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間違い

佐渡島さんがバットを持つ。

なぜか1番バッターとして堂々と歩いていく。

佐渡島さんは反撃に向けて5分前に俺を含め、打撃チームにこんな声をかけてきた。


「打とうとしなくて良い。最初はとにかくアウトにはなるな。粘れるだけ粘ってから慣れろ」


打たない。とにかく二階堂先輩の体力を削り落とす作戦だった。

佐渡島さんは最終兵器と考えると、俺と二階堂さんがどれだけ投げれるかもかなり重要になってくる。

完投試合も多いと考えていいだろう。

幸い、俺はよく中学の頃一試合投げぬいていたし、走り込みも行っているから体力面ではあまり問題はない。問題は二階堂さんだ。二階堂さんは見る限りあまり一試合完投したことがなさそうだった。

それを本人もわかっていたらしく、この合宿で朝から晩まで投げているのを見た。

俺もマシーンと戦った。颯も必死に佐倉さんから見て教わっていた。光哉も跳躍力を上げ、フライのエラーがないようになんどもなんども捕っていた。成斗もファーストとして牽制のさばき方や集まってきたボールをどう効率的にアウトに持っていけるか、そして走り込みも欠かさなかった。

小利木さんもマシーンを限界まで上げてずっと打ちこんでいた。

佐倉さんは予選チームの相手の研究から、捕手としての最終確認まで行っていた。

豊島さんもバックホームや中継を確実に行うため、外野に居続けていた。

佐渡島さんは、1日目以降ずっと打撃を見ていた。投げるとしても、壁に向かって一人で投げていた。


たまに「俺、なんのために合宿来たんだろう」とかつぶやいていた。

成斗が言っていたように多分、怪我で出られない試合ほど見ていて自分を責めてしまうものはない。

自分のせいではないのに自分の責任になってしまうからだ。

それでも佐渡島さんは、先陣を切る。


まずは二階堂先輩のボールを見送った。

判定はストライク。

次も見送る。判定はボール。

佐渡島さんのバットは微動だにしなかった。

次は流石に打つ。そう思ったらしく、二階堂先輩は変化球を投げてきた

ストライクゾーン。


佐渡島さんのバットは、なおも止まったままだった。


まだ打たない…!

二階堂さんの顔がくぐもる。

しかし、次にストライクをとれればアウトだ。

もう一度二階堂さんはふぅ、と息を吐いた。そして投げた。


カンッ

という心地いい音が響くとともに、ボールが空高く舞った。

そのボールはファール線を切れ、ファールとなった。


しばらく攻防が続き、俺の番になった。


結局アウトを取られて帰ってきた佐渡島さんは案外清々しい顔をしていて、

「一人で10球も投げさせたんだ。いい仕事しただろぉ?」と嬉しそうにいった。

「最後はしっかり空振り三振アウトでしたけどね」と訂正しながら俺はバッターボックスに入った。

後ろでは佐渡島さんがなにか言っていたがガン無視しておいた。


アウトにはなるな、その言葉を思い出しながら打席にたった。

二階堂さんも割と背が高いので、離れていても佐渡島さんほどではないが大きく見える。


2球、ストライクゾーンのボールが続いたが、俺も一度もバットを振ることはなかった。

いつもなら振っている甘い球も、まだ行ける、と伸ばし投げさせる。

そしてフルカウントの6球目、ついに俺は二階堂さんのスライダーを捉えた。

自分の投げるものよりは曲がりは緩やかだが、その分速さがついているためタイミングが掴みづらかった。

けれど、振るしかなかった。


なにか感触を感じ、音はあまりしなかったがボールが前方に転がった。

ファーストとライトのちょうど間に転がってくれた。


「澪馬、走れ‼」

突然、ネクストサークルで待機していた。颯の大きな声が聞こえた。


そうだ、走るんだ。


俺は走った。間に合うか微妙なところだけど、それでも颯につなげるために走った。


そして、俺は初めてベースに全身でユニフォームが泥まみれになりながら滑り込んだ。

中学までは1アウトくらい、と思いユニフォームが汚れたことはなかった。

清潔さとともに威厳を保ちたかった。


でも今、なんでそこまでして必死にみんな泥だらけになりながら野球やっていたかわかった。

いい球投げるのがかっこいいんじゃない。たくさん打つからかっこいいんじゃない。


自分の味方であるチームメイトの信頼に、全力で応えようとするその姿がかっこいいのかもしれない。

泥まみれになることは屈辱じゃない。

自分の信頼と味方の信頼を証明するものなんだ。


ファーストを守っていた成斗が、全身で滑り込んだ俺を見て一瞬固まった。

がすぐに切り替えて走り一塁ベースを踏んだ。


俺が一塁ベースに触れたのと成斗がかけぬけていったのは体感ではほとんど同時だった。

その僅かな時間だったが、突如始まったぎりぎりの戦いに、一同目を見張っていた。


判定は

セーフだった。


しばらく沈黙が続き、こっち側のベンチから「おっしゃー‼!」という声が次々に聞こえた。

颯も「ナイスラン‼」と声をかけてくれた。

俺はしばらくしてから立ち上がると、成斗が「早かったなぁ」と苦笑いした。

そして成斗は自分の帽子をくいっと下げるとそのままファースト守備体制に戻った。

その後、颯と両チームかけもっていた佐倉さんが立て続けに打ち、俺はホームに帰ることができた。


結局1対1、同点で合宿最後の試合が終わった。


試合後、また成斗が佐渡島さんのところに言っていた。最近よく話すなぁと思いながらも、なにかコツを聞いているんだろうか、と思うと少し悔しい感じもしてあえてそこには突撃できなかった。




佐渡島さん、と俺は声をかけた。合宿中、たくさん話を聞いてもらったからこれ以上は迷惑かなと思いながらもこれだけは伝えずにはいられなかった。


「俺、もしかしてあの時滑り込んだのは間違いじゃなかったのかも知れないと思いました。

普段あまり他人に関心を持ちそうにない、っていったら悪いですけどその瀬尾くんがあんなにすべりこんでいるのを始めてみて、なんかいいなって思っちゃって。」

「怪我はしましたけど、一瞬でも俺もあの時あんなふうにかっこよく見えてたんだろうかって」

ただの過剰意識かも知れない。ただの願望に過ぎない。

でもいままで間違いだと思ってきたその行動を、誰か一人でも良かったと認めてくれるのならば。

俺はわがままだな、と呆れながら佐渡島さんの方を見ると、佐渡島さんが言った。


「野球には多分、間違いなんてないんだと思うよ」

「自分がチームの勝利に貢献したい、役に立ちたい、かっこいいところを見せたいと思って判断したその選択に、間違いなんてないんだと思う。」

「その判断が成功するか失敗するかは、試合においては大事なんだろうけど、

自分が野球するうえでは、本当は二の次三の次でいいって思ってたり思ってなかったり」


そう言って、佐渡島さんは片付けを手伝いに行った。


やっぱりあの人は、野球が大好きで、野球の本当のおもしろさに気づいているのかも知れないな、

と思ったら、なんだか野球の仙人みたいに思えてきて、一人で吹き出してしまった。


「おい成斗ー、何ニヤニヤしてんだぁ?片付け手伝えよぉ」と颯の声が聞こえた。

光哉も「無理はしなくていいからねぇ」と慌てて付け足した。

瀬尾くんは相変わらず無言で黙々と片付けている。


野球って多分、俺が思ってるよりも難しくて、おもしろい。



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