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第四話


 ここか。

 ネネットさんに教えてもらったこの町唯一の工房。


 『モルツの武具工房店』


 少し寂れたお店に入っても、客は誰もいないし、お店の人もいない。


 「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいますかー?」

 「はいよー、今行く」


 店舗の奥にある工房から中年のおじさんが出てきた。

 もっと職人っぽい人が出てくるのかと思ったが、眼鏡をかけた三十台後半くらいの普通の男性だ。

 市役所の受付とかで働いてもおかしくない真面目そうなおじさんが、革のエプロン姿で現れた。


 「鉱山ギルドのネネットさんに紹介してもらいまして――」

 「あーネネットさんね。彼女元気にしてる?」

 「はいとても。それで今日はお願いがありまして、武具ではないのですが幾つか装備品を特注したいのですが」

 「そりゃー、大丈夫だけど……お金は大丈夫?」 


 僕の格好は契約奴隷の貫頭衣に木靴で、おじさんの心配もご尤もだ。


 「相場がどのくらいかわかりませんけど、今日小金貨を少し頂きました」

 「それなら物にもよるけど大丈夫そうだね。で、どんな物を作って欲しいんだい?」 


 店舗のカウンターには丁度紙とペンが置いてあったので、使っていいか許可を得てから、ヘルメット、ニッカポッカ、安全靴の構造と仕様を大まかに説明した。


 「……なるほど。面白い装備品だね」

 「僕には詳しい材質はわかりませんので、説明した用途に合う素材を選んで作ってもらえませんか?」

 「いいよ。衝撃から頭を守る軽い装備と、立ったり屈んだりする時に引っ掛かりにくくて動きやすいズボン、それとつま先部分に鉄板を入れたブーツだね。描いてくれた絵に近い形で作ってみるよ」

 「ありがとうございます。できるだけ早く欲しいのですが、どの位で仕上がりそうですか?」 

 「丁度暇な時期に入ったから時間はあるし、簡単な造りだし……そうだな、二日もあれば大丈夫だよ」


 思っていたよりも早い。大丈夫かな、子供だと思って適当に相手をされているのかな?

 ネネットさんの紹介だから大丈夫だと思うが、取り敢えず作ってもらって様子を見るしかないかな。


 「お願いします。幾らお支払いすればいいですか?」

 「そうだねー。……このヘルメットに使う材質だけ特殊でちょっと加工が必要だから、小金貨二枚ってところかな」 


 完全オーダーメイドで二日の工期、特殊な素材も使うと考えると妥当なところかな。


 「はい。それでお願いします。すぐにお支払いします」

 「本当に持っていたんだね。ちょっと不安だったんだよ」


 貰ったばかりの小金貨を二枚渡すと、全身の採寸が始まった。




 「じゃあ明後日のお昼には仕上がっていると思うから、そのくらいに取りにきてくれるかい?」

 「はい。よろしくお願いします」

 「そうそう、僕はモルツだから。宜しくね」 

 「ダダンです。こちらこそよろしくお願いします」 


 握手を交わして店を出ると、空色が赤から紫へと変わっている最中だった。

 マズイ、長居し過ぎたかも。

 慌てて予定していた他の店舗に向かう。

 小物雑貨店では、ランタンの代わりになるポケットサイズのライトなど、ネネットさんがメモしてくれた、鉱山内であったら便利だという道具数点を購入した。

 本当は布団も欲しかったのだが、大部屋に置きっ放しにはできないので、僕が使うサイズの小さな寝袋にした。

 その後に食品売り場に駆け込んで、今日のご飯の食材を大量に、それと明日の朝食と昼食を購入した。

 全ての買い物を終えた後には小金貨一枚と大銀貨五枚しか残っていなかった。


 すっかりと暗くなってしまった町の小さな広場のベンチに腰掛ける。

 この世界にきて以来、まともなご飯を食べるのは初めてのような気がする。

 パンに野菜と焼かれたお肉を挟み、豪快にかぶりついたら唸る程美味しかった。

 

 その後ギルドに併設された大衆浴場で数日分の汚れを落としてから大部屋に向かうと、周囲から様々な思惑の籠った視線をぶつけられた。

 部屋の住人はみんな薄汚れているのに、自分だけお風呂でさっぱりしていて、服も新しくて大きなバックパックを背負っていたからだ。

 絡まれるのも嫌なので、寝袋を取り出してさっさと眠ることにした。





 「おはようございます」

 「あらダダン君おはよう! 今日は凄く身綺麗にしてきたのね。何処の貴族のお坊ちゃまがきたのかと思ったわ」

 「それは言い過ぎですけど……どうかしたのですか?」 


 ネネットさんがどうこうではなく、ギルド全体が慌ただしい。

 職員が走り回っているので何か問題でも起こったのだろうか。


 「それがね、昨日の夜に大きな崩落事故が起こってね。少なくない死傷者が出ちゃったのよ」

 「怖いですね」


 やはり鉱山に事故はつきものなのだな。


 「昨日ダダン君が魔石を採掘したでしょ? あの魔石が採掘された場所を特定したマイナーが居たみたいでね、あの崩落注意地帯を集団で採掘して事故を起こしたみたいなの。一歩間違えればダダン君が事故に巻き込まれていたかもしれないんだから」

 「はい。ごめんなさい。あの場所には二度と近付きません」

 「あの崩落注意地帯は立ち入り禁止区域に指定されたから、絶対に近付いちゃ駄目よ?」


 やっぱり僕が採掘している時も、崩落寸前だったのだな。

 今日からは坑道の奥に進むしかなさそうだ。


 「ネネットさんがおすすめしてくれた物は全て購入しました。ライトも購入しましたので、今日からランタンは必要ありません」

 「えらい! きちんと装備を整えてきたのね! もう出発するの? 忘れ物はない? きちんと朝ご飯は食べてきた?」

 「はい。沢山食べました」


 昨日の夜にドカ食いした反動なのか、今日は朝からお腹が空いてしまったので、用意していた朝ご飯に加えて、食堂で朝食も購入して食べたので、食べ過ぎである。

 しかしネネットさんはお母さんみたいに世話焼きな人だな。

 こんな事を言えば、お母さんと呼ばれる程歳は取っていないと怒られそうなので言わないが。


 用意していたメモ用紙に、本日の買取価格表を書き写す。

 やはりこの相場は毎日変動しているみたいだ。詳しく覚えているわけではないが、幾つかの鉱石の買い取り価格が昨日と違う。 

 これは毎日チェックする必要がありそうだ。

 何だかネネットさんに不思議そうに見られていた気がするが、買取価格のチェックくらいどのマイナー達もやっていることだろう。

 

 ツルハシと収納袋を受け取り、ギルドの広場で立ち止まる。

 今日は朝方だからなのか、それとも事故の影響からなのか、昨日よりも人が多い。

 それでもやるしかないので一発気合を入れるか。


 「右よーし!」


 腹から声を出せば周囲から注目を浴び、指差呼称確認を続ければマイナー達から指を差して笑われる。

 辺りを見渡しても同じように指差呼称確認を行っている人物はいないので、スキルの詳細を知っているマイナーはいないのだろう。

 笑え笑え。お前らが笑っている間に、僕がエースの座を掻っ攫ってやる。


 「本日もご安全に!」

 『指差呼称が発動しました』


 脳内のアナウンスを聞いてから坑道へと駆け出した。





 「おーい、坊主ー!」


 坑道を歩いていると背後から声を掛けられた。


 「おはよー!」


 声を掛けてきたのは鉱山で作業するのには、少々露出度が高い女性だ。

 どちらかと言うとイケメンな声の女性は、年齢的には三十前後といったところかな。

 深いブルーの髪は短く、ギリギリ耳が隠れるくらいの長さでバッサリと切り揃えられている。

 普段から鉱山に籠っているからなのか肌は色白で、体の線は細めだけど出るところは出て、といった感じでスタイルは良い。

 カッコイイ美人、っていう言葉がしっくりくる女性だ。


 「アタシはララーっての。よろしくね」

 「おはようございますララーさん。ダダンですよろしくお願いします」

 「何だかむず痒い子ね。もうちょっと気楽に話してくれないかなー」


 ララーさんは笑いながら僕のバックパックを豪快にバシバシと叩いている。


 「あ、そうそう、先に言っとくけど、ダダンに何かしようってんじゃないから。気になったから声を掛けただけよ」

 「気になった? どうしてですか?」

 「そりゃさ、こんな小さな子がマイナーになるなんて珍しいもの。ギルドでは子供はだいたいクルーの方に回すからね」

 「僕もネネットさんにクルーを強く勧められました」

 「でしょ? 子供がマイナーで生きていくのは厳しいからね。覚悟しとくのよ?」

 「はい。お気遣いありがとうございます」


 どうやら本当に気になっただけで話し掛けてくれたみたいだ。

 何か絡まれるのかと身構えていたのでホッとした。


 「さっきの見てたよ? 右よーしっての。あれは何なの?」

 「気を引き締めるためのおまじないみたいなものです。ちょっとした油断が事故につながりますから、安全確認はこれからも毎日続けていこうと思います」

 「はー、なるほどねー。エライねダダンは。アタシは昨日のお酒がちょっと残っててさー――」


 存じております。少しアルコールの臭いが残っております。

 カッコイイのは外見だけで、中身はちょっと残念な人なのかもしれない。


 坑道を並んで歩きながら、ララーさんは色々と話を聞かせてくれた。

 昨日の事故の話やマイナー同士のマナーの話、赤く光る札が掛かっている場所は近付いちゃ駄目だとか。

 TOPマイナー達のことも教えてくれた。ランク上位のマイナー達には色々と特典があるみたいで、採掘した宝石などを優先的に購入できたりするのだとか。

 採掘現場が近い時などは、上位のマイナーに場所を譲らなければならないらしい。

 そして今のTOPマイナー達には悪い噂もあるから、あまり近付かない方が良いと教えてくれた。

 面倒なので近付くつもりもないけど、注意は必要だな。


 「ダダンはさ、このカルステッド鉱山が不思議鉱山だってのは知ってる?」

 「不思議鉱山、ですか? 他の鉱山とは違うと聞いてはいましたけど」

 「普通の鉱山は鉄だったら鉄ばっかり。銀だったら銀、っていう感じで、だいたい同じ鉱石しか採掘できないでしょ? でもこの鉱山では色んな種類の鉱石や宝石が採掘できるのよ」

 「なるほど。そう言われてみれば確かに不思議ですね」


 探知で探した時も様々な鉱石の反応が出ていた。

 僕が知らないだけかもしれないが、地球だとそんな鉱山は聞いたことがない。


 「こんな鉱山は他所にはないからね、ギルドも色んな運営方法を試してるのよ」

 「そうなんですね。クルーとかマイナーとか、変わった方式だとは思っていましたけど、そんな理由があったのですね」


 クルーで監督の指示している場所を採掘していても、他の鉱山とは違うので予測や経験があまり役に立たず、ずっと何も採掘されないかもしれない。

 それだったらマイナー達みたいに色んな場所を少しずつ採掘した方が効率が良いのかもしれない。

 ギルドはそういったところを試している最中なのだろう。


 「アタシはさ、宝石が好きでこの仕事をしてるの。宝石を掘り当てる瞬間っていうのは、まさに宝石が生まれる瞬間に立ち会えたって気分が味わえるから、この仕事はやめらんないのよねー」


 よく見るとララーさんは指輪やネックレスを幾つか身に付けている。


 「宝石ばっか買ってるから、お金が幾らあっても足りないのよ……」

 「頑張って働きましょう」

 「でももう少しでアタシもTOPマイナーの仲間入りだし、そうなるとギルドから優先的に宝石も購入できるようになるわ!」

 「……それだとずっとお金がない状態が続きそうですね」

 「そうなのよ、困っちゃうなー」


 全然困っているようには見えない。

 更に宝石を購入しようと気合を入れているみたいなので、ララーさんは暫く金欠生活を送るのだろう。


 「でもこの鉱山があって本当に助かったわ」

 「どうしてですか?」

 「アタシは戦闘が得意じゃないからダンジョンには潜れないもの」


 ダンジョン? この世界にはそんなものまであるのか。


 ララーさんの話によるとダンジョンは誰にでも行けるような場所ではないらしい。

 魔物が大量に出るので戦闘スキルが必須なのだそうだ。

 その代わりにダンジョン内には宝箱が自然発生したり、魔物からのドロップアイテムが豊富だったりと、この鉱山では入手できない物、価値がある物が沢山手に入るのだそうだ。

 

 「アタシは宝石が手に入れば良いからね。ここは魔物も少ないし、特別なスキルは必要ないし、誰でも採掘できるし」

 「僕でもできますからね。……ララーさんに質問があるのですけどいいですか?」

 「どうしたの?」


 ここまで二人で会話しながら歩き続けていて、結構な数のマイナー達の採掘を見ていて疑問に思った事がある。


 「みんな採掘されてますけど、下に向かって掘り進めては駄目なのですか?」 


 歩いてきた坑道もずっと平坦だし、少し登ったかな? って言うくらいにしか高低差を感じていない。

 下に向かう坑道や縦穴を一度も見ていないのだ。


 「あー下は無理なのよ。ここのすぐ真下には『龍の背中』ってみんなから呼ばれている、超硬くて巨大な岩盤があるから掘り進められないのよ」

 「そうなんですね。龍の背中か、凄く硬そうな名前ですね」

 「うん。真っ黒の岩盤で、鱗みたいにボコボコした岩盤なの。アタシも一回挑戦してみたけど、アレは無理!」


 不思議岩盤ってところか。

 相当硬いみたいだけど、装備が整えば僕も一度試してみよう。


 「今日はどの辺りを採掘するの?」

 「……全然決めていません。この辺りにしようかな」

 「じゃあここでお別れね。アタシは更に奥で採掘しているから。ダダンも気を付けてね。ご安全に、よ?」

 「ララーさんもお気を付けて!」


 少し広くなっている場所でララーさんと別れた。

 離れた場所では数人のマイナー達が採掘をしているが、この距離なら大丈夫だろう。


 実はここでララーさんと別れたのは偶然ではない。

 宝石の話をしていた時から、今日は宝石を探してみるかと思い探知で探してみると、この先すぐの場所で強い宝石の反応が出ていたのだ。

 この場所で採掘して宝石が出ても、話の流れ的に『たまたまこの場所を掘ったら出た』みたいに言い訳ができそうだ。


 そして反応が出ている宝石はサファイア。ララーさんじゃないけど、どんな宝石が採掘できるのか楽しみだな。


 壁に向かって掘り始めると、また体の奥から謎の衝動が沸々と湧いてきた。

 ツルハシを振る手が止まらない。


 「フハハ! いいぞいいぞ、掘りまくってやる! ッシャ―!」


 ボコボコと岩壁が剥がれ落ちる。僕の体程の大きさの岩石を、自分の背後に押しやるように転がして採掘を続ける。

 広場をゴロンゴロンと転がっているような気がするが、広いスペースがあったので、誰の邪魔にもならないだろう。

 今は穴掘りに全集中だ。

 体力や腕力はないが、怪我や崩落を気にしないで掘り進められるので、他のマイナー達よりも掘るスピードは速いと思う。

 十メートル近い長さを半日で掘りきり、遂にサファイアを内包した岩石がゴロンと転がり落ちた。

 その岩石を収納袋で回収すれば、本日の採掘は終了だ。後は広場に転がしたままの岩石を全て収納袋で回収する。

 遠くで採掘していたマイナー達が何か騒いでいるみたいだが、ちょっかいを掛けられない限り気にする必要もないだろう。 


 掘った横穴に腰掛けて、ちょっと遅めの昼食を摂る。


 「……採掘したサファイア、見られないじゃん」


 岩の塊しか見ていない。

 指差呼称が発動しているので宝石を傷付けずに、価値を下げずに掘り起こせるのだが、宝石を覆っている岩ごと掘り起こしているみたいだ。

 少し残念だが岩を削って宝石の価値を下げるわけにもいかないので諦めよう。



 この鉱山全体で気になる事がある。

 普通洞窟の奥って涼しいのではなかっただろうか。

 

 「すっごい暑いんだけど?」


 何この暑さ。近くにマグマでも流れているのではないかと疑いたくなる暑さだ。

 高熱ガスだったら指差呼称で無効にできるのに暑さは無理なのか。

 この暑さ、何とかならないかな……。


 昨日は一時間程採掘をして戻ったら、ネネットさんに色々と言われてしまったし、あまり早く帰るのも良くなさそう。

 せっかくなので、横穴の出口に腰掛けてララーさんが帰ってくるのを待つことにした。 

 



 「おーダダンおつかれー!」

 「お疲れ様です」


 夕方前にララーさんが戻ってきたので、合流して一緒に坑道を歩く。


 「アタシは今日は駄目だったなぁ。何も取れなかったわ」

 「残念ですね。そういう日もありますよ。明日頑張りましょう」

 「うう……子供に励まされるとは。ダダンはどうだったの?」


 ……どうしよう。正直に言うべきかな?


 「宝石が取れました」

 「そうかそうか。良かったねー! どんどん採掘するのよ」


 何だか甥っ子を褒める感じで喜ばれた。

 多分僕が採掘したサファイアは屑原石か何かだと思っているのだろう。

 屑原石は殆ど無価値だから大量に集めても微々たる収入にしかならないはずだ。


 「僕が見つけたのはララーさんが欲しくなるような宝石ですよ!」

 「アハハ、そうかそうか。じゃあその時はアタシが全財産を叩いて買ってあげるよ」

 「全然信じてくれないみたいだから、ララーさんには売らないようにネネットさんにお願いしておきます」


 僕がそんな宝石を採掘しているとは微塵も思っていないようすだ。


 「そうだそうだ。夢は捨てちゃ駄目だからね。よし、今日はアタシが晩御飯を奢ってやるよ!」

 「ホントですか! ありがとうございます」


 これは素直に嬉しい。

 今日は楽しい晩御飯になりそうだ。






 ギルドが騒然としている。

 採掘したサファイアが想像以上に価値のある塊だったらしく、価格の査定に時間が掛かっているのだ。

 とんでもない物が採掘されたとマイナー達の間で噂が噂を呼び、今では人だかりができてしまっている。


 「……それで? 今回は何処で採掘してきたのかしら?」


 何だかネネットさんが怒っていらっしゃるように思える。気のせいだと思いたい。


 「今日は坑道の奥ですよ。ララーさんと別れたその場所を掘っただけです」

 「嘘をおっしゃい!」

 「いや、それは本当よ。アタシと別れた場所をそのまま掘っていたみたい。まさかあんな場所で良い宝石が採掘できるなんて――」

 「ララーさんがそうおっしゃるなら……」


 ララーさんが証言してくれたおかげで、ネネットさんからの疑いが晴れたみたいだ。

 今日ララーさんと知り合えて本当に良かった。 


 査定結果が出たみたいで、男性がトレイの上に硬貨を乗せて戻ってきた。


 「「「「おおーー!!!」」」」


 その硬貨を見ていた野次馬達が歓声を上げた。


 「え? こんなに?」

 「間違いありません」


 ネネットさんと男性がやり取りしている。ネネットさんは査定結果が信じられないみたいだ。


 「……ダダン君、お待たせしました。こちらが今日の買い取り金額です」

 「昨日の硬貨とはまた違いますね」

 「金貨二枚と小金貨五枚よ。間違いがないか確かめてくれるかしら?」

 「はい。問題ありません」


 鈍い光を放っているのは金貨だそうだ。それが二枚。……アレ?


 「ダダン君。金貨二枚分を契約奴隷の返済に充てれば、あなたは奴隷から解放されるわ」

 「はい。返済に充てますお願いします」


 奴隷身分ではなくなってしまった。十五年とか言われていたのに、たった二日で解放されてしまったぞ?

 男性職員に掌で背中に触れられて、また少しちくりとした。


 「おめでとうダダン君。あなたはもう自由よ」

 「ありがとうございます。ネネットさん」

 「うぉーダダン! おめでとー! 奴隷から解放されたんだな! やったなー!」


 ララーさんに抱えられてクルクルと回されている。

 ここでの奴隷生活よりも、村での生活の方が遥かに苦しかったが、遂にその生活からも解放されたのだ。


 やった! 自由を手に入れたぞ!


 「よーし、こうしちゃいられない。今日はダダンの奴隷解放祝いだ! 酒場に突撃するぞー!」

 「ちょっとお待ちくださいララーさん! まだダダン君に説明しなきゃいけないことがありますから!」


 ネネットさんがララーさんに抱えられた僕を慌てて引き止めた。


 ネネットさんの説明では、僕は今この時点で僕が育った村――カロイ村というらしいが、そのカロイ村の所属に戻るらしい。

 なるべく早い段階で一度村へと戻り、村長にカルステッド鉱山ギルドの所属に移ることを伝えないといけないらしい。

 そうしないとまた次の税の徴収時に契約奴隷として売られる可能性があるそうだ。

 冗談じゃない。二度とあのクソ村長の肥やしになってたまるか。

 あの村へ戻るとまた地獄のような生活へ落とされるかもしれないのだが、今度戻る時は護衛を雇うなり、炭鉱夫スキルで無双するなり対処はできそうなので心配は要らないだろう。 

 少しお金を貯めたら、とっとと村長の野郎をぶっ飛ばしに戻りたいと思う。


 そして奴隷の身分から解放されても、継続して大部屋に住むことは可能だが門限が撤廃されると教えられた。

 ただし、今日からは麓の町の宿に泊まろうと考えているので、もう大部屋に戻ることはないだろう。


 「それと、その奴隷解放祝い。私も参加しますから! 私が行くまで始めないで!」

 「ハハ―、無理無理! みんなー行こ―!」

 「「「おー!」」」


 どうやらララーさんと仲の良いマイナー達も集まっていたみたいで、みんなが今日の宴会に参加してくれるみたいだ。

 そしてこの間、僕はずっとララーさんの小脇に抱えられている。いい加減降ろしてほしい。



 

 宴会と言っても僕はこの世界ではまだ七歳なので、アルコールは飲んではいけない。

 炭鉱夫スキルで毒物が無効になるとしても、だ。

 炭鉱夫達の飲みっぷりは凄まじく、生前に記憶している飲み会では考えられないようなペースでアルコールが消費されていく。

 三十人くらいが席に着ける酒場で、この町で外食が楽しめる数少ないお店でもある。


 「とんでもないサファイアだったらしいぜ?」

 「何処で採掘したって?」

 「それが手前の広場だってから、驚きでよー」

 「マジ? あんなところ?」


 マイナー達の話題はサファイアで持ちきりだ。


 「おかしいと思わないかダダン!」


 酔っ払ったララーさんが絡んでくる。

 

 「こんなに美人のアタシが独身なんだぞ!」

 「お酒の飲み方と金遣いの荒さが原因だと思います」

 「一日で金貨二枚と小金貨五枚だって? ダダンはお金持ちだなー」

 「奴隷身分を解放するのに使ってしまいましたよ」

 「よしダダン、結婚だ! アタシと結婚しよう」

 「歳の差を考えてください」


 さっき聞いたのだが、ララーさんは三十二歳らしい。


 「かーっ! 酒は美味いしダダンは可愛らしいし! 今日は良い酒だー。普段はむさくるしい奴らばっかりでよー」


 坑道で話した時の姉御肌っぽいララーさんなら、いつでも良いお相手が見つかりそうだが、今の姿を見ていると……ちょっとなー。


 「おい聞いてるのかダダン!」 

 「はいはい、聞いてるって!」

 「こんなに美人のアタシが独身なんだぞ!」

 「その話はさっきも聞いたし! ウゼー!」


 この話、いつまで続くのだろうか。

 ネネットさん、早くきてください。


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[一言] 面白いです!! 続き楽しみに待ってます。
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