雪山の山荘に探偵とくれば……
僕は探偵、人望寺一郎。とある依頼で雪山の山荘に向かう。
「ようこそ、山中ロッジへ。大変でしたでしょう。先ずはストーブに当たって下さい」
玄関ポーチで雪を払って室内へ入ると、オーナーらしき初老の男性が人好きのする笑顔で迎え入れてくれる。
「それは助かります。悴んでいて、まともな字を書けそうも無いのでね」
受付には宿帳が置かれているが、それを後回しに出来るのは非常に嬉しい。
「今日は人望寺様が最後のお客様ですので、心配しておりました。この吹雪ですから。一先ず、無事に到着されて安心しましたよ」
受付横の談話室には薪ストーブが設置されていて、冷え切った僕の体を心から温めようとしてくれている。
「大変でしたね。こちらをどうぞ」
奥さんであろう女性がキッチンから出て来て、僕にマグカップを渡してくれた。
「ココアですか。大好きなんですよ」
笑顔で受け取ったマグカップに口を付ける。体が中から温まった事で、身震いを一つしてしまった。相当に体が冷えていたのだろう。暖かさが染み入る。
その後、充分に温まった所で、宿帳を記入して部屋へと案内して貰った。
部屋着に着替えると部屋を出る。客室は二階に有り、全5部屋だ。廊下を挟んで二部屋側に僕。三部屋側の両端にそれぞれ一組ずつといった部屋割りにもオーナーの気遣いを感じる。
階段を下りると、食堂には30代であろうカップルが既に席に着いていた。目が合ったので、軽く会釈をすると向こうも会釈で返して来る。
「あっ、人望寺さん。こちらの席でお願いできますか」
僕を見付けたオーナーの奥さんが、離れた位置の席を勧めた。異論はないのでそこへ座る。
その後で、20代半ばの女性が相方の調子が悪いと、一人で食堂へやって来た。それを見て、僕は嫌な予感で一杯だ。それでも、美味しい夕食に舌鼓を打ち、食後に皆で談話室へ移り楽しいひと時を送る。
適当な所で解散して部屋へと戻った。
「きゃあ」
夜半過ぎに、女の悲鳴が聞こえた。
さり気なく一人だった女の鞄へ貼り付けた盗聴器からだ。僕はガッツポーズをする。男を確認できなかったが、依頼人からの情報では40代半ばである。あのカップルではないだろう。
男の体調が心配だったが、女が平然と談話室にいたので仮病だと思っていた。
遂に、事が始まる。女の嬌声に男の荒い息遣い。完璧だ。これで、不倫の証拠が取れる。後は、明日に盗聴器を回収して、二人の写真を取ればいい。
えっ、殺人事件? ないない。