第二十四話
エストノーラ陛下と公爵家の皆さんが壇上にあがり、そこに僕も呼ばれた。
そしてこの場でエリーゼ様のお兄さんで、僕の義兄になるリードネルさんと初めて顔を合わせた。
エルノー様に似た爽やかな顔立ちの好青年だった。
陛下が一歩前に出て周囲の視線を集めた。
「各貴族達には通達している通り、第一回目の交易の日に自領の特産物を用意してもらっているが、疑問を抱いている者も多いだろう。これから実際に魔族領との交易で得られる品々の一部を披露する。エリクサーと魔術を無効化する魔石だ」
ワゴンに乗せられたエリクサーと魔石が壇上に運ばれると会場がどよめき、壇上前の人口密度が大幅に上がった。
「これらは交易の手付品として贈られた物で、実際の交易品は想像の遥か上を行くだろう!」
エストノーラ陛下が大袈裟にアピールしているのだが、実際にとんでもない物が渡される予感しかしないし、嘘ではないので黙っている。
当然ドラゴンの涙は秘密にしている。
「そして今日は他にも報告することがある。前へ――」
エストノーラ陛下が促すと、白と黄色を基調にしたドレスに身を包んだエリーゼお嬢様が僕達の前に出た。
「おおー! 病から全快したのは本当だったのだな!」
「凄い! 長い間病床に臥していたなど、言われても誰も信じぬぞ?」
「噂に違わぬ少女だ。この美しさならこれからも縁談が舞い込み続けるだろう」
エリーゼお嬢様の晴れ姿に、貴族のおじさん達もメロメロにされているようだ。
エリーゼお嬢様が僕の隣に立ち、そっと目配せしてくれた。
やられたらやり返す。
エリーゼお嬢様にウインクを飛ばしたら、エリーゼお嬢様は俯いてしまった。
「何をやってる。発表前にいちゃつくな」
「すいません」
「今日この日騎士爵ダダンと、サザーランド公爵家エリーゼの婚約が正式に発表された」
「「「おおー!」」」
再び野太いどよめきが起こった。
エストノーラ陛下が発表するということは、国の意向であり、誰も抗えないということでもある。
日本で考えれば七歳児と十歳の少女の婚約なんて微笑ましく思えるのだろうが、こちらではいたって普通の出来事のようだ。
そして貴族間には派閥があり、この婚約発表でサザーランド公爵派は大いに喜んでいるが、それ以外では難しい顔をしている。
魔族領との交易品の優先権が偏るのは目に見えているからだ。
一目でわかる力関係で、壇上にはおじさんとサザーランド公爵家と僕しかいない。
その後のパーティーではサザーランド公爵派の貴族達が優先的に紹介され、他派閥の貴族や派閥に所属しない貴族も、この機会にサザーランド公爵派に鞍替えする者が多いようだ。
アルフィネア様やエルノー様に紹介されるが、そんなに一度に覚えられる筈もなく、慌ただしく過ごしていると、ポケットに忍ばせていた敵意を感知する魔石がブルブルと震える。
次第に振動が大きくなっているので、今まさに近付いてくる人物が犯人なのだろう。
カノンさんには視線だけで合図を送り、その人物の視界から逃れるようにして、犯人の背後へと移動してくれている。
近付いてくるのはトレイを片手に乗せたウェイター。
アルフィネア様やエルノー様達のグラスを回収し、僕にはジュースをどうぞとグラスを交換された。
そのグラスを持った手首の内側から、細い針のような物が伸びてきたので、手首を捕まえる。
「変わった武器ですね、毒物かな」
「クソ……!」
その場でクルリとひっくり返して地面に取り押さえると周囲が騒然とする。
「カノンさん、ララーさん!」
「こちらは異常ありません!」
カノンさんは周囲を警戒してくれている。アルフィネア様やエストノーラ陛下を狙った賊は居ない様子。
「こっちは一人捕らえたよ」
ララーさんは会場から姿を眩まそうとした男を気絶させて、首根っこを引きずってきた。
おやおやー。優しく優雅に、なるべくお淑やかにと説明したはずだけど。どうなってるのかなー?
以前酒場で襲われかけたので、こういう場所は賊にとってはチャンスだし警戒する必要があると考えていた。
当然指差呼称確認は怠っていない。VIPルームでしっかりと行った。
取り押さえてすぐさまハンカチを口に突っ込み、警備の方に手伝ってもらいながら猿ぐつわを噛ませていた。
小説などでよくある奥歯に仕込んだ毒で自殺を図る、なんてことがないようにと準備をしていた。
「すみません皆さま、お騒がせしました」
騒動に驚いて混乱しているご婦人も多い中、周囲からは鮮やかと拍手で褒められた。
「閣下、こちらの賊をお任せしてもよろしいですか?」
「うむ」
一緒に魔術を無効化する魔石を手渡すと意味を理解してくれたのか、賊の男の懐に忍ばせた。
魔石で転移されたり、他の者からの魔術で殺害されたら困るからだ。
アルフィネア様は嬉しそうに部下へ賊を引き渡していた。
「どこの手の者かは知らぬが愚かな。ダダン騎士爵の腕を見くびるとはのぅ」
「ダダン騎士爵がこれ程優秀なお方だとは思いませんでした。いやぁ、アルフィネア公爵様は良い婿殿を迎えられましたなぁ!」
サザーランド公爵派の貴族達はますます盛り上がっている様子。
「エリーゼお嬢様、大丈夫ですか?」
荒事には慣れていないだろうと思いエリーゼお嬢様に声を掛けたのだが、エリーゼお嬢様からは返事がない。
「……」
「あの、エリーゼお嬢様?」
こちらを見つめてボーっとしていらっしゃる。
「あ、も、申し訳ございませんです。あ、いやその、大変失礼いたしました」
淑女の仮面が剥がれかけたギリギリのところで持ち堪え、少しずつ落ち着きを取り戻しているようす。
「ダダン様の動きがその……物語に登場する勇者様のように華麗でしたのでつい……」
瞳を奪われてしまいましたと小声で言われる。
食事の時にギルドでアルフィネア様を助けた時の話をしていた時も、同じように瞳をキラキラとさせていたので、またエリーゼ嬢の中で僕の株が上がったのだろう。
「スミマセン皆さま、エリーゼお嬢様は少し具合が宜しくない様子ですので、部屋までお送りしてまいります」
よしよしパーティーを抜け出す口実ができたと喜び、貴族の礼の後、エリーゼお嬢様の手を取り部屋へと向かった。
背後からキャーキャーと少女達の黄色い悲鳴が聞こえている。
「すみませんエリーゼお嬢様、パーティーを抜け出す口実に利用させて頂きました」
部屋で着替えを済ませた後、三人でエリーゼお嬢様の屋敷を訪ねた。
「もう、ダダン騎士爵様。あんなことをされては私、困ってしまいます」
「ごめんなさい」
「いえ、そういうことではなくて、ですね。あの場には私のお友達の方々も沢山いらしてましたの。その方々に後でお話するのが大変そうでして――」
お年頃の令嬢も多数参加していたみたいだし、後であることないこと話題に花を咲かせるのだろう。
そしてそういう年頃の娘を紹介される前に逃げたかったので、エリーゼお嬢様を利用させてもらったのだ。
「では、もう少しエリーゼお嬢様を困らせてみせましょうか」
「あの、ダダン騎士爵様、一体なにを――」
戸惑うエリーゼお嬢様の左の掌を取り、薬指にそっと指輪を通した。
「まぁ! なんて奇麗……」
指輪に驚いたようすを見せた後、ウットリと薬指に見入っている。
「少し言葉を崩させていただきますね。えっと僕達はさ、何だかんだと状況に流されて婚約する形になってしまったでしょ? これだとちょっとエリーゼ様に申し訳ないかなって思って」
「そんな、少しもお気になさることではございませんわ」
「うん、それでも。ちゃんと僕から伝えた方が良いと思って形にさせてもらったんだ」
自分の首に掛けたネックレスを取り出すと、ダイヤモンドが一つ輝きを放っていた。
「これはエリーゼ様に渡した指輪のダイヤモンドと同じ場所で取れたものです。同じ場所で取れた宝石でお揃いにするのって、自分で採掘しないとなかなかできないことでしょ? 今の僕にできる数少ないことで、得意分野でもあるから――」
こうして話している間、エリーゼ様はボロボロと涙を零し始めた。
「私、大変嬉しゅう存じます。少し前までは生きることさえ諦めておりましたのに、こんなに――こんなに幸せにさせていただいて宜しいのでしょうか」
「良いと思うよ。僕もまだまだ頑張らないといけないんだけどね」
「おじいさまがお選びになったお相手――望まないお相手と婚約が解消されただけではなく、私自身がお慕い申し上げているダダン騎士爵様と婚約させていただいても本当に宜しいのでしょうか」
「うん。色々と迷惑掛けると思うけど、これからもよろしくね」
椅子に腰掛けるエリーゼ様の前に立ち頭をそっと抱き寄せる。
「……ダダン騎士爵様、そこまででございます」
部屋の隅で待機していたエリーゼお嬢様の侍女さんから、厳しい声と刺し殺しそうな視線が飛んできた。
あくまでまだ婚約の段階だからね。触れるのは駄目なのだろう。
「……こちらは見ないでくださいまし」
エリーゼお嬢様はずっと俯いて顔を隠してしまっている。
そして侍女さんに部屋を叩き出されてしまった。あの人怖い。
「……話にはまだ続きがあったんだけどなぁ」
カノンさんとララーさんもネックレスを取り出すと、小さな宝石が輝きを放っている。
僕達はチームなので、皆で同じ物を共有したかったのだ。
ララーさんは旦那さんを迎えるから指輪はあげないとして、カノンさんはエリーゼ様に申し訳がないから、頂くことすらおこがましいと受け取りを辞退していたのだが、こういう時には便利な言葉、命令をしてネックレスを付けさせている。
まさか自分の分までもらえるとは思ってなかったようで、カノンさんもネックレスを受け取った時には涙を流していた。
これらを加工したのはモルツさんだ。『あのね、ウチは武具工房だよ?』と最近では毎回小言を言われるのだが、手先が器用なので結局作れてしまうのだ。
オリハルコン製の金庫もしっかりと作成してくれたし、何でもできてしまうのだ。
ダイヤモンドといえばコレでしょ? という有名なカット技法と、あまり削らなくて済むカットの技法を、それぞれ図解付きで大まかに説明した。
まさかこんな場面で生前の岩尾時代の知識が役に立つとは思わなかった。
精密な作業が寸分たがわず完璧にこなせているわけではないが、それでもネックレスの宝石は綺麗な輝きを放っていた。
用意された部屋に戻ると、アルフィネア様、エルノー様、おじさんが待機していた。
「やぁダダン騎士爵、随分と皆に見せ付けてくれたね」
「エリーゼを泣かせたらタダじゃ済まさぬからのぅ」
揶揄ってくるおじさんは良いとして、アルフィネア様には先程のことは内緒にしておこう。
「皆さまお揃いでどういったご用件でしょうか?」
僕だけが席に着く。ララーさんとカノンさんは別室で着替え中だ。
「そなたも気付いておると思うが、今日の式典に教会の者は一人も参加しておらぬ。呼んでおらぬわけではなく参加を拒否されておる。つまりこれが教会の答えなのじゃろう」
「王国での回復や解呪を見合わせて、こちらの出方を伺ってくるのでしょうか」
「ああ、そのようだ。王都の方でそういった報告が既に上がってきている。暫くは宮殿の回復スキル所持者で、できる限り対応させるつもりだ」
「うむ。サッテ―ル教会そのものを撤退させることはないじゃろうが、暫くは王国の民に迷惑を掛けるじゃろう」
アルフィネア様は難しい顔で髭を撫でている。
宮殿にはやはりというか、回復スキルの所持者が居るみたいだが、流石に国民全員を治療するのは不可能だろう。
「さらに厄介なことに、睨み合いの膠着状態が続いていた北のオーズウォル辺境伯の戦線で、動きがありそうでのぅ」
「……回復スキルが必要になる状況を強引に作り出す、ということでしょうか」
「バルムヒュッテ帝国の教会が、オーズウォル辺境伯の陣営で教会は手を貸さないと話したのじゃろう」
そこでだ、とおじさんが話を続ける。
「ダダン騎士爵には北のオーズウォル辺境伯の地に向かってもらいたい」
渡していた魔術を無効化する魔石を手渡された。
「待って待って。待ってください。素人の僕には戦争なんて無理です。行っても邪魔になるだけですよ!」
「壊滅させてこいと言っているわけではない。エリクサーを持って行き、砦で待機してくれるだけでいい」
おじさんが言うには、魔族領との交易が始まる二週間後まで、ひたすら防御に徹する作戦らしい。どうしても大きな怪我を負ったものにはエリクサーを使ってやってほしいと頼まれた。
エリクサーだけを送るわけにもいかないので、僕に行ってほしいと頼んでいるようだ。
そしてオーズウォル辺境伯領の周辺貴族達には既に声を掛けていて、兵士の数が揃えば帝国も早々迂闊に手は出せなくなるだろうという。
「ダダン騎士爵が素人だというところには敢えて触れないが、あの動きができる人物が砦で待機していて、怪我をする状況がちょっと思い浮かばないのだがなぁ」
それでも返事を渋っていると、エルノー様が初めて口を開いた。
「頼む、妻の故郷に手を貸してやってほしい」
深々と頭を下げられた。テトナ様はオーズウォル辺境伯家から嫁にきたのだろう。
「その言い方はズルいですよ……」
「ズルいと思ったから最後まで言わなかったんだ」
お義父さんになる人の頼みだからなぁ。
仕方がないので幾つか条件を付けて参加を決める。
「……王都には名店と言われている、美味しいお店や甘味処が沢山ありますよね。そこのカルステッド鉱山支店を早急に出してくれるなら」
「ブッ、ハハハ! 安い条件だなー。貴族が頼むことじゃないがいいぞ、約束しよう」
おじさんが笑いながら了承してくれた。
オーズウォル辺境伯には今から知らせるそうだ。到着時間の確認などを行っている。
ギルドに戻る転移魔石六つ。辺境伯領に向かう転移魔石が三つ。サザーランド公爵家に向かう転移魔石三つを渡される。
そしてそれらを入れる収納袋を渡された。
「……良いのですか? なんだか色々ともらい過ぎな気がしますが?」
「構わん。本来なら騎士爵が参加するいわれのない戦争だ。転移魔石で逃げ戻っても何も問題はないので絶対に無茶はしないでくれ。そして七歳の少年を戦地に送り出さなければならない我々の不手際を許してほしい」
おじさんに頭を下げられてしまう。
仕方がないなーと呟きながら、机に積まれているお菓子を収納袋に入れていたら、おじさんに髪をガシガシとされてしまった。
「無事に戻ってこい」
「ええ。そりゃもちろん」
部屋を出てカノンさんとララーさんにも、予定を伝えに向かう。
「ダダン騎士爵様!」
二人の部屋の前では既に準備を終えたカノンさんとララーさん、そして話を聞いたのだろう、エリーゼお嬢様が駆けつけていた。
今にも泣き出してしまいそうに、胸の前で指輪が輝く手を祈るように組んでいる。
そんな顔をされると困ってしまう。
「エリーゼお嬢様に泣かれてしまいますと、僕はアルフィネア公爵様に怒られてしまいます。どうか笑顔でお見送りしてください」
「……どうか、どうかご武運を」
涙を堪えて、精一杯の笑顔を見せてくれる。これは頑張らないとな。
「行ってまいります」
VIPルームで準備を済ませる。
何が起こるかわからないので、ヘルメット、ニッカポッカ、安全靴はしっかりと装備。
それに加えてツルハシも背負い、金庫からエリクサーとドラゴンの涙も全部取り出し、着替えと一緒に収納袋へ放り込んだ。
いざ出発しようとしたらダリムさんがVIPルームに飛び込んできて泣き付いてきた。
「副所長、待ってくれ!」
「……忙しいんですけど?」
「頼む! 困ったことになっているんだ、力を貸してくれ!」
……僕はもう副所長になってしまったのか?
僕が叙爵した経緯を知った今、我先にと屋敷や店舗を構えようと、大勢の貴族や大手商会の手の者が麓の町に集まっているらしい。
麓の町で土地の奪い合いや地価の高騰が起こり、手が付けられない状況なのだとか。
「そんなの、店舗を優先して町の中心に固めればいいと思いますが?」
「貴族の方々が、自分達の屋敷を町の中心にしないでどうする、サザーランド公爵家の屋敷は中心部に建設中ではないかと譲らないんだよ」
金を落としくれるのは有難いのだが、貴族ってめんどくさい人達だな。
じゃあ、と羊皮紙のスクロールにペンで町の大まかな地図を描く。
「これからは住人も人通りも今より大幅に増えると思いますから、中心の大通りを一気に拡張しましょう。今の住人の方達には迷惑が掛かると思いますが、迷惑料は貴族の方達から巻き上げればいい」
「無茶を言うな」
「それと貴族の屋敷は中央じゃなくて一番端です」
地図の端、鉱山に近い高台に印をつける。
「高台から町全体を見渡せる位置にまとめて建てさせます。その方が観光で町にきてくれた人達にもウケがいい。精々立派なお屋敷を建てていただきましょう」
「……なるほど」
「貴族なのだから平民達を見下ろす場所に家を建てた方がよろしいですよ。それともまさか平民達に上から見下ろされる位置に屋敷を建てたいのですか? とか適当に言えば大丈夫ですよ」
「……むう」
ダリムさんはウンウンと唸りながらスクロールと睨めっこしている。
「……よしわかった、それでいこう」
「ではカルステッド鉱山長、後は頑張ってください」
気のせいか白髪が増えている感じがするダリムさんと別れ、約束の時間通りオーズウォル辺境伯領に向かった。




