第一章 入学編②
同じクラスで仲良くなった木嶋 優と、彼の中学のときの同級生桜井 萌香と、今年の入学者で早くも注目されている七大魔導士の1人加茂泰権の御子息で次期七大魔導師入りを期待されている賀茂総魔とのイザコザがあった後は、特に何かあるわけではなく、とはいえどこかぎこちない雰囲気を感じながらも優と帰路が同じ場所までは明日の打ち合わせを行いながら帰った。
俺は、帰って簡単に食事を済ませると自分の机に座る。
自分のと言っても、この家に住んでいるのは俺一人であり、両親は俺が小さい頃に事故で死んでしまったらしい。
その遺産と保険金から学生一人が大人になるまでくらいのお金は担保されていたのだが、訳あって今はそれ以上の生活はできていた。
部屋は大きければ大きいほど良いと思い3LDKのマンションを借りてみたものの、どうしても持て余し、1LDK部分しか普段は使っていない。
1室は使用せず、1室は物置と化しているのが現状だ。
リビングダイニングはそのままの使い方をしているが、もう一室は寝室兼作業部屋として使用しており、俺はその作業机の席にいた。
デスクの上と周りは魔法発動用のデバイス、を調整するための機械が所狭しと並べられていた。
魔法発動用のデバイスの技術はまだ出始めて日が浅い。
基礎技術自体は現代魔導師が出現した20年前からすでにあったが、使う機材が多く1つの魔法を発動するだけでも大規模な設備が必要になり、他国に牽制できるほどの魔法を発動しようものなら、1人で火力発電所ほどの大きさのデバイス(その規模のものを「デバイス」と呼んでも良いのかは疑問ではあるが)が必用であった。
しかし、8年程前に世界のデバイスエンジニアが協力し、その中でも日本の七大魔導師の1人ーー菅原 宗成が中心となって、魔法発動用のデバイスを掌に納められる程度に小型化する事に成功した。
それだけでは足りず、汎用的に魔法を使えるように回路を設計して従来は常識であった簡単な魔法を1つのデバイスにつき1つの専用魔法しか入れられないという制約から開放し、簡単な魔法なら小さなデバイスに最大256個の魔法を格納し、自由に選択して発動することができるようになった。
さらに、デバイスでは再現できない複雑な魔法は旧式の呪符にヒントを得てカードに魔法情報を保存し、それをデバイスに差し込んで読み込ませ起動する事で発動を可能にした。
これによって新旧問わず魔法を素早く簡単に発動できる仕組みの構築に成功したのである。
魔法発動用デバイスの功績と、それにWDSは実質菅原 宗成本人にしか原理と製造方法・アルゴリズムを”全て”把握している人物がこの世に存在しないため、他国への牽制と日本の資産たりうると判断され魔法の技能を度外視で七大魔導師の一人として名を連ねている。
俺はそんな経緯があって作製され、出回っているデバイス調整用の機材を起動した。
「明日はいよいよWDSにダイブするからな。自分のデバイスは入念にチェックしておこう」
独り言を呟きながら俺の目がモニタの文字列の上を走る。
まずはデバイスのハードにエラーが出ていないかを確認した。
まずは魔法をストックしておくための不揮発性メモリと発動するタイミングで魔法を計算する揮発性メモリをチェックした。
基本的にはデバイスは稼働部分が少なく、中身のパーツは壊れにくい作りになっている。
稼働部を多くするとどうしても戦闘で使ううちに壊れてしまうリスクが高くなる上に、デバイスそのものが大きくなってしまうからである。
そのため、魔法の記憶媒体には物理的に記録を保存する円板が回転して動作するようないわゆるHDDのようなタイプではなく、SSDタイプの不揮発性メモリが採用されている。
また、そうする事によって読み書きにかかる時間を短縮し高速化にもつながっている。
PCでもそうだが、HDDだとrpm(rotations per minute)という1分間に何回転ディスクを回転できるかという制約がつく。
過去(2000年初めごろ)の高速であったSAS型のHDDで実現されていた15000rpm(1分間に1万5千回転)という数値から現代はさらに多く10万回転ほどになってはいるが、高速回転する分摩耗などによる故障のリスクが上がり高速化にも不向きという点で2090年現在ではあまり使われていない。
そのためSSDのような不揮発性メモリ(電源を落としても情報を保持できるメモリ)を使用している。
ただし、これにも欠点があり……。
「やはりか。そろそろ寿命かと思っていたんだ……」
俺のデバイスのカートリッジと呼ばれているまさにSSDを担っている部分の書き込み回数が上限近くになっていた。
SSDのような不揮発性メモリには書き込み上限が存在する。
記憶を保持しているセルと呼ばれるものが存在し、それに情報を書き込んで保持している。
1つのセルに1bitを書き込むだけなら劣化が遅くなり寿命が長くなるがスピードが遅くなるため、1つのセルに現在は64bitを書き込むようにして高速化を行っているが、1bitしか書き込まなかった時に比べ単純計算で64倍の速さで寿命が来るのだ。
これも過去(2020年頃)の1セル1〜4bit時代に比べて寿命が長く64bitでも1万回の読み書きが可能となり(1セル4bitのQLCでは1つのセルが1000回書き込みを行ったら寿命であり、読み出しはできるが保存はできなくなる状態だった)、64bitなのでさらに高速化もしている。
ただ、過去に比べるとこれほど高スペックとなった今でも魔法を発動するために使うとなると心もとない。
位置情報や変数の設定、ハードのアップデートなどでかなりの回数読み書きが行われ、デバイスを普通に使っていても1年ほどでメモリの寿命がきてしまう。
魔法を毎日頻繁に発動するとなるとそれがさらに短くなり、1ヶ月ほどで寿命がきてしまうためメンテナンスが必要になるという欠点を抱えているが、これに関してはまだ解決策が見つかっていない状態だ。
「えっと、確かここに……あった」
不揮発性メモリ部分はこのように定期的にメンテナンスをする関係で、銃でいう銃弾のカートリッジのように簡単に取り外しできるようになっている。
俺は引き出しから新しいカートリッジを取り出し、俺のデバイス(色々な形のデバイスが存在しているが俺のは昔のスマートフォンのようなタブレットタイプのデバイスを使用している)に挿し直した。
「よし、きちんと認識したな。OSは自動で入れ直してくれているから、次は取り出した前のカートリッジに入れていた魔法を新しいカートリッジに入れ直しだ」
新しいカートリッジを換装したので、現在は自動で保存されるタブレットタイプのデバイスを動かすためのOSしか入っていない。
そのため自分のカスタマイズしている魔法を入れ直す必要があり、俺はこのカスタマイズやメンテナンスを自分で行うためにデバイス用の調整機が部屋にあるのだ。
さらに魔法を入れ直すついでに、明日のWDSの実習用に魔法を組みなおすことにした。
魔法のカスタマイズ画面を開き、デバイス調整機に登録されている魔法を確認しさらに魔法開発用のプログラムエディタを開いた。
デバイスの魔法のプログラムで気になる部分に修正を入れていく。
「ここのループが1周余分だな。削って計算量を少なくした方がいい」
魔法のプログラムを調整することでできることは高速化・効率化・属性変更などの魔法修正、また難易度はかなり高くなるが新魔法の開発などである。
普通はデバイス調整機に登録されているデフォルトの魔法で充分であり、そもそものデフォルトの魔法のクオリティ自体が高いのだが、まだまだ魔法は発展中の分野であり、魔法の起動プログラムも急いで作られているため作りが甘い部文がある。
俺は、それを修正して改良して使っている。
そうでもしなければ1度に使える魔力の量の数値、魔法発動限界量が少ない俺は賀茂総魔のような魔法発動限界量の多い魔法使いにほんの少しでも追い付くことすら出来ないのだ。
そのため、この作業は大変ではあるが必要なのである。
自分のデバイスの調整を終えたところで、俺は考えを巡らす。
「明日は俺だけじゃなく、優もWDSのダイブ先で合流することになる。優もデバイスを持っているとは思うが、俺と同じように魔法発動限界量で悩んでいる。そして帰り道で聞いた話だと、魔法発動限界量が少ないことに対して解決する明確なアプローチをもっていないようだ。ならば、俺がデバイスを調整して貸すのも1つの手か……。普段使わない魔法が多いだろうからぶっつけ本番で使うには慣れていないというデメリットがあるだろうが」
それでも、用意しておくに越したことはない。
そう考えてデバイスを調整していく。
「優のデバイスを聞いてはいないが、足運びがすり足で重心がブレない歩き方をしている。おそらく何かしらの武道を修めている可能性が高い。刀型のデバイスを持たせておけば間合いも取れ、魔法の射程管理もしやすいだろう」
俺は、そう考え優専用に刀型のデバイスを新たに作成することにした。
まずは金属を一昔前の3Dプリンタのように金属を加工できるメタルプリンタで刀型のデバイス状に金属を削り出していく。
使用する金属はデバイス用に調整している鉄をメインに使った合金と、魔法基盤をセットするためのスペースを開けて作成する。
メタルプリンタの出力を待っている間に肝心のデバイスの中身をコーディングする。
仮装OS上でデバッグしながらエディタにコーディングしていく辺りはAI技術が発展した2090年になっても変わらないかもしれない。
「あとは魔法に何をセットするかだ……」
優の得意魔法属性は本人から今日教えて貰った話で制御・コントロール系統である。
刀とは合性がいいだろうから、属性エンチャントの魔法とバリアを貼る防御魔法、中距離戦にも対応できるように単純な魔法弾系統なども取り敢えず入れておく。
それから、WDSでダイブした直後は生徒ごとにスポーン地点が違う。
だから、優に少しでも早く合流するために念話魔法を入れておいて俺のデバイスと優に渡すデバイスで通話できるように両方のデバイスにセットしておこう。
当初の予定では初級炎系魔法を1分に3発ずつ空中に撃ってそれを目印に合流する予定だったが、連絡が取れるならそれよりも効率がいいだろう。
余ったスペースによく使われる汎用魔法も入れておく。
あとは……。
「明日、WDSのダイブ前に優に聞きながら魔法を入れ替えることもできるが、優の魔法は中学レベルより少し高等なだけの基本魔法ばかりだろう。だったら、WDSの途中で魔法を獲得する事があるから、魔法を記録するカードの読み取り機構と空のカードもつけておこう」
WDSのダイブは魔法力の向上ももちろんだが、それ以上に使用者にたくさんの恩恵をもたらす。
その恩恵としてダイブ中に特殊な条件を満たして失伝魔法と呼ばれている魔法を覚える、あるいは歴史上の人物から教わるという体験が発生する事がある。
過去の偉人からの贈り物だということであろうか。
失伝魔法を現実世界に帰った時に使えるようになるためには魔法をWDSのダイブ中に習得し、カードに記憶させる必要がある(記憶させる部分は自動だ)。
中には特殊な魔法発動媒体がないと発動はするが時間がかかり過ぎて使えない魔法になってしまう可能性もあるものがある。(もちろん発動が早いものや、事前に発動させておいて常駐させる魔法もあるので全てが使えない訳ではないが、高威力のものは軒並み発動が遅い)
それほど現代魔法は高速化されているのだ。
しかし、失伝魔法は現代の魔法使いからすればロストテクノロジー。
複雑で発動媒体として式神や陣、神器と呼ばれる特殊な発動媒体を使う必要があるものも多いが、その技術が現在の古代魔法の大家ですらあまり残っていないため再現できないものも多いのだ。
あるいは、過去へのWDSのダイブで使っていた媒体(神器)を手に入れられればそのまま使えるが、なにせ時代が経過し過ぎているので経年劣化で消失してしまっている事が殆どで、現代で神器を手に入れるのは絶望的である。
そのためカードに自動で記録されて、それを現実世界に持ち帰りデバイスに読み込ませるだけで発動時間も少し早く使えるようになるというこの技術は革新的なものなのであった。
「こんなものか……」
俺はメタルプリンタで出力されたデバイスの刀身に魔法基盤を差し込みOSを起動。さらに先ほどコーディングしたプログラムをカートリッジに記録しデバイスに差し込んだ。
接触に問題がないことを確認し、電源をいれる。
動作確認として魔力を流し魔法が正しく発動していること、軽く振ったり強度を確かめたりと問題がないことを確認し、メタルプリンタで同時に出力して追いた鞘に刀身を納め、ケースにしまった。
時計を見ると日付を跨いだばかりだった為、急遽デバイスを新規開発する作業を行なった割にいつもどおりの就寝時間で済んだことに少々驚きつつも、明日の用意が完了した為、この日は眠りについたのであった。