第三話
鉱山は入り口がクルーとマイナーで別々にわかれている。
監督が指示を出しているクルー達の作業場で、マイナー達に勝手に掘らせない為だ。
マイナー達は各自で掘り進めているので、鉱山内は迷路のようになっているらしい。
そんなマイナー専用の通路を抜け、鉱山内に入ってすぐの場所。
入り口からほんの三十メートルくらいの場所だ。
『この辺り崩落注意』
看板が立っている。
何故この場所にきたのかというと、買取価格表を見た時に色々と鉱石の反応を確かめていたのだが、一番近くの反応がこの場所だったのだ。
そうか。危険な場所だから誰も近付かなくて反応が残っていたのだな。
因みにこの場所で反応が出ているのは魔石だ。魔石は買取価格も良く、しかも周囲の魔石の反応よりも強い光を放っているので、収穫が期待できそうだ。
「おい坊主、そこは危ないぞ?」
近くを偶然通り掛かったマイナーのおじさんが声を掛けてくれた。
そうみたいですね、別の場所に移動しますと愛想よく返事をしておじさんが去った後、ささっと看板の奥へ進む。
確かにランタンの明かりだけでは見え辛いので、魔道具のライトは早めに購入した方が良さそうだ。
立て看板から数メートルのところに反応があるので、いよいよツルハシを振り下ろす。
……岩を掘っている感覚ではない。なんだか説明しにくい気持ち悪い感覚だ。
軽く地面に振り下ろしただけなのだが、硬い粘土に振り下ろしたみたいな手ごたえだ。
そしてこのツルハシで梃子を使って掘り起こすと、ボコボコと掌より大きいサイズの岩の塊が二つ掘り起こされた。
魔石の反応の紫色っぽい光は、掘り起こした二つの塊の中から放たれている。
収納袋に仕舞おうとして、収納袋の口を開けると、掘り起こした岩が二つとも吸い込まれた。
掃除機で吸い取ったような反応だ。これは楽でいい。
魔石の反応は消え去っているので、収納袋に収まっているのだろう。
この収納袋はコンビニの袋くらいのサイズなのだが、どれだけの容量が入れられるのかは不明。
中に何が入っているのかも不明。中身の取り出しも不可という、少々使い勝手に問題のある代物だ。
まぁ重い岩を子供の僕でも持ち運べるという時点で、大変便利な袋であることは間違いない。
収納袋の口を開いて近付ければ、魔石だけではなく、邪魔な廃土も吸い取ってくれる。
このまま収納袋を持ち帰れば、ギルドの方で中身を勝手に仕分けてくれるようなので、作業は非常にスムーズに進められる。
同じように岩をボコボコと掘り返し、何回か岩の破片が跳ね返って僕に当たったのだが、肌に傷は付いていないし痛みも全くなかった。
破片が当たったその瞬間を見ていないと、当たった事に気付けないレベルで感触がなかった。
岩や鉱石で怪我をしないという、指差呼称の効果は本当だったようだ。
今はまだヘルメットなどを装備していないので、万全の状態とは言えないのだが、しっかりと装備を整えて指差呼称確認を行えば、魔物が出てきても問題なさそうだ。
そして何かがおかしい。何だろう、掘削していると体の内から力が溢れてくるような気がする。
気持ちが高ぶってくるというかテンションが馬鹿になったというか――
「何だ、独り言で喋っていても違和感がないくらい、壁に向かってツルハシをぶん回したくなるぞ! フハハー! 何だこの気持ちは!」
炭鉱夫スキルの副作用か何かだろうか? でもそんな事は一言も詳細には書かれていなかったぞ?
傍から見ればちょっと危ないヤツに見えなくもないが、何故かそんな事も全く気にならない。
五メートル程真横に掘り進めて、魔石を更に六つ回収したのだが、掘り進んだ坑道の形に違和感を覚える。
掘っている間は真っ直ぐに掘り進めていたはずなのに、僕が進んできた道は歪な形をしていた。
何気なく掘っていたが、よくよく考えるとボコボコと岩が掘りやすかった場所と、少ししか岩が剥がれ落ちない場所があった気がする。
これは崩落事故に遭わなくなるという指差呼称の効果に関係しているのかもしれない。
この場所は崩落の危険があるみたいだし、崩落しないようにしか掘れないのだろう。
スキルのおかげで怪我をしないと言われても、崩落事故に巻き込まれたいとは思わない。
前方にはまだまだ魔石の反応が出ているのだが、今日はここまでにしておこう。
坑道を引き返してギルド内へと戻ると、ギルドの照明がやけに眩しく感じた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。初めての鉱山はどうだった?」
世間話をしながらツルハシや収納袋などの返却物を渡す。
「あら? 収納袋に何か入ってるわね。ちょっと待っててね。もしかしたら鉱石が見つかるかも」
お姉さんから収納袋を受け取った作業員の男性が、ギルドの奥にある作業場へと消えていった。
「ダダン君、絶対に無茶だけはしないでね?」
「……心に銘じておきます」
「どうして返事に一瞬、間があったのかしら?」
「気のせいですよお姉さん」
「あら。お姉さんだなんてそんな。私はネネットよ。これからも宜しくね」
「はい。よろしくお願いします、ネネットさん」
握手を求められたので応えたのだが、ネネットさんがその手を放してくれない。
「で、危ない事はしていないのよね?」
「はい。初めてツルハシを振ってみました」
うん。嘘は言ってない。僕はツルハシを振っただけだ。
そして振った場所に、崩落注意という看板がたまたま偶然出ていただけだ。
ホントかしらと疑いの眼差しを向けているネネットさんのもとに、先程収納袋を受け取った男性が戻ってきた。
「え、本当に? これを?」
ネネットさんが男性からトレイを受け取る。
そのトレイには初めて見るこの世界の通貨が乗せられている。
「ダダン君凄いじゃない! 上質な魔石が八つも入っていたそうよ!」
「そうなんですか? 良かったです」
「……何だか反応がおかしいわね。アナタ、鉱山に入ってから一時間くらいしか経ってないわよね? そもそもこれを何処で採掘したのよ」
ネネットさんは色々と鋭い。
少々声が大きいので、周囲の目が僕に集まってしまっている。
どうしたものか。正直に言うべきか。
「……あの、僕は初めてツルハシを使うから、周りの人に迷惑を掛けないようにと思いまして」
なるべく少年が言い訳をするような感じを出す。
怒りたくても怒れないように演技をするのだ。
「そしたら、誰もいない場所が入ってすぐ近くにあったから、そこで岩を掘って回収してみました」
「……その場所、看板が出ていなかったかしら?」
「僕、まだ字が読めなくて――」
「嘘をおっしゃい! もー! あれほど無茶をするなって言ったのに! どうして初日にそんな事をするのよー!」
「あの、少し落ち着いてください」
「誰のせいで怒鳴っていると思っているのよ! ……あー、もう。わかったわ。あの場所には二度と近付いちゃ駄目よ! いい? 絶対よ? わかった?」
「はい。わかりました」
僕も崩落事故には遭いたくないので、あの場所にはもう行かないから大丈夫です。
「あの場所は危険だから、もうずっと今のままで放置されていたの。だから魔石が取れやすくなっていたのかもしれないわ」
「そうなんですか?」
「ええ。魔石はちょっと特殊でね、その場所にずっと埋蔵されているのではなくて、突然鉱山の通路や壁にめり込んだように湧いたりする事もあるんだって」
そうなのか。今日初めて魔石の存在を知ったが、鉱山の人でも魔石の事はよくわかっていないみたいだ。
「でもダダン君はもうあそこに近付いちゃ駄目よ。それとこれ、今日のダダン君の買い取り額よ」
トレイには硬貨が五枚乗せられている。
「……これって、幾らなのですか?」
「小金貨が五枚ね。あのねダダン君、こんな事は滅多にないんだからね! 絶対に無駄遣いしちゃ駄目よ!」
「はい。無駄遣いはしません」
小金貨が五枚、か。確か十枚で金貨が一枚だったはず。あの八つの魔石だけで五十万円くらいの価値があったみたいだ。
「じゃあこのお金は無駄遣いしないように、全部ギルドに預けておきましょうね」
「ちょっと待ってください。そのお金で最低限の装備を整えたいので今日はお金をください。それと、何だか小金貨のままだと使いにくそうなので、一枚だけ小さな硬貨に両替してもらえますか?」
「……それは良いけど。本当に無駄遣いしちゃ駄目よ? じゃあこれね、小金貨が四枚と大銀貨が十枚。しっかり確認してね」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「それとダダン君」
「なんでしょうか?」
「初めての報酬おめでとう」
「……ありがとうございます」
何だろう、この気持ち。
報酬を直接こういう形で受け取るのも初めてだし、僕の仕事に対しておめでとうと言われるのも初めてだ。
ちっとも増えない通帳残高を眺めるよりも、遥かに充実感がある。
意外と鉱山での仕事は僕に合っているのかもしれないな。
確かマイナーは毎月の採掘量を競っているのだったか。
一番になると称号や様々な特典がもらえるとネネットさんが言っていた。
住む場所――はあんなに目立つ場所じゃなくてもいいのだが――
エース、だったか。ちょっと本気で狙ってみるか。
「ネネットさん、色々と麓の町で買い物したいので、いいお店を教えてもらえませんか?」
「買い物? ああそうね、じゃあお店の場所とか、買った方が良いものとか、色々紙に書いて渡してあげるね」
「ホントですか? ありがとうございます」
受け取ったメモには小物雑貨店、武具工房、食品店の地図と、数種類の買い揃えた方が良いものが記載されていた。
「ありがとうございました! 行ってきます!」
「大部屋の門限までには戻ってくるのよー!」
初めてのお金を手にして、初めての町を歩くのは少しドキドキする。
――ネネット視点――
「……何なのかしらあの子」
嬉しそうに駆けて行く後ろ姿は少年そのもの。
しかし会話や行動の節々に驚く程の知性を感じるわ。
あの子は広場に大きく張り出されている買取価格表をしっかりと確認していた。
そしてアレがどういったものなのか理解している様子だった。
今日初めて鉱山に来た七歳の少年だとは到底思えないわ。
メモに記入した各種装備もそうよ。
これは何に使うのか、何故必要なのか、色々と質問されるのかと思ったけど、まるでそれらを全て理解しているようだった。
初めてお金を見ると言っていたのに、おおよその物価を理解しているみたいに納得していた。
「……小金貨を見たことのない子供が、どうして小金貨が使いにくいって思うのよ」
両替してくれと頼まれた時には、すぐに返事が出来ない程に驚いてしまった。
私が同じ年頃だったら、小金貨一枚が大銀貨十枚に枚数が増えたら何故だと疑問に思っていたでしょう。既に貨幣の価値を理解しているということよね。
マイナーとして生きていくのは、決して甘くない。
今まで何人もの契約奴隷の人達を、犯罪奴隷に落としてきたのも事実。
上質の魔石なんて、そうそう見つかるものじゃないのよ。
それを鉱山にきて一時間で七歳の少年が採掘してくるなんて……どんな確率なのよ! しかも八つも!
「……一応ギルド長に報告しておきましょうか」
ダダン七歳。貧しい農民の子。所持スキルは炭鉱夫スキルのみ。栄養失調で衰弱。金貨二枚で売られた契約奴隷。
ダダンの情報をまとめて、ギルド長室へと向かった。