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佐渡島竜聖という男

宿舎に戻ろうとした時、突然佐倉さんが叫ぶのを聞いて驚き、振り返ったら

佐渡島さんが腕を押さえてうずくまっていた。


「佐渡島さん‥?」


「竜!!」と佐倉さんが駆け寄り、大丈夫かと声をかけている。

佐渡島さんは痛みに必死に耐えているようで佐倉さんの呼びかけに答える余裕もなさそうだった。


俺はなにも考えず走り出していた。

「佐渡島さん!!」と言うと、佐倉さんが驚いたように「瀬尾?なんで‥」と言いこちらを見た。


しかしすぐに佐倉さんはこちらを真剣な顔で見ると、的確に指示を出した。

「瀬尾、宿舎からアイシングとテーピングのセットを持ってきてくれ、早く!!」

佐倉さんの大きい声に動揺もかき消され、いつものように「はい!」と返事をしながら俺は全速力で走り始めた。疲れなどどうでもよかった。

なんで今なんだ?先程のキャッチボールだけでやる痛みの程度ではなかった。

なら、もともと怪我をしていたのか‥?

甲子園まで残り少ない。

もし試合に、甲子園に影響したら。

そんな不安を思い描きながらアイシングとテーピングの入った救急箱を持って戻ろうとしたところ、最悪のタイミングで部屋の前で颯が目をこすりながら声をかけてきた。

「お前、走るのは良いけどさすがに長すぎじゃね?と思って来た。またどこ行くんだよ」と言って半分寝ぼけて俺の袖を掴みながら止めてきた。

今はそれどころじゃない。佐渡島さんの様子が心配で一刻も早く戻りたいのに。

けれど理由を説明する暇もないので、とっさに考えた嘘をついた。


「せ、洗濯機にパンツ忘れてきたから取ってくる」


自分でも割と最悪なうそをついたと、言ってから理解した。

颯は案の定寝ぼけていた顔がすんっとハッキリして、冷静なツッコミを入れられた。


「一気に目、覚めたわ」


もう完全に呆れた眼差しを背中に感じた。颯に呆れられるくらいならもういっそ死んだほうがマシだと思ったが、今はそんな場合じゃないので全速力で忘れて走って戻った。


戻った時、佐渡島さんと佐倉さんはベンチに座っており、話ができる状態にまで回復していたようだったので少しホッとした。

「もってきました」といって一式渡すと、一気に息切れが止まらなくなってしまいぜーぜーとカッコ悪いところを見せてしまった。


そして佐渡島さんの肘を冷やしテーピングで固定し終わった佐倉さんはふーっと息をつくと、急に先程までではないが大きい声を出した。

「バカ‼だから言ったろ!!無理するなって、お前が合宿中だからって調子乗っていつもの100球から180球にするって言ってやめないから」

「ひじの状態が悪化したらどうすんだよ。甲子園だって近いんだぞ」

佐渡島さんが佐倉さんに怒られ縮こまっていた。


「ひじの状態…?」俺が聞き直すと、佐渡島さんはだまってきまりが悪そうな顔をしていた。


すると佐倉さんは「俺、氷補充してくるわ」とイライラした口調のままバッと立ち上がってズカズカと歩いていってしまった。いつも割と温厚で冷静なキャプテンがあんなふうに怒ったのを見たのは初めてだった。


しばらく夜の潮風に吹かれながら俺と佐渡島さんはなにも言わずベンチに座っていた。

不思議と黙って座っていても気まずくはなかった。


しばらくすると、佐渡島さんが口を開いた。

「俺、小5のときにな」


『事故にあったんだ』


俺はバッと驚いて佐渡島さんの方を見てしまった。

佐渡島さんは「これは佐倉にしか言ってないんだけど」と言いながら、ベンチにもたれていた背を背もたれから離し、手を膝の上で組み、前のめりで座り直した。

「小5のとき、母親と歩いてたらいきなり、車が歩道に突っ込んできたんだ。高齢者のブレーキの操作ミスだったと後で知った。

母親は病院に運ばれてその時幸いかすり傷で済んだが、俺はかすり傷と腕を強く打ち付けた。」

「そして病院で肘に後遺症が残ると言われた。

野球をやりたいと言ったら、医者にも親にも反対された。どうしてもやりたいと必死に頭を下げてお願いしたらさすが勢いに押されたんだろう、」

『野球はやってもいい。ただし肘に負担のかかる変化球は投げてはいけない。』

『ストレートだけなら、投げて良い』と。」


だからだったんだ。

だから佐渡島さんはストレートだけを投げ続けているんだ。

変化球を投げれないんじゃなかった。

ストレートしか投げちゃいけないんだ。


それでも野球がやりたかったから、

運命を受け入れた。

そしてそれをいままで佐倉さん以外の誰にも言ってこなかった。

つまり、何か言われても訂正せず、言い訳もせず、ただ佐倉さんを信じて投げ続けたんだ。


「そんで、これはまだ佐倉にも言ってないんだけど」

と言いながら佐渡島さんはニッと笑って口元で「しーっ」というように手を当てた。

そしてまた正面を向き、海を見ながら言った。

「俺は本当はその事故で死ぬはずだった。」


そんなの起こってみなければわからない。けれど、俺に今それを否定できる権利はない気がしたから、かけられる言葉が見つからなかった。


「俺と母をかばってくれた、一人の若い男性がいたんだ。」

その人は知り合いでもなく、ただ事故の3秒前にすれ違ったというだけだったと、佐渡島さんが言った。


ただそばにいた、知らない人。そんな関係もない人を、命をかけて守ろうなんてそんな事、ましてやその判断を1秒ほどでしなければならないという場面。

情けないかもしれないが、俺にはその判断をする確率は0だった。

その男性は、何を思って、何を考えて佐渡島さんたちをかばったのか。


なぜか無性にその人のことが気になって、尋ねてみた。

「その人は…」俺は見た目などなるべく軽いことを聞くつもりだったのだが、佐渡島さんは勘違いしたらしく、一番聞きたくなかった答えを述べた。


「俺達をかばって亡くなった」

佐渡島さんの口調のいつもでは考えられない異常なほどの重みからなんとなくは察していたのだがやはり言葉にして聞くとより一層なにか限りなく重たいものを感じた。


知らない男の子とその母親をかばって死ぬ。いったいどんな覚悟が必要だったのだろう。

いや、もしかしたら覚悟なんかをする前に、そう判断したのかもしれない。


逆に、自分が死ぬはずだったが、知らない人に庇われて生きていかなければいけない佐渡島さんの立場はどうか。

考えられなかった。考えてみると、あまりに佐渡島さんの立場が残酷で、それ以上考えることができなかった。


この人は本当に一体、どれほどの事を抱えて生きてきたのだろう。


佐渡島さんが「その人がな」と話を再開した瞬間、佐倉さんが帰ってきた。

「おう、おかえり」

佐渡島さんは先程の異常なほど重い口調から、いつもの軽快な口調に戻っていた。

すると俺の頬に冷たいものが当てられた。

「冷た‼」と佐渡島さんも同じことをやられたらしく、びくっとした。

すると冷たいスポーツドリンクのゼリーが手の上に置かれた。

佐倉さんが「お前、さっきまで走ってただろ」と俺の方を向いた。

「知ってたんすか?」と俺が驚いて聞き返すと、もちろん、と佐渡島さんとともにドヤ顔で頷いた。

「そしてな、竜とだれが走ってるかスポドリゼリーを賞品に賭けてみたんだよ」

「俺は小利木だと思った。佐渡島は、」

『お前だと予想した』


なんで、と聞こうとしたら佐渡島さんがゼリーを飲んでいた口を飲み口から離し、先に答えた。


「だって、俺ならそうすると思ったから」


この人と一緒の事を考えられたということを知って、内心、かすかに喜びを感じたのは気のせいだということにしておいた。


すると、なんと宿舎から颯、成斗、光哉が勢揃いしてこちらに走ってきた。

「お前ら、なんでここに」と慌てて尋ねると、颯が真っ先にでっかい声で答えた。

「なんでって、お前パンツ探しに行ったっきり帰ってこないからてっきり見つからなくてパンツ探すために寝る時間を犠牲にしてると思うとさすがに気の毒になってきて手伝いに来たらここにいたからさ」


忘れていた。忘れていたかった。先ほどついた最悪に格好悪い嘘を。

颯はその時寝ぼけていたからもう忘れてくれていると思って安心しきっていたのが間違いだった。


「パンツぅ?」と佐渡島さんがおどけた声を出した。

そして佐倉さんと同時に盛大に吹き出して、息が止まりそうなほど笑っていた。

「もうそんなに馬鹿にするなら走って助けたりなんかしませんから」と俺は冷たく言って宿舎に戻ろうと歩き出したらあわてて佐渡島さんが「ごめんごめん、本当に感謝してるから」と笑いすぎて涙目になった顔で言った。


その後佐渡島さんは佐倉さんに明日の午前中、投げることを禁止され駄々をこねているのをみんなで眺めながら俺達は宿舎に帰って寝た。


それにしても、なぜ佐渡島さんは佐倉さんにも教えていない封印した話を俺にしたのだろうか。

また、先程言いかけていた男の人のことを時間がある時に尋ねてみよう。

さっき少しだけ、本当の佐渡島さんを知れた気がする。


変な人だけど、ひたすら悩んで抱えて生きている人だということ。

そしてそれでも、それでも野球がやりたい人なんだということ。


俺はいろいろなことを頭の中で考えながら眠りについた。

まだ口の中には、甘いゼリーの風味がかすかに残っていた。


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