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第1話 再会と告白。


「————どうぞ」


 病室の扉をノックすると、そよ風が吹くように透き通る声が反応を返した。


「……ゆ、雪兎だ。……入るぞ?」


 改めて確認するように問いかけるが、今度は返事なし。

 しかし、扉の向こうの主は正しく俺を歓迎しているように感じた。


「………………」


 どうして俺は、ここにいる?

 今更、あいつに会ったところで、俺は……。

 どうでもいいし、どうにもならないし、意味なんかないはずなのに。


 それでも。


 ————逢いたい。


 そう言われたから、仕方がないのだ。


 ただ、求めに応じて、俺はここに来た。


 ゆっくりと扉を開いて、白い病室へ足を踏み入れる。

 入院したばかりで、ベッド以外にほとんど物がない部屋。お見舞いのフラワーアレンジメントだけが、真っ白な空間を彩っている。


 いや、違った。


 まるで蜃気楼が映し出す幻のように曖昧で儚く、一瞬でも瞳を逸らしたら消えてしまいそうで、だけど何よりも美しく、煌びやかに、その部屋で咲き誇るモノ。


 少女がいた。


 幼実風香(おさなみふうか)

 およそ3年前に行方をくらませた、かつての幼馴染である。


「…………っ、よっ」


 掠れる声でそう言って、ベッドの彼女へと右手を挙げてみせる。

 一口でもいいから水を飲んでおけばよかった。病院まで走ってきたから、水分不足で口内はベタベタだ。

 3年ぶりに顔を合わせた第一声がこれとは情けない。

 よっぽど酷い声変わりをしたとでも思われるだろうか。

 震えそうな右手と膝を落ち着けるだけで精一杯だった。


 しかし、風香はニコリと知らない表情で笑った。


「久しぶり」


 開け放たれた窓から夕暮れの風が吹き込んで、長い黒髪がたなびく。

 髪、伸びたなぁとか、どうでもいいことを思う。

 3年の月日が流れた幼馴染の身体は当然のことながら、当時15歳の頃とは比べるべくもないほどに大人っぽく、女性らしく成長していた。


 見た目からも、その穏やかな声音と表情からも、俺が知っている彼女とは似ても似つかない。


『あんたみたいな陰キャオタクと一緒にいてあげる女の子なんて私くらいのものなんだからね!ほんっとうに最悪だけど、幼馴染のヨシミよ!せいぜい感謝しなさい!』


 脳を掠める過去の記憶。


 え? 彼女はほんとにあの風香なのか? 超弩級の塩対応で、俺のことが大嫌いな、あの?


 疑念疑念疑念。が、すでに身元の特定はすんでおり彼女の父親も認めている。

 目の前の少女がかつての幼馴染であることは疑いようがなかった。


 その変化に何か妥当な理由を付けるとしたら、それだけの時間が経ったというだけなはずなのだ。


「お、おう。ひ、久しぶり、だ、な————?」


 あくまで平静に答えようとした。

 その瞬間、


「は?」


 ベッドにいたはずの風香が消えた。そして気づいた時には、病衣に身を包んだ少女が眼前にいる。


 まるで、テレポートでもしたみたいに。


「ふふ」


 妖艶に笑った風香は俺の頬を優しく撫でる。

 くすぐったくて気持ちいいかも。


 って、そうじゃない。

 待てよ。

 何が起こった?

 なんで一瞬で、風香が?

 というか、そもそもこいつ……


(浮いてるんだが!?)


 慄きながら心の中で叫ぶ。

 

 風香は明らかに小柄で俺よりも背が低い。それなのに視線はまっすぐと、水平に交わっていた。


 ふわふわと、宙を漂う風香。


 本当に、何がどうなっている。


「ずっと逢いたかった。ずっと……ずっと……」


 動揺などお構いなしに風香は両手で包みこむようにして俺の頭を抱きしめる。

 不思議と切実に感じる物言いに、俺は何も言うことができなかった。

 数十にも及びそうな疑問を浴びせることなどできるはずもなく、されるがまま。

 

「ねぇ、雪兎」


 数分後、風香は再び俺と視線を合わせる。

 その距離、わずか鼻先数センチ。


 思えば、こんなふうに彼女の顔を真近で見たことなど3年前でもあっただろうか。

 あの頃の風香は、俺と視線を合わせようとなどしなかったから。すぐに顔を逸らすから。


 強く煌めく宝玉のような瞳が、身体の芯までをも貫いてゆく。


「私、私ね。あなたのことが好き」

「え……?」


 唐突にすぎる告白。

 その衝撃は今まで頭を埋め尽くしていた疑問の全てを吹き飛ばした。


 風香が俺のことを好き?

 あのツンデレ幼馴染が?

 再会した途端、何を寝言言ってやがるんだ?


「あ、ごめんなさい。ちょっと待って」

「はい?」

「やり直していいかしら」

「やり直すとは……?」

「だから、告白」

「……はぁ。まぁ。どうぞ」

「ありがと」


 風香はそっと瞳を閉じる。

 すると一瞬、彼女の周りに不思議なオーラみたいなものが浮かんだ気がした。

 それが目の錯覚だったのか、本当に見えていたのか確かめる術を俺は持たない。


「これでよし」


 しかし再び目を開いたとき、その変化にはすぐ気づくことができた。


「は? なにそれ、ハート目?」


 その瞳には、艶やかなピンク色のハートが揺らめいていた。

 そういうカラコンか? この一瞬で?


「そう。知らない? 服従のアカシ。オークの手に堕ちた女の子はみんなこの目をしていたわ」

「どこのエロ漫画だよ!?」

「じゃあ、改めて、ね」

「あ、はい」


 俺のツッコミを無視して、たまらなく美しい瞳が覗き込んでくる。

 たとえそこに謎のハート目ハイライトが、怪しくピンク色の光を放っていようとも。


「あなたのことが好き」


 視線を外すことなどできなかった。


「ずっと昔から、そして今も……私はあなたのことを愛しているわ」


 風香の瞳から涙が溢れる。


「ずっと……言いたかった。言えて、よかった」


 神さま、これは感動の場面でしょうか?

 ハート目から大粒の涙が流れてるの、ギャグにしか見えないんだが。


 でもそうか、幼馴染は俺のことが好きだったのか……。

 まったく、これっぽっちも、露ほどにも考えたことがなかった。

 嫌われてたんじゃないのか、俺。


「ということで、私と付き合ってくれるわね?」

「ごめんムリ」

「は?」

「は?」


 コホンッ。咳払いして風香は仕切り直す。


「も、もう一度聞くわね。私と付き合ってくれる?」

「だからムリだって」


 きっぱり切って捨てると、風香は消沈してストンと床に着地した。

 そしてお手本通りの地団駄を踏み出す。


「な、ななな……なんっでよ!? 意味わかんない! こ、この私が! 陰キャオタクのあんたと付き合ってあげるって言ってるのよ!? それを断るってふざけんじゃないわよ泣いて喜ぶところでしょ!?」


 廊下まで響きそうなキーキー声。


 そうそうこれこれ。これだよ。


「おー、おまえマジで風香だったのな。なっつ。久しぶりー」

「今更何言っちゃってるの!?」


 うん、やっと正しく、幼馴染との再会を果たせた気がした。

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