第七話
朝から一日掘り進めた最奥まで辿り着いた。
これからはここを真下に掘り進めるので、よく目立つ場所に赤く光る札を設置した。
皆夜は酒場に向かうからなのか、この時間に鉱山へくるマイナーは少ない。
今のうちに一気に掘り進めようと思う。
「行っくぜー! どりゃぁぁ!」
鉱山が揺れそうなくらいの衝撃で、真下に掘り進める。
とりあえずの目標は、探知で発見している大きなミスリル鉱石の反応が出ている近くまでだ。
真下に掘り進めてから、ミスリル鉱石の反応が出ているところまで横方向に掘ろうと考えている。
真下に掘るだけだと、上から物を落とされてしまったら僕にぶつかるので、途中で一度クランクさせようと考えていたのだ。
普通に掘る場合は真下に掘るのは難しい。
でもここでは収納袋が使えるので、廃土を取り除く手間が省けるのだ。
ツルハシの一振りで一メートル程掘れる。
十分も掘れば縦穴入口の赤く光る札が見えなくなってしまった。
そしてこの辺りで一度送風のスクロールを設置しておこう。
高い位置に設置すると、真下に空気の流れを感じた。
現代日本だと送風機があったはずだが、こんな薄いスクロール一枚で事足りるなんて、魔法って便利だな。
スクロールを傷付けないように注意しながら更に真下へと掘り進める。
三十メートル程掘って送風のスクロールを一枚設置。
これを三回繰り返して、更に三十メートル掘ったところで、下に掘り進めるのは一度ストップする。
今度はミスリル鉱石の反応を目指して真横に掘り進めていると、ボコンと空洞を掘り当ててしまった。
空洞の高さはそんなにない。天井までは二階建ての一軒家よりも低い。
横幅も狭い。十メートルもないだろう。
ただし奥行きは広いみたいで、ヘルメットのライトで照らしてみても暗闇が続いている。
……アレ? 今奥で何かが動いたような気がする。
そして何かがカサカサと音を立てている気がする。
これは部屋に『ブラックのG』が出た時と同じ気配だ。
ライトに照らされているのは、この場所で長く生きているのか、色素が抜け落ちている感じの、真っ白で巨大なカマキリの群れだ。
それが僕の身長の倍くらいの大きさがあるので更に気持ち悪い。
三十メートル程先でうじゃうじゃとこちらに向かっている。
やれるのか? こんなの相手に勝てるのか? 初めての魔物だぞ!
転移魔石は準備してある。いつでも使用できるように片手に持ちながら、ツルハシで一発ぶん殴ってみて無理ならすぐに逃げよう。
またここに戻ってこられるように、転移魔法陣のスクロールを広げる。
「オラ―! かかってこんかい!」
空洞で戦うのではなく、掘り進んできた横道の坑道で迎え撃つ。
この場所で戦うなら一対一で戦えるからだ。
大きな鎌を振りかざしてきたが、お構いなしにツルハシを横薙ぎにしてやると、巨大なカマキリが爆散した。
返り血なのかはわからないが謎の液体が飛び散り、僕にも降りかかった。
問題なく倒せるのはわかった。理解した。
次のカマキリの鎌の動きもハッキリと見えているし、頭上を通り過ぎる鎌を視線で追いながら難なく避けられる。
指差呼称をしっかりと行えば、そうそう危険な目には遭わなさそうだ。
初めての戦闘なので、自分の動きを確認するように討伐していく。
三十匹くらいを殲滅させると続きが湧いてこない。
これでどうやら全て討伐できたようだ。
魔物の死骸ってどうすれば良いのだろうか。
何も聞いていないのだが、このまま放置するのは良くないと思う。
魔物が落としたのであろう魔石と、死骸を収納袋で回収しておこう。
誤って収納袋で吸い込んでしまわないように、先に設置したスクロールを回収しておこうと思ったのだが、何故かスクロールが二枚落ちていることに気付いた。
慌てていて転移魔法陣のスクロールを二枚置いてしまったのかと思ったのだが、スクロールをよく見ると魔法陣の模様が違う。
鞄に入っている送風のスクロールとも模様が違う。
どうやら二枚設置したのではなく、一枚は魔物のドロップアイテムのようだ。
これが何のスクロールかはわからないが、ネネットさんに見てもらえば教えてくれるだろうか?
確かドロップアイテムは収納袋に入れなくても良いと言っていたので、バックパックに仕舞っておこう。
空洞の奥を目指して歩いていると、周囲の壁が辺り一面青白く光っている。
ここはミスリル鉱床だったみたいで広範囲にわたってライトの光が乱反射している。
凄い景色だ。ずっと採掘してきたが鉱石を見たのは初めてかもしれない。
そして――
『人体に影響のある有毒ガスが発生しています』
『有毒ガスを無効化しています』
人工的なアナウンスが脳内に流れた。
どうやらこの場所はガスが充満しているみたいで、指差呼称を行っていなければ無事では済まなかったかもしれない。
無効化されていると言っても、あまり長居したい場所ではない。
少しだけ採掘して空洞の最奥を目指した。
三十分程歩いたところで、有毒ガスが発生していないのか、脳内のアナウンスが聞こえなくなった。
想像以上に細長い空洞みたいで、未だに最奥は見えていない。
まぁ、特に最奥に用事があるわけではないので、この場所から再び真下に向かって掘り始める事に決めた。
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ダダンが縦穴を掘り終えた頃、数人のTOPマイナー達が町の酒場に集合していた。
ダダンを尾行していたマイナーが、ダダンの現在地を確認した後、酒場で飲んでいた『エース』に報告する。
スキンヘッドで筋骨隆々のバーラルが、ジョッキを机に叩きつけた。
「あぁ? 真下に向かって掘っているだと?」
「へい。間違いありやせんぜ。アッシのこの目でしっかりと確認致しやした」
「アイツは龍の背中を掘れるというのか!」
酒を飲んでいる男達がその話を聞いてざわつき始めた。
「アイツがここにきたのはいつ頃だ?」
「それがまだ三、四日ってところらしい」
「鑑定士はアイツのスキルを見なかったのか?」
「いや、荷馬車で到着した時にしっかりと確認したらしい。何もスキルは所持していなかったらしいぞ」
更に男達がざわつき始めると、バーラルが今度はジョッキを壁に投げ付けた。
「クソガキが、忌々しい奴だ。恐らく鉱山に入ってすぐ、スキルスクロールでも偶然に見つけたのだろう。運の良いガキだ」
「しかしどうするよエース、このままヤツを放置するのか?」
「馬鹿野郎、始末するに決まってるだろが!」
(邪魔な奴は始末する、邪魔しそうな奴も始末する。この先ずっとエースの座は俺のモノだ)
奴隷の身分から這い上がり、エースの座まで上り詰めたバーラルは、エースの座に執着していた。
他所では役立たずと言われ続けて生きてきた人生で、初めて栄誉を得たのがカルステッド鉱山でのマイナーとしての仕事だったのだ。
そしてその執着心はいつしか間違った方向へと歪み続け、自分が努力する方向ではなく周囲を蹴落とす方向で自分の地位を守るようになっていた。
エースの座を得たバーラルには慕ってくる者も現れ、それがまた彼に優越感を生み、エースの座に固執する理由にもなっていた。
「でもよ、龍の背中を掘れるようなヤツ、一体どうやって始末するんだよ?」
「だからお前達は馬鹿だと言われるんだ。採掘で勝負するんじゃねぇんだぞ? 殺しなら殺しのプロに任せりゃいいんだよ」
酒場の男達の視線が、壁際に佇む一人の男に向けられた。
男の顔はボロ布で覆われているので、眼光が鋭い事以外の表情は覗えない。
「先生、今回もお願いします!」
バーラルが声を張る。皆の視線が更に男へと集まった。
「子供を始末するのは気分が悪いが。……デッパラから金は受け取っている。連れて行け」
マイナーとして鉱山ギルドに登録しているが、普段はダンジョンに籠って戦闘スキルを磨くプロの殺し屋。
彼はデッパラの子飼いの殺し屋で、今までにも数々のマイナー達を闇に葬ってきた。
魔物のドロップアイテムでスキルスクロールを集め、今では幾つもの戦闘系のスキルを所持している、ダンジョン界でも有名な男である。
「力が強いだけのガキなんざ、先生にかかればイチコロです」
「……さっさと済ませるぞ」
酒場の男達が一斉に立ち上がった。
先月のランクが三位の男、四位の男、五位の男、そしてそれぞれの手下達とバーラルの手下、総勢四十五名の大所帯である。
「……へへ、頼んますぜ、先生」
一人酒場に残ってジョッキを呷るバーラルが下卑た笑みを浮かべている。
「おい、本当にここに入って行ったのか?」
「へい、間違いありやせん」
「……採掘している音はきこえねぇな」
男が覗く縦穴はあまりの深さに底が見えない。
赤く明滅する札が掛けられているので、この場所に間違いはなさそうだが……。
試しに、と小石を一つ縦穴に落としてみる。
穴の底に当たって小石が砕ける音が響いた。
恐らく百メートルは越えているだろう。
「深いな。ロープは何本あるんだ?」
「四本全部持ってきた」
一人の男が差し出したロープはミスリル繊維を編み込んだ特殊なロープで、巨大な魔物を縛っても切れないという高耐久力が特徴のロープだ。
そのロープを四本全て繋ぎ合わせて、身軽な男が一人準備している。
「底まで降りられたら三回ロープを引いて合図する。二回、二回と引いたらすぐに引き上げてくれ」
「わかった。落ちるなよ?」
身軽な男がスルスルと縦穴を降りて行った。
数分後、ロープが三回引かれたので、無事に下まで辿り着けたのだろう。
「よし、行くぞみんな。後に続け!」
一人、また一人とロープを降りて行く。
先月のランクが三位の男とその部下数名だけが、ロープの引き上げ役として縦穴の入り口に残っていた。
ギシギシ ギシギシ
暫く様子を見ていると、ロープが二回、二回と引かれた。
引き上げのサインだ。もう片付いたのだろうか。
数人の手下がロープを引き上げると、縦穴を降りていた三位の男の部下が戻ってきた。
「ドジ―さん大変です! 下は巨大なミスリル鉱床ですよ!」
「な、何だと―!」
「他の者は我先にミスリル鉱床の採掘に向かいましたが、俺だけその様子を見て引き返してきました。このままだと今月のランクに影響が――」
「でかした! よく報告してくれた! よし、俺達も降りるぞ! 三人だけここに残れ」
(俺にも運が回ってきた! 人数は俺んとこが一番多い。ミスリル鉱床で採掘できれば、今月のエースの座も夢ではないぞ!)
「フハハハハハー!」
ランク三位の男、ドジ―は笑いながらロープを下っていく。
ミスリル鉱床では大混乱が起こっていた。
「おい、ここは俺の場所だ! 邪魔するな!」
「うるさい。てめぇこそどっか行け!」
採掘する者、喧嘩する者でごった返しているのだが、先生と呼ばれる男の姿が見えないことには誰も気付いていないようだ。
「よし、俺達も掘るぞ! 今日で一生分採掘するつもりで掘れ! いいな!」
「「「おおー!」」」
ドジ―達は他のマイナー達がまだきていない空洞の奥へと足を運んだ。
(これは凄い! こんなにも巨大なミスリル鉱床は初めて見たぞ! これならかうじつにぇえーふ――あえ、あたまぐぁ……)
ドジ―は徐々に呂律が回らなくなると意識も虚になり始め、ついには足もともおぼつかずにその場に倒れ込んだ。
(……こえは……がふ、か)
充満していた有毒ガスの事など、完全に頭から抜け落ちていたマイナー達が次々と倒れていく。
虚ろな視線の先では、マスクで口を覆い足もとをフラフラさせながら空洞の奥から戻ってきていた殺し屋が、遂に力尽きた。
「やったぞー! どうだ、今月は俺がエースだー!」
幸せな幻覚を見ながらランク三位の男、ドジ―が息を引き取る。
瞳からは一筋の涙が零れていた。
――数時間後――
「……誰も、戻ってこねぇな。採掘しているにしても、食料とか水とか持ってきてねぇし、誰かが上がってくると思うんだが」
「どうする、このまま残るか戻るか」
「バーラルさんに連絡しに行くか。何かがおかしい」
縦穴の入り口に残されていた三人の男達が酒場へと引き返した。