第一章 入学編⑥
優と俺は周りに他の生徒がいないか、感知魔法を使って警戒しながら2人で探索を開始した。
感知魔法を併用しながら、移動魔法で高速移動を行い移動する。
感知範囲は、俺や優に勝てる者はいないだろうから感知範囲を広げていれば先に対応して接触せずに移動することができた。
魔法を使いながら移動をしていると複数の火の手が上がっている場所を見つけることができた。
1つならまだしも複数であることからして、おそらく合流用の合図等ではなくどこかの村などの生活による煙だろうと判断して優と近づいていった。
近づいていくと、木々に囲まれた小さな溜池のような場所に人が集まっているのが見てとれた。
男女入り混じっているその群衆は皆かなり濃く茶色がかった、元は白かったのであろうワンピースのような貫頭衣状の服を着ており、髪は特に手入れされておらず伸び切ったままであったり、適当に切ったりまとめているだけであるような出立ちだった。
「蒼生、人を見つけたよ。どうやら僕達みたいな生徒じゃなくて現地民みたいだね」
「結局はWDSの見せている意志を持つ映像のようなものではあるから、現地民という言い方には多少違和感があるが、まぁそうだな」
「僕もそう思うよ。何かいい呼び方あったらそっちに変えよう」
「承知した。それで優、話しかけるか?」
「そうしたいところは山々なんだけど、ちょっと様子がおかしいみたいなんだ。もう少しここから見ていていいかい?」
「わかった」
優に従って少し様子を見てみる。
確かに、全員が背中を向けており先頭にいる老人のような人物が池に向かって何かお経のようなものを唱えている。
(...地鎮祭のようなものかな?)
そう優が小声でつぶやいたのが聞こえた。
ただ、俺はこの時代にこの状況で行っていることには覚えがあり、地鎮祭も起源はまだずっと後の時代であることを知っていたので、それが違うことを知っている。
老人がお経のようなものを唱え終わると、手足を縛られた5歳ほどの女の子が大きな男に担がれて出てきた。
「なんだろうか。あの子何かしちゃって、そのお仕置きか何かかな?」
「いや、ちがう。優は、この時代の食糧はどうやっていたか知っているか?」
「うん、縄文時代のように採取とか狩もするけど、基本的には水稲栽培が始まっているよね。主食であるお米がもう登場していたはずだよ」
「そうだ。だが、栽培方法は? 今みたいに用水路とか大きな人工池とか田植えとかの技術が発達していたと思うか?」
「いいやそれはないね、蒼生。鍬とか鋤とかの道具は木製農具として弥生時代前期には出てきていたはずだけど、中後期でいくら鉄製を使い始めたとしてもそこまで技術は発展しているわけじゃないでしょ?」
「そうだ。じゃあ、稲作で重要な水はどうやって引いていたと思う?」
「それは…。最初から沼地で育てていたんじゃなかったっけ?」
「そうだな。でも沼地も水がずっと潤沢にあるというわけではないからな。雨が降らない時期が続いたらどうすると思う?」
「近くの水場から水を運ぶとかかい?」
「今ならそうするだろうな。ただ、当時あるのは良くて薄焼きの弥生土器だ。縄文土器より軽いとはいえ土器は土器、そこそこ重たいしそれに水の重さが加わる。距離次第だろうが、そう何往復もできないだろうな」
「じゃあ、どうやって…」
「それが、あれだ」
優が人が集まっている方に再度向き直すと事態が動いた。
「それではこれから儀式を始める!」
中央にいる老人が手を広げてそう言ったのが聞こえた。
先ほどと比べて声が大きくなっており、だからこそよく聞こえてきたのだろう。
呪文のようなものを唱え終わっており、いよいよ本格的に儀式を始めるということなのだろう。
「|蒼生、これってひょっとして雨乞いってこと?」
「そうだ。この時代は水資源をコントロールできないから、完全に自然の力に頼るしかないんだ。それで雨が降らない時は神様に祈るしかない」
「でも、あの手足を縛られた女の子は?」
「雨乞いをするときに色々な物語で見たことはないか? ただ祈るだけで神様は願いを叶えてくれるわけ無いって思うのはまぁわかる話だ。だからこそ、昔の人たちは雨を降らせてもらう代わりに交換するものを神に捧げたんだ」
「ひょっとして…。生け贄ってことかい?」
「あぁ。あの少女は今まさに生け贄として神に捧げられそうになっているところだろう」
「大変だよ!? 早く助けないと!」
「……優ならそう言うと思っていたよ。折角儀式の準備をしたのだろうが、助けに行こうか」
そういうと、俺と優は隠れていた草むらから飛び出した。
実際、雨乞いの生け贄というものは完全に非科学的ということではない。
湖で溺れそうになると、当たり前だが人間は助かろうと足掻き水面を手足でもがき打つ。
もがけばもがくほど水滴が空気中に散布され、その水滴が上空にいつもより多く上空に登ることによって雲を作り雨となる。
しかし、そのために必要な水分は大量に必要になるため、多少1つの水面が揺れたところでほとんど変わらない。
村人全員で池に入って水遊びをする方がまだマシというものだろう。
その点では完全に非科学的ではないが、非効率的と言った方が正しい言い方だろう。
それはともかくとして、俺と優が草むらから出るとすぐにこちらに気づいたのか、異変に気づいた者から警戒を始めた。
全員がこちらに気づいたあたりで、儀式を進めていた老人がこちらに声をかけてきた。
「あなた方は何者ですかな?」
この時代は稲作があり、高床式倉庫に食糧を貯蔵できるようになったことから食糧が無い場合は争って他の村や人間から奪うという選択肢が生まれてしまった。
だから、自分の村に攻めてきたり偵察に来た者かもしれないと警戒しているのだろう。
「僕たちはいろんな村を回って生計を立てている旅の呪い師です。お忙しいところ失礼いたしますが、現在何をされてらっしゃるんでしょうか」
俺が話すよりも先に優が率先して話し始めた。
旅の呪い師という設定か。
俺たちの立場を当たらずとも遠からず暗示していて設定に入りやすい。
即興で考えたにしてはなかなか良い。
「そうでしたか。私はこの村の呪い師をしております、武と申す者じゃ。最近この辺りで雨が降らず、他の村から食糧を狙った襲撃が相次いでおりましてな。村の者以外を警戒しておるのですよ」
「なるほど」
「して、この儀式のことでしたな。これは雨乞いの儀式と言って、神に供物をささげる代わりに雨を降らせていただく呪いじゃよ」
「供物とは、その少女のことですか?」
「そうですじゃ。村で一番器量が良く、不思議なところがある子でございまして、神様にも気に入っていただけるだろうと」
「そうですか。その少女が何かをしてしまったわけでは無いんですよね。この儀式を中止する、もしくは供物を捧げないということはできないでしょうか?」
優は正義感が強いのだろう。
たとえ、WDSが俺たちに見せている弥生時代の再現で、実際の人間がそこにいるわけではないとわかっていても、一人の幼い少女が特に何もなく犠牲になることを許容することはできないのだ。
「旅の方、残念ながらそれはできないのですじゃ。このあたりはもう何週間も雨が降っておりませぬ。そして、雲の動きを見ても近いうちに降る気配がないですわい。私達は雨を降らせないと作物が枯れ、冬を越すことができませぬ」
「しかし…どうにかできないんですか?」
「我々も心苦しいのは同じなんじゃ。旅の呪い師ということじゃったら、どうにか雨を降らせる呪いなど知っておらんかのぅ……」
「それは……」
そこで、優の言葉が詰まってしまった。
現代魔法では、簡単な工程の魔法を高速で発動することはできるが、雨を降らせるような天候を操作する複雑な魔法はできない。
やろうとするなら、それこそ大量の水を魔法で呼び出し、火にかけて蒸発させるしか無い。
だったら水田に水を引いた方が手っ取り早いが、これも現代魔法だと水球を作り、打ち出すところまでがセットになっており、もし水田や畑に撃とうものなら枯れそうになっている植物もろとも全て吹っ飛んでしまうだろう。
そんな事情をわかっているからこそ優は悩んでいるのだ。
ここは、俺が優のためにひと肌脱ぐとしようか。
「私達が、この地に雨を降らせてみせましょう」
「蒼生?」
優が不安そうな顔でコチラを見てきた。
現代魔法では雨を降らせるなんて魔法はないから当たり前である。
しかし、現代魔法でできないのなら現代魔法以外の魔法を使えば良いだけの話であり、俺は幸運にもその選択肢を持っていた。
「優、お前はあの子を救いたいんだよな? だったら、俺がやることを手伝ってくれないか?」
「それは良いけど、どうするんだい?」
「たまたま、知ってる魔法に雨を降らせるものがあるから、それを使おうと思ってな」
「本当かい!? それはよかったよ。僕にできることならいくらでも手伝うからね、蒼生」
「助かる」
そのやりとりを聞いていた武老人は言う。
「それでは、一度旅の旅の呪い師のお二人に任せてみましょう。儀式はその結果を確認してからでも遅くはありますまい」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう頑張ります」
俺はそういうと、準備に取り掛かることにした。
準備のために村人の皆さんには村に戻っていてもらうこととした。
「それで、蒼生。どうするの? 雨を降らせる魔法なんて聞いたことないんだけど」
「現代魔法ではそうだろうな。これから使うのは古代魔法だ」
「古代魔法!? それを使えるのかい?」
「偶々、少しだけ使える魔法にあっただけだよ」
「そうなのかい? …今は深くは聞かないよ。とりあえず僕は何をすれば良いのかな?」
「今から魔法陣を描くから、完成したら俺と反対側から陣に魔法を流して欲しい。結構魔力をもっていかれると思うが、行けるか?」
「僕は魔力総量の多さが取り柄だからね。行けるよ!」
「よろしく頼む」
優の協力を取り付けた俺は、早速古代魔法の準備に取り掛かる。
俺は、拳銃型デバイスを取り出しレーザーポインタで図形を描くように魔力を使って魔法陣と魔法文字を刻む。
大きさは車2台分の駐車場程度の大きさで描く必要があったので、体感にして2時間ほどかけて描いていく。
魔法を詠唱する程度で魔法を発動すれば楽なのだが、古代魔法の融通はそこまで効かない。
古代魔法の発動には即時発動出来るものがあるのだがその場合威力や規模は即時発動系は現代魔法にかなり劣る。
即時発動できるものでなければ魔法陣以外にも、陰陽師系の式神・呪具・魔法具を使用した発動や西洋魔術系の儀式や占いなどを利用した方法などがある。
規模や威力をより強力なものにしようとするならば、どうしても何かしらの道具や時間のかかる手順を踏む必要がある。
その代わり、現代魔法では再現できないことができるのが良いところではある。
名前としては古代魔法だからと言えど、全てが現代魔法に劣っているわけではない。
要は使いようである。
「さて、魔法陣が完成したぞ。じゃあ、優は俺と反対の位置から魔法を流してくれ」
「わかったよ、蒼生」
2人で、魔法陣の両側から魔力を流していくと少しずつ魔法陣が光だした。
(よし、うまく起動できているようだ)
魔法を起動していると、光が大きくなってきたために現地民のさきほどいた住人も俺たちの周りに集まってきた。
その際、チラッと先程生贄にされかけていた少女の姿を見ることができたため、もうすでに解放してもらったのかと少し驚いた。
それだけあの少女が1人でここから逃げだすのが困難なのか、或いは俺たちが信頼されているのかはわからなかったが。
魔力を注ぎ続けて2分ほどで魔法陣の光がピークになった。
魔法陣が励起状態になっていつでも起動できる合図だ。
俺は、魔法を発動させるために最後の工程として呪文を詠唱する。
「須佐男の神に乞う。我らが魔力を糧とし大地を潤し賜え。雨月招来」
呪文を唱えると、魔法陣から光の柱が天に伸び、そこから湧き出るように雨雲が広がっていく。
5分も経たないうちにここ一帯の地域は大雨となったのだった……。
俺と優は、雨が強くなってきたからと武老人の家にあげてもらっていた。
家といっても、軽く穴を掘ってその掘った周りに藁をまとめた屋根をつけただけのよく見る竪穴式住居であるが。
それでも、村人に頼りにされているからなのか、少しだけ周りの住居よりも立派には見えた。
「先程はありがとうございました。まさか本当に雨を降らすことが出来るとはのぅ……。恐れ入ったわい」
「いえ、こちらが使える呪文でちょうど良いものがあってよかったです」
俺たちは武老人に深々と頭を下げられ、少し恐縮してしまった。
「実は、ワシも呪い師の端くれじゃが、儀式で雨を降らせることができたのはあまりなくてのぅ。成功率は半々といったところじゃ。失敗も多く、今まで神に”贄”として捧げてきた者達に申し訳なく思っておったのじゃよ。ワシの師匠から教わった呪いじゃが、本当にこの呪いであっているのか、どれほどの効果があり、そのために犠牲を強いているのかとな」
「心中お察しいたします…」
「今回なぞ、特にそうじゃ。今回神への供物にする予定じゃった少女がおったじゃろう。あの子にはワシなんぞ到底及ばん呪い師としての才能がある。ワシももう歳でのぅ。老い先短いのが自分でわかっとる。だからこそ、才能のある幼な子をたくさんの命がかかっているとはいえ、今一時の為に今後大きくなりより多くの命を未来に救うかもしれない。そんな才能をこの手にかけてしまうことに疑問を持ちましたのじゃ」
現代でいうトロッコ問題に似たものなのだろう。
トロッコが高速で移動していて、切り替えなければ5人の命が失われるが、切り替えたら死ぬ予定がなかった1人の命が失われるというアレだ。
この老人は、その問題に差し当たり、悩んでいたということなのであろう。
「本当に助かりました。あの子も村人も救えて、あなた方には感謝しかありません」
「僕は大したことは出来なかったので、お礼はこちらの神原君に言ってください」
「いや、違うぞ。あの魔法は俺一人の力では起動できないものだ。優が一緒にいてくれたからこそできたんだ」
「そんな…。でも、ありがとう蒼生」
「ホッホッホ、お二人は仲がよろしいのですね」
「えぇ、まだ会って2日目なんですが」
「そんなふうには見えんかったのぅ」
武老人は大袈裟に驚いてみせた。
「ところでなんじゃが、2人は旅の呪い師ということじゃったが、一時この村に滞在する気は無いかね?」
「僕達は自由の身なのでいいですが、どうだい蒼生」
「そうですね。一時の間滞在させていただけたらと思います」
「そうかそうか。それは嬉しいのぅ。家も臨時のものを用意するので、ついでにこの老いぼれの頼みを一つ聞いてくれんか?」
家まで用意してくれるのはありがたいと思ったのだが、どうやら裏があるらしい。
優が老人に問いかける。
「頼みというのは?」
「頼みというのは、今日贄にされそうになっとった少女がおるじゃろう? あの子にお二人の呪いを教えてやってくれんかのぅ?」
武老人はそういうと、俺達に深々と頭を下げた。
「頭を上げてください、武さん。それでなんですが、1つ聞かせてください。何故僕達なんでしょう?」
優は武老人にそう聞き返した。
「まず1つはワシの命はもう長く無いことじゃ。ワシの命は保ってあと半年だというのが自分でわかるんじゃ」
「それは…」
「それに、長生きしてきたがお二人ほど腕のたつ呪い師をワシは見たことがないのじゃ。ワシや、ワシの師匠なぞお二人の前では鼻で笑う程度の力しかないのがわかるんじゃ」
俺達は未来から来ているのと同義で、失伝魔法を除いたら発展して洗練された技術のもとで成り立っている魔法だから、俺達2人以上の魔法使いを見たことがないのはそれは当然であろう。
ただ、老人に言われて少女のに魔法を教えるとなると、俺と優はこの村から離れられなくなる。それは失伝魔法を得る機会が減ってしまう可能性があるということになる。
俺だけの意思では決められないことだ。
「どうする、優」
「僕は……。正直引き受けてもいいと思っている。確かに、いろんなところを巡って魔法を使ったり争いごとに首を突っ込むのが失伝魔法を得る可能性を上げるには手っ取り早いんだろうけど、最終的にはどこかの勢力につかないといけないだろうし、これも何かの縁だと思うんだ」
「なるほど、それに他の生徒も同じように争いに首を突っ込むのを目的としているだろうから、変に出くわして無益な争いが増えるよりいいかもしれないな。わかったよ優。そうしよう」
俺と優は考えをまとめたので、武老人に伝える。
「俺達が、あの子に呪いを教えましょう」
「本当かの。それならワシも安心して逝けるわい」
武老人の言葉にすかさず優がツッコミを入れた。
「武ささん、それはブラックジョークが過ぎますって……」