。
「そうだな。あと2回だけ待ってやるか。」
普通なら監督が交代させる場面でも、監督がいない俺達は交代させない。
それが、選手にとって1番の幸せだと自分たちがわかっているから。
「全力で澪馬をサポートすんぞ」
と、俺と佐倉はうなずく。
ここからは、根性と根性の戦いだ。




