第一章 入学編⑦
WDSの時間飛ばしの影響で、武老人と話したあとすぐ翌日となった。
天気はすっかり晴れとなっていた。
俺たちは武老人に連れられて外に出ると、別の家の前まで来ていた。
武老人のものよりかはだいぶ小さい竪穴式住居であった。
「おーい、ミコや、おるかのぅ」
そう武老人が言うと、昨日見た生贄にされそうになっていた少女が出てきた。
「おぉ、ミコちゃん。その、昨日はすまんかったのぅ…」
「いえ、村のためには仕方のない事でしたのでもう気にしていません。折角救われたこの命を無駄にしないようにこれから生きていきます」
「そうか…。お主は強いのぅ……」
「いえ……」
ミコと呼ばれる少女は5歳くらいの見た目ではあったが、それにしては大人びているような、確かに不思議なところがある少女であった。
「それで、武爺様、何かご用件があったのではないでしょうか」
「おぉ、そうじゃった。ミコや、この二人が今日からお主に呪いを教えてくれるそうな」
「私が、ですか?」
「そうじゃ。お主には呪い師としての才能がある。この2人はワシが出会った中でもすごい呪い師じゃから、2人から色々教わると良い」
ミコは突然言われた事で、少々飲み込めていない様子だった。
「確かに、私は武爺様から呪いを多少なりとも教わったことも有りましたが、私に呪いの才があるのでしょうか?」
「ホッホッホ。お主よりも才能のある呪い師の卵はおらんじゃろうて。ワシももう歳でな、体がついてこないんじゃ。それに、この2人の方がワシよりも呪いを良く知っておるでな。沢山教えてもらうとええ」
昨日は、神への供物として生け贄にされそうになっていたが、現在眼前でのやり取りは師匠と弟子、いやお爺ちゃんと孫のような関係であったのだろう。
ミコは、武老人の体を気遣ったり、気やすい関係性であることがわかるやり取りが行なわれていた。
それは武老人も昨日の儀式は表面上以上の様々気持ちが揺れ動いていたのだろうと察せられた。
「では、本日よりお二人から呪いを教わるということでよろしいでしょうか」
「そうだね。僕は優と言います。よろしくね」
「俺は、蒼生だ。よろしく」
「はい、よろしく願いいたします。改めまして、私はミコと申します。よろしくお願いいたします。」
そういうと、ミコは俺たちに向かって深々と頭を下げた。
本当に5歳くらいの小さい子供とは思えないくらいできた子である。
優が慌てた様子で頭をあげるように言い、そのまま続けた。
「それで、ミコちゃん。僕達に君が得意な魔法を見せてもらえないかな?」
「魔法?」
「あぁ、ごめん。君が得意な呪いを見せて欲しいんだ。僕達はミコちゃんや武さんが呼ぶ呪いのことを『魔法』と呼んでいるんだ」
「そうなんですか」
「ワシも『魔法』という言い方があるとは今初めて聞きましたわい。して、そういうことならミコちゃん、あれを見せてあげなさい」
「はい。ではみなさん、私についてきてください」
そういうとミコは俺達を案内しながら家の外へ出て行った。
移動中は話しながら移動したため、硬い空気も少しは柔らかくなり、この村の簡単な案内を兼ねてのものになった。
単なるゴミ捨て場ではなく、死者を埋葬する用途も兼ねて骨が山積している貝塚。
既に時代は弥生時代の後期にさしかかっているらしく、気で作られた農具の先端に金属を取り付けて作られている農耕具をいれてある小屋。
祭事用具の銅剣、銅矛、銅戈や銅鐸を保管してる場所など、道具等を含めて見せてもらった。
また、鉄器や青銅器を作れるということは当然鍛冶場のようなものがあり、その様子と鍛治師の職人さんと挨拶と軽く村のことについて世間話もしたのだった。
移動に少し時間がかかってしまったが、俺達は村から少し離れると周りに何もない広場の様なところに来た。
草が生えておらず広く円形に踏み固められており、新嘗祭や祈年祭などの何かイベントごとがある場合はこの場所で行なっているのであろう。
「では、みなさんはここでお待ちください」
そう言って、ミコは俺たちと武老人に弟を預けると、円形に踏み固められている広場の中央に進んだ。
優がその間に武老人に話しかけた。
「そういえば、僕達が魔法を見せて欲しいと言ったきりここに連れてこられるまでなんの説明もされていませんでしたが、一体なんの魔法を見せていただけるのでしょう。開けた場所に来たということは何か大きな魔法なのでしょうか」
「今から見せる呪いはじゃな、実はワシが教えておらんものじゃ。ワシが教えずとも使えておった。じゃが、家や村の中で使うにはちと危ない呪いでのぅ。場所が悪かったから移動してもらっただけじゃて」
「なるほど。そうだったんですね」
武老人は、教えずとも使えていた魔法というからに、その魔法は本人の魔法適正の高いものである可能性が高い。
俺達魔法使いにとって、生まれ持ったものや成長途中の過程で強く影響があった事象などの要因でたまに偏って得意不得意な魔法が有ることがある。
それが魔法適正と呼ばれるものだ。
魔法には属性があるわけでは無いのだが、それでも魔法によって生み出される事象によって属性の様なものがあると考えた方が直感的にわかりやすく、例えば海や川の近くで育ち、よく泳いで育った者は水系統魔法の強い適正があったり、土木工事を生業としていて魔法が世間に認知され始めて魔法使いに転職したものは土系統の魔法に強い適正があることが多い事が知られている。
適正が極めて高い魔法がある代わりに他に極端な苦手があったりするため汎用性には欠けたりはするのだが、実際社会に出て全ての魔法を満遍なく求められることはまずないため、魔法適正があるものの方が成功する事が多いとされる。
それもそのはずで、魔法適正がある魔法を使用者が使うと適正が無いものが多少努力しても叶わないレベルで魔法の実力に開きが出てしまうのだ。
もっとも、魔法適正にあぐらをかいて研鑽しないと追い越されてしまうため、本人の努力次第ではあるのだが。
「それでは、いきます」
意気込んでこちらに宣言すると、ミコは眼を閉じた。
ミコが眼を閉じてわずか一秒足らずでミコの周りを炎の球が複数産み出された。
「無詠唱の火魔法!? しかもこの数をコントロールし切っているのかい!?」
優が驚くのも当然である。
魔法を発動するためには、古代魔法だろうと現代魔法だろうと何かしら発動するための条件が存在する。
例えば、現代魔法はデバイス、古代魔法は詠唱・魔法陣・式神・神器などのアーティファクトなどである。
条件を省略して魔法を発動することは、道具も何も使わずに手の込んだ料理を作れと言われている様なものだ。
時間を大量にかければできなくは無いだろうが、包丁もガスコンロもフライパンや鍋などの調理器具なければ作る前に食材である魔力は普通腐ってしまい食べられなくなるだろう。
それを目の前のミコは自力で瞬時にやってのけている様なものなのだ。
ミコはその炎を自分のまわりに浮遊させ、ミコが舞踊をしているかの様に炎の球がミコの周りをぐるぐると周り始めた。
そして、巫女が指揮者がオーケストラの演奏する楽曲を止める様に右手で拳を握ると、全ての炎の球はキラキラと炎をちらしながら消えたのだった。
美しく、綺麗でそして力強さを感じられる魔法だった。
「……いかがでしょうか?」
ミコが恐る恐ると言った様子でこちらに感想を求めていた。
優がミコの元に手を広げながら駆け寄っていき、にこやかに感想を告げる。
「すごいよ、ミコちゃん! 今見せてもらった魔法はとても高度で普通の人だとできない芸当だよ」
そう言うと、優はミコの頭を撫でた。
ミコはそれで照れてしまったのか、頭を撫でられて少し顔を赤らめ恥ずかしそうにしていたのだった。
俺はそんな《ユウ》とミコを横目に、武老人に疑問に思ったことがあったため質問を投げかけた。
「それで、武さん。ミコが見せてくれた魔法は今のままで充分すごいものです。現段階で完成されているとも思うのですが、俺たちはこれ以上何を教えればいいのでしょうか」
「それはのぅ。ミコにこの魔法の制御を教えて欲しいのじゃ」
「制御、ですか?」
俺と武老人が会話をしていると、ミコを抱っこして優もこちらに来た。
優とミコを交えた状態で武老人は続ける。
「そう、制御を教えて欲しいんじゃ。ミコが初めてワシにこの魔法を見せてくれた時にな、炎が近くの家の藁に触れたのか燃え広がってしまってのぅ。それはもう大惨事になってしっまったのじゃ。それに、例えば単に焚き火に火をつけたいだけの時もミコは呼ばれん。なぜなら、ミコは出す炎の数はコントロールできる様なんじゃが、大きさと温度をどうやっても調節できんのじゃ。単に火をつけるくらいならあんなに大きな火球はいらんし、今のままじゃと火力が高すぎて薪が燃え尽きてしまうからのぅ」
「なるほど……」
確かに、そこを制御できていないとなると用途は限られるだろう。
現状でミコがこの魔法を必要とされる機会は狩りの時、外敵が攻めてきた時の防衛や攻撃の用途としてくらいだ。
しかも周りに燃えやすいものが何かあると引火してしまうくらいの高火力のため、周りに被害を出さないために開けた場所に1人でいることがほぼ必須となる。
でなければ、周りの味方である人間や自身の生活環境を燃やしてしまいかねない。
武老人は、ミコを自分がいなくなった時に村民に必要とされる魔法使いに育てておきたいのだろう。
俺がそんなことを考えていると優は、武老人に話しかける。
「確かに、その制御ができないなら汎用性には欠けますね。僕達に教えられることは限られていますが、確かにミコちゃんにはすごい才能がありますし、僕達がミコちゃんに魔法の制御と使い方を教えていこうと思います」
「それは、ありがたいことじゃのぅ。ミコや、この2人から色々教えてもらうとええ」
「わかりました。改めてお二人ともお願い致しますね」
そう言うと、ミコは俺たちに頭を下げた。
俺は早速これから魔法の使い方をミコ教えていく上で必要になる基本的なトレーニングあるため、そのやり方を伝授しようと思い口を開いた。
「ミコ。まず基本的な魔法のコントロールするための練習方法について教えようと思う。数の制御はできるとのことだったから、まずはミコの一番得意な火の魔法を1つだけ目の前に出してくれ」
「はい。……これでいいでしょうか」
ミコの眼の前にすぐさまミコが生み出した火球が現れた。
「そう。次に、それを維持したまま何でもいいからミコの好きな形にその火球を変えるんだ」
「……うぅん」
ミコは眉間に皺を寄せながらやってみてはいたが、ピクリとも動かずなかなか難航している様だった。
「このコントロールの練習は難しいよね。僕も昔ミコちゃんと同じ顔をしながらやってたなぁ」
そう言いながら優はデバイスを操作して出した水球の形を自由自在に変化させた。
魔法制御の基礎中の基礎だが、この制御ができなければ次の段階に移れないのも事実である。
要は、魔法というプログラムがあるならば、その魔法に食わせるべき変数部分を作る練習である。
そしてその変数化こそが、魔法をコントロールすることそのものなのである。
ミコの課題であれば、大きさ・温度を変数化したいが、その感覚が今のミコにはない。
数については変数というよりも何度も術式に魔力を流せば複数魔法を展開できるため、変数化していないことが多く、我流でここまでできているミコもそれは例外では無いだろうから大きさと温度がコントロールできていないという情報からこのトレーニングが必須だと判断したがどうやら当たっている様だった。
現代では魔法使いとして魔法が使えると分かったら最初にやるトレーニングだが、自転車に乗る練習を初めてするようなもので、のちに一流と言われる魔法使いでもここで長らく躓くいた経験を持つ魔法使いも多い。
さすがに難しいだろうと見かねて、優はミコにコツを教える。
「まずはね、こうやって土でミコちゃんが作りたい形を作ってみてご覧?」
「わかりました」
ミコは優に言われたとおりに土を使って形を作り始めた。
昨日降らせた雨のおかげでちょうどよく土が湿っており、形を造形しやすいようだ。
ミコはすぐに簡単なウサギの形を土を使って作ったのだった。
「できました」
「そうそう、うまくできたね、みこちゃん!」
優はミコの頭を撫で、続けて言う。
「今やったことをもう一回やりながら、作っている時と同じようにミコちゃんの炎の魔法にも同じ形にするように魔力を加えながら形を変えようとしてくれないかい?」
ミコは優に言われた通り土の形を変えながら、出した火魔法の形を変えようと頑張っている。
すると遅く、不恰好でありながらも少しずつ炎の形が変わっていた。
それでも手元と全く同じにはならず、歪な形ではあったがやり方はわかったようなので優のアドバイスは的確であったようだ。
「なんとなくやり方がわかってきた気がします」
「僕もこの練習に1ヶ月くらいかかったからね。僕は粘土とかスライムでやってたけど。懐かしいよ」
「優でも苦労することなんてあるんだな」
「誰だって初めてなことはあるからね。それでミコちゃん、この練習を土なしでも自由自在に炎の形を変えられるようになるまで毎日練習してくれないかい?」
「わかりました。魔法の練習の時間はそうします」
「そうだね。これができれば温度とかの他の制御も感覚的にできるようになるから頑張ろうね」
「はい!」
その後、俺と優と武老人はあぁでもないこうでもないと言いながらミコの魔法の練習に付き合ったのだった。
練習の甲斐あってか、今日1日で土を触らず魔法のみで時間がかかり精密さにもまだまだ欠けはするが、大まかに形を変えられるまでにはなったのだった。
本日の練習を終え、俺達はミコと武老人を見送って別れた。
俺と優は武老人と村人が貸し出してくれた空いていた家に間借りさせてもらった。
実際はWDSの中で睡眠を取る必要がなく、次のイベントが起きるまでスキップされるため家を借りる必要すらないのだが、向こうはそんな事情すら知るよしもないため単純に村人の好意としてありがたく受け取っておこう。
家に入り、俺と優が2人きりになったところで、優が神妙な面持ちで口を開いた。
「ねぇ、蒼生。今日の事なんだけどさ、成り行きで僕達女の子に魔法を教えることになったじゃない?」
「あぁ……」
「最初は人助け位の軽い気持ちだったんだけど、あることを疑い始めて途中から緊張が走って平常心を装うのに苦労したよ」
「優もそうだったのか。実は俺もだ」
「やっぱりそうかい? ははっ、そうなるよね。じゃあ、2人で答え合わせと行こうか」
「そうだな。少女の名前はミコという名前だったな」
「そして、この時代……いや、現代でも類を見ない類まれなる魔法の才能。そして得意魔法は火魔法」
「資料にも弟以外の家族構成は残っておらず、弟が矢面に立って統治して女性であること以外は見た目も不明。弟については分からないが、今日見ていないだけだったり、実は旦那だったとかもあり得るだろう」
「蒼生、やっぱり」
「あぁ、彼女の名前は……」
「「卑弥呼」」
俺と優は目を見合わせて同じ名を口にしたのだった。
どうやら俺達はとんでもない人物の教育係を引き受け手しまったらしい。