4番とピッチャー
誰かの声が聞こえる。
誰だろうか。
「…おい」
「……おい」
「…おい!瀬尾!成斗!起きろ!!ついたぞ!!」
途端に颯の騒がしい声に包まれた。
目をこすってると成斗も眠そうな顔をしていた。
すると颯が光哉をつれて「俺ら先でてるからな!」と言ってバスを飛び出していった。
しばらくして俺と成斗もバスから降りた瞬間、心地よい風と、潮の匂いがした。
目の前は、海だった。
俺はしばらく立ち止まっていた。海なんて、何年ぶりに見ただろうか。
たしか小さい頃に家族で一度だけ連れてきてもらってから以来かもしれない。
長野県から千葉県沿岸に来た。
成斗や光哉、先輩たちも、小さい子みたいにはしゃいで海に向かって駆け出している人もいれば眺めている人もいた。
でも颯だけは落ち着いたように歩いていた。
「お前は行かないの?」と聞くと、「引っ越す前の家が、窓から海見えてたからさ、あんま珍しくないんだよな」と笑って答えた。
成斗はなぜか、きれいだなぁと海を眺めている佐渡島さんのところにゆっくり歩いて行っていた。
「佐渡島さん」
「ん?お、早坂!めずらしいじゃん」と軽快な口調で返してくれた。
「海、きれいですね」というと、佐渡島さんは静かに頷いた。
「先輩、一つ聞いてもいいですか」
「俺でいいなら全然」とすぐに答えてくれた。
「信頼って、どうやって作っていけば良いんですか。
俺、まだ方法がわからないんです。探しても見つからなくて、余計わからなくなります。」
正直、何もわからない。それでもあの日、ただ通り過ぎようとしただけなのに立ち止まってしまった野球部室の前で俺の気持ちを見透かしていた佐渡島さんに聞けば、答えがもらえると思ってしまった。
「方法っつーのはわからんけど、」とふうーとため息を付きながら言った。
やっぱりか、と思いながらお礼を言おうとすると、佐渡島さんは続けた。
「信頼って、作るものじゃなくてできるもんだと思うよ」
「無理やり作る信頼なんて、それ信頼じゃなくねーか?」と笑って言っていた。
「少なくとも、君が俺に相談してくれたってことは、信頼してくれてるってことだろ?」
それが佐渡島さんの答えだった。あぁ。やっぱりすごいな、と思ってしまった。
それを海に向かってまっすぐ言い切れるまで、どれぐらいかかったのだろう。
どれぐらいかければ、俺も胸を張って野球ができるのだろう。
「あの時、なんで俺、通り過ぎただけなのに野球部に入るってわかったんですか」
もう一つ、気になっていたこと。
「なんだ、簡単だよ」とまた佐渡島さんは優しく笑った。
「君が、野球したいって顔してたから」
そうか。そうだったのか。
俺は、野球が見たくなかったんじゃない。人の信頼を裏切ってしまうことが怖かったんじゃない。
いや、それもあるかもしれないけれど、一番はこれだったんだ。
ただ自分を信頼して、野球がしたかったんだ。
「なーんだ、簡単なことだったんですね」と言って盛大に笑いとばそうとしたけれど、目を細めたら潤んでいる目から水が溢れてきてしまいそうで、やめた。
佐渡島さんは見ないふりをしてくれた。かわりにずっと隣で海を見ていた。
今すぐじゃなくて良い。
いつか自分を、いまのチームメイトのみんなを信頼できたらいいなと思いながら、俺は海を眺めていた。
そしてバスに戻り、少しだけ丘を登り、今回使うグラウンドに移動した。
グラウンドは城聖のグラウンドの3倍は大きいだろう。
しっかり野球ができる、また設備もある程度整っているグラウンドだった。
そして何より、グラウンドから少し離れた宿舎の端っこっからは、海を見下ろすことができた。
ここなら、思う存分野球ができる。部員全員の目は輝いていた。
早速昼ごはんを食べて、グラウンドに集合した。
佐倉キャプテンが考えたメニューは意外と単純だった。
午前は個人の課題練習、午後は疑似試合だった。
そして初日の今日は午後からの練習なので、早速疑似試合と告げられたときにはさすがに心の準備ができていなかった。
1年は俺と颯のバッテリー、光哉と成斗で別のチーム、2年は二階堂先輩と小利木先輩が分かれ、その他も同じ数分かれた。3年は豊島さんが俺達と同じ、佐渡島さんと佐倉さんのバッテリーが相手チームとなった。
先発は俺、そして佐渡島さん。
まず、バッターの1番に佐渡島さんが立った。いつも隣で見ている分、初めての直接対決となるとまた不思議な見え方だった。
佐渡島さんがバットを構え、颯がスライダーの指示を出した。
俺はきっと佐渡島さんをにらみつけ、大きく振りかぶった。
野球をするうえで、先輩後輩関係ない。今はただこの人を倒すことのみ考える。
そして投げた。
最初は佐渡島さんも様子見か手を出さず、ストライクに決まった。
次もスライダーを使い、ボールにすることで打つ気を少しでもそらそうと、投げた。
すると高めに入ったのか、予測されたのか、早速佐渡島さんがバットを振ってきた。
ボールはバットの先に当たり、ファールとなった。
佐渡島さんは、あーれーといいながらファールボールを眺めたあと、すぐに真剣な顔に戻り、こちらを見た。
次が勝負球だ。
颯があえてストレートの指示を出してきた。俺もそうしようと思っていた。
しかし、すぐに辞めて首を横に振り、三振率が高い変化球のシンカーを選択した。
この人じゃなかったらストレートにしていたところだったが、なんせこの人はストレートの極み人だ。
全部のストレートがきれいに打たれそうな気がして、シンカーを選択した。
佐渡島さんはバットを振るも、惜しくもそれて空振り三振となった。
ッチーと舌打ちしたあと、佐渡島さんは
「ちょっとは疑えるようになったじゃん」
いつかの佐渡島さんのアドバイス。あの時は正直意味わからなくて憎くて憎くて知らん人からのアドバイスだったから正直あんまり考えないようにしていたが、防御できたのは確かだった。
「じゃあ先輩からの第2アドバイスなぁ」と叫んできたから、
「いや、遠慮しときます。」と答えたら、まあまあそんな事言わずに〜となぜかごきげんに言った。
「全部のボール、打たれる前提と打たれない前提で投げろ」
めんどくさいな、意味わかんねぇなと思っていたらタイミングよく光哉が、打ってやるー!と佐渡島さんを急かすようにバッターボックスに入ってきたので珍しく心のなかで光哉に感謝することになった。
光哉にはストレート、スライダー、スライダーで三振を取ったら、どんよりした顔で出ていった。
次は2年の先輩で、セーフティーバントで決めてきた。
素早くファーストにボールが渡ったが、ギリギリセーフとなった。
次に大きく伸びをしてバッターボックスに入ってきたのは、4番。
一気に空気感が変わる。どこの野球界でも、4番という存在は圧倒的威圧とともに会場が静まる。
常に「こいつは打つ」という期待の真ん中で打たなければならない。
技術力だけでは到底居続けることは難しい場所だが、それでも俺は対戦しなければならない。
4番やピッチャーというものは、そういうものだ。
ふう、と静かに息を吐いた小利木先輩が俺の前で今、バットを構える。




