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雄叫び

ノーアウト1塁。

ここで佐渡島さんが抑えないと行けない。いままで打たれてこなかった佐渡島さんのボール、少し佐倉さんのサインとは違ったとはいえ、打って進塁したのを見て、さすが神栖工業高校キャプテンだと思った。

そして打たれたあと、バウンドしたボールに佐渡島さんがなぜか反応に遅れ、その後も固まっていた様子が見えた。

一ミリも緊張しないと思っていた佐渡島さんがああなるのを見て、俺はベンチから見守っていて少し驚きとともに不安を感じてしまった。


「佐渡島さんでもあんな事あるんですね」と投球を終えた隣りに座っている二階堂さんにいうと、

「佐渡島さん、結構緊張するタイプの人なんだよ?」という意外な声が帰ってきた。

俺が疑問の顔を向けると、二階堂さんが答えた。

「去年なんか、佐渡島さん登板するときにものすごい緊張してたんだよ。緊張したらすぐトイレ引きこもってたし笑 当時の3年生がなかなか登板させてくれなかったから、慣らす機会もなかったんだんだ。」

そして二階堂さんが佐渡島さんに視線を向けて続けた。

「なんか副キャプテンになってから、3年生がいなくなったからだったのか、急に堂々とマウンドに立っている姿が印象的になってさ。ストレートもさらになんていうんだろう…」


「自信持ってるっていうか、ね」

二階堂さんがにっと笑いかけてきたので、俺は思わず目をそらし、「そうなんすか」と小さく答えた。

そういう二階堂さんも、最初に合ったときと少し変わった。

最初はよくわからない、誰にでも優しいけれど投球は正直パットしないと思って、あまりかかわらないタイプだと距離を取っていた。

しかし、今は違う。変わった。

俺も、変われたのか。もしかしたら何も変わっていないのではないか。

周りが変わっていく中で自分だけが変わらないという恐怖に突然襲われた。

すると、そんな不安をかき消すようにするどいミットにボールが入り、「スパーン」という鋭い音が脳内に響いた。

マウンドを見ると、ランナーを出したにも関わらず完全復活を果たした佐渡島さんの姿が合った。


「また1段、表情が変わった」

投げたあと帽子を被り直したときに初めて見えたその瞳は先程の鋭さを超えていた。

こころなしか周りに炎まで見える気がする。二階堂さんもその変化に気がついたのか、目を見張っていた。

板切さんのあとのバッターはまた佐渡島さんのボールに怯えるしか無くなっていた。

また佐渡島さんが大きく振りかぶる。

そして振り上げた手を勢いよくおろし、引いた。

「ひきが深い」

いつもよりもより後ろに腕を引き付けてからとんでもない反動でその手とボールを前に押し出した。

そして気づけば、轟音と主にボールがミットに合った。

「157㌔」

掲示板に表示されたその数字に会場が少しざわめいた。

諏訪第一のときよりももう1段階速度とキレがあがったその球を投げた佐渡島さんは、額の汗を拭いながらふぅ、と息を吐いた。

そしてもう一球。とはいえ5番を背負っている神栖工業も負けるわけには行かない。

なんとかボールをミットに当てるも、ほんの数センチキャッチャーの前に転がるゴロとなってしまった。

ゲッツーを取れるほどのスムーズな打球でもなく、「結果的に送りバントになるか」と俺たちも神栖工業もそう思った時、いままでめずらしく静かにだまってひたすら試合を見ていた颯が久しぶりに口を開き、こうつぶやいた。

「いや、俺ならゲッツーにする。そして佐倉さんも多分、そうしてくれる」

颯は「昔の俺なら、ボールを捌くので必死だったけどな」と懐かしそうに言った。


そして佐倉さんはすばやく防具を取りボールを掴むと、颯の言う通り1塁ではなく2塁に思いっきり投げた。

そしてそれを掴んだ2塁の先輩もまたすばやく早坂に投げた。

成斗がボールを掴むのと、ランナーが駆け抜けていくのがまたほぼ同時であった。

しかし、今度は審判は「アウト」と判定をした。


早坂の顔が明るくなったのが遠くから見えた。肝心の佐渡島さんの表情は見えなかった。

そして2アウトとなったバッターの表情はさっきの佐渡島さんの一発を見たのか、すこし怯えたような顔をしていた。

しかし、たった今アウトになった板切さんがそのバッターとすれ違いざまに肩をぽんと叩いた。

そして板切さんはなにか声をかけながら笑顔だった。

あぁ。あの人もキャプテンなんだ。

うちのキャプテンの佐倉さんのように、当然のように神栖工業にもキャプテンがいて。

チームの全体を見てまとめて、責任も自ずと人一倍背負うことになる役割。

それでも、身近な佐倉さんのように、板切さんも神栖工業にとってなにか頼っても良いと思えるような、そんな大きな大切な存在だということが、先程のバッターに対する笑顔から伝わってきたような気がする。


そして佐渡島さんと対峙した。

しかし板切さん以外に佐渡島さんのボールをきれいに捉えることができるものは未だいなかった。

ましてやもう1段階ギアを上げたストレートは、板切りさんにだって通用するか難しい気がする。

そんなこんなで結局2球で追い込んだ。

皆が注目した3球目。ラウンド上に響いたのは、バットの音ではなくあのボールがミットに収まる音だった。8回、無失点で抑えた。


その瞬間、俺たちはこの目で珍しい光景を見た。

普段べつにアウトをとっても表情の変わらなかった佐渡島さんが今、マウンドの上で大きく手を挙げてガッツポーズをしたのだ。

そして同時に「っっしゃあ!!」という佐渡島さんの短い雄叫びが静まっていたラウンド中に響いた。

先ほど見えなかった佐渡島さんの表情は交代するためにベンチに走って戻ってきた佐倉さんや豊島さんに背中をバンっと叩かれ、「よく持ち直したな」とか声をかけられていて、照れくさそうな、嬉しそうな笑顔だった。


しかし次の攻撃は9回。いまだ3点差。

ここで3点巻き返さないと終わる。


佐倉さんがベンチでもう一度皆に言う。

「ここが最後じゃない。ここが最後でいいわけない。二階堂と佐渡島とが作ってくれたこの流れを止めるな。神栖工業に勝つぞ!!!」


「おおぉ!!」

佐倉さんや先程の佐渡島さんの雄叫びに負けないような声で、

一人一人がまとまり城聖が一つの大きな魂となる。



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