記憶という名の夢
俺達は今日泊まるホテルに着いた。
予想よりいいホテルを取ってくれていた小石先生は、「まさか城聖がここまでくるとはなぁ」と自分が予約したホテルを見上げながら少し驚いていた。
小石先生は合宿の付き添い時はめんどうくさそうだったが、ここまで来てしまうともうそんな文句は口には出していなかった。
俺と同じことを思ったのか、隣の颯も「こんなでっけーホテルなんだ…!」と感激した声を出した。
そして俺達は夜ご飯を食べ、明日の事務連絡と最終的な戦略を練っていたら時間は夜七時半を回っていた。
本当はここから自由時間だったのだが、佐倉さんが俺達を引き止めた。
そして打席に立つときに使う新品のバッティンググローブを一人一人に配った。
「これは…?」と二階堂さんが聞くと、佐倉さんが答えた。
「ほら、俺ら部費あんま使ってなかったのを思い出してさ、どうせならこれくらいは買えるかもと思って
小石先生に相談したらOKが出たから一人一人に配った」
「でもこれ、全国に行かなかったら渡されていなかったんじゃ…」と成斗が不安そうに聞くと、
「俺は行けると思ったからここまで渡さなかった」と佐倉さんが迷いのない笑顔で言った。
キャプテンとして、1番このチームを信じているということが伝わってきた。
そこで、と佐倉さんが太い油性ペンを色関係なく一人一本配った。
「そのバッティンググローブの手の甲に各々一言でいいからなんか書いてもらいたい。」
「全国という相手と戦うここからの試合は今までとはレベルが違う。俺達のやってきたことをバッキバキに否定され、折られそうになるかもしれない。そんなときに、手の甲を見ろ。今日書くひとことと自分自身に「負けるな」と言われるから。」
一人一人がゆっくりペンを持ち、真剣に書き始める。
じっくり考える人もいれば、さっと決めて書く人もいて、それぞれだった。
俺はなかなか思いつかなかった。いざという時、自分を奮い立たせるような一言、そんな言葉をパッと思いつくことは、俺にとっては難しいことだった。
隣の颯を見ると、もうとっくに書き終えていた。
これを書いても、かっこ悪くないだろうか。馬鹿にされないだろうか。
何分も考えて、やっとペンが走った。
「そんじゃみんな何書いたか見せあいっこしようぜ」と佐渡島さんがいたずらっぽい声を出した。
俺はぎくっとした。佐渡島さんにまさしく馬鹿にされるのが予想された。
だから急いで上からでっかく上書きした。これで、一瞬では下に何を書いたのかわからないだろう。
そして全員パッと見せる。
「最強」 キャプテン3年 佐倉塔矢
「掴む」 3年 豊島一樹
「成長を」 2年 二階堂律
「笑顔」 2年 小利木塁
「栄光あれ」 1年 戸賀光哉
「信頼」 1年 早坂成斗
「俺自身の野球を」 1年 三山颯
そして、
「届け」 副キャプテン 3年 佐渡島竜聖
「ラウンドの守神様」 1年 瀬尾澪馬
だった。
佐渡島さんのことだから余計なことをダラダラ書くのかと思っていたら、意外とシンプルな一言だったので驚いた。すると、佐渡島さんが小利木さんのグローブを指さして、「小利木、お前…笑顔って…意外だったわ」笑いをこらえているのか、肩が震えている。
「確かに小利木らしくないかも」と二階堂さんも笑っている。
「そ、そういうお前はなんだよ『成長を』って。幼稚園児かよ」と小利木さんは必死の抵抗を見せる。
「ってか光哉お前なんかかっこいいな」
と颯が言うと、光哉は照れたように「ありがとう」と言った。
そして颯は俺に「ラウンドの守神様って…なんだ?」と聞いてきたから
「いいの、神様ってこと」と言った。颯は不思議そうな顔をしながらもふぅん、と言ってありがたいことにこれ以上追求されずに終わった。
俺自身、なぜ父から教わったことをわざわざ書いたのかわからない。ただ思いついた言葉がこれだった。
そして佐渡島さんの声が響いた。「そしてお前らー!これから晴れて大型ホテルでの自由時間というわけだが…二段ベッドじゃんけんはしたんだろうな…?」
「なんすかそれ」と隣りに座っていた小利木さんが突っ込むと、佐渡島さんがわざともったいぶっていった。
「なんだ知らないのか…」
すると隣で「チッ」というきれいな舌打ちが聞こえ、佐渡島さんが「小利木ー聞こえてんぞー」と流れるようにいった。
どこかで記憶のある会話だったが、俺は気にしないでおいた。
「俺達が1年のときからあるんだが、二段ベッドのところに宿泊する時は毎回ロフトを取り合う壮絶な争いが起こる。そこであらかじめじゃんけんで決めておくことで、平和的解決を目指したという風習さ」
佐渡島さんがなぜか勝ち誇ったような顔をして言った。
「だっせー風習」「こらそんな事言わないの」
わがままな先輩とブラコン兄先輩2年生ペアの小声での会話が耳を流れていく。
「3年の先輩方は、もうじゃんけんしたんですか?」とその変な流れを断ち切るように光哉が聞いた。
「実はじゃんけんなしですんなり決まったんだよ」と豊島さんが苦笑いしながら答えた。
皆が不思議そうな顔をすると、佐倉さんが丁寧に説明した。
「まず俺たち3人希望を言い合った。もちろんみんなロフト希望。その途端に佐渡島がいやいや俺が良いと3才児みたいに駄々をこね始める。そしてそれと同時に、俺達は合宿中の悪夢を思い出したんだよ。」
豊島さんが笑いながら続ける。
「合宿中、佐渡島をはさんで川の字で寝たんだが、あいつ寝ている間に布団取ってくるわ足がぶっ飛んでくるわで正直ほとんど寝られなかったんだよ」
「そして最悪なのは当の本人は何も覚えていないっていうね」
「そうそう」
佐倉さんと豊島さんが意気投合し、見事にツボに入った。
佐渡島さんが顔を赤らめて固まっている。
「お前らそれここで暴露することかよ…」
「まぁそれで3人一致で佐渡島だけロフトってことになったわけ」とまだ笑いながら豊島さんが言った。
そして俺らは4人で向き合って、颯の「そんじゃー俺らはしっかりじゃんけんしますか」
最初はグー、じゃんけんっ!
「やったぜ‼ロフトゲット‼」という颯の声が響き、颯と成斗が勝った。
「負けちゃったねぇ」と光哉が俺に苦笑いした。
そして「部屋でトランプしねー?」という颯の声がかかった。
「俺らは恋バナだもん」なっと先ほどの出来事を忘れたように佐渡島さんが佐倉さんと豊島さんの間に入って方を組む。
「恋バナってなんすか?!」と食いつく小利木さんを押しのけて3年の3人組が部屋に行く。
明日から神栖工業と戦う者たちの会話だとは思えないほど日常より日常会話だった。
そして俺達も4人で部屋に行こうとすると、いつの間にかそばに来ていた佐渡島さんに肩をぽんぽんと叩かれた。
「俺もいるけど、まぁいいんじゃない?」
俺は驚いた。すぐにバッティンググローブは見えないように裏返したはずなのに、それでも佐渡島さんは俺の「ラウンドの守神様」と上書きした文字の下に書いたものを読み取ったんだと思うと恐ろしくも感じた。
でも、馬鹿にされると思っていたから、その反応には困った。
だからとりあえず、「ありがとうございます」と答えた。
「お、素直になったじゃん」と頭を撫でられたから最大限の不機嫌な顔を出しといた。
そんじゃ「また明日、」と言われ今度こそ部屋に分かれた。
「俺もいるけど」と言われた。
つまり、佐渡島さんも当然超えなくてはならないのは変わらない。
俺はもう一度、バッティンググローブに書いた文字を読む。
そこには、「ラウンドの守神様」という文字の下に、
「世界一のピッチャーに」
という、俺が記した文字が薄っすらと読めた。
そして俺は眠りにつく。そしてまた、記憶という名の夢を見る。
「澪馬、いつか俺を超えるピッチャーになれ。」
「父さんを本当に超えられるかなぁ…」
「大丈夫だ。でも、まだまだ超えられるわけには行かないな笑」
「僕がんばるもんね」
「あぁ。守神様が守ってくれるよ」
「でも俺を目標にするな。世界を目標にしろ。」
「世界一のピッチャーになれ」
言われなくても俺はお前を超えてやる。
そして、世界一のピッチャーに。




