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俺自身の野球を

ふぅ、と俺は息をついた。

礼を終えて、ベンチの片付けをしているも、みなの高揚感が伝わってくるようだった。

晴れ晴れとした雰囲気で、ただこの瞬間の喜びを味わっていた。


「すみません、俺ちょっと外で給水してきます」

そう佐倉さんに伝えて、颯が一人出ていった。そういえば、俺も水を飲むのを忘れていたな、と思いながらボトルを開けると、案の定量が少なかった。

「俺もちょっと給水に」と言って、颯の歩いていった先をのんびりと歩いていった。


あ、いた。颯を見つけ、あそこかと思いながら歩いていくと、不意に大きな声が聞こえた。


「あれ、三山じゃね?」「三山だよな?」

その声に颯の顔が少し凍りついたのが見えたが、すぐに振り返った。そして「なんですか?」と丁寧に聞き返した。知り合いだろうか?

俺はなんとなく割り込めなくて影から見守ることにした。早く給水したいだけなのに。


「あれ、覚えてないの?あんなに喋ってきてたのに」と二人のうちの1人が言った。

少しの沈黙の後、颯が答えた。

「もちろん覚えてるよ。吉田、羽川」

「そうだよ。俺たちがお前のこと覚えてやっていたこと感謝しな。」

あれ、この二人、少し笑っている?


「ってか、お前よくその面でまだ野球できるよな?」

「ほんとほんと」

「お前気づいてなかったの?全員お前が『めんどくさかった』んだよ?」

「だからわざわざ俺達が無視したり、お前の嫌だろうなぁっていうことをして『教えてあげていた』のにさ、お前なっかなか折れねぇんだもんな笑」


無視…?折れない…?

颯は何も言わない。いや、言えないのか?


「っつーかお前と野球してくれるやついるんだ」

と言われて、初めて颯が反抗した。


「いるよ。お前らの何千倍も良いやつがな」


チッと二人が舌打ちした。

そしてさっきよりも冷たく、大きな声で颯に言った。

「とにかく、お前は目障りなんだよ。なにかとうぜぇし、うるせぇし。お前と野球やりてぇやつなんか1人もいねぇよ。ばっかじゃねーの?」

「自分に酔ってんじゃねーよ。このカス」


そこまで罵られているチームメイトを見るとさすがにとんでもない怒りが頭に来たが、ここで出ていっても余計に颯が責められるだけだと思って、見ることしかできなかった。


颯はまだうつむいたまま何も言わない。手を固く握りしめていた。

お前は中学、一体何をされてきたんだ?考えるだけで恐ろしいことなんじゃないのか?

そしてやっと二人が言いたいことを言い切って去ろうというとき、こういった。


「まぁ、こんなバカみてぇなクソ野球を馬鹿みたいなやつと、のこのこやればいい」



その時、一定の距離を保っていた颯がきっと顔を上げて、つまずきながらも今喋った方のやつの胸ぐらを

ガシッと掴んだ。その顔は見たこと無いほどに、怒りで満ち溢れていて、正直怖かった。

そして、いきなりロビー中に響くような大きな声が響いた。俺はその聞いたことのないバッテリーの怒りのこもった声の恐ろしさあまり思わずビクッとなってしまった。


「俺を否定するのは勝手だけど、俺の好きなものを否定するのは許さねぇ!!!!!!!」


怒りと涙声が混じったような声だった。相手の方は一瞬とんでもないものを見たかのような顔をして固まっていた。が、すぐに怖気付いたのかまた舌打ちして逃げていった。

颯は全身の力を込めていたのか、しばらくのあいだ、息切れをしていた。

声をかけようか、やめようか、どうしようか迷っていたとき、遠くからまた声がした。


「三山」

今度は優しい声だった。





ハァ、ハァ、ハァと息切れが止まらない。急に大声を出してしまったからだろうか。

野球と、友達と、先輩を馬鹿にされて、今までのものがすべて爆発した。

疲れた。そう思っていたとき、遠くから懐かしい声がした。

「三山」

ハッとして顔を上げると、そこには先程まで戦っていたやはり懐かしい、新田監督の姿があった。

さっきのを、見られてはいないだろうか?


「新田…監督」

「久しぶりじゃのぉ、三山」

「今日の板切の攻略ぶりは見事じゃったな。ありゃ三山にしか見抜けんわい」

そこには優しいいつもの新田監督の笑顔が合った。

その顔を見ると、なぜかさっきまで浴びてきた罵声が少しずつ浄化されているような気がした。

「まぁ疲れてそうじゃから、そこでも座って久しぶりに話でもしよう」

「…はい。」

監督は何も聞かないで置いてくれた。

だから、今しかないと思いずっと聞きたかったことを聞いた。


「監督、聞きたいことが」

「なんじゃ」


「中学の頃、俺は正直そんな目立つような成績を残せていなかったです。それなのになんで監督はピッチャーを何度も代えながらも俺を起用してくださってたんでしょうか?」  


なぜかスッと言葉が出てきた。

自分でも冷静になれていることがわかった。

監督は、少し考えてから答えた。


「そうじゃな。あんときは多分、わしが三山を心配してたんじゃろうな。」


「‥心配?」


「そうじゃ。お前は正直よう勉強しておったろう。なぜだか中学2年になってからは余計に伸びた。お前は良いキャッチャーに育っておるよ。」


初めて監督にまっすぐ褒めてもらえて、少しばかり照れくさかった。


「じゃがな、一つキャッチャーには問題がある。それは、ピッチャーが合わんとその力が十分に発揮されないことじゃ。お前にいろいろなピッチャーとバッテリーを組ませたのは、お前似合う良いピッチャーを見つけてやりたかったからじゃ。そして、いろいろな試合に出させたのは、敵チームでも合いそうなピッチャーを探していたからじゃ。まぁ、単に試合経験を豊富にしてやりたかったのも合ったがな」


「合いそうって…でも、少なくともクラブチームの一軍ピッチャーと、なんとかバッテリーを組めていました。それではだめなんでしょうか?」

俺は疑問に思って聞いた。


すると、監督は頷いた。

「実力的には、問題なかったな。じゃが、どのピッチャーもそれ以外でお前と会話してなかったじゃろ。」


…見ていたんですか。と声にならなかった。

その様子を見て、監督は俺に優しく、あの倒れた日のときのように語りかけた。


「いいか、三山。お前はあの日から、野球しか無くなったと言っておったじゃろ。それは見ていてもわかった。野球にすべてをかけて、ぶつけていく。お前のその様子が、心配じゃった。

じゃがな、逆にそれだけの熱量をかけてやっている選手のバッテリーは、その熱量にふさわしい相手にせねばと思ったんじゃ。残念ながら、見つけられないままお前は長野へ言ってしまったんじゃがな。」


監督は、あの時からそこまで考えてくれていたのか。俺が間違えているのか、そう考えもした。

でも、あのもう何もかも捨ててしまいたいと思った日、結局野球だけが残った。


「結局、お前の言っていたそのまんまなんじゃろう?『お前自信を否定されるよりも、野球とその仲間を否定されるほうが怒りがこみ上げてくる』。

それが、お前自信の野球なんじゃろう?」


聞かれていたんだ。とまた少し顔を上げづらくなった。でも、そのとき、頭にふと温かい感触がした。

ポンッと新田監督の手が置かれたのだった。


「それがお前の本音じゃ。今まで、ようがんばったなぁ三山。よう負けんかった。」


それまで耐えてきたことが一気に蘇る。正直、辛かった。全部、終わらせてしまいたかった。

人生ごと、消し去ってしまいたかった。それでも、認めてくれた。負けなかった。

俺自身の野球。それは、俺の存在意義を証明するものだった。大事な、大好きなものだったんだ。

俺はあの日以来、今初めて泣いた。小さい子供みたいに泣いた。監督は頭をなでてくれた。

もう誰に見られてもどうでも良かった。今は、少しだけ自分自身を褒めてやることができたのだから。



「お前の城聖のピッチャーいいやつそうじゃったな。」

澪馬のことか、と思い泣き笑いの顔になってしまった。

「少し生意気っすけどね、あいつ」と言うと監督も笑いながら、「ピッチャーは生意気ぐらいがちょうどいい」と言った。

そしてしばらく時間がたったとき、監督がゆっくりと立ち上がった。


「ふぅ、これでわしの心残りはないな。安心して来年引退できるわい」

え…引退?俺は自分の耳を疑った。監督が、引退?

去っていこうとする監督の後ろ姿にあわてて、「引退って…しかも来年って…?」と聞いた。

すると、のんびりとした答えが帰ってきた。


「本当は三山と板切を見届けて、ことしいんたいするはずじゃったのに、うちの板切がなぁ。

どうしても金森の代まで、見守ってほしいと譲らんでな。あいつにしてはわがままがめずらしかったから

聞いてやったわい。」と笑っていた。


俺は受け入れたくなかったが、監督が決めたことなのだろう。来年までだ。けれど、正直次いつ会えるかわからない。だからこそ、俺の人生を、野球を支えてくれた監督にはしてもしきれないほどの感謝をしている。今日の試合で、どれだけ見てもらえたかはわからない。でも、きっと。伝わるはずだから。


俺は背中を折り、めいいっぱい頭を下げた。そして大きな声でその背中に届けた。


「俺に野球を教えてくださり、ありがとうございました!!!!!」


頭を下げた瞬間に、まだ目の奥で滲んでいた涙が床に溢れた。

それでも、俺は頭を下げ続けた。

そして足音が消えたとき、俺は顔を上げ、涙を拭った。

こんな姿を見られたら、いつものアホキャラ颯というキャラが崩壊してしまう。

「いっけね」と1人でつぶやき苦笑いしながら、顔を上げた。

そしてみんなのところに戻る足は、今までで1番、軽く感じた。


早く、澪馬のボールを捕りたい。野球がしたい。



そして1年後、板切の願いをしっかりと聞き、金森たちを甲子園まで送り届けて無事引退をした名監督、新田監督は、同じ年の11月。突然の心筋梗塞により、急逝。

最後まで教え子、そして野球を愛した人生だった。



いよいよ、神栖工業に勝利した城聖が次なる強豪校と対峙することとなる。

その様子は如何に。

「ラウンドの守神、佐賀加唐高校編さがかからこうこうへん」お楽しみに‼


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