6
城門をくぐると、綺麗な街並みが整然と続いていた。
美しい街ね。活気があるし、通り過ぎる人が皆笑顔だわ。
肩を組みじゃれ合う子供たち、大きな口を開けて笑う男女、自慢げに商品を勧める店主。
目に入る全ての人が、平和で穏やかな生活を送っているように見える。
ここの領主は上手くやっているようね。父の治める領地も悪くはなかったけれど、この街ほど栄えてはいなかったわ。
御者台で馬の手綱を握るエドガーが振り返る。
「どうだ、リピラスの街は」
「良い街ね」
エドガーは子供みたいに二カリと笑う。
「そうだろう」
「わたくしは街を褒めたのよ」
「ん? 知ってるぞ」
街を褒められて自分のことのように喜ぶなんて、本当に変な人だわ。
「これからどこへ行くの」
「まずは市役所へ行く。倒した魔物の引き渡しをして、その後パティのことを相談するつもりだ」
「しやくしょ? そこでわたくしの相談もするの?」
「ああ。迷子でも何でも登録が必要だからな」
エドガーが話終わる前に白い建物の敷地へ入った。
正面玄関と思われる場所を通り過ぎ、裏口のような場所へ回る。馬車は大きな扉の前で止まった。
馬車が一台通れそうな扉の前には、先に着いたアイザックが馬から降りて待っていた。
エドガーは御者台から降りて駆け寄る。
「遅くなったか」
「早いくらいだな。今、イーサンがレイラちゃんを呼びに行ってる」
アイザックが目線を送ると、ギイと不快な音を立てて扉が開いた。
イーサンが一人で出て来る。
「皆さんお戻りが早くてびっくりしました! ちゃんと倒せました?」
高い声で無邪気に失礼なことを言うわね。わたくしは関係ないから構わないけれど。
エドガーはうんざりした顔で腕を組んだ。
「倒せたから戻ってきたんだろ」
「農地の被害は最小限にできたと思うよ、レイラちゃん」
「それは何よりですー」
イーサンの後ろから小さな女の子が顔を出した。
肩までの黒髪をふわふわ揺らし、花が咲いたような笑顔で馬車に近づく。
「それでは確認しますね。あ、あれれ?」
レイラと呼ばれた子はわたくしを見て動きを止める。右手の人差し指を顎に当てて、うーんと考える仕草をした後、エドガーを振り返った。
「エドガーさん、何でもかんでも拾っちゃダメですよ。またフレイアさんに怒られても、私は助けませんよ」
「いつもレイラは指さして笑ってるだけだろ」
「ちょっと、わたくしを捨て猫みたいに言わないで」
わたくしの言葉が心底驚いたように、レイラは目を瞬いた。
「この捨て猫さんは、変わった猫さんですね」
「猫じゃあないわよ!」
「パティだ。パティ、こいつはレイラ」
「エドガー、紹介するなら正確にしなさい。パトリツィアよ」
「レイラ・ブルックです。よろしくです」
レイラはぺこっと挨拶をして、荷台に乗り込んだ。
背が低いのに、軽々乗れるのね。この子もエドガーの同僚なのかしら。
「これですねー」
レイラはダークウルフを包んでいた布を解き、じっと観察する。
「うんうん、思ったより大きいです。魔力はそこそこですね。えーっと、次は……」
レイラはダークウルフの下にあるスカイリザードを見る。
「邪魔ですね」
「えっ」
この子、中腰でダークウルフを軽々持ち上げたわ。
ダークウルフが軽いはずはない。だってエドガーが荷台に入れた時、重さで揺れたもの。
わたくしの視線に気付いたのか、レイラが振り返った。
「補助魔法です。パトリツィアさんもできますよ」
「わたくしが、魔法を?」
「そうですよー」
困惑するわたくしとの話は終わったらしく、レイラはスカイリザードに向き直った。
しゃがみ込み、涼しい顔でスカイリザードを見ている。
「めずらしーい。火じゃなくて氷なんですね」
「そうなんだよ。オレと相性悪いから、エドガーを捕まえて手伝ってもらった」
「アイザックさん、良い判断だと思います。あそこの農地のおじさんめんどく……作物への愛に溢れていらっしゃいますから」
レイラはスカイリザードの右翼を片手で持ち上げる。うんうんと何度か頷き、立ち上がった。
わたくしの横を通り過ぎ、馬車から降りる。
「はーい、しっかりと確認しました。皆さんお疲れ様です。エドガーさん、このまま中へ運んでもらえます?」
「良いぞ」
「アイザックさんとはこのまま帰っても良いですよ。報告は私がしますから」
「オレ資料作りあるから帰れないんだ」
「資料作りも大切なお仕事ですからねー。イーサンくんはどうします?」
「俺はレイラを待ってる」
「ん? そうします? じゃあ、みんなで行きましょうか」
アイザックとイーサンの馬を馬小屋へ預け、皆で大きな扉をくぐる。エドガーは御者台に乗らず、歩いて馬を引いている。
わたくしは荷台に乗ったまま、エドガーを呼んだ。
「ねえ」
「なんだ?」
「レイラとイーサンってそう言うことなの?」
「そう言う? ……ああ、付き合ってるぞ」
やっぱりそうなのね。
イーサンは二十代よね。レイラは十四、五歳かしら。少し離れてはいるけれど、仲が良さそうだわ。
二人は触れるか触れないかの距離で、馬車の前を並んで歩いている。
「あ、もうすぐ結婚するから婚約者か」
「あら、結婚するの。幼いにしっかりしてるようだから、嫁いでも安心ね」
「幼い? レイラは俺と同じ二十七だぞ」
「えっ!?」
前を歩くレイラはどう見ても少女にしか見えない。
そしてエドガーは四十前だと思っていた。
「エドガーってわたくしと十しか違わないの?」
「パティは十七か! 何でそんな偉そうなんだよ!」
大人を敬え、とエドガーが叫んだ。