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今からお前に勝つ

ふと思い出した、例年通り勝ち進み。茨城代表が決まった時の話のこと。


「このままいくと、長野の諏訪第一、または城聖高校というところと1回戦あたりそうだ。」


キャプテンの俺は皆に言う。


「城聖って‥板切キャプテンも聞いたことないっすよね?」 

「ないな」


城聖高校。初出場らしかった。心の奥底では、諏訪第一と戦うと考えていたらしい。

速報で「長野県代表城聖高校」と聞いた時は皆が驚いた。


あの諏訪第一を敗ったのか。どんなチームなんだと心底興味がわいた。

いざチームで対策の戦略を練る時、こんな会話が合った。


「城聖のピッチャー構成は、エース佐渡島、次に瀬尾、そして二階堂という順番だと見える。

なにかこの選手についての情報は」

高1が手を上げて言う。


「瀬尾は昔、中学の全国大会で名を聞きました。直接対決はしていませんが、かなりの強さだったと。」

瀬尾はよく登板している。今回も要注意だと思った。

「二階堂はよく場繋ぎとして使われることが多いかと、」金森がとなりで静かに言う。

言い方が冷たい。あくまで選手を「戦力」という目でしか見ていないような言い方だった。

そして俺は付け足した。

「エース佐渡島はまだ諏訪第一との試合でたった2回、そしてストレートしか記録がない。

公式戦も一試合もまともにでていない城聖だから、取れる情報はこのあたりだ。」

すると、となりですっと手を上げた人物がいた。

えっと、と言おうとその人物に目線を向けると、新田監督だときがついた。


「えー、わしからも情報を一つ。城聖は」

「強い」


「なんせわしの育てたキャッチャーがいるはずじゃからな」 

監督はいつものとおり穏やかな笑顔だった。

監督の、生徒。あのやってるって言っていたクラブチームの生徒か。そう予想するも、監督がここ神栖工業高校の野球部で教える時、小学生から高校生までいるクラブチームの生徒を褒めたり期待したり、ましてや話題に出すことなど一度もなかった。

だからこそ、俺を含めて皆驚いた。それほど強いキャッチャーのだろうか。


その後いろいろと作戦を話し合って、以上だと言って解散した。

ちらっと横目で金森を見るもこちらに目線を合わせない。

実は直前まで、このキンキンに冷たい2年の金森がエースピッチャーの番号をつけると言われていた。

キャプテンの俺の実力は、

金森には勝っていなかったのだ。


そして俺は監督に頭を下げた。

「エースに、エースになるためには何をすればいいのか教えてください」

お願いします、と。


すると監督は表情一つ変えず言った。

「今から今の金森の球を超えるのは難しい。」

俺はうなだれた。とうとう見捨てられたのかと。 


「じゃから、金森とは違う球を投げるんじゃよ。

金森が投げれない球を投げればいい。」

金森と違う球。金森が投げられない球。  

金森は球速、コースともどもキレがある。

球の判断もいい。

その金森には投げることができない球。


ひたすら観察した。いままで見てこなかった金森の投球を嫌と言うほど目に焼き付けた。

そして考え抜いて出した答えが


「スローボール」

地味で目立つことはないが、打てない選手をとことん打ち取ることができる。

それから俺は毎日の練習の一部分をスローボールに変えた。


とことん球速を落とし、かつ読まれにくいフォームを心掛けた。

練習中は1ミリも期待なんかされなかった。

金森ばかり注目されて、キャプテンのくせにとかそんな声も聞こえないふりをして投げ続けた。

そして番号が発表された。

俺が1番だった。


少し周囲がざわめいた。金森じゃないのかと言う声が聞こえた。

しかしそれは甲子園直前の公式試合で打って変わった。


俺の登板で失点0で完投した。

スローボールと普通のボールの投げるフォームを直前まで見分けがつかなくなるようにして、相手を混乱させる。


人というものは、結果で態度を変えるものだ。

そこから俺は「エース」と呼ばれるようになった。でも不思議と、いい気分ではなかった。

金森も悔しがっていたのはおおいに伝わってきたし、なにより一瞬の変化で喜んでいる自分に一番腹が立った。

それでも監督は何も言わないで、ただ指導をひたすらしてくれた。

そして俺は皆の信頼を勝ち取った。

今回の試合も任された。

甲子園常連校のキャプテン、そしてエース。

とてつもない重圧に実際に押し潰れたこともあった。体調も崩した。何か言われてしまうこともあった。1年の頃からパッとしない立場だったため、正直皆の気持ちをつかむようなピッチャーにはなれないかった。


佐渡島。

お前を、俺は少し羨ましいと思ってしまった。

初出場で行けるところまで突き進むという途方もないような進み方が求められる。

対してこちらは勝ち進むのが「当たり前」だとなっている。


同じ背番号「1番」を背負って立ったこの舞台の重みは、どれほどの違いがあるのだろうか。


マウンドに立った佐渡島は、俺には少し眩しい。

どんな練習をしてきたのだろうか。

どんな仲間とやってきたのだろうか。

エースとしてチヤホヤされたのだろうか。

緊張しないのだろうか。

あたまんなかでぐるぐる周るものが自分に比較し突き刺さるような気がして、少し目を逸らした。

もうこのままアウトになってしまうのか。

どうしようもないのか。


顔を少し背けた。見なかったことにして、気持ちをリセットしようとした。

すると、ベンチ側からいきなり聞いたことのないような新田監督の大きな声が聞こえてきた。


「目を逸らすな!!人間なんじゃったら目は前についてるじゃろ!!わざわざ逸らすな!!」

 

「前を見ろ!!!」


球場全体がシーンと静寂に包まれた。

いつも穏やかな監督の聞いたことのない声色を聞いて、背筋がゾクッとした。

部員全員が驚いているのがわかった。

そして、その異様な声量と声色で発せられた言葉は自分に向けてだと理解した。


目を逸らすな。前を見ろ。


目を逸らしたら、負けだ。


俺はそう自分に言い聞かせながら

バットを構え直す。


キャプテンとして引っ張ってきたのは誰だ。

エースとして引っ張ってきたのは誰だ。

絶対に逃げなかったのは誰だ。


「俺だ」


積み重ねてきたものは、積もり、

やがて大きな自信となる。


そして、全ての最後に自分の努力に自信を持てる者は最強だ。


板切海夏人いたぎりみなと

神栖工業高校キャプテン。


俺はそらした目をもう一度、

目の前の佐渡島に向け直した。

新田監督の言葉が頭の中でこだまする。


前を向いたら、佐渡島が大きく空にボールを持った手を振り上げているところだった。


佐渡島。

今から俺は、お前に勝つ。

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