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「どうぞ」

 

 扉の向こうから若い女の声がした。


「失礼しますー」

 

 レイラは気の抜けた声と共に扉を開ける。

 部屋の中は上質な紺色の絨毯が敷かれ、見事な装飾のテーブルと品のあるソファが置かれている。

 奥にあるデスクも質の高さがひと目で分かるほど洗練されたものだ。けれど、そこに飾り気のない女が一人いた。

 濃い茶髪を無造作に一つに結び、平民の男ような格好で革の椅子に座っている。

 

「レイラか。ここに来るのはめずらしいな」

「また一人ですか。ホワイトさんは?」

「使いに出してる」

「マチルダさんは偉い人なんですよ。危ないです」

「この部屋には様々な魔石が組み込まれているから、変な奴は入ってこないさ」

 

 女は持っていた書類をデスクの端に置き立ち上がった。

 長身で体格が良いけれど、それだけではない独特の雰囲気を持っている。

 立ち振る舞いに色気があるわ。けれどわたくしが知る貴婦人のそれとは違う。どちらかと言うと男性に感じる艶ね。

 女は片方だけ口角を上げて笑う。

  

「エドガーと……もう一人客人がいるんだな」

「マチルダさん、今日はこのパトリツィアさんを紹介しに来ました。パトリツィアさん、この街の市長さんです」


 レイラがマチルダと言う人を紹介する。けれどもさっぱり分からないわ。

 

「レイラ、しちょうって何?」

「ああ、そうでした! 説明してませんでした! 市長は街で一番偉い人です。そしてこの人はスピラス市で一番偉いマチルダ・ディアス市長です」

「領主とは違うの?」

「領主は八十年くらい前に撤廃されました。今は住民の投票で市長が選ばれます」


 領主が、廃止された? 雷に打たれたような衝撃が走る。。

 住民とはここに暮らす民と言う意味よね。それならスピラス市のトップを民が決めると言うこと!?

 

「民が選んで問題は起こらないの?」

「起こることもあるな」

 

 隣にいるエドガーがけろりと言った。

 市長であるマチルダの前で、そんなことを言って良いの!?

 慌ててマチルダを見たけれど、特に気にしている様子はない。

 人差し指を顎に当てたレイラが思い出したように言う。

 

「んー、前の前の市長はろくでもなかったですね。住民投票で二年ちょっとで辞めさせられました」

「そう言う仕組みがあるのね」

「下手な領主がのさばるより、街にとって良いと思いますよー」

「どちらが良いかは分からないが、どちらも一長一短あるんじゃないか」

 

 マチルダは他人事のように言った後、ソファに深く座った。脚を組み、わたくしたちにも座るよう手招きする。

 マチルダの向かいにレイラが、その左隣にわたくしが座る。汚れたドレスで気が引けるけれど、疲れしまってもう立っていられなかった。

 エドガーは座らず、扉に近い壁にもたれかかっている。

 マチルダはやや身を乗り出し、両手を膝の上で組んだ。

 

「それで? パトリツィアさんをどうしてここへ連れて来たんだ」

「マチルダさんに保護してもらいたいんです」

「そうなの?」


 レイラの提案にわたくしは驚いた。

 

「彼女は知らなかったようだが?」

「まだ説明してないですからね」

 

 レイラはゴホンとわざとらしく咳をする。

 

「エドガーさん、パトリツィアさんと会ったのはどこですか」

「街の西にあるクグリの森だ」

「パトリツィアさん、どうしてあの森にいたんですか」

「分からないわ。気づいたらあそこにいたのよ」

「なるほど、予想の範囲内ですね」

「どう言うことだ?」

 

 マチルダの問いにレイラはにんまり笑う。

 

「パトリツィアさんは呼ばれたんですよ。おそらく飛び切りすごい人に、すんごく期待をされて」

「いったい誰が何をパティに期待したんだ?」

「さあ、私には分かりません。でもパトリツィアさんがすごい人なのは分かります」

「わたくしには何の力もないわよ」

 

 レイラやエドガーのように魔法も使えないし、今は体が弱ってまともに歩くことさえできない。そんなわたくしに何を期待すると言うのかしら。

 

「パトリツィアさんはずっと魔法を使ってるんですよ」

「はあ?」

 

 レイラの発言にエドガーは変な声を出し、マチルダはわたくしに警戒の目を向ける。

 

「レイラ、わたくしはここに来るまで魔法を見たこともないのよ」

「あ、魔法のない世界から来たんですか。それなら本当に無自覚なんですねー」

 

 腕を組んだレイラがうんうんとうなずく。

 それから人差し指を立ててわたくしの前に突き出した。

 

「パトリツィアさん、この世界は魔法と共に暮らす世界です。人によって魔力の量や質に違いはあっても、魔法を知らない人はいない世界なんです」

「そう、みたいね」

「パトリツィアさんが異なる世界の私たちとなぜ話せるのか、分かりますか」

「あっ……」

「パトリツィアさんの話す言葉にはずっと魔力が流れています。かなり高度な補助魔法ですよ」

「レイラ、そうなのか!?」

 

 エドガーとマチルダが同時に叫ぶ。

 

「わたくしが、魔法を、使ってる?」

「私は魔力の機微を感じ取る力に優れてるんです! とってもすごいので、パトリツィアさんの魔法だって分かっちゃいます!」

 

 レイラはえっへんと言いながら胸を張った。

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