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忘れていいから

朝起きた。

昨日は何があったのか、佐渡島さんと佐倉さんが消灯ギリギリに帰ってきた。

まぁ、見回るのは小石先生だからべつに消灯に遅れても正直あんま怒られないのだが、それでもあの2人がギリギリまでどこか行ってるのは珍しかった。

そして帰ってきた時、なぜか疲れたような顔をしていた。心配だったが、次の日の朝には何時もどおりの様子だったので、大丈夫かなと思った。


「次の相手は、佐賀加唐高校だ。加唐高校、こちらも常連校だ。」

佐倉さんの声が響く。

佐賀加唐。島にある小さな高校だが、甲子園常連校として神栖工業と同じレベルを誇っている。

強豪なのには間違いない。


「今回の登板は、瀬尾を中心に、そして二階堂を取っておく。」

佐渡島さんの登板はないのか。昨日肩をさすっていたのはやはり‥と考えたが、深く考えるのはやめた。

「今回の加唐高校は、ピッチャーの数が多い。

攻略した瞬間に、ピッチャーを代えてくるのが特徴だ。長丁場になると考えられるな。」


攻略しても、また新しい敵が来る。

面倒くさい回し方だなぁと思った。

とはいえ久しぶりの登板なので、楽しみとやる気がふつふつと体の奥から湧き上がっているようだった。

瀬尾、頼むな、と佐倉さんから言われ、俺は

「はい」と力強く返事をした。


いつ負けてもおかしくない。

明日、負けるかもしれない。

正直、弱小だった高校がこんなにも進んでいることは奇跡だと思われている。実際奇跡に等しい。

守神様は、どう思うだろうか?

奇跡だと片付けてしまうのだろうか?




朝、目覚ましの音でスッと起きた。

スマホを確認するが、姉ちゃんからの連絡は当たり前のようにない。既読だけが付いていた。

姉ちゃん、見てくれるかな。

隣や上を見ても、みんなはまだねているようだ。

ちょっと早かったかな‥まだ少し外が明るくなり始めた時間帯、二度寝もどうかと思ったので、静かに部屋に出た。


先輩はまだ寝てるよな、と思いながら部屋の前を通り過ぎようとすると、佐倉さん、佐渡島さん、豊島さんの部屋の前で、今度は豊島さんが誰かに電話していた。ちょうど、「うん、じゃあまたな」

と電話が終わったところらしくて、俺の方をみて豊島さんは少し驚いた。

豊島さんは入部したときから同じセンター、そして日向さんの代わりに他の外野にもつける人だ。

どんなフライでもどんなボールでも確実に取ってしまう。

身長は高くもなければ低くもない。

それでも僕はすごいな、思ってしまう。

実際に、佐倉さんや佐渡島さんからも信頼がおかれているのがわかる。

豊島さんはこっちに気づき、「もう起きてたんだ」と優しく声をかけてくれた。

「はい、」と言うと豊島さんはにっこり笑った。

この人は、かっこいい、とともに優しい。僕に教えてくれるときも、すごく優しい。


家族への電話かな‥とか考えてると、豊島さんはそれに気づいたらしく、さらっとこう答えた。

「ん、彼女への電話」

「か、彼女さん‥?!」僕が動揺していたら、

「ほら、おととい佐渡島が『恋バナするぞぉ』とか言って部屋帰っていったの覚えてない?笑

あれ9割型俺の話だったんだよ笑」

そうだったのか‥‥‥


「正確には‥‥元カノで、未来の彼女かな」

豊島さんは初めて声のトーンを少し落とした。

どういう意味だろうか‥?


「俺が甲子園出るって決めた時、彼女に集中できない、って思っててさ。でも情けないんだけど、なかなか別れる勇気もなくて。そしたら、彼女の方から話を切り出してくれてな、」


『豊島くん、私のこと忘れてていいからさ。

甲子園がんばってね』


悩みながらお見舞いに通ったある日、彼女は寂しそうに笑って別れを告げた。


そう。彼女は臆病な俺なんかよりずっと強くて優しい。それは、小さい頃から1人でなんども入院してきたからというのもあるのだろう。

彼女は小さいころから体が弱く、何度も入退院を繰り返してきた。そして電話した今も、そうだ。


『忘れていいから』なんて言われても、もちろん忘れることなんかできない俺は、今日電話した。

朝メールをしたらすぐに返信が返ってきたから。


『こんな私でいいの?多分、迷惑かけちゃうよ。

寂しくさせちゃうよ。』

俺が告白した時、彼女は一番にそういった。

そうじゃない。そんな優しい君がいいんだ。

いつだって自分より人を優先するから。

それに惹かれて、心配で、守りたかった。

だから俺は告白した。そのはずだったのに。


なのに『忘れていいよ』なんて病室のベッドで言わせてしまったんだ。俺は何をやっているのか。

自分が傷つくことを分かっていてそれでも悩んでる俺を見て放っておけなかったのか。


『守りたい』なんて本当はただの口実なのかもしれない。そんなかっこいいこと言っておいて、

ただ君が好きなだけなのに。


朝、電話して久しぶりに声を聞くと、安心して涙が出そうになった。


「体、どう?」「今日はとりあえず元気」

「なにそれ笑まぁ、元気ならいいんだけどさ」


「今日、試合なんでしょ?」「そうだよ」

「見ていてあげよっか、」「応援も頼みます」

「はーい笑」

可愛いクスッとした笑い声が電話越しに久しぶりに聞こえる。

甲子園が終わったら、君にもう一度言う。


今度はちゃんと、「好きだから守りたい」と。


電話越しに少し咳き込む彼女に今はどう頑張っても何もしてあげられない。

でも、絶対に会いに行くから。


それまで、待ってて。






しばらくの沈黙の後、「今日も頑張んなきゃね」と豊島さんが言った。

「大事な人にはいいところ見せたいじゃん?」

初めて豊島さんが無邪気に笑った。いままでずっと優しく笑いかけてくれてはいたが、こんなに小学生みたいな無邪気な笑顔は見たことがなかった。

「大事な人」

豊島さんは、彼女さんだ。僕は多分ねえちゃん。

境遇は違うけど、大事な人には限りない。


いいところ、見せたいな。

そう思いながら、僕は支度をする。みんなもとっくに起きて支度をしている。


そして僕たちはバスに乗り込んで移動した。


やはり応援の数やブラスバンドの数は圧倒的にあちらのが規模が大きく、威圧感が大きい。


そんな中整列し、敵チームと向かい合う。

いよいよ、佐賀加唐との試合が始まる。


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