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わたくしは馬車の荷台に座ったまま、外の様子を見る。
森を出てから三つ目の集落で、エドガーは馬車を止めた。移動の通過点となるそこそこの村のようで、わたくしたちの他にも休憩している人々がいる。
木のそばに座ってる二人は、獣みたいな耳ね。あそこの人は顔が平坦で変わった雰囲気だわ。あら、あの人の服装は奇抜ねえ。でも洗練されて機能的だわ。
「パティ。ほい、これ」
急に視界が悪くなる。
「邪魔しないでよ」
「食わねえのか」
エドガーは持っている三つの包み紙のうち一つを突き出した。
手渡された包み紙は、両手のひら程の大きさがある。
「熱いわ」
「焼きたてだからな」
エドガーは荷台に背を当て、包み紙を破り、中の物を頬張る。
立ちながら食べるなんて行儀が悪いわ。荷台に一緒に座る方が嫌だから言わないけど。
両手で持った包み紙から香ばしい匂いがする。
「これは何?」
「ハンバーガー」
「何それ」
「腹減ってんだろ。うまいぞ」
エドガーが大きな口を開け、もう一口かぶりつく。ハンバーガーとやらはもう半分しかない。
わたくしは包み紙を丁寧に剥がした。ふっくらとしたパンに焼いた肉とレタスが挟んである。
一口食べると小麦の香りが鼻に抜ける。
「美味しいパンだわ」
「香ばしいだろ。この店は注文が入ってからパンの内側を焼くんだ。肉もその時に焼き始める、ってまだパンしか食ってねえのかよ」
一口しか食べてないのだから当たり前じゃない。エドガーのように口を大きく開けるだなんてはしたない。
睨んだ目を向けると、エドガーは呆れた顔で笑った。
「冷める前に食えよ」
忠告を無視してハンバーガーを見た。
挟んである中身を食べるには、もう少し口を開かないと駄目そうね。
口を開きかけて、止めた。エドガーに背を向けて、改めて口を開ける。
勢いよくかぶりつくと、今度はパンと一緒に肉とレタスも口に入った。
お、美味しい! 香ばしいパンも、ピリリとした香辛料の効いた肉も、シャキッとしたレタスも、全てに意味があって、全てが調和している!
それにこのソースは凄いわ! いくつもの野菜が煮込まれ深みを感じる味わいで、なんて素晴らしいの!
ひと月の間、カビ臭いパンと薄いスープしか食べていなかったことを差し引いても美味しいわ!
「エドガー」
「なんだよ」
「料理長を呼んで」
「はあああ!?」
エドガーは馬鹿みたいな声を上げた。
良いからさっさと呼びなさいよ。
「パティ、本気なのか」
「当たり前よ」
「不味かったのか」
「美味しかったわ」
「うまいならにらむなよ!」
失礼ね。この顔は生まれつきよ。
エドガーは長いため息を深く深く吐く。
「村を出る時に店へ寄るから、そんとき話しな」
「分かったわ」
わたくしはハンバーガーに向かい合う。
冷めないうちに迅速に食べる必要があるわね。
先程と同じようにエドガーに背を向け、先程よりも大きく口を開けた。
食事が終わると、馬車はまた動き出した。
少しずつ通り過ぎる人が増えたわね。村の中心部辺りかしら。
程なくして馬車が止まった。
エドガーはわたくしを見ながら、顎をしゃくる。
「ここだ」
「おや、エドガー。また注文かい」
快活な声がする。
わたくしは荷台の後ろから顔を出した。
「おば様! わたくしの知る食べ物の中で、一番美味しかったわ! パンもお肉もレタスもソースも! 素晴らしい食事をありがとう!」
「そうかい! 作った甲斐があるってもんだ!」
店主は朗らかに笑う。
「お嬢さん、また食べに来ておくれ。エドガー、連れて来るんだよ」
「へいへい」
「連れて来るのよ」
「へーい」
エドガーの間抜けな声を合図に、馬車は再び走り出した。
「街が見えたぞ。ほら、城門があるだろう」
わたくしはエドガーの近くまで移動し、目を凝らす。遠くに高い城壁が見えた。
森からここまで食事の時間を抜けば一時間くらいかしら。エドガーの言う通り、街まですぐだったわ。
「わたくし一人でも歩けたわね」
「そもそも一人で歩けないだろうが」
「気付いてたの?」
「荷台に乗る時、肩を貸さなきゃ動けなかったじゃねえか。荷台の中は這って移動してんだろ」
牢の中ですっかり衰えたわたくしの足は、馬車から落ちて更に動かなくなった。
足首を曲げるだけで激痛が走るのよねえ。両足の指を動かすと痺れるし、これ治るのかしら。
痛いと知りながら足首を曲げる。
あら、動くわね。痛くないわ。足で床を踏み鳴らすこともできるわ。
バンバン荷台の床を踏み鳴らす。
「パティ、うるせえぞ。何してんだ」
「足が動くわ」
「あ? 動かないふりでもしてたのか」
「そんな面倒なことしないわよ」
「そりゃそうか」
「動くなら村の中を歩けば良かった」
小さくなった集落を見て、ため息をつく。
「次は歩けば良いじゃねえか。また行くんだろ」
「エドガーにしては良いこと言うじゃない」
「パティはなんでそんな偉そうなんだよ」
嫌そうな顔をしないで欲しいわ。褒めたのにおかしいわね。
「エドガー!!」
大きな声が響く。
エドガーの横から顔を出すと、声の主が手を振った。
あの男が乗っているのは、馬? それにしては大きく見えるわ。
「ちょっと手伝ってくれ」
「ああ?」
エドガーはチラッとわたくし見た。
「パティ、ここで隠れててくれ」
エドガーはわたくしの返事も待たずに馬車から飛び降りた。
足元がうっすら光り、青白い光が散る。エドガーは信じられない速さで男の元へ向かった。
エドガーを呼んだ男の後ろには同じような馬に乗った男がもう一人いる。更にその向こう側に、大きな青黒いトカゲが翼を広げて飛んでいた。