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キャプテン、そしてエース

板切さんの投球はやはりスローボールと普通の速度とほとんど見分けがつかない。

9回のトップバッターは颯だった。

バットを構えたまま1球目を見送る。その顔はうつむいていて見えなかった。そして、颯の出塁が今後の結果を左右するのは目に見えていた。

颯が足元を見る。今回の試合は新田監督が見ているはずなのに、なぜか颯のいつもの元気がないような気がした。何より口数が少ない。俺は無意識に心配しながらバットを構える颯を見守るしかなかった。




バットを構える。俺がトップバッターということは、俺が出塁できるかどうかにかかってる。

試合開始のとき、久しぶりに新田監督の姿が見えて懐かしさとともに今日は戦えるのだと闘志を燃やした。

しかし、その直後にたまたま観客席を見たとき、見つけてしまった。

茨城にいた時、同じ中学だった俺のクラスメイトが二人。それも俺を特に敵視していた二人だった。おそらく神栖工業の応援だろう。


その瞬間、俺はあのときのことがまた蘇ってしまい、変なことを言わないよう、澪馬たちにいつものようにギャグを言えなくなってしまった。

多分、あいつらもバッターボックスに立つ俺を見ている。正直、すげぇ怖い。何を言われているのか。ひどく罵られているかも知れない。

けれど、今の俺はあのときの俺とは違う。

野球もある。最高の仲間と、先輩と、ライバルまでいる。そしていま、甲子園という大舞台でその彼らと大好きな野球をしている。


罵るなら罵れば良い。陰口を言うなら言えば良い。笑いたいなら笑えば良い。

その時はきっと、澪馬や成斗、光哉が応援してくれる。また一緒に笑ってくれる。

その時はきっと、お前らは後悔するぜ。

三山颯という人物を、野球を、甘く見た罰だ。


今この瞬間の、俺を見ろ。


そうして俺はバットを思いっきり振った。

そして次の瞬間、初めてカンッという壮大な音が響いた。





颯が下を向いたまま、何かを考えている。

先程の佐渡島さんのようで、さらに心配だ。

いつもの「おい澪馬ぁ」といいながら肩をガシッと組んでくる颯じゃない。

颯、頼む。今、お前にしか頼めない。頼む。


打ってくれ。


その願いと同時に、颯は投げられてきた球に視線を向けて下を向いていた顔をぐっと上げた。

そして確信を持ったかのようにバットを振った。


颯は落ち込んでいたんじゃなかった。

いや、もしそうだとしても、立ち直った。

ただ下を向いていたんじゃなかったんだ。多分、颯は視点を変えてピッチャーの板切さんを観察するんじゃなくて、キャッチャーを観察していたんだ。


よく見ると、板切さんがスローボールのときに、

キャッチャーが構えを微妙に前にし、下からすくい上げるようにとっている。

颯はピッチャーじゃなくて、より難しいキャッチャーを見ることを選んだんだ。

颯のボールは高く上がった。低めのスローボールだったからよりすくい上げたのかもしれない。

高く、高く伸びていく。

しかし、ホームランにはならなかった。

ならなかったものの、2塁まで颯が到達した。

そして颯はガッツポーズをし、初めてこちらに笑顔を向けてくれたから、俺は自然と少し安心した。

小利木さんではなく、颯が切り口を開いたのには驚いた。毎日コツコツなにかノートとかに書いたりしているのが見えていたが、まさかそれがキャッチャーだけではなくバッティングにも活かすことができると証明され、そうとう勉強をしていたのかということに今更気付いた。

すると、いい流れのところで神栖工業の新田監督が指示をし、タイムを取った。

できればこの流れを止めたくなかったのだが、タイムとなるとどうしようもない。

板切さんのところに皆集まり、新田監督からの伝令をベンチの選手が伝えに言った。





なぜか目の前のトップバッターは最後に俺でなく、一瞬キャッチャーを見た。

まさか、気づいたのか?今まで誰も見てこなかった視点を。

俺よりも、キャッチャーのほうが掴むときにスローボールと普通の速度との差が大きいということに。

普通ならバッターの視点はすべてピッチャーに注がれる。そのはずだから、俺はここまで差をなくすように練習してきたんだ。そしていままでならそれが通用し、また城聖にも通用していた。


本当に、気づいたのか?彼は、何者なんだ。そして俺は背番号を見てハッとした。


「12番」

それは、チームの中でエースキャッチャーの次に任されるキャッチャーのつける背番号。

つまり、強い。

そこで俺は新田監督の言葉を思い出す。

「なんせわしの育てたキャッチャーがいるはずじゃからな」


まさか。こいつのことだったのか。

そして俺は2球目を投げた。次の瞬間、俺の横を風とともに打球がすり抜けていった。

俺は一瞬何が起こったのか理解できなかった。

そしてすぐにタイムの声がかかったとき、ようやく一瞬止まっていた周りの時間が動き出した。

そして伝令含め皆が集まってきた。グラブを口元に当てながら俺は一言「すまん、打たれた」と言った。

すると、キャッチャーも「俺もミットを前に保険かけまくった。そしたら見破られていた。すまない。キャプテンのせいだけじゃない。」俺は首を横に振る。

すると、となりから冷たい声が聞こえたとき、初めて伝令が金森だったことがわかった。

「責任の譲り合いなんか何の役にも立ちませんよ。」

俺はその声にえっと驚きながら金森を見ると、何すか、と冷たい視線が返ってきた。

そしてそのまま金森が話を続けた、

「板切キャプテンのスローボールが攻略された今、ここ9回とはいえノーアウト2塁という状況は危ないと捉えることができます。そこで新田監督からの伝令です。『スローボールは投げるな、』とだけ。」


「スローボールを投げるな?」と俺は復唱した。金森は頷くと、こう答えた。

「どうせ見破られたのなら、わざわざ遅いスローボールを用意周到に打たせてやるのは逆にリスクが高い。だったら板切キャプテンの持っている球の全力を投げてこい、」とのことだそうだ。

そして新田監督を見ると、いつもと表情は変わらず、こちらを見て一度だけ頷いた。

投げろということだ。俺からスローボールを取ったらもうなにもない、とずっと思っていた。だからこそひたすらスローボールを極めてきたんだ。

それでも最後に監督は、俺の全部で投げろと言ってくれた。

ここに来てやっと、やっと認められた気がした。

「ありがとう、」と金森に伝えると、1度こくっと頷いた。

そして皆が守備に戻っていく中、金森がもう一度こちらを振り向いた。なんだ?と思って目を合わせると


「頼みましたよ。エース。」

と一言だけ、言った。いつもはキャプテンとしか呼ばず、絶対に俺をエースとは呼ばず、正直舐められているのも感じていたし、正直どう扱えば良いのかわからなかったチームメイトだ。


「ここに来て初めて『エース』か」と俺は思わず笑ってしまった。

そして金森に向かって頷くと、金森はそのままベンチに戻っていった。


バッターボックスには2番、そしてネクストバッターズサークルには3番。そしてその更に奥では、あの

小利木が待機をしている。


そして俺は息を吐いて解放された全力でそのボールを投げた。

相手は手を出してこない。まだスローボールを待っているらしい。しかし生憎だがそのボールはもう投げられることは無い。


そして俺はもう一度同じ速度のボールを投げた。すると、目の前のバッターはバットを即座に横に構えた。


「セーフティーバント…!!」そう思ったときにはもう体が反応していた。

目の前に流れてきたそのボールを迷うこと無く1塁に全力で投げた。そしてファーストの中にボールが届くとともにバシッという轟音が響いた。

ランナーは三塁まで進塁したものの、1塁は阻止できた。こちら側の応援の声もかなり大きい。

そして1アウト3塁という状況を考えると、1点は失点を考えておいたほうが良い。かつてそう新田監督に教わった。

そして次に目の前に来たバッターは、なんと佐渡島だった。小利木にばかり気にをしていたため、佐渡島には目がいっていなかった。

佐渡島は、嬉しそうだった。エース同士の直接対決ができるのが心から楽しそうだった。

しかし、それは俺も同じだった。投げていくと佐渡島が打てないボールや、ボール、そのすべてが楽しい。


あぁ、野球、楽しい。

俺もいつの間にか笑顔になっていた。この状況はスクイズの場合も考えている。だからより意識は高いはずなのに、全力で戦えるというおもしろさにハマってしまっていた。

先程のようにセーフティーでスクイズか、そう思った瞬間だった。

佐渡島が振ったバットに、俺の球が当たった。

その打球が強くバウンドした。俺はすぐさま後ろを振り返るも、ファーストに届く前に佐渡島は1塁ベースを駆け抜けていった。

3塁ベースのランナーは念の為動いていなかった。

1塁にたどり着いた佐渡島は「さっきのお返しだ」というようにニッと笑った。

さて、次のバッターは小利木、そして今回主な登板のなかった瀬尾が待っている。


小利木はやはり圧が違う。4番にかけているものの重さが違うような気がする。

そして一瞬のそのものすごい圧に押された。1球目を投げたとき、小利木がバットを振った。

その時、一瞬小利木がバットを引いたのがわかった。

バットを引く、その余裕があるのは相当な実力者だ。そしてその引いた反動でバットをかつて無いほどの勢いで振った。信じられない、いや、信じたくないような大きな音が響いた。


後ろを振り返ると、ボールはすでに高々と空へ舞っていた。

あぁ。高い。超えるな。そう悟った俺は遠くを見ていた。しかし自然と気持ちは落ちていない。

こうきれいに打たれてしまうともう何も感じないのかも知れない。

しかし、これほどの強いチームが、なぜいままで出てこなかったのだろうか。不思議で仕方がなかった。

大きく飛んだ小利木のボールはライトの頭を超え、観客席へと消えていった。

神栖工業の歓声はもうない。

ホームランだった。


小利木を見ると、あまり表情を変えずに一周していった。

そしてランナー全員とハイタッチをして、こっちを睨みつけた。打ってやったぞ、と。





ここでついに、同点だ。9回で颯を始め、佐渡島さんも、小利木さんも打った。そして俺だ。

重たい場面だが、トップを務めた颯もかなりの役割だったと思う。

颯は先程長い塁での時間を終え、無事に帰ってきた。少し顔が明るくなっていた。

すると、颯がバッターを構えている俺の方を見てこちらにやってきて、言った。


「お前もさ、何も考えないでただひたすらに晴れた空だけ考えてみろよ。そしたら、自然とそこに向かって、球飛ばしたくなんだろ。お前の好きな飛行機みたいに、高く」

颯は何を考えているのか、いつもより真剣に空を見上げている。

すこし、なにか引っかかっていたものがほどけてきたような表情だった。


「っていうか、なんで俺が飛行機好きって知ってんだよ」と慌てて聞くと、

「だっていつも飛行機通ると空見上げて、なんか懐かしそうな顔してるからさ」


見られてたか…と思いながらも俺は空を見上げた。

そして前を向いて、バッターボックスへと進んだ。目の前の板切さんが大きく見える。

見た感じ、スローボールはもう投げてこない。


正々堂々勝負する。

1球目は見送る。なにも曲がりもない、真っ直ぐなボールだった。あちらももう正々堂々と投げるつもりなのだろう。


ここで負けるわけには、俺はバッターグローブを握りしめる。

どうか、どうか。守神様。


俺達を、守ってください。

どうか、


頭の中でグルグルする。どうか、どうか、どうか。ボールが迫ってくる。しかしなぜか手が動かない。

おい、なにやってんだ澪馬。動けよ手、動けよバット。

びびってんじゃねーよ!!


「ただひたすらに、晴れた空だけ考えろよ」


ハッと我に返り、俺はバッと勢いよく上を向く。と同時に、ミットにボールが入る音がした。

上には気が遠くなりそうなほど透き通った空が合った。

ストライクで追い込まれてパニックだったはずなのに、先程の颯の言葉がすっと蘇った。

板切さんも、急にボールから視線をそらした俺を不思議そうな顔を見ていた。

そして遠くから

「おい瀬尾!!なんでお前ボールから目そらした?!」

「瀬尾も緊張してんだよ。なにかおかしかったらすぐタイムいれるからそう騒ぐなよ竜」

と今にも飛びかかってきそうな佐渡島さんを抑える佐倉さんの姿が見えた。


俺が今感じているのは、恐怖だ。俺でアウトになったら、俺で負けたら。

経験したことのない大きな敗北が怖いんだ。


でも、空を見上げると、そんなものがちっぽけに思えてしまう。

ただ、あの大空に向かって、どれだけ飛ばせるかと途方もない夢を抱いていたあのときの気持は、一体どこに飛んでいってしまったんだろうか。



もう一度、やってみてもいいのかな。もう一度、試してみても良いのかな。


「すぐ届いたら、おもしろくない」ってことは、「いつか信じればきっと届く」という意味だ。

信じるとか、迷信とか、そんなものは正直好きではないし、信じたくもなかった。

でも、そうなんだろ?父さん。

父さんのことを信じたりはしない。でも、ここで俺を見てくれているあいつらは信じてやっても良い。

俺はベンチに居る人達を思い浮かべる。

だったら、その人達に答えないと意味がない。

届かないと意味がない。


そう思いながら、俺はバットを思いっきり振った。

その時、不思議なことが起こった。

真っ直ぐスパッと入ってくる切れのあるボールなはずなのに、なぜか一瞬だけ遅くなって見えたのだ。

俺は思いっきり振ったバットをその速度制限に瞬時に判断し、勢いをゆるめ、振り切った。



「カキン」


ボールが持ち上がる。

振り切った反動ともに、その空の景色の中に今しがた自分が打ったボールが映っていた。

遠くなるボールにベンチも、俺も、そして板切さんも固まる。


トンッとボールが静かな音を立てて、スタンドに消えていった。


…2者連続ホームランだ…!!!!城聖が逆転した…!!!!!!

観客席からそんな声が聞こえてきた。

あぁ、俺は今、ホームランを打ったのか。足がゆっくりとベースを回り始める。

そしてホームに帰ったとき、眼の前には笑顔の颯が立っていた。そして手を上げた。


「パンッ」というハイタッチの音が響く。その途端、一気に会場の熱が湧き上がる。

「瀬尾、よくやったな」と佐渡島さんや佐倉さんが頭をぐしゃっとなでてきた。

なぜか懐かしい感覚がした。正直、照れくさかった。


空、少しは近づいたかな。そう思って帽子をくいっとあげ、空を見上げる。すると、頭上をちょうど

小さく見える飛行機が横切っていったのが見えた。

これが守神様の返事かな、と俺は捉えることにした。


その後も息をする余裕もないような試合だった。

謎に打たれることによって覚醒した佐渡島さんが内野、外野と連携しながらひたすらにアウトを取っていった。そして最後のバッター、最後のアウト。バットが空を切り、ボールは佐倉さんのミットにつっこんだ。

その瞬間、俺達はベンチから立ち上がった。

佐渡島さんがまたガッツポーズをし、先程よりもより大きい声で

「っっっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」と叫んだ。


3対4。この接戦を制したのは、まさかの城聖だった。

神栖工業が、負けた。


ふと板切さんを見ると、ベンチから立ってこちら側に体を向けたまま、しばらく止まっていた。




俺は敗北を一瞬で理解した。しかし、体は動かなかった。

そしてその瞬間、ベンチ側のチームメイトの方を向いて、頭をバッと深く下げた。


「ごめん。俺が打たれたせいだ。せっかく皆が作ってくれた点差を、俺が…」

くそ。ここで泣くなよ。卑怯だろ。俺のせいなんだから、俺が泣いていいわけがねぇだろ!!!

そう思っても涙が溢れてくる自分をとことん恨んだ。

罵ってもらって構わない。むしろそのほうが助かる。


「後は任せてください、エース」


不意にポン、と背中を優しく叩かれたとともに言葉がかけられた。

ハッと顔を上げると、金森だった。いつも変わらない表情に、うっすらと涙が浮かんでいるのが見えた気がしたが、すぐに顔をそらして整列に行ってしまった。

すると他のチームメイトも、泣きながら「さいっこうの試合でしたよ」「キャプテンのせいじゃないっす」

そんな言葉がかけてくれた。


なんで、なんでそんなに優しいんだよ。なんでそんな、許してくれるんだよ。


「板切キャプテン。」

そして最後に残ったのは、新田監督だった。


「君はわしの予想を超えた。正直、君にエースは無理だと思っていたんじゃ。

でも、お前はここまでやり遂げた。最後のスローボールの混ぜたあの絶妙な速度変化の変化球、あれは金森にも投げられんわい」


「でも、あれはホームランを打たれて…」


「打たれたか打たれなかったかは関係ない。あの球は、お前の今まで投げてきた中で、1番美しい、おもしろいボールじゃった」

そう言って、新田監督は微笑んでくれた。


「ようがんばったな、」そう最後に声をかけてくれて、一緒に整列所まで歩いてくれた。


野球、やってて良かった。やっと、認められた。

もう、涙を止めることはできなかった。







神栖工業編、いかがだったでしょうか。大切な回でしたので、どうしても途中できることができず、こんかいだけとても長い話になってしまいましたが、驚かせてしまいすみませんでした。

この後も少しずつ続いていきますので、お待ちくださると嬉しいです。

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