自信
佐渡島、今からお前に勝つ。
さぁ、どんな球を投げる。
板切は警戒しながらも力強くバットを構えた。
そして佐渡島が大きく振りかぶる。
「構えに隙がない」
佐渡島は少し今までと違うものを板切に感じた。
「同じエースピッチャーだ。しかも神栖工業なんだから、それなりの覚悟もってここまで来てんだろうな」
そうして俺はいつもより少しゆっくりめのボールから入った。しかし念の為、甘いコースはすべて避けた。
1球目。遅めだがインコース。
ボールの入り方が少しスライダー気味になっていたが、俺はスライダーは投げない。
面白い球だと思いながら2球目を投げる。
今度は俺の持っている力の8割でボールにし、あえて集中をストライクから外させる。
アウトコースに少しそれたボールに、まだ板切は手を出さない。
予選や諏訪第一でさえ手を出したボールだ。
さすがよく見てるな、と改めて感心してしまった。
そして3球目。アウトコースかインコースか、打たれるか打たれないかの大きな分かれ道だ。
2球目はアウトコース。
あえてここは続けると見せかけてインコースか、と俺は考えた。
が、佐倉は首を縦に振らない。
それでも、試してみたいともう一度サインを送る。打たれても、試してみたい。絶対いま思ってはいけないはずの好奇心のほうが大きかった。
「佐渡島は、ボール握ると頑固だもんなぁ」
「ハンドル握ると性格変わるみたいに言うなよ」
「まぁ、困るけど(笑)ピッチャーってそういうもんなんかなぁと最近思ってるとこ」
「瀬尾?」
「瀬尾(笑)」
「まぁ、そのピッチャーと真正面に向き合えるキャッチャー、ちょーおもしろいぜ」
「佐倉の顔見てたら分かるよ。いっつも楽しそうに配球考えてんじゃん」
「バレてたか(笑)」
諏訪第一の試合が終わり、全国が決まった帰り道のバスの中での会話。
別に特別なことを話すこともなく、なんてことない佐倉との会話が続いた。
決めた。インコース。
ギリッギリのインコースにしてやる。
佐倉もしょうがないなぁと言う顔をしながらミットを少しインコース側に構え直した。
この構えは俺が投げた瞬間さらに内側に移動する。
板切が構える。
そして俺は最大級の力で、インコースにぐっと投げた。
その次の瞬間。
目の前に、すごいスピードと音とが同時に何かが飛んできた。
その瞬間、俺の記憶が再び鮮明になる。
あの日、もう二度と見たくない光景。
キキーッという不快な大きな音とともに、大きなものが視界に飛び込む。瞬間のことすぎて、俺は一歩も動けなかった。そしてその視界がとっさに何かに遮られる。
そしてどれくらいだったか。
人々のざわめきと、悲鳴と、重さと、ぼやける視界と、なにもかもが理解できない状況だった。
そして、すぐ近くにへこんだ車と、曲がった電柱と、少し離れた所に倒れている母親。
そして、俺に覆いかぶさるようにして倒れている男性がいた。
体中が痛いものの、なんとかそばで動いている母親を見つけて安心した。
するととなりで今にも消えてしまいそうな、かすれた小さな声が聞こえた。
「大…丈夫か」
俺は驚いたが、必死に「うん…うん…」と何度も頷いた。
でもその人はもう喋りはしなかった。そしてやっと、その人の頭から血が流れており、重症だということに気がついた。
俺はおそろしさと理解ができない状況で過呼吸になり、体の痛みなんか忘れてしまった。
目をそらしたくなるようなその場から一刻も離れたくて、立とうとしたが足に力が入らず立つことができない。
そこから救急車とパトカーとが何台も来て、ようやく大きな事故に巻き込まれたということを理解したときには、もう俺は病院で手当を受けていた。
そうだ。一瞬の出来事だった。
「竜!!!!!!!」
佐倉の大きな声で、ハッとする。
一瞬の最悪な走馬灯のような記憶を思い出しているうちに、板切の打った打球が強く地面にバウンドして、顔面に直撃しそうだったのだ。
俺はとっさに目をつぶりながらしゃがんだ。
すれすれのところで避けられたため、ボールは変なところにバウンドしていった。
ショートが掴んですばやくファーストの早坂に送球したが、板切が一歩早かった。
「一発目からこれじゃあな」と俺は自分で自分に呆れて笑ってしまった。
ノーアウト一塁。
もうすでに先制されてるのにさらに追加点になったら取り返しがつかなくなる。
しかし久しぶりに打たれたことと、蘇ってきてしまった鮮明な記憶のせいで俺は自分の手が少し震えているのに気づいた。
するとタイミングよく佐倉が「タイム!!」と叫んだ。
そして佐倉はすばやく防具を外して俺のそばまで来た。他の外野たちも集まってくれた。
「ぶつかってないか、行けるか、佐渡島」
佐倉に冷静に聞かれる。
「行ける」と答えた。
大丈夫、なんて無責任ことは言わない。
それを佐倉も昔からわかっているから
「大丈夫か?」なんて聞かない。
「ここから下位打線だ。守備の動きはいい。
このまま無得点で抑えるぞ!」
「はい!!」
皆の声が重なる。次こそは、とボールを握る手に力を入れた時、不意に肩をポンとたたかれた。
「自信なくすなよ。佐渡島らしくねぇじゃん」
と言われ振り向くと、そこにはいつもと同じような穏やかな落ち着いた表情の豊島が居た。
自信、か。
確か日向がいなくなってしばらく経ってからのこと。高校2年生の後半くらいにあまりしゃべらなかった豊島としゃべった時のこと。
俺はよく日向と喋っていたから、豊島は佐倉と喋っていることが多かった。
しかし、3人という半端な数になったからなにか関わりを持とうと当時の俺は思ったらしく、練習の帰りに前を歩いていた豊島に追いつき、こう話しかけた。
「なんか豊島って安心感あるよな。投げて打たれても絶対取ってくれそうな自信?みたいなの見える気がしてさ。」
「え、ほんと?それなら良かった」豊島がニコっと笑った。そして歩きながら行く先を見つめて
「でも、俺そんな自信ないんだよな笑」
そういう豊島に俺は疑問の目を向けた。
すると、豊島が教えてくれた。
「ほんとのところをいうとさ、多分捕れるとかキャッチできるとかそんな自信全然持てない。
下手だし、なにかあれば練習でもエラーするし。
すぐ緊張するし先輩も後輩もコミュニケーションとるの苦手だし。
自信持てるとこなんざ一つもないな(笑)
でも俺、そのことわかってるんだよな。
誰よりも絶対に俺が一番わかってて、死ぬほど悔しいって思って絶対練習してるんだよ。」
「それだけは自信持てるわ、俺。」
それまであんまし喋らなかった豊島の本質をなんとなく見ることができた気がした。
いっつも穏やかで優しい豊島に、ゆるぎない強さを感じ取ることができた。
でもやっぱり、優しかった。
「お前のずっと投げてきたあのストレート、誰も打てないよ。日向も、佐倉も、絶対わかってる。佐渡島、お前は自信持て。」
そう言って笑ってくれた。
佐倉も、豊島も、そして日向も。
ストレートしか投げることができない俺を、笑わず、責めず、信じていると言ってくれた。
俺は豊島に力強くうなずく。豊島もうなずいて、自分のポジションに走って戻っていく。
俺も、ずっとずっと投げてきた。
自信を持て、うつむくな、前を見ろ。
一番をつけて全国の舞台のラウンドの上に立っているのは俺だ。
俺は佐渡島竜聖。
すべてをかけて投げ続けてきたこのストレートで絶対に1点も取らせない。




