第一章 入学編③
翌日、東都魔法律学園高等学校の教室に登校し、すでに優が登校していたので声をかけた。
「おはよう、優」
「おはよう、蒼生。いよいよ今日からWDSをつかった実習が始まるね。楽しみだよ」
「そうだな。それでなんだが優、今日のWDSで使うデバイスをもって来てるか?」
「やだなぁ、蒼生。忘れるわけないじゃないか。もし忘れでもしたら大ごとだよ」
「それもそうだな」
WDSのダイブ中は、事前に機械に認識させておけば自分のデバイスを持ち込む事が出来る仕様となっている。
そのため、自分の使い慣れたデバイスを持ち込んでダイブ中に効率よく普段と変わらない使用感で魔法を発動する事ができるのだ。
昨日のクラスのホームルームの時間で説明もされていたし、忘れてくるような生徒はいないだろうがこの会話自体が様式美というやつだ。
「僕は、もっと魔法を上手く使えるようになりたいとは思っているけれど、人生に1度きりしか同じ時代の同じ事件は効果がないと言われるとやっぱり緊張するよね、蒼生。」
「そうだな。周りの顔も昨日と比べて表情が硬い気がするな」
「全国から選りすぐりの生徒がこの高校に入学してるとはいっても、緊張するのはみんな一緒だよね」
「あぁ。それで優、デバイスのことなんだが、最後に調整したのはいつだ?」
「確か高校受験の時だよ。魔法の調整ができるデバイスエンジニアなんて日本にはまだそんなに居ないし、需要が高いから調性も高額だからね。おかげでちょっと欲しい魔法とかのカスタマイズをしたいだけなのに間に合っていないのが現状だよ」
優の言った通り、魔法を発動するためのデバイスを調整できるエンジニアは限られていて、需要に対して供給が間に合っていないのが現状だ。
これもデバイス技術を作成した菅原 宗成がこの国にいるということに胡座をかき、最近までなにもしなかった国の政治家のせいでデバイスエンジニアの育成も大きく遅れているためだ。
それだけ魔法という技術が当初日本で眉唾モノとして見られていたというのもあるのだが、魔法使いからすれば感情を抜きにして語れない部分ではある。
優のデバイスの調整は受験の時とのことで、平均で半年に1回、頻度がかなり高い1流の魔法使いですら1カ月に1回なので、デバイス調整の頻度としてはふつうなのだが、やはりWDSでダイブした後に合流してやっていくならアレは渡しておくべきだろう。
「……優に今日のWDSのダイブで試して欲しいモノがあるんだ」
「なんだい蒼生、改まって。何か作戦でも思いついたのかな?」
「試したい『モノ』と言っただろう、優。コレをWDSにセットして持って行って欲しいんだ」
そう言うと、俺は荷物から昨日作成した刀型のデバイスを取り出した。
刃はそもそも研がれておらず潰してある状態ではあるが、そのまま持っていると恐怖感を与えるため鞘に入れてさらに袋にしまいその上からデバイスが丸々入るアタッシュケースに入れて施錠して持ち運んだ。
魔法使いが日常的にデバイスを持ち運ぶようになって拳銃や刀よりも使い方によっては危険な物を持ち歩いているため、銃刀法違反などの法律は少し緩和されたとはいえそれでもやはり本能的に怖い
と思うのは当然だからな。
ちなみに、街中で許可無く拳銃・刀・魔法発動のデバイスを使用しようモノなら至る所に設置されている監視魔法がとらえ、追撃用の魔法が自動で打ち込まれ被害が及ぶ前に無力化する仕組みができている。
このシステムが張り巡らされていることにより、魔法使い以外の人間も安心して道を歩くことができる。
「刀型のデバイスなんて、初めて見たよ。こんな貴重なものを僕が使って良いのかい?」
「あぁ、失伝魔法の記録用のカードもつけてある。最も、カードに関しては学校側から支給されそうな気もしているが……。魔法については基本的な属性エンチャントの魔法と防御魔法に汎用魔法、魔法弾系統を入れてあるから、中距離戦にも対応はできるようにはプログラムしてある」
「本当かい? 使ってみないとわからないけどひょっとすると僕が自分で持ってきたデバイスよりも使いやすいかもしれないよ」
「そうだといいな」
優に刀型デバイスに入れた魔法のレパートリと発動のトリガのレクチャーを終え、一緒に行動するにあったっての合流方法や作戦などを打ち合わせていると朝礼の時間となり先生が入ってきた。
「みなさん、おはようございます。本日は昨日予告した通り、WDSの実習が行われます。みなさん初めてのことで緊張をしているかもしれませんが、恐れず自分の思うようにベストを尽くして頑張りましょう」
昨日のホームルームで紹介のあった1年2組のクラス担任である黒霧 あかね先生は、教壇上でそう言うと、本日の流れの説明を始めた。
曰く、ホームルームが終わると別の建物に移動し、WDSの機械(カプセル型の装置で、頭にヘッドマウントディスプレイのような魔法装置をつけて起動させる装置だ)を使って弥生時代にダイブすると言う説明を受けた。
WDSそのものの使い方の説明もこの時に説明があった。
WDSは、過去の歴史を追体験してそのなかで魔法レベルを劇的に向上させるシステムだが、形は酸素カプセルやゲームセンターにあるロボットのコクピットに乗り込んで操縦したかのような気分になるゲームのような卵型に近い形をしている。
カプセルの前方が表面についているボタンを押すことで開き、中のシートや装置が顕になる。
ダイブ時にはそのシートに座って頭に魔法装置を取り付けてダイブすることになるのだ。
眼まで覆ってしまうので、まんまVRを体験しているように側から見ていると見えるのだが、視覚情報は共有されず意識のみ魔法装置に預ける形になる。
2060年代に開発されたフルダイブ型のVRマシンの流れを汲んだ、2090年を生きる我々には馴染みのある代物である。
そのため、魔法使いでは無い人間も同じようにダイブして入る体験ができるように感じるが、実のところそんなことはない。
魔法装置の名の通り、起動には使用者の魔力を消費する必要がある。
これは、魔法使いと非魔法使いを区別し魔法の恩恵を魔法使いのみで独占する為だとWDSが発表された当初は散々世間の非魔法使いの魔法反対派から非難されたが、実際はそんな事実ではない。
WDSの根本はその土地、その国の地脈を読み取り、地脈に流れる歴史の情報に魔力を流して魔法使いの意識を介入させることで歴史を再現している。
完全に全てを魔法で歴史を再現しているわけではないのだ。(そもそも自身の魔法だけで再現した空間に入ろうものなら空間の再現ですら途方もない魔力を使うことになるので、使用者の消費魔力は今の非ではなくなり人間に扱える代物ではなくなってしまう)
そのため、魔法が使えるというのはWDSを使う上で前提条件なのだ。
ただし、今もこの前提条件をどうにかして無くせないかWDSの開発者の間では研究がなされている。
使用者はそのWDSに入るシートに腰掛ける前にやることがある。
座席の近くに3Dスキャナのような魔法装置がある。
その装置から伸びているケーブルを持ってきたデバイスに差し込み魔法を読み取らせて、WDSに持ち込みするデバイスの魔法の種類とスキャナで読み取ったデバイスの形、魔法で読み取らせた情報により強度や匂いなどの付随情報を読み込ませる必要がある。
これをやらないとWDSにデバイスの持ち込みなしの自力で歴史を旅する必要がある。
これは魔法使いにとっては、武器なしで戦場に行けと言われているような無謀なことのため、仮にデバイスを登録せずにダイブしようとしても警告メッセージが3回連続で出現してそれを了承しなければダイブが始まらないようになっている。
ケーブルはデバイスに魔法をプログラムするときに使うものと同じ規格なので、デバイスによって使えないものがあるなどといった事態もない。
因みに読み取らせられるものはデバイスだけではなく他の物も読み取れるため、ダイブ中はお腹は空かないようにできているので必要はないが食糧や化粧品、はたまた現代では使用方法もわからないオーパーツなども持ち込むことはできるが、持って行ったところで荷物が増えて機動力は下がるし疲れるだけなので持っていく人間はさほどいない。
デバイスをスキャンしたら座席に座り、ヘッドマウントディスプレイのような形状の魔法装置を頭から被りいよいよダイブをスタートする。
使用方法はざっとこんなところだ。
WDSのダイブ時間の平均は3〜4時間程度である。
1つの時代を体験するのに随分時間が短いように感じるかもしれないが、ダイブ中は時間が引き延ばされる。
人間の脳の処理限界は未だ上限が見えないが、それでも負荷がかからないように現代のフルダイブ型のVRマシンで引き伸ばされている時間感覚の平均である20倍程度に抑えてある。
つまり、実際のところ体感している時間感覚としては現実世界では3〜4時間でもダイブ中の時間感覚で60〜80時間程度のため3〜4日程の時間に感じられるのだ。
それでも時代に比べたら随分時間が短く感じるが、WDSでダイブするのは時代の転換点となった時代の一部の期間であること、何もできごとが起こらない場合はWDSの魔法装置がダイブした人間の性格や行動を読み取り、違和感なくダイブ中の人間がそこにいなかった期間、周りの人間(歴史上の人物達である)からあたかもいたように認知され時間を飛ばすことができるためである。
ダイブしている人間からすると若干ハードかもしれないが、この仕様のためダイブ中は次から次に何かしら事件が発生する。
その波のように降り掛かってくる事件・事象に対応しながら効率的に魔法を向上させていくことができるため、WDSが唯一無二な部分で魔法使いが使いたがる要因なのである。
もしダイブ中に死亡してしまうようなことがあった場合はそこでダイブは終了となり、他人のダイブの様子を俯瞰で眺めたり先に戻ったりできる。
なお、WDS自体に迎撃装置や強力な防御魔法が組み込まれている上に、ダイブ中は監視がつくため先に戻って他人のWDSにちょっかいをかけるようなことはできない。
基本的にはダイブが終了したら暇なため、WDSについているチャット機能を使って他人のダイブを覗きながら終了したもの同士で会話をしている人間が大多数らしい。(一応ネットサーフィンも機能としてはできるが、勉強になる上にネットサーフィンよりも他人の視点は面白いため使用するものはいない)
因みに、もし途中で脱水症状レベルで水分不足になったり、トイレに行かなければならないような事態、システムの周りで地震や事故などの非常事態が起こった時などはWDSが感知し、ダイブを一時停止状態で中断し、なんの非常事態でダイブから戻されているのか警告メッセージが出現されるようになっており、解決後途中から再開できるようになっている。
あまりに長い期間(例えば、WDSの周期が過ぎてしまう事態や1週間以上再開されない場合など)が経ってしまうと再開できないが、そうでなければ問題なく中断できる。
「そしてこちらが、WDSのダイブ中にもし失伝魔法を獲得した際に自動記録されるカードと、カードを入れておくホルスターです。自前で持っている人はいいですが、学校側からWDSのダイブを始めるみなさんへこちらは支給いたします」
学校側から空のカードが支給されることがわかったとき、生徒から小さく「おぉ……」という感嘆が漏れた。
いくら日本最高峰の魔法を学習できる高校とはいえ、生徒全員分を支給するとなるとそれなりの金額がかかるためである。
だが、このようなサポートが行き届いているからこそ人気が高いのもまた事実ではあるのだ。
このような説明を午前中の授業2時間ほどを使って先生からレクチャーがあった。
生徒の中にはもちろん知っている顔をした人間もいるが、大半はWDSの細部についてはまるっきり初耳だった人間のようで熱心にメモをとりながら話を聞いていた。
説明を受けた後、1年生はWDSのダイブがあるので11時30分から少し早めの昼食をとることになった。
東都魔法律学園高校の食堂や、教室など皆思い思いの場所で昼食をとっていたが、「いよいよか」という感情が伝わってくるように皆表情が硬い。
他のクラスの人間も似たようなもののようだ。
俺は優と最後の打ち合わせをしながら昼食をとり過ごした。
昼食時間が終わると、教室からWDSの演習場に移動になった。
演習場に入ると、事前に説明があった通りWDSの卵型の装置が所狭しと並んでいた。
周りを見回すと、緊張の面持ちの生徒がほとんどであり話し声もあまり聞こえない。
1回のダイブで魔法使いとしての自分の人生が大きく変わるかもしれないのだ。
魔法が使えなくなったりなどといった悪い方に変わる事はないが、あまりにも考えなしに消化してしまうと周りに置いていかれる可能性があるため手を抜くことはできないのだ。
さらに言えば、滅多にない話だが現代で再現不可能なロストテクノロジーである失伝魔法で有用な魔法を1つ手にしただけで魔法使いとしての評価が変わり1流の魔法使いとして名を連ねている人物も実際にいる以上魔法使いだったら皆が失伝魔法の習得も狙っているのだ。
まぁ、そちらは狙って手に入れられる物ではないため運がよければ程度の物だが。
周りの様子を少し見回していると、すぐ後ろにいた木嶋 優が話しかけてきた。
「結構しっかり打ち合わせはしたけれど、やっぱりいよいよだと思っちゃうよね。頑張ろうね、蒼生」
「あぁ、打ち合わせ通りにうまくいくはずがないから、最後は出たとこ勝負だからな。よろしく頼むよ優」
そう返すと、WDSのカプセルの前に通され、各々の前にWDSが1台見えている状態になった。
その状態に整列が完了した時、部屋全体にアナウンスが流れた。
「1年生の皆さん、整列が完了しましたね。私はWDS総括責任教諭の福富です。時間になりましたのでWDSの実習を始めていきます」
放送で開始の合図がなると、部屋全体がシンと静まり返り、張り詰めたような空気が流れる。
「まず、WDSの側面に見えているボタンを押して前のカバーを開けてください」
真っ白なWDSの表面に1つだけ緑色のボタンがあるのでそれを押すと、事前説明にあったように前カバーがあき、WDSの内側が見えた。
「では、その中に入りカバーを閉め、WDSのアナウンスが流れるのでそれに従ってください。事前説明もありましたと思うので、大丈夫だとは思いますが、わからないことがあれば近くの教員に教えてください。それでは皆さん、頑張ってください」
福富という先生のアナウンスが流れた後、生徒は皆WDSのカバーを閉めて入っていく。
俺も一呼吸置いてからカバーを閉めた。
カバーを閉めるとすぐに機械的な女性の声のアナウンスが流れた。
「WDSーウィッチクラフトダイブシステムーへようこそ。ここでは過去の歴史を辿りながら魔法技術を向上させる旅を体験できます。現在ダイブできる時代は弥生時代です。使用する場合はまずデバイスを椅子に向かって左手にあるボックスに入れケーブルをつないでください。デバイス以外のものの場合はケーブルに差し込む必要はありません。WDSを使用しない場合は椅子に向かっている右手の黄色に光るボタンを押しハッチを開けて退出してください」
事前に説明も受けていたのでスムーズに昨日準備して持ってきておいたスマートフォン型デバイスをセットし、ケーブルを繋ぐ。
周りのライトが緑色になり、デバイスを入れるボックスの上にある小さなモニターに「OK」の文字が表示されたのを確認するとまたアナウンスが流れる。
「デバイスの接続を確認し、正しく情報を読み取れました。これ以上持ち込み物がないのであれば正面の椅子にかけ、頭上にあるレバーを引いてヘッドマウンタを頭に取り付けてください。装着後3秒ほどでダイブが始まります。他に持ち込むものがある場合はボックスに入れてください。デバイス以外のものはケーブルに繋ぐ必要はありません」
俺はデバイス以外に持ち込む物が無かったので、指示の通り椅子に座り頭上のレバーをひくと同時に降りてきたヘッドマウンタを頭に取り付ける。
ヘッドマウンタはバイクのフルフェイスヘルメットのもう少し大きくゆとりのあるようなサイズになっており、取り付けるといっても触れる部分はなく装着している感覚は一切無かった。
「ヘッドマウンタが装着されました。これよりあなたは弥生時代の歴史を追体験し魔法力向上の旅が始まります。準備はいいですね?」
機械的なアナウンスの後、眼前に「YES」と「NO」の選択肢が浮かび上がった。
空間をタッチする動作を行うとスタートする仕組みである。
この辺りのVR空間のような環境でのUI(ユーザーインターフェイスの略で、ユーザーが使いやすかったり慣れ親しんでいて初めて見るものでもなんとなく使い方がわかるような設計であること)は今から50年ほど前の2040年代から変わらないものだ。
いよいよ自分の魔法使いとしての成長が始まるのだという少しの感慨の後、俺はYESに触れた。
「かしこまりました。それでは、魔法の歴史の旅へご案内いたします。Have a nice trip!」
アナウンスのあと、目の前に吸い込まれるようなそれでいて疾走感のあるようなエフェクトが出現し吸い込まれているような感覚と浮遊感を味わった。
そのまま2秒くらいで意識が別のどこかに吸い寄せられたかのような感覚にみまわれた後、少し黄色味がかった雲の中のような真っ白な空間が眼前に広がり、それに気づくと座っていたはずの自分がいつの間にか立っていて、その空間で手足が自由に動かせるようになっていたのだった。