第三十話
久しぶりの採掘は楽しかった。
最近は地下道を掘っただけで、全然採掘していなかったからストレスも溜まっていたのだろう。
VIPルームではカノンさんが準備を全てやってくれていたのだが、副所長室では……変わらずカノンさんが全部やってくれている。
朝起こされて、着替えさせられて、食事を用意してもらって、ララーさんもやってきて三人でご飯を食べる。
容姿は子供でも精神年齢は四十過ぎなのだが、これで良いのだろうか。
朝から夕方まで採掘して汗をかき、夜は酒場で食事をする日も多い。
酒場は客が店に入り切らない程に多くなっていて、彼等は商人や大工、職人達がほとんど。
少し話を聞くと、宿が足りなくて困っていると言っていた。
ここにいる人達は殆どが仮設小屋で雑魚寝なのだとか。なんとかする必要がありそうだ。
ダリムさん――はパンク寸前だから、他にも仕事を任せられる人材を探す必要がある。
問題を解決しながら、街が大きくなっていく過程を現場で見られるのは、大変だけど幸せなことだと思った。
やがて小さな宴会が始まり、最終的には毎回大宴会へと発展するのだ。
楽しいし幸せだし……うん、やはりこの仕事は自分に合っていると思う。
モルツさんの武具工房に足を運ぶと黙々と作業をしていた。どうやらベッドを大量生産しているみたいだ。
ここにベッドの作成依頼をしようと思ったのだが、既に手配済みだったらしい。
「……あれ、ここって武具工房だったはずでは?」
「ダダン君が言わないでくれるかな!」
忙しいのに冷やかしたら怒られてしまった。
モルツさんは暇そうにしていることが多いので、色々と心配していたのだ。
この調子ならその心配もなさそうだ。
モルツさんの邪魔をしにきたわけではないので、必要な用件だけ伝えてとっとと退散させてもらう。
青い顔をしていた気がするが気のせいだろう。
三日間採掘に精を出していると、アルフィネア様からイリアン砂漠に向かっていた者が戻ってきたと連絡が入った。
転移魔法陣のスクロールを設置してもらっているので、朝から準備を整えて転移魔石で向かった。
到着したイリアン砂漠は、砂漠と言うだけあってかなり気温が高そうだ。
地面近くの空気がゆらゆらと揺らめいている。
カノンさんがクーラーを効かせてくれているので快適に過ごせていたのだが、ステルスを取り出す為に背後に下がってもらうと無茶苦茶暑い!
巨大な機体が地面を揺らして着地すると、すぐにカノンさんを傍に呼び寄せた。
「中に椅子みたいなのが見えていたから、中に入るのよね? どうやって入るの?」
「この機体は全部声に反応するみたいだよ」
取扱説明書を手にして順を追っていく。
「えーっとね、『タラップを降ろして』」
僕の声に反応した機体のお腹部分の中央から、細い階段が無音で降りてきた。
プシュ―とかエアーが抜ける音など全くなし。謎動力で動いているのだろう。
「……今のなんて言ったの?」
「階段を降ろしてくれって日本語で言いました」
「もう一度言ってみてくれる?」
ララーさんは何かを疑問に思っているようだ。
「もう階段は降りてるから、逆に階段を上げてみよう。『タラップを上げて』」
お腹の部分から降りていた階段が、またもや無音で上がっていく。
「あのさダダン。声が上手く聞き取れないのよ」
「……へ?」
「ダダン様、恐らくですが周囲の方々に、ニホンゴが聞き取れないようになっているのではないでしょうか?」
なるほど、勇者お手製の魔道具が悪用されないように、安全策を施しているのか。
そりゃここで声が聞こえたら、短い単語だし覚えられるだろうし。
『ララーさんの飲んだくれ』
「……? のん……のんだっれい? どういう意味? 私に何か言ったのよね? ねぇどういう意味なのよ」
聞こえとるんかい!
でもこれで何となくわかったぞ。
このステルスに関する日本語や用語だけが聞き取れないような妨害装置が働いているのだろう。
無駄に高機能だな。全部の日本語が聞き取り不可能でも良かったと思うぞ。
「ねぇ、ねぇってば。どういう意味なのよ!」
だからこんな面倒なことになったじゃないか。
もう一度タラップを降ろして三人で機内へと入った瞬間に、機内のライトが幾つか点灯した。
『ようこそ新しいマスター。今日からお世話になります。お席へどうぞお掛けください』
カノンさんとララーさんは周囲をキョロキョロと見渡している。
「どなたかいらっしゃるのでしょうか?」
「違うよ、この機体が喋っています。椅子に座ってくれってさ」
横に二席ずつ、前後に三席の計六席。
僕が運転席っぽい場所に座る。
ちょっと挙動がおかしい二人も席に着かせる。
カノンさんを助手席の場所へ、ララーさんはその後ろへと座らせる。
『シートベルト装着』
『畏まりました。座席をロックいたします』
バケットシートの両肩部分から赤いベルトが伸びてきて、お腹の前で一度交差し、腰の外側へと抜けていく。
ガッチリと体がロックされた後、更にお腹の左右からベルトが伸びて来て真ん中でガチャリとロックされた。
自動の六点式シートベルトだな。
「何よコレ!」
「ダダン様、お助けください!」
「大丈夫です落ち着いて。椅子から落ちないように固定されただけです」
となりのカノンさんへ手を伸ばし、少し落ち着いてと言い聞かせた。
慌てているカノンさんは珍しい。
『新しいマスター、今回は自動運転と手動運転、どちらになさいますか?』
『自動運転かな』
『畏まりました。目的地はお決まりでしょうか?』
コックピット前面を覆うようなサイズのホログラムの地図が表示された。
「カノンさん、これってこの世界の地図ですか?」
「そう……だと思われます。申し訳ございません、私も見たことがありませんのではっきりとは申し上げられません」
そうか。カノンさんもこの世界の地図を見たことがないのか。
『現在地は何処?』
『こちらになります』
地図上の一点が白く点滅している。
『現在はサザーランド公爵領のイリアン砂漠と呼ばれている地域になります』
成程、教えてもらえるのは有難いな。
『カルステッド鉱山の場所ってわかる?』
『勿論です。こちらになります』
地図上の一点が微妙に動いたような動いていないような、という距離だ。
『じゃあオーズウォル辺境伯領は?』
『こちらになります』
今度はほんの少し白い点滅が移動した。
『じゃあオーズウォル辺境伯領まで行こうかな』
『畏まりました。新しいマスターは初めての空の旅となりますので、少しゆっくりと飛行させていただきます』
『速度とか高度とか指定できるよね? できる限りゆっくり、高度は一万メートルくらいを飛んでくれるかな』
『畏まりました。それでは安心で快適な空の旅をお約束いたします。どうぞお寛ぎください』
機体が喋り終えると、遂に動き始めた。
滑走路をどうしようか、エンジン音をどうやって誤魔化そうかなどと考えていたら、まさかの無音飛行。
そして垂直離陸。色々悩んだ僕が馬鹿だった。説明書に書いておけと言いたい。
説明書そのものが薄過ぎるんだよ、ステルス爆撃機を動かすのに、全四ページってどういうことだよ。
『聞いたらだいたい答えてくれる』ってどんな説明書だよ!
「スゴー! ダダン、飛んでる、飛んでるわよ!」
「凄い、凄い速さです! 雲が下に見えますよ!」
二人とも気分が高まっているようすだ。
『オーズウォル辺境伯領に着いたら、着陸しないで上空で旋回してくれる?』
『畏まりました。あと六百三十秒程で到着いたします』
六百三十――十分ちょっとか、早いな。これでもゆっくりなんだろ?
そしてこの機体、全く揺れない。無音無振動。
説明書によると手動運転時に体感速度を感じられるように設定できるらしい。
恐らくだがディラ様が望んでいるのはそれだ。
ジェットコースターに乗るような感覚を楽しみたいのだろう。
練習もサポートしてもらえるだろうが、果たしてその練習にカノンさんとララーさんは耐えられるのだろうか。
『またのご利用をお待ちしております』
手動運転の練習も終わり、無事にイリアン砂漠に戻ってきた。
タラップを降りて暫く待っていると、漸く虚ろな目をした二人が降りてきた。
「……次からはおひとりで練習なさってくださいませ」
いつも一緒に行動してくれるカノンさんですら次回の練習を断った。
ララーさんは何も言わない。口から何かが生まれてきそうだ。
ステルスを収納袋に仕舞ってギルドへと戻った。
次の日からは、朝から鉱山で採掘。夕方まで続けて晩御飯を食べたら二人とは別行動となった。
数日間一人でステルスの練習を繰り返していて、最初はなんでこんな物を作ったのだと勇者に怒りすら抱いていたが、運転してみるとこれが意外と――かなり楽しい。
飛行機の操縦なんて初めてだし、リアルフライトシミュレーターで遊んでいる感覚だ。
しかもサポートもあるから事故もしないし、これはいいストレス発散方法を手に入れたぞ。
ただしカノンさんとララーさんはあれ以来一緒に乗ってくれないのは寂しい。
エリーゼ様を誘ったらきてくれるかな?
いや、それともストレスを溜めていそうなダリムさんを一度呼んでみるか。
そんな毎日を過ごしていると、あっという間に約束の二週間が過ぎてしまった。
ギルドにはエストノーラ国王陛下がやってきた。
おじさんではなく陛下の方だ。しっかりと権威を衣と一緒に纏っている。
魔王ディラ様がくるということで、ニーアカルド王国の大貴族と呼ばれる方々も顔を揃えている。
ただしディラ様が堅苦しいのは嫌だと言っているので、挨拶をする機会もないと思う。
おじさんから話が伝わっているとは思うのだが、大貴族として顔を出さない訳にはいかないのだろう。
オーズウォル辺境伯のボーフム様は、今頃自分の領地で食事の準備に大忙しだと思う。
「ダダン騎士爵よ、我々は予定通りこの場所にて待機する。客人をここまで案内するように」
「はっ、仰せのままに」
片膝を付いたままで宰相より収納袋を受け取り、カノンさんとララーさんの三人で最下層へと向かった。




