信頼
「おはざまーす」と佐渡島さんが眠そうに言いながら俺たちは6時半に集合した。
すると隣には大人が1人立っていた。
「めんどくせぇ」と言いながら頭を掻いている二十代くらいの若い子の人は数学科の小石先生だ、
新任だからなめられまくって多分佐渡島さんに合宿に必要な付き添い先生1人につれてこられたんだろう。
「ったく…ろくに夏休み合宿なんか行く部活、この学校にはなかったのになぁ」とぼやいていた。
そして点呼を取られ、俺たちはバスの決まった座席に座った。
隣は成斗だった。
後ろに颯と光哉が座っており、光哉がバスの揺れでうとうとして寝ようとすると颯が何らかの方法で起こすという光哉にとって地獄のようなバス旅らしく、成斗と俺は「颯の隣じゃなくて良かったな」と意気投合していた。
すると不意に成斗が言った。
「ねぇ、瀬尾くん。覚えてる?
昔俺と対戦したこと。」
代走だったら直接対決はしていないから、確かに覚えていないと思う。
「俺はね、あんまり捕るのとか打つのとかうまくなかったからさ、監督から走るしかないって言われて」
「ずっと走ってた」
覚えていないよなぁ、瀬尾くん。僕も覚えていたくはない。
そう思いながら成斗は静かにバスの外に流れていく景色を見ていた。
必死に走ったんだ。それしかなかったのだから。
そうしたら盗塁の成功率もあがってきて、やっと「使える」選手になった。
瀬尾くんバッテリーと戦っている中、俺は一塁に出たやつの代わりとして代走になった。
やっと俺の活躍できる場が来た。いままで打てなくて、捕れなくて、チームに迷惑ばかりかけた。監督からなんども注意されてみんなにも申し訳なくて、それでもひたすらいつかうまくなれると自己暗示をかけて、信じてやってきた。
チームメイトも優しくて、エラーしたときなどはずっと「成斗は足速いから大丈夫」と声をかけていてくれた。信じてくれていた。
ひたすら走って、走って、相手の意表をついて走る。
球種なども全部勉強して、どのタイミングでスタートを切るか見極めて走る。
すると、勉強しているうちに少しずつボールのさばき方などがわかってきた。
監督からも「お前はあと投げる技術さえ習得すれば、ボールの扱いも最近わかってきたようだからファーストのレギュラーもねらえるぞ」と声をかけられた。
それを聞いた瞬間に、俺は俺を信じてやってきてよかったと思った。
みんなにもやっと返せると心から喜んだ。
そして瀬尾くん、君のチームとの試合が始まったんだ。
この試合は俺が代走係を務める最後の試合だった。
これからはファーストとして、俺のやっと信じてもらえた力を存分に使おう。
そう思って、君が変化球の持ち方をしたのを見て、内野が塁から1メートル離れたのを見て、俺は確信して盗塁のスタートを切ったんだ。
スタートを切った瞬間、瀬尾くん、君はまさかとは思ったが変化球からすぐさま一番球速がでて曲がりもしないきれいなストレートを投げた。
そしてキャッチャーがそれを捕り、セカンドに送球した。
完璧な判断だった。走りながら、彼らは天才だと理解した。
俺はこんなことなかったからすぐさま全身で飛び込むスライディング体制に変更して、まっすぐに2塁に飛び込んだ。
アウトだった。
みんなに見せられる顔がない、そう思い劣等感に押しつぶされかけながら立ち上がろうとすると、立てなかった。
足に痛みが生じて、歩くことができなかった。
俺はすぐチームメイトに謝りながら肩を貸してもらい、ベンチに運んでもらい、座った。背を向けたままの監督に俺は小さい声で「すみませんでした」と言った。
そしたら監督に今、いや今までで一番言われたくない言葉をかけてもらった。
「信じていたのになぁ」
その後、病院で診察を受けて、「骨折」と診断され、少なくとも1ヶ月、できれば2ヶ月
療養してくださいと言われた。
それまで休んだことのなかった野球を休み、思う存分やりたいことをやった。
野球のことなんて早く忘れたかった。
そして中学を卒業して入った高校に、君がいた。
何も考えないで野球部に足を運んだら佐渡島さんがいて、俺の松葉杖姿を見て、
「怪我してても、野球したかったらいくらでも待つから。」と言ってくれた。
そこで俺はようやく気がついた。
俺は野球がやりたくなかったんじゃない。人の信頼を裏切ってしまうのが怖かったんだ。
そんなこんなで佐渡島さんに顔を覚えられてしまい、ここに入った。
一度失った信頼を取り戻すことは、不可能に近い。
だけど、個々のチームなら、0から積み上げることはできるんじゃないのか。
それでもまた裏切って、迷惑をかけてしまったらどうしよう。
そんな事を考えながら、俺は眠りについた。
「成斗、寝たのか」と俺は小さく聞いたが、反応はないため寝たのだと判断した。
さっき、急に成斗が「俺と対戦したことがある」と言った時は驚いた。
正直覚えていなかった。
そこから黙ってしまって、そして今見たら、寝てしまっていた。
不快にさせたのだろうか、と心配に思ったが、まぁそれならそれでしょうがないか、と考えた。
後ろの席ではもう颯も光哉を起こそうと暴れたりはせず、逆に光哉にもたれかかって寝ていた。
長そしてい時間湯揺られて、バスはようやく合宿所についた。




