第八話
横穴の空洞から更に五十メートル程真下に掘り進めたところで、ネネットさんから聞いていた魔物を発見した時の報告義務の事を思い出した。
今日はこの辺りで作業を終えよう。
少し横穴を掘りスペースを確保して、その場所に転移魔法陣のスクロールを設置した。
転移魔石とリンクさせてあるかしっかりと確認してから、ギルドの方の魔法陣に転移した。
一瞬で視界が変化し、ギルド内のあまりの眩しさに目を細める。
受付カウンターでは数人の職員が作業しており、その中にはネネットさんの姿も見える。
「寝なくて大丈夫なのですか?」
「もしかしたらダダン君が戻ってくるかもしれないから、私かギルド長のどちらかがギルドに残っていた方が良いと思ってね。ギルド長はホラ、出張でお疲れだったから」
「それはお気遣いありがとうございます。ネネットさんにもご迷惑をお掛けします」
「良いのよ、もう慣れてるから。それでどうしたの? ご飯? それともまさかデートのお誘いかしらー?」
「……深夜の謎テンションで絡まないでください。違いますよ、実は――」
下で魔物と遭遇して殲滅させた事を話した。
「それはデスマンティスっていうかなり凶悪な魔物ね。ダダン君の言うその数だと、ここの警備兵の方達だけだと危なかったわ。大丈夫だったの?」
「はい。問題ありませんでした」
「……あっさり言うのね」
「それでですね、その魔物がスクロールを落としたみたいです」
拾ったスクロールをバックパックから取り出してネネットさんに渡した。
「これって……スキル鑑定士のスクロールよ。名前の通り、このスクロールを使えばスキル鑑定士のスキルが手に入るわ。『炭鉱夫スキル』の付与装置とは違って、一度しか使用できないから注意してね」
「そうなんですか。凄いですね、スキルってこんな感じで手に入る物なのですね」
「ダンジョンではスキルスクロールを専門に集めている人も居るくらいよ。それでダダン君はどうする? このスクロールはギルドで買い取りもできるわよ?」
「いえ、自分で使ってみます」
「そうよね。スキルスクロールは貴重だから、やっぱり自分で使う人が多くて。だから市場にはあまり出回らないのよ」
スキルスクロールの使い方を説明してもらい、『スキル鑑定士』を習得してみた。
スクロールは中央から火が付き、燃え尽きてしまった。
「……多分私のスキルも見ちゃうわよね」
「見られたら困りますか?」
「ううん、良いのよ別に。私もダダン君のスキルを見ているもの」
ネネットさんの所持スキルを意識して見ると、ネネットさんのスキルボードが表示された。
――ネネット――
・スキル鑑定士
・格闘術
「ネネットさんもスキル鑑定士を取得していたのですね」
「ええ。ギルド職員は所持している人が多いわ。でも人が所持しているスキルはあまり他の人に言っちゃ駄目よ。トラブルの原因になるから」
「わかりました」
ネネットさんが格闘術のスキルを所持していて驚いた。
あまり怒らせない方が良いのかもしれない。
そして格闘術のスキル詳細は見ていない。ネネットさんの視線が怖かったからだ。
言われてみると、確かにネネットさんは僕の事をじっくりと見ている事が多かった気がする。
僕の所持スキルを随時チェックしていたみたいだ。
そして僕の報告で、坑道の最奥付近は立ち入り禁止区域に指定された。
魔物が出たのもそうだが、有毒ガスが発生しているからだ。
送風のスクロールを設置しているとはいえ、万が一の事があるかもしれない。
坑道の最奥へ向かう区画の入り口には、警備兵の方が常駐することになって、マイナー達を追い返すらしい。
その警備兵の方も、万が一に備えてガスマスクの装着が義務付けされていた。
僕は最初からガスマスクは準備していたから、とバックパックをポンポンと叩くと、ネネットさんは納得してくれていたようだった。
……ブラフが通じて助かった。バックパックを見せてみろと言われていたらアウトだった。
ミスリル鉱石とデスマンティスが落とした魔石が二十九個で、買い取り額は金貨五枚と小金貨七枚になった。
転移魔石を幾つか購入して残りはギルドカードに貯金してもらった。
魔物の死骸は回収してくるのが正解で、そのまま放置すると疫病の原因になったりするらしい。
素材の買い取り等はできないが、死骸を見かけたら回収してきてほしいと頼まれた。
もう流石に眠いのだが、このまま眠る訳にはいかない。
というのも僕が掘っている場所は、毒ガスが発生している空間と繋がっているという事を考えていなかった。
このまま眠ったら、二度と目を覚まさないかもしれないのだ。
今は脳内にアナウンスは流れていないが、送風のスクロールを設置しているので、ここまで有毒ガスが流れてくるかもしれない。
しかしここまで掘り進んできた縦穴を塞ぐというのは、空気が遮断されてしまって良くないだろうというのは何となくわかる。
そうなってくると、一度ミスリル鉱床が広がっていた場所まで戻り、最初に掘っていた縦穴まで戻った後、僕が掘った横穴を塞ぐしかないと考えた。
ただし、ミスリル鉱床の場所はここから五十メートル程高い場所にある。
この縦穴をどうやって登ればいいのか。
……全然方法が思いつかなかったので、掘った縦穴を戻るのは諦めた。
新しく上へ上へと向かう穴を掘ればいいのだ。
螺旋状に上へ掘り進めば、少し時間は掛かるがミスリル鉱床のところまで戻れるだろう。
そのまま徹夜で作業して、螺旋状の登り穴を掘り、ミスリル鉱床のところまで戻った。
「……どういう事だ?」
死体が沢山転がっている。どうやってここまできたのかは知らないが、ミスリル鉱床を採掘していたみたいで、白目をむいて倒れている。
『有毒ガスを無効化しています』
ここのガスは無色で無味無臭だ。毒ガスの存在に気付かなかったのだろう。
疫病の原因になるといけないので死体も全て回収。所持している収納袋も回収。恐らくミスリル鉱石が入っているのだろう。
一人おかしな人物が居て、ツルハシや収納袋を所持しておらず、代わりにナイフを数本所持している暗殺者みたいな格好をしている奴が死んでいる。
物騒な世の中だなと手を合わせて死体を収納袋に仕舞った。
ミスリル鉱床はこのまま放置だ。どうしても必要になれば採掘にくるが、この空間には長居したくないのですぐに移動した。
最初の縦穴へと続く横穴の天井を破壊して、大きな空洞とつながるこの横穴は完全に塞ぐ。
これで毒ガスの心配もないだろう。
縦穴に向かうと一本のロープがぶら下がっていたので、亡くなった人達はこのロープでここまで降りてきたのだろう。
少し強く引っ張るとロープがするすると落ちてきたので、このロープも収納袋に入れておいた。
もう無理だ、眠い。限界だ。
暑くて寝苦しいのだが、その場に寝袋を用意して深い眠りに就いた。
小物店で購入した魔道具の時計は八時を示していた。
朝の八時はまだ作業をしている最中だったので、夜の八時なのだろう。まさか翌朝の八時という事もないだろう。
そして朝食を食べている時に事件が起こった。
……保存食がマズイ。草履でも食っているのかという味がする。
ここ二日程、人間の食事と言えるご飯を堪能したせいなのか、一瞬で舌が肥えてしまった。
カルステッド鉱山にくる前なら、この保存食でも喜んで食べていただろう。
購入した魔道コンロで湯を沸かし、干し肉と塩を入れて食べる。
パンは岩が掘れそうなくらいカチカチだし、干し肉のゆで汁でふやかして食べても無味。圧倒的無味。
日本食が恋しい。醤油が欲しい。
もう毎日ギルドに戻ろうかな。文句言ってくる奴は全てツルハシで薙ぎ払ってやれば良いのではないか?
そんな危険な精神に陥るくらいマズイ飯なのだが、流石に今ギルドに戻ると迷惑が掛かってしまうので、エースになるまでは我慢するしかなさそうだ。
カンカン!
パンで岩を叩いてみたら甲高い音がする。パンで奏でられる音ではない。
転移魔法陣のスクロールを回収した後、更に地下へと掘り進める。
三百メートル程掘り進めたところで再び空洞を掘り当ててしまい、足もとが崩壊して落下してしまった。
数メートル下で着地できたのだが、凄い場所にきてしまった。
今度の空洞には有毒ガスや魔物の姿は見当たらない。その代わりに天井、壁、床一面に色とりどりの宝石や鉱石の結晶が散りばめられていた。
ライトに照らされる景色は、宇宙空間で星の海に包まれているような錯覚に陥りそうな、まさに幻想的な空間だった。
一つ一つの鉱石や宝石の価値はそれ程高くなさそうで、探知で見ていても気にはならなかった。
よし、この場所はこのままの状態を保って、今後はここをベースキャンプにして活動しよう。
この場所には転移魔法陣のスクロールを常設して、いつでもこの場所にこられるようにしておこう。
ここから少し掘り進めた場所に、ドレイトライト鉱石という聞き覚えのない鉱石が沢山採掘できそうな場所がある。
買取価格表でチェックしていたが、このドレイトライト鉱石はかなり高く買い取ってもらえるのだ。
因みにこの鉱石、龍の背中より上層部で採掘できる場所は見当たらなかった。
こんな鉱石を採掘してしまっても良いのだろうかとも思うが、もう今更気遣うことでもなさそうだし採掘できるだけしてやろう。
ベースキャンプの壁に小さな穴を掘り、その穴から斜め下に向かって掘り進める。
暫く掘り進めていると、突然壁が崩れた。
崩れた、というよりも壁が剥がれ落ちて、人型を形成している。
体長五メートル程で、岩壁そのものがボコりと這い出て魔人化したような魔物だ。
動きはノロいが破壊力はあるようで、拳を振るえばその衝撃で坑道の壁がガラガラと崩れる。
破壊力には驚いたが、動きはノロいしそもそも僕のツルハシの方が威力がある。
しかも僕は岩や鉱石では怪我をしないらしいので、コイツの攻撃はダメージを受けないのではないだろうか。
魔物が岩と判定されるのかは不明なので、攻撃をくらうつもりはない。
殴りつけてきた拳をツルハシで打ち返したら魔人があっけなく弾け飛んだ。
土煙が治まると、魔人の破片と一緒に魔石も転がっている。
この魔物も魔石を落としてくれるみたいなので、魔物を討伐すると魔石を落としてくれるようだ。
この岩石の魔人はこの後も数回襲い掛かってきたのだが、ふとある事に気付いてしまった。
探知で魔石の反応を調べてみると、一定の反応の強さを持っている魔石がある。
この魔石に近付く事で、この岩石魔人が生まれている気がする。
そしてこの一定の強さの反応を示している魔石は、この辺りに結構な数が存在している。
試しに横道に逸れて強い反応の魔石に近付いて見ると――やはり魔人に変化した。
これはギルドが把握している事なのだろうか? ダリムギルド長に報告するべき案件かな?
龍の背中に埋もれている魔石のみが魔人化するのだろうか?
近付かなければ魔人化はしないようなので、とりあえず報告だけして、魔石を頻繁にチェックしながら様子を見た方が良さそうだ。
約束の時間通りにギルド長室の転移魔法陣のスクロールへと移動すると、ダリムギルド長が待っていてくれた。
ネネットさんも同席してくれるようで、シャワーを浴びた後三人で食事を摂りながらの報告となった。
「報告する事が沢山あるのですが、どれから話しましょうか」
「……じゃあ良い話からしてくれるかい?」
良い話? そんなものはない気がする。
「えーっと……有毒ガスが充満している空洞の話は聞いていますか?」
「ああ。報告を受けているよ。魔物も出たんだって?」
「はい。その空洞なのですが、横穴を塞いでおいたので有毒ガスが漏れる心配はなくなったと思います」
「そうか、それは良かった。立ち入り禁止区域の指定は解除しても良さそうかな?」
「大丈夫だと思います」
警備兵の方がマスク着用で常駐しているらしいので、彼らも通常任務に戻れるので一安心だろう。
「では次は悪い話を――」
「もう良い話はないのかい?」
「ありません。その有毒ガスが発生していた現場で大量の死体が見つかりました」
「……それも先程作業員から報告を聞いたよ。収納袋に死体が山積みだって」
「有毒ガスが発生していた場所にはミスリル鉱床が存在していて、それを採掘していたのだと思います。縦穴にロープが垂れ下がっていたので、どうやってかはわからないのですが、僕があの場所から真下に向かったと知ったのだと思います」
「ダダン君の行動を監視していたのかもしれないな。先にダダン君が進んでいると思い、彼らは安全確認を怠ったのだろう。亡くなっていたのは、TOPマイナーの第三位、四位、五位のマイナー達とその手下達。更に『エース』バーラルの手の者も沢山含まれていたよ。ダダン君にちょっかいを掛けようとしたにしては人数が多過ぎる。恐らく鉱石の横取りか――」
「僕を始末しようとしていたのでしょうね」
はー、嫌だ嫌だ。美味しい食事がマズくなる。
せっかく保存食から解放されたっていうのに。
「彼らの事は自業自得だ。ダダン君が気にすることは何もないよ。それどころかギルドとしては迷惑行為を行う者達を粛清できたと考えているよ。ただしあと一人、いや二人残っているけどね」
「バーラルさん、ですか?」
僕の問い掛けにネネットさんが無言で頷いた。
もう一人はデッパラ副所長のことだろう。
「彼らの横暴には耐えかねていたからね。これで少しはカルステッド鉱山の運営が楽になるよ」
ダリムさんはホッとした様子で肉を頬張っている。
「それとは別の話ですが、ダリムさんは魔石が魔物に変化する話って聞いた事がありますか?」
「……そんな話は初耳だよ? その話、詳しくしてくれるかい?」
「僕が今採掘している周辺では、岩の魔人みたいな魔物が沢山出るのですが、魔石が変化して魔物になっているみたいです」
「岩石魔人か、かなり厄介な魔物だよ。ひとたび現れれば高ランク冒険者グループに依頼をしないと討伐できない魔物だよ」
高ランク冒険者グループ?
「ダダン君は冒険者ギルドを知らないんだな。カルステッド鉱山みたいに鉱山を扱っているのが鉱山ギルド。対して魔物の討伐が主な仕事でダンジョンを管理しているのが冒険者ギルドだよ」
「へーそうなんですね。初めて知りました。」
「……で、ダダン君はその岩石魔人を討伐しているんだね、一人で」
「はい」
何だか違うところに食いつかれた気がする。
「でも魔石が魔物になる話なんて聞いた事がないよ。こちらでも情報を集めておくよ」
「お願いします」
「……まぁ、何故魔石の位置が把握できているのかは、今は聞かないでおこうかな」
ダリムさんが含みのある笑顔を浮かべながらグラスを傾けている。
いつかは話すことになるのだろうけど、聞かないのであれば別に言う必要もない。
「ちなみにその岩石魔人っていうのは、普通の岩ですか? それとも龍の背中の黒い岩ですか?」
「そりゃー普通の岩で――ってちょっと待った! ダダン君が倒しているのは龍の背中の岩石魔人なのか!」
「はい。地下で出てくるのはそいつばかりです。ちょっと鬱陶しいのです」
「そんな岩石魔人は聞いた事がない……。わかった。これも情報を集めておくよ。でもそんな魔人が出現したら、討伐できる冒険者グループがいないじゃないか……イタタ」
食べ過ぎなのか何なのか、ダリムさんが両手で胃を押さえて猫背になっている。
「それと致命的な問題なのですが」
「はぁ……まだ問題があるのか」
「保存食がマズイのです。美味しいのを寄越してください」
「そんな物はここにはないよ。取り寄せるのに何日も掛かるから、ダダン君がエースになるまでには間に合わないよ」
「そんなぁ……」
「明日の二食分くらいなら私がサンドウィッチでも作ってあげるから、元気出して」
「……はい。ありがとうございます」
明日の二食分はネネットさんが作ってくれるらしい。
本当にありがたい!