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前を歩く三人が振り返る。
「エドガー、でかい声を出したらパティちゃんが恐がるだろ」
「パトリツィアよ」
「パトリツィアちゃんが恐がるだろ」
アイザックはすぐに呼び名を訂正した。
エドガーと違ってちゃんと分かってるじゃない。ただの胡散臭い男と言う訳ではないのね。
わたくしはアイザックに対する評価を改める。
アイザックは得意げな表情で笑い、わたくしに向かってウインクをした。
やっぱりただの軽薄で胡散臭い男だったわ。
「エドガーさん、その馬車は公用車ですよね」
「ああ、市役所のを借りてる」
「それなら全部お任せしちゃいましょう」
いつのまにかレイラの隣に白衣を着た男女が二人いた。何か話をして、再びこちらを見る。
「エドガーさんの荷物はあります?」
「ないぞ」
レイラは白衣の男女に一言二言話した後、馬車に近づいた。
「パトリツィアさん、降りられますか。ここから少し歩きます」
「歩くってどれくらいかしら」
「ここの隣の建物の五階です」
「おいおい。迷子も難民も不法入国者も、ここの一階で登録だろ」
エドガーは怪訝そうな顔でレイラを見る。
けれども当のレイラは聞こえていないかのように、わたくしから目線を外さない。
値踏みするような、見定めるような目でわたくしを見る。
「歩けるか分からないわ。先ほどまで痛くて立つこともできなかったもの」
「ケガは治ってますよ。痛みはないですよね」
なぜ分かるのかしら。
確かに痛みは食事を終えた後には無くなっていた。実際は分からないけれど、多分立って歩けるとは思う。
「体力的に心配なら私が支えます。安心してください!」
レイラは細い右腕で力こぶを作る。
服を着ていることを差し引いても、筋肉があるように見えないわ。
「あー! 頼りにならないって顔してますね! 私の補助魔法は有能なんですよ!」
ぷうっと頬を膨らませる。
あら、リスみたいで可愛らしいわね。この人、わたくしより十も歳上だなんて信じられないわ。
「オレがパトリツィアちゃんの支えになるよ!」
「アイザックさんは資料作りがあるんでしょ? お仕事しましょうね」
「俺が支えようか」
「イーサンくんはアイザックさんを連れて行ってください」
「分かった」
まるで忠実な大型犬のようだわ。
見た目は父と娘みたいだけれど、レイラがイーサンを尻に敷いているのね。
「終わったら討伐課まで迎えに行きます。一緒に帰りましょう」
イーサンは少しだけ口角を上げてうなずく。
いま犬耳と尻尾が見えたわ。
「ああもう、分かったよ! 俺が支える。これで良いか」
黙って傍観していたエドガーが頭を掻きながら会話に入った。
「別に頼んでないわ」
「頼んでませんね」
「何だよ、お前ら! そう言う流れだっただろ!?」
エドガーは駄々をこねる子供のように叫んだ。
アイザック、イーサンと別れ、レイラの先導で歩く。
牢にいた間にわたくしの足はすっかり弱ってしまった。痛くはないけれど、時々足がもつれて転びそうになる。
結局、わたくしはエドガーの左肩を借りることにした。レイラでは背が低く、歩きにくかったのだから仕方がない。
「隣と言っても建物は繋がっているので、すぐですよー」
前を歩くレイラは時々振り返りながら軽やかに白い廊下を歩いて行く
まっすぐに続く廊下は、装飾がない分清潔で洗練されて見える。
馬車を乗り入れた所は薄茶色のレンガ壁だったわ。同じ建物のはずなのに、全く違う建物みたい。
「先ほどの場所とは雰囲気が違うのね」
「あそこは獣や魔物を運び入れる所だからな」
わたくしの問いにエドガーが答える。
「馬車がそのまま入れるし、丸洗いもしやすくなってる」
「丸洗い?」
「こう、水魔法でバーッと」
エドガーは右手を前に出し、空中に円を書いた。
「便利ね」
「力加減を間違えると穴が空くけどな」
「エドガーさんの苦手分野ですねー」
レイラがころころ笑う。
「繊細な魔法は私の得意分野ですー」
「レイラは補助魔法と火魔法しか使えねえだろ」
「エドガーさんは雷魔法だけじゃないですか」
二人は仲良くけなし合っている。
魔法にも色々あるのね。思い通りにいかないなら、そんなに便利なものでもないのかしら。
わたくしたちは白い廊下を抜け、渡り廊下に来た。
「パトリツィアさん、あっちの建物の五階に行きます。もうすぐですよー」
「五階まで歩けるかしら」
支えがあれば歩けるけれど、階段を登る自信はない。
「大丈夫ですよ。エレベーターはそこです」
「えれべーたー?」
また知らない単語が出てきたわ。
レイラが指さした先に格子状の扉があった。その扉の向こうは空洞に見える。
レイラは格子状の扉の横で何かを押した。
「ちょっと待ってくださいね」
レイラの言葉通り少し待つと、格子状の扉の向こうに別の扉が降りてきた。
ポーンと言う音が鳴り、二つの扉が同時に開く。
「何、これ」
「エレベーターです。どうぞ乗ってください」
おそるおそる乗ると、レイラはまた何かを押した。
扉が閉まり、エレベーターが上へ動く。
「えっ」
何これ!? 動いているわ!!
思わずエドガーの腕を掴む。思ったより力が入った。
「痛えよ」
「だって、動いているのよ!?」
「エレベーターは上下に動くもんだ」
「動くものです」
「そう言うものなの、ね」
二人の冷静な態度に、わたくしの心も落ち着いた。
レイラはエレベーターの扉の上を見ている。
扉の上には一から五までの数字があり、小さな光が数字を赤く浮かび上がらせる。
順番に一つずつ光っているわ。
光は『五』と言う数字で止まった。ポーンと音が鳴り、扉が開く。
先ほどまでいた白い廊下とは違う、装飾の美しいきらびやかな廊下に出た。
「パトリツィアさん、ここです」
レイラはひときわ大きく豪華な扉の前にいる。
「扉の向こうに何があるの?」
「応接室です」
「誰の?」
「市長です」
しちょうって誰かしら。
わたくしの疑問を聞く前に、レイラは扉をノックした。