通り神様
一条さんの一番の得意なボールは、打者の手元で曲がるスライダーだとあとで佐倉さんに聞いた。
「まあ、こんど小利木にでも投げたってよ」と冗談半分で言われてしまった。
相変わらず佐渡島さんはストレートを極めつくしていた。
たしかにひたすらこのあらゆる野球をするため時間のほとんどをストレートに費やしていると
ここまで球速と精度が上がるのも納得してしまう。
ほとんどが150キロを超える球で、当たり前のようにその腕から繰り出されて出てくる。
インコースにこれが来たら初見では到底打てない。
しばらくしてやっと打てるやつが出てくるか、まあ甲子園の常連校、それこそ神栖工業とかは速球に対応するマシーンとかなんたら使って対策してくんだろうな、と思った。
しかし弱小の城聖にはただでさえ金がないのにそんなマシーンなんて買う余裕なんか到底ない。
でも、そんな必要ない。マシーンにも負けなさそうな人がここにいるから。
やはり、しばらく投げていると80球を目処に疲れがこみ上げてしまう。
颯にも指摘されるが、なかなか治らず、結局そのあたりで二階堂さんと佐渡島さんに交代パターンになってしまうのかと考えたらやはり悔しかった。
どうすればいいんだよ、とベンチに座ってまた肩を冷やしながら考えていたがなかなかいい方法も思いつかなかったりしてむしゃくしゃした。
疲れてきたら…もしそれを打者に知られたとしたらどうする?
それで狙われたら。それこそ失点の近道になってしまう。
「いっそストレートでリスクはあるけど負担を最小限にするか…」とつぶやいていたら、突然後ろから声が聞こえた。
「ストレートとフォークを取っておけ。お前の腕が持つなら。そうすれば俺なら打てない。」
えっと思い振り返ったが、そこには金網しかない。
少し視線を変えると、先の方に一人の人が歩いているのが見えた。
後ろ姿だったが、金髪の短髪でピアスをしているようだった。明らかに野球をする格好じゃないと思ったから空耳かと思ったが、こちらを振り向かずに手を軽く挙げた。
やっぱりあの人が言ったんだ、とわかるが知らない人だと思った。
その手を上げた時に、細いが腕輪をしているのが見えた。
きれいな腕輪だった。
そしてフォークとストレート。80球まで取っておくっていうことなのか。
そしてそれらを疲れたタイミングで投げたらストライクをなるべく少ない球数で取れる確率を上げるのを優先するということか。
そうしたら、あの人は打てない、と。
フォークは縦に大きく落ちるボールだ。いわゆる必殺技とも言える。
しかし肘への負担が大きい。
だから絶対に打者は予測できない。
また、そのボールがストライクになる確率も減る。だからそこでストレートを使う。
俺も考えなかった手だ。
あの人が言うようにもし俺の腕が持つならば、80球超えたあたりにフォークを取り入れることもできるかもしれない。
そして次の日、80球まではスライダーなどをうまく使いまわし、80球からはフォークとストレートを併用してみた。
すると、ボールはあったものの確かに打者の気をそらしながら使うには十分だった。
「それ、フォーク?どしたん急に、疲れたときから使い始めて。」
と佐渡島さんが不思議そうな顔をしながら聞いてきた。
「教えてもらったので」とそっけなく答えた。
ふーん、誰に?と聞かれて天の神様の金髪の人の存在を教えたくなかったが、佐渡島さんに自慢してやるのも悪くないと思い、「金髪の通り神様です」
「金髪の通り神?」といって佐渡島さんが吹き出した。俺はバカにされたことが悔しくて説明した。
「俺の後ろで通った人が教えてくれたんです。顔はわかんなかったしただの通行人ですけど。
金髪でピアスをつけてました」
「どこのヤンキー様だか」と、佐渡島さんが呆れたように笑いながら去ろうとしてた。
「その人、高級そうな腕輪してましたけど、やっぱり神様っすよ」
佐渡島さんが止まった。
「腕輪って…?色は、色は何色だったんだよ」
と聞いてきたから、俺は驚きつつも答えた
「黄色だったきがします」
すると佐渡島さんがこっちにズカズカ歩いてきて、聞いた。
「そいつはいつ通ったんだ。いつ、どこにいたんだ。今どこにいるんだ。」
急にせまってきた佐渡島さんにすこし恐怖さえ感じ、少し離れてから「しらねぇっすよ」
と答えた。
すると、佐渡島さんはだまって部室に入っていった。
それっきり、練習が終わるまで佐渡島さんは部室から出てこなかった。メモでもとっていたのだろうか。
「おい、佐倉」
俺は部室から出て声をかけた。
「お、竜。ずいぶん長いこと部室いたじゃん。なに?また記録確認?」
「それもあるんだけどさ、」とためらったあと、佐倉に話した。
「昨日の昼、瀬尾が金髪ヤンキーを見かけたんだって。」
「そんな人どこにもいんじゃん。その人がどうしたんだよ」と当たり前のように笑いながら聞かれた。
「その人、腕輪してたんだって。黄色い腕輪。」
すると佐倉が固まった。さっきの俺のように。
「それって、まさか俺と佐渡島と豊島と日向で2年の時おそろいで買ったあのやつじゃねーよな?
まさかまだつけてるわけじゃ…」
俺は黙った。見たのは瀬尾しかいないから確信は持てないけれど、一つなんとなく予想がついた。
「日向、なのか。」
あいつは黒髪でピアスなんか開けないで中身が面白いのはともかく見かけは真面目だった。
そんなはずがないと思いたいのと、それでもいいからいてほしい、と思う気持ちがぶつかって複雑な気持ちになった。
なあ、佐倉。
俺もあの時、あの場面にいたから
悔しさで押し潰れそうなほど後悔してんだぜ。
俺のストレートをいつも褒めてくれた。
いつも弁当を食べてても吹き出すくらい笑わせてくれた。
もしも、もしもあいつにもう一度会えたならこう言いたい。俺が言っていい立場なのかわからない。
守れなかった立場なのにこんなわがまま言っちゃいけないと思ってるけど。
願わくばもう一度、お前を誘ったときの言葉をかけたい。
「野球、しよーぜ」




