誰よりも光れ
「ねぇ褒めて褒めてぇ」
と、帰りのバスの中で佐倉さんの肩を揺らし続けるのは、案の定佐渡島さんだった。
佐倉さんはつかれて眠りたい様子だったが、「はいはいよくやったな」としぶしぶ付き合っていた。
それを見て隣の颯が俺の肩を揺さぶり、「ねぇ褒めて褒めてぇ」と言ってきたので、丁重にお断りした。
しかし、試合前と比べてどこか元気そうになったので、少しホッとした。
すると、佐渡島さんが少し肩をさすっているのが見えた。佐倉さんもそれに気がついたのか、
「痛いか」と聞いたが、佐渡島さんはあわてて「い、いや、ちょっとかゆかっただけだ」と答えた。
その夜は、ホテルに戻ると、久しぶりに皆が笑っていた。夜ご飯のときも明るかった。
やはり皆どこか緊張していたのだろう。神栖工業に勝利したことは、大きな自信となる。
すると、唐突に小石先生がラジオを持ってきて付けた。「おーい、お前らの勝利が出てんぞー」ともったいぶっていったが、その瞬間に小利木さんに「小石静かにしろ」と怒られたので黙っていた。
ラジオの解説委員が淡々と今日の試合結果を読み上げていった。そしてついに、俺達の話が来た。
「今日の注目の試合はやはり、茨城の神栖工業と長野の城聖の戦いでしょう。なんせ城聖はほとんど記録のないチームなので、実力もよくわからないままの出場となりましたが、なんと4対3で城聖が勝利しました。序盤、キャプテン板切くんの先導で点差を離されていましたが、中盤からの3年のエースピッチャーの佐渡島くんが抑えました。そこから調子が上がり、なんと8,9回では2年の小利木くん、そして1年の瀬尾くんがホームランで逆転という接戦を制しました。」
皆が静かに聞いていたが、佐渡島さん、そして小利木さん、俺を見てニヤニヤした。
小石はとうとう全国放送まで来たかとしみじみしていた。
するとすぐ次の放送に入った。
「さて、注目の王者、津軽新浜は今日の試合、16対1と驚異的な点差で勝利をしています。今後も注目していきたいですね。」
という1文だった。しかし、その1文でとんでもない存在感が合った。
「まぁ、今日は勝ったんだし、次の試合も頑張ろうな」と佐倉さんが皆の気持ちを落ち着けてくれた。
その後は各自部屋に戻って遊んだり、しゃべったり、思い思いに楽しんだ。
次の試合は2日後だ。その間に、しっかり体を休めて対策を練らなければならない。
「そいや、颯あれでしょ?前の監督には会えた?」と成斗が聞きづらかった話を持ってきた。
しかし、颯は気にしない感じで「おう、懐かしかったぜ」と答えた。
成斗は「いいなぁ、そんないい監督で」「成斗の監督、いい人じゃなかったの?」「まぁね」
成斗と颯は、逆のものを持っていて、逆のものを持っていなかったのかも知れない。
「澪馬は誰に野球教えてもらったの?やっぱり監督?」
急に話が振られて驚いた。答えには正直迷ってしまった。
一番最初に野球を教えてもらったのは、父さんだ。
でもここでそう答える勇気もなく、なぜか父さんを出すことが悔しかったから濁して答えた。
「まぁ、そんな感じかな」
颯と成斗はやっぱりね、と頷いた。そして「光哉は?」と聞かれて、光哉はゆっくりと答えた。
「姉ちゃんかな、」
「お姉さん?!光哉、姉ちゃんいんの?!初耳なんですけどぉー」と颯がおどけた声を出した。
俺も初めて聞いた。
「まぁね、いま東京に行っちゃってんだけど、」
そう。僕の姉ちゃんは東京にいる、はず。戸賀美夢、23歳で僕とは、7歳差。
姉ちゃんは小さい頃から、ずっと野球をしていた。俺が小学1年生になったとき、中1の姉ちゃんは初めて俺に野球を教えてくれた。姉ちゃんは父さんに似て背が高かったから、すごく活躍していた。
けれど俺はいつまで立っても背が伸びなかった。多分、母さんに似たのだろう。
僕がなかなか普通の人なら取れるであろうボールをセンターでジャンプしてみても取れなくて、監督にも、友達にも怒られて責められて、泣いて帰ってきた日が何回も合った。
そして僕はついに僕は姉ちゃんに野球は向いていないからやめるといった。
姉ちゃんは強い人だった。怒られるかと思った。けれどその時、優しくこう言われたのを覚えている。
「ねぇ光哉?光哉の光っていう字はね、私が母さんと父さんと考えたの。どんな事があっても、あなた自身が光っていられるように。月みたいに他の星の光に照らされて生きるんじゃなくてね、太陽みたいに自分で光ってほしいって。でも、どうせならさぁ、我が弟よ」
笑顔で頭をクシャクシャにされた。
「かっこよくさ、誰よりも高く飛んでね。そして誰よりも光るんだよ。そしたらいつか姉ちゃん自慢すっからさ。『この超かっこいいぴっかぴかのやつ、私の弟なんだぞーって』」
自然とその言葉にプレッシャーは感じなかった。逆に、優しく背中を押してくれているようだった。
「でさ、どうせなら甲子園まで行っちゃってよ。私には無理な夢だからさ」
そうだ。どんなに姉ちゃんは活躍しても、あの命がけの甲子園に出ることはできない。
姉ちゃんの声が少しさびしそうな雰囲気が出ていた。でも、その理由を俺は知っていた。
僕の親は少しだけ、考えが固執している。だから、女の姉ちゃんが野球を続けることに、やることに対して抵抗を感じていることを、そしてそれを姉ちゃんに説得していることを僕も知っていた。
そしてそれはついに、姉ちゃんが高校2年になったときに爆発した。
夜中に大きな声とともに僕は目を覚ました。なにか姉ちゃんと親が話し合っているのが聞こえたが、進路の話かな?と思ってそのまま寝たのだが、まだ続いていた。
すると、そこには怖い姉ちゃんと、怖い父さん、母さんがいた。
「父さんたちは考えが古いんだよ‼‼女、女って私のやりたいことやって何が悪いの?!なにが不満なの?!」
「だから俺達はお前の将来を考えているからこそだな、」
「そういって、また縛り付けたいんでしょ⁉娘を道具としか思ってないくせに‼‼私なんて価値ないんでしょ?!」
バチンッ
「いい加減にしなさい」と、母の低い声が響いた。その声は怒りなのか、震えていた。
姉ちゃんは叩かれて赤みがかった頬を抑えた。
すると姉ちゃんは自分の部屋にかけこんで、スマホと少しのお金が入った財布、定期だけをもって家を飛び出した。
俺は慌てて姉ちゃんを追いかけた。母が驚いて「光哉‼」と叫んだ声も構わず走った。
そしてすぐに追いついた。もう足は、とっくに僕のほうが姉ちゃんより早くなっていた。
「姉ちゃんどこいくつもりなんだよ!!」というと、姉ちゃんは振り返らず、「東京、かな」と言った。
東京。僕にとっては果てしなく遠く、危険に感じた。「東京行って、どうすんの⁉野球は⁉」
僕が息を切らしながら続けると、「東京行って、自由に生きる。野球はやめた。」と静かに答えた。
あんなに大好きで、あんなにかっこよかった野球をやめた姉ちゃんの背中は、今までで見た中で1番、悔しそうに見えた。
そして姉ちゃんはゆっくりと歩き出した。「姉ちゃん!!」と僕は姉ちゃんの腕を掴んだ。しかし、姉ちゃんは
「離せよ!!!」と言って、腕を振りほどいた。姉ちゃんは、まだ怖かった。
姉ちゃんは、駅の方面に消えた。何度スマホからメッセージを送っても既読スルーだった。
雨が振り始めた。僕は夜中の道にただ、ぽつんと立っていた。
僕はそのとき、まだ小学5年生だった。
あれから5年たった。たまに送っていたメッセージも、どうせ返信が来ないからといつしか送らなくなっていた。心配しても、ほかに連絡の取りようもなかった。
「光哉?」と澪馬に声をかけられ、ハッとした。
「あ、ごめんぼーっとしてたね」と僕は苦笑いした。そしてスマホを取り出し、久しぶりにメッセージアプリの姉ちゃんの欄を開く。
相変わらず、僕の一方的なメッセージで終わっていた。
僕はせっかく出られたこの甲子園で、まだ多分姉ちゃんの言っていた「光ること」ができてないと思う。
何もできていない。そう思いながら、返信がないとわかっていても、お守り代わりかな、と久しぶりに姉ちゃんにメッセージを送ってみた。
「甲子園見て。僕、出てるはずだから。」
ふぅ、とスマホを置くと、廊下から笑い声とともに佐倉さんの声がした。何をしているのかと思って4人でドアを開けてみると、豊島さんが笑いながらこういった。
「いま佐倉のスマホに誰かから電話かかってきて出てるんだけど、佐渡島が佐倉を笑わせようと必死なもんだからさ。馬鹿だよね」と豊島さんは笑い疲れたように言った。確かに廊下ではスマホを持って笑いをこらえながら歩く佐倉さんと、それについていってる佐渡島さんがいた。
馬鹿だな。と先輩のことながら4人同時に思ったことは、間違いなかった。
ようやく佐渡島の笑わせを回避できた。結局ロビーまで降りてきて、ったく後で怒るかと決心しながら、電話を折り返した。誰からかはわからなかった。
「先程は出られず、すみませんでした。佐倉です」と答えると、少しの沈黙の後スマホ越しに数年ぶりにきく懐かしい声が聞こえた。
「佐倉、いま会えないか。」
俺はいままで音信不通だったその声を聞いて驚いて、耳を疑った。
「……………日向?」




