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行ってらっしゃい

「千草は俺の、俺の元チームメイトです」


同じ長野県内だから、ありえないこともない。

俺の他にも注目されるやつがいたのだと思うと世界の狭さに驚いてしまう。

佐倉さんが一回だけ頷いて、

「じゃあその宮峰の知ってる情報、ありったけ教えてほしい」と頼んだ。

いつものように素直に「はい!」といいながら

成斗は答えるのかと思ったら、違った。

ずっと俯いて黙っていた。

光哉が心配そうに「成斗くん‥?」とうしろから声を掛けるが、反応がない。

皆成斗の言葉を待ちながら、少し困ってしまっていた。


すると佐渡島さんがその微妙な静寂を止めた。


「早坂。宮峰とはチームメイトだったんだよな。味方だったんだよな。かばってあげたかったのか。

でも今は違う。今は俺たちが味方だ。それとも」

少し佐渡島さんが苦笑いをしながら言った。


「まだ俺達のこと、信用できないか」

めずらしく優しい物言いだった。いつもズケズケと何も考えず放つ言葉ではなく、なるべく傷つけないようにと外から包み込むような感じの聞き方だったから驚いた。


成斗はびっくりした顔をするも、また黙ってしまった。


そしてまた少し時間がたったあと、成斗はゆっくり言葉を紡いでいった。

「千草は、瀬尾くんと同じくスライダーを主に武器として使っています。サウスポーで、大きめに曲がるカーブも持っており、スライダーの間に時々交えて投げてくるので、対応されにくくなっているようです。

そして、千草は…、千草は…」

そしてうつむいてしまった。


「とっても…優しいです…」


そしてハッと顔を上げて、すみません‥!!

と謝っていた。

なんだか1人でコロコロ表情が変わっているのを見て、俺とは真逆だなぁなんて思って笑いそうになってしまった。が、成斗自身は大変そうだった。


そしてそのまま成斗の情報を元に作戦会議が続けられ結局4時ぐらいに帰ることになった。

4人で帰っていたが、少し元気がなかった成斗の横に光哉が来て、心配するようにもう一度、大丈夫?と声をかけた。

すると成斗は笑って、うん、と答えた。

「光哉はちょっと千草に似てるなぁ」と言われて、光哉はえぇっと笑った。

そんな二人を見ながら俺は後ろから黙っていつもどおりついて帰った。


帰るとまた珍しく母がいた。今日は予選二日目だったからといって早めに帰ってご飯を作って待っていてくれていたらしい。俺の好きなカレーライスだった。


久しぶりに母と向かい合って食べた。母が「予選、どうだった?」と明るく聞いてきたので、「勝った」と言ったら何故か母のほうが嬉しそうに「やった」と笑った。

最近はいつも忙しそうな、余裕のない母の顔しか見なかったから、久しぶりに笑った顔を見た時は懐かしく感じてしまった。


しばらく食べ進めていたが、黙って食べ続けるのも申し訳ない気がして、聞きたいことを聞こうと決めた。


「父さん、どこにいんの」


そんな事を聞けるはずもない。

「父さんは、甲子園どこまで行ったの」


そうきくと、母は食べる手を止めずに言った。「3回戦まで行って、そこで負けたの。

相手は『津軽新浜』っていう青森の高校らしいけれど、ものすごく強かったらしいね」


津軽新浜。

去年、そして一昨年の覇者。


父の出ていた時は10年前くらいか、もういつかちゃんとわからないがその時も強かったのかと思うと本当に最強豪校だと思う。


「だから澪馬も3回戦勝ったら、父さんにドヤ顔してやれるわよ」とまた笑った。


時間が立つというのは、少しずつ、少しずつだけどよく効く薬なのかも知れない。

「でも今日の試合でさえギリギリなところがあったから、そこまで行けるかわかんないよ」と俺は静かに言った。すると母は笑顔から真剣な顔に戻っていった。


「行ける、なんて無責任なことは私の口からは言えない。だからかつて、父さんにも言った言葉を送るね」


「行ってらっしゃい」


優しく包みこんでくれるような言い方だった。

朝はあまり会わないし、あって言われてもほとんど適当な短い返事しかしなかった。

でも、たぶん今のは違う。

ちゃんと行かなくてはいけない。自分の道を真っ直ぐ、行かなくてはならない。

気をつけて、しっかりね。そんな意味を含んでいるんだろうか。

大丈夫だよ、母さん。俺はちゃんと行って、帰って来るから。

父さんみたいに、返すことができなくなることはないから。

いつもは適当に聞き流していたけど、今は少し、安心してほしかったから、


「行ってきます。」

とちゃんと返した。すると、母さんは微笑んで嬉しそうにしていたのは気のせいだろうか。それとも本当だったのだろうか。


その日は久しぶりにぐっすり寝た。夢も見ずに深く深く眠っていた。

練習ではいつもの投球の精度を上げたり、打撃ではサウスポー対策をしたりスライダー対策をしたり成斗のこの前の記憶を頼りにいろいろな対策をした。


そして迎えた、試合当日。


諏訪第一は俺たちよりも早くベンチ入りしていた。そして試合が始まる前、準備をしていると

誰かがこちら側に来て佐渡島さんに声をかけているのが見えた。

背は光哉より少し高いくらいで低めだった。

よく見てみると、この前ビデオを見たのでその人物が宮峰だと理解するのにはあまり時間がかからなかった。


よく聞いてみると、こんな会話が聞こえてきた。


「新潟県生まれの‥佐渡ヶ島さん?成斗はどこにいます?」

「長野県生まれの佐渡島じゃボケ。成斗とは試合で会えよ」


と2人で睨み合っていた。

思わず面白くてむせてしまった。

この会話で俺は宮峰をいいやつリストにいれることができた。

俺がむせたのを見て、佐渡島さんがイライラした顔のまんまこちらを見ながら

「あ、瀬尾お前聞いてたのかよおい」と言った。

その間に宮峰は「会わせてくれないなら行きますね〜佐渡ヶ島さん」

「こらお前宮峰おい!!」

佐渡島さんが掴みかかろうとしたのをそばにいた佐倉が冷静に止めて言った。

「あいつあだ名をつけるのが好きらしい。

俺もさっき、『さくら』だからお花見関連で

だんごって呼ばれたしな」


佐渡ヶ島とだんご。

変な組み合わせだなぁと思っていると成斗がやってきた。

事情をイライラしっぱなしの佐渡島さんが説明すると成斗はすみません‥といいながら

「あいつは初対面の人にあだ名をつけるのが好きで‥‥同じ立ち位置のピッチャーだけはちゃんと呼ぶっていうなぞの決まりがあるらしいんですけど‥」

と言った。


皆一斉に佐渡島さんを見た。

ちゃんと背番号1のエースピッチャー番号だってつけてるのに、それでも佐渡ヶ島さんになってしまった佐渡島さんはなおも不満そうに「知るかよ」と言った。


「ちなみに早坂はどんなあだ名をつけられたんだ?また変なやつのか?」

と佐倉さんが聞くと、成斗が答えた。

「僕は、なりちゃんってつけられましたね笑」というと佐渡島さんと佐倉さんが同時に

「ふつーじゃねーかよ」とツッコんだ。


そして試合開始時間、諏訪第一と向かい合った。

俺の前は丁度宮峰だった。

宮峰は嬉しそうに、楽しそうに、何か企んでいるような笑みを浮かべている気がした。


そして審判の声に合わせて「よろしくお願いします!」と帽子をとり深く頭を下げた。


「勝っても負けても、頭はめいいっぱい下げろ」

小さい頃、初めての試合開始前に父に言われた。

これだけは絶対、というような口調で教えられたため、ずっとおぼえているからそれからずっとそうしているつもりだ。


頭を上げる。一瞬眩しい日差しに目を細めながら帽子を被り直す。


常連校の諏訪第一と、初出場の城聖。

全国への道を戦う最後の予選が、今始まる。


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