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1章 スラム街 十地区    1

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 糞尿に塗れてのたれ死ぬのは嫌だった。だから、上を目指した。

 この区域では、上に行けば行くほど家賃が高い。五十階を超えるとそもそも立ち入りすら規制されていることが殆どだ。

 上のやつらは、容赦なく外に向かって物を廃棄する。それだけならまだしも、下水道が壊れた日には排泄物すら上から投げてくる。それに直撃した日には、閉口するどころではない。一張羅がそれで駄目になったあの日から、俺は地面というものを踏んでいない。

 だがその記録も今日で打ち止めのようだ。今日の依頼は他区域へのお使い。他区域の建物は隣接するべからずという掟がある以上、地面に出て徒歩で十一地区に向かうしかないのだ。中抜きだけして他のなんでも屋に仕事を任せようとも思ったが、取引先の店が特殊なため、その案はマヤに却下された。

「地面に降りるのなんて数年ぶりだ」

「私も。何なら四十八階から他の階に移るのすら最近してないかも」

「たしかに。なんだかんだいってあそこの階層は市場もあるし病院もあるしで便利なんだよな」

「それもそろそろおさらばだね」

「そうだな。ようやくだ」

 この仕事で、ようやく目標としていた金額が貯まったのだ。八百万ドールという金額は、十数年前までは途方もない金額に思えたものだ。

「ノア、再三確認するけどドーラとの話し合いは成功したんだよね。金だけ貯まって、それで五十三階には空き場所がないから行けませんだなんて、まさかないよね」

「何回それ言うんだよ。ドーラから許可証はもう貰ってある。後はボスのサインを貰うだけだ」

「よく貰えたよね、ほんと。ドーラのコネがやっぱり結構効いたなぁ」

「まぁ友達だし、それなりに対価を渡してるからな。必要な八百万のうち、三百万がドーラに、四百万がボスに、百万が購入費用にだからな。コネと一枚のサインにどれだけぼったくられるんだって話だよ」

「やっぱ金だけじゃ無理なんだよね、この世は」

「まぁ、そう実感するわな」

 ボス。この地区、十区の元締め。五十階以上に上がるのに必要な許可証を唯一作成できる人物。金があるだけでは、上に上がることができない。いかに彼の側近とのコネを作るか、それが肝要になってくるのだ。

「でもよく空いてたね、部屋。倍率何倍だったんだろ。それもコネで勝ち取ったの?」

「あれ、それマヤに言ってなかったか」

「ん?聞いてないかも」

「元いた部屋の住人を殺したんだよ。それで、その部屋を貰うことにした。コネとボスへの献上金がやたら高くついて、部屋代金が安くついたのはそれが理由だよ」

「あ、なるほど。よくボスも了承してくれたよね」

「ドーラが取り持ってくれたおかげだな。流石に直接この話を持ち掛けるわけにはいかないからなぁ」

 ドーラありがと、とマヤは呟く。

「……やっと、だからな」

「うん。そうだね」

「やっと抑制剤が買える」

「そのためにはもっとお金貯めなきゃだけどね」

「……そうだな」

 マヤの容体は今現在は快方に向かっているとはいえ、予断は許されない状況だ。

 ふと、マヤが右腕を掻いていることに気づく。

「義手なのに痒いものなのか、それ」

「ん?……ああ、なんというか、幻肢痛みたいな。癖のところもあると思うけど。ノアだって右目がジンジンするときない?」

「ああ、昔はそういえばあったような……なにせ昔過ぎて」

 俺が右目を失ったのは、六歳のころだから、もう十三年前になる。最近になってきて左目も見えにくくなってきた。よく持ったというべきか、腐敗病が底まで進行していると嘆くべきか。五体が満足しているだけまだ恵まれている方かもしれない。四肢が全て残っている人など、五十階の抑制剤を常に摂取できる富裕層を除けばほんの数%だ。

「歯茎もそろそろやばいんだよね。そろそろ総入れ歯にしなきゃね」

「そうだな。まあ、それも上がってから考えればいい話だ。あっちの方が高品質で低価格なものを販売しているからな」

 ほんとうに、金がかかる。


 腐敗病。それはこの世界に住む人々の逃れ得ぬ宿命。

 一説によるとここは前世で罪を犯した人々の地獄らしい。生まれながらにしてカルマを背負っている我々は、それにより咎を受ける。その咎が、腐敗病。

 小難しいことなど何もない。ただ、生きていくにつれ肌が爛れ、肉が腐り落ち、体には腫瘍ができて、個人差はあるものの、四十で大半の人間が死ぬ。それだけの話だ。

 それは呪いだ。

 その対抗策が、抑制剤を常に摂取すること。数百年前に、一から十二までの区域の、所謂天才が集結し作り出した人類の英知。その価値は計り知れないものがある。現在はある程度安価になったとはいえ、それでも一瓶数百万は下らないだろう。それ以前に流通量からして、富裕層が独占するので、市場、特に階下にはまず出回らない。

 だから、上を目指した。

 最下層で生まれ育った俺達は、おそらく猶予があまり残されていない。このままでは、生きれてたとしても三十歳の誕生日を迎えることはまずないだろう。

 そのために、抑制剤を得られるためになら何でもやった。

 俺はよろず屋をやった。そこで金と、何より人脈を、コネを形成していった。

 生まれつき体の弱かったマヤは、家でインターネットを扱ってビジネスを行った。また、ハッキングやクラッキングなどを繰り返すことで、巨額の資産を得た。

 階下の一般人の生涯収入が百万ドール前後だから、まともに稼いでいては、抑制剤を口にするどころか五十階に上がれることすら怪しかった。

 強盗や殺しももちろんやった。本当に思い出したくもないが同性愛者用性風俗に入職した時期もあった。

 それで、ようやく、上に行けるめどがついたのだ。

 感慨もひとしおだった。


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