5
エドガーは広がる畑の中を飛ぶように走り、あっという間に男たちの元に合流した。
人間の速さじゃないわね。多分、魔法を使ったのよね。
エドガーが何か話し、一人の男が答えている。
話し声は聞こえないし、遠くて顔もはっきり見えないわ。
畑には様々な野菜が植えられている。点在する民家や倉庫は窓が固く閉じられ、人の気配を感じない。
のどかな景色に一点、青黒いトカゲが空から不穏な影を落とす。
「気持ち悪いわね」
森で見たダークウルフよりも更に異質だわ。馬ほどもある生き物が空を飛んでるなんて!
青黒いトカゲがエドガーを含む三人を見下ろしている。
空飛ぶトカゲとどうやって戦うのかしら。三人とも弓を持っていないようだし、剣じゃあ届かないわよねえ。
そう思うより早く、一番離れた男が剣を投げた。
トカゲは翼を大きく羽ばたかせ、難なく避ける。避けた体勢のまま体を反らせ、口から水を吐いた。
トカゲの体積からは考えられない量の水がエドガーたちの足元に落ち、柱のように凍り始めた。
エドガーは後ろへ飛び、二人の男は手綱を引き馬ごと避ける。柱の周りの土が明らかに凍って見える。
あのトカゲは土を凍らせるの!? あれも魔法で、トカゲも魔法を使うってこと!?
余りのことに愕然とする。
「に……」
逃げてと言う言葉は喉で止まった。
エドガーが氷の柱を駆け上り、跳ねる。トカゲの目の前まで飛び上がると、剣を打ち込んだ。
トカゲは体制を崩し、左側へ傾く。
「やった!」
ダークウルフのようにそのまま倒れると思った。けれどもトカゲは大きく羽ばたき、体勢を整える。
攻撃が効かなかった! エドガーは着地するまで無防備なのよ!
その時、傾く視界の端に、トカゲの背に光る剣が見えた。
トカゲが空から落ちるなか、わたくしも荷台から落ちる。
身を乗り出しすぎたわ。
トカゲが動かないことを確認したエドガーは、男たちに何か言いすぐに馬車へ戻ってくる。
馬車に近づくにつれて呆れた顔になる。
「パティ、なんで外にいるんだよ。隠れろって言ったろ」
判断も移動もはやすぎるのよ。おかげで荷台に戻れなかったじゃない。
「わたくしに命令しないで」
わたくしは荷台にかけた手を離し、エドガーから目をそらす。
荷台から落ちた、なんて口が裂けても言えないわ。
「すぐに片付いたから良いけどよ」
「あのトカゲは何?」
「スカイリザードだ」
「魔法を使うの?」
「一般的には火魔法を使うんだが、今回は氷だったな」
「ふうん」
「質問は終わりか」
「手を貸して。荷台へ戻るわ」
「へいへい」
荷台へ登ると、馬の足音が聞こえた。先程エドガーを呼んだ男が馬に乗って向かってくる。
男は馬の足音に負けない大声で叫ぶ。
「エドガー! スカイリザードも馬車に乗せてくれないか!」
「ああ、良いぞ!」
ちょっと、この狭い荷台にあのトカゲも乗せるの? ここには森で倒したダークウルフも乗せてるのよ。
トカゲとくっついて座るなんて御免だわ。
わたくしが意見するより早く、男がエドガーの近くに馬を止めた。
「助か……誰?」
馬上の男と目が合う。茶色の瞳が好奇心で輝いている。
「エドガー、この美人さんは誰だよ」
「森で拾った」
「わたくしをモノみたいに言わないでよ」
エドガーに抗議していると、男が馬から降りた。
「初めまして、綺麗なお嬢さん。僕はアイザック・ベイカー。エドガーの友人です。名前を聞いても?」
「パトリツィアよ」
「名前まで美しいのですね」
「ねえ、この人本当にエドガーの友人なの? 毛色が違いすぎるわ」
「友人っつーか、同僚だな」
「仕事仲間ってこと?」
「そうだ」
「同僚兼友人です!」
先ほどの戦いでは一人だけ何もしなかったわよね。エドガーほど強いのかしら。
アイザックはニコニコ笑っている。
胡散臭い笑顔だわ。
「アイザック、行くぞ。イーサンがスカイリザードと待ってる」
「はいよ」
アイザックは軽やかに馬に乗り、わたくしに向かってウインクをした後、馬を走らせた。
軽薄そうな男だわ。
わたくしがアイザックに気を取られている間に、スカイリザードが荷台に積まれることが決まってしまった。
結論から言うと、わたくしがスカイリザードとくっついて座ることはなかった。
代わりにスカイリザードはダークウルフと半分重なっている。スカイリザードはかなり硬く、ダークウルフを乗せても問題ないらしい。
少し離れてはいるけれど、狼とトカゲの死体と一緒って良い気分ではないわね。乗せてもらっているから、あまり文句は言えな……やっぱり言おうかしら。
御者台のエドガーを見ると、並走するアイザックと目が合う。満面の笑顔で手を振っている。
アイザックが二人乗りを提案する未来が見えた。
やっぱり文句は言えないわね。乗せてもらっているんだもの。
チラチラとわたくしを見るアイザックを視界から外す。
街の城壁は全貌が分からないほど近付いていた。