第二十話
ひと通り歓談が終わったところで、いよいよアルフィネア様から話題が振られた。
「さてララー殿、えらくおキレイになられたようじゃのぅ」
「ア、アハハ、ありがとうございます……」
「キレイなお方だとは思っとったが、ドレスを着るだけで十歳以上も若返って見えるもんかのぅ」
「い、いやー褒められ慣れていませんので……」
ララーさんは嘘を吐くのが苦手らしい。
しどろもどろで全然誤魔化せていない。
恐らくアルフィネア様にはダリムさんから報告があったのだろう。
隠し通すのは無理そうなので、正直に話すしかなさそうだ。
アルフィネア様以外は何のことだか全然わかっていないようなので、事を荒立てないように話し始めた。
「効果のほどを確かめる為に、ララーさんにはドラゴンの涙を飲んでもらいました」
「……それは何だい?」
エルノーさんは御伽噺を覚えていないようだ。
「お父様、ドラゴンの涙は御伽噺『赤いドラゴンと異国の勇者』に出てきますわ」
「おー! エリーゼは物知りだなー」
「はい! 勇者様がお倒しになられたドラゴンが落とした涙の宝石で、呪いによって老婆にされてしまわれた王妃様が、若くて美しい姿にお戻りになられる物語ですのよ」
エリーゼ様から物語を聞かされていたエルノー様の笑顔が固まってしまった。
「……つまりララーさんはそのドラゴンの涙を飲んだ、ということかい?」
「ハハハ……ハイ。飲みました」
「本当に失礼なのだがララーさん、お歳を伺っても宜しいかな」
「三十二歳です」
「「エエ―――!」」
アルフィネア様の奥様とテトナ様が身を乗り出して驚いている。
「もうございませんの? お願いいたします! 私にもお譲りくださいませ!」
「私にもいただけませんか! 若さを取り戻せるなんて! ああダダン様お願いいたします!」
お二方が席を立ちあがってグイグイと詰め寄ってきた。
目が怖いのです。噛みつかれそうなのです。
「落ち着かんか二人共! それでも公爵家の女か、恥を知れ馬鹿者!」
アルフィネア様が喝を入れると、お二方はやっと正気を取り戻されたようで、大変申し訳ございませんでしたと優雅に席へと戻った。
眼光は鋭いままだ。
「……ダダン君、そのドラゴンの涙はもうないんだよな? 一つしか入手できない物なんだよな?」
「いえ」
懐から取り出した涙型の小瓶を机の上に置いた。
報告することもあるかと思い、一つだけ持ち込んでいたのだ。
他は全てモルツさんが作ってくれたオリハルコン製の金庫に仕舞ってきた。
ご婦人方の視線が小瓶に張り付いている。
「またとんでもない物じゃな。これは流石に陛下にも公表できる物じゃないわい」
アルフィネア様も頭を抱えている。
「エリクサーだけでも危ういというのに、こんな物が実在するとわかればすぐにでも戦争になるぞい」
エルノー様も同感なのか頷いている。
「今の二人を見てもらえばわかると思うが、これは人を変えてしまう代物じゃ。世に出さん方がええ」
確かに。あんなにも優雅だったお二方が一瞬で取り乱された。
お二方も気付いたのか反省している様子で小さくなっている。
「今この場所で若返らせた後のことを考えてみるのじゃ。影響力のある公爵家の者が若返ってしまえば、話題が一気に国中に広まってしまうじゃろうし、それは王国だけに留まるとは思えん。他国の支配者の耳に入れば、国を挙げて奪いにくる可能性もあるじゃろう」
独裁国家のような国なら、永遠の若さを求めてすぐにでも戦争を引き起こしそうだ。
「ダダン君よ。できればそのドラゴンの涙は封印してくれぬか」
「はいわかりました。こちらは全て封印させていただきます」
ドラゴンの涙を懐に戻す際には、二人のご婦人が名残惜しそうに眺めていた。
「ドラゴンの涙が存在したということは、呪いの類も存在するのでしょうか?」
「ダダン君は知らなんだか。呪いは割と頻繁に起こるぞい?」
「そうなんですか? 存じませんでした」
違和感を感じる程度の小さな呪いから、それこそ死んでしまうような恐ろしい呪いまであるという。
ドロップアイテムや古代遺跡で見つかる装飾品などで、呪われている物が多いらしい。
所有したり身に付けたりすると呪われてしまうそうだ。
逆に呪術師が対象に呪いを掛けると言うのはあまり聞かないらしい。
そして解呪には聖女という専門の方が居るそうで、サッテール教会というところに所属しているらしい。
「聖女はサッテール教会の象徴として扱われておる」
回復、解呪、浄化のスキルを持つ女性は、聖女として各国の教会に高待遇で迎えられるそうだ。
ここで以前から知りたかった回復の話題が出たので詳しく聞いてみた。
エリーゼお嬢様に施術された回復魔法というのは、学院で覚えられる魔法なのだが、一握りのエリートしか発動させられないという。
回復魔法使いは絶対数が少ないそうだ。
対して回復スキルは先天的に所持している人と、スキルスクロールで覚える方法があり、魔法と効果は大差がないのだが、スキルは何も使用せずに発動が可能なので、スキルの方が優秀なのだそうだ。
もしもの時の為に回復スキルは欲しいのだが、人気のスキルスクロールなので市場に出回ることはないという。
「話を戻そうかのぅ、サッテール教会の現教皇の孫が優秀らしくて、回復、解呪、浄化の三つのスキルを所持しているそうじゃ」
「それは凄いですね」
恐らくだが、教皇が孫の為に権力を使ってスキルスクロールを集めさせたのだろう。
「その孫のおかげで現教皇の影響力はかなり強いのじゃ。各国から要請を受けて派遣先で精力的に活動しておるそうじゃが……教会にはあまり良い噂を聞かんのぅ」
宗教の事はよくわからないが、『各国からの要請』というところで、色々な思惑が絡まり合ってそうだ。
無償で派遣しているわけではないのだろう。
数の少ない回復術師、回復スキル持ちを教会が独占しているのだとすれば――アルフィネア様が複雑な表情をしているわけだ。
もう少し聖女と教皇の孫について話を聞こうと思ったのだが、エリーゼお嬢様が少し不機嫌になっていることに気付いた。
何が悪かったのだろうかとララーさんとカノンさんにも視線で尋ねてみた。
「ダダンは乙女心がわかっていないのよ」
ララーさんに揶揄われてしまった。
どうやら教皇の孫にばかり関心を寄せていたのが駄目だったらしい。
最後にワインズマン伯爵の話を聞かされた。
アルフィネア様が話を聞き出してくれていたのだが、……まぁ拷問的なアレだろう。
その話ではサッテール教会からエリクサーの話を持ち掛けられて行動したらしい。
ただしサッテール教会が関与した証拠というのは見つけられなかったそうだ。
これでは教会を追い詰めるのは難しいだろう。
なるほど、今後は教会の動きに注意する必要がありそうだな。
そしてその後のワインズマン伯爵の話を聞かないので、恐らくもうこの世にはいないのだろう。
最後は難しい話になってしまったので、エリーゼお嬢様が少し退屈そうだった。
食事会がお開きになる時に申し訳なかったと謝りに行こうかと考えていたら、逆にエリーゼお嬢様がこちらにやってきた。
「今日は楽しいお話が沢山聞けて、本当に楽しゅうございました。今度は私がカルステッド鉱山に遊びに伺ってもよろしゅうございますか?」
「勿論ですよ。いつでもお待ちしております」
最後に挨拶をすると、華が咲いたように喜んでくれた。
そしてエルノー様とテトナ様は困惑されていた。
帰りも三つの転移魔石が渡された。
また遊びにおいでと言われ、みんなとお別れをした後、転移魔石でギルドへと戻った。
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サザーランド公爵家ではエルノーとアルフィネアが別室へと移動していた。
「アレがワシの話していたダダン少年じゃ。実際に話してみてどう思ったかのぅ」
「正直面食らいました。本当に七歳なのでしょうか?」
「ああ間違いない。貧しい農民の子じゃ」
「採掘や魔物を討伐する実力は勿論ですが、話し方など人を惹きつける魅力があると感じました。頭の回転も早そうでギルドの武装解除の話では度肝を抜かれましたよ。用意周到で七歳の少年にできることではありませんよ」
食事のシーンでも、と話を変える。
「鉱山で働く七歳の子供だと聞いていましたので、それこそ貪るように食べるのだと思っておりました」
「ああ、たまげたのぅ。マナーを教わっておったが、独自のマナーも身に着けておるようじゃった」
「何処かで食事の作法を学んだのでしょう。村や鉱山の誰かから学んだのでしょうか?」
「わからんが、初めて見る作法じゃった」
二人はダダンのナイフやフォークの使い方、置き方、ナプキンの使用方法に至るまで、隅々をチェックしていたのだ。
「そしてキレイに食べるね、と話を振った時も驚かされました。こちらがマナーを観察していることに気付いていたのでしょう。冗談で躱されてしまいました」
「処世術も備えておるのじゃろう。途中からエリーゼを楽しませるためにわざと大袈裟に振る舞い始めおったわい」
「ええ、演劇を見せられているようでしたね。少年が一生懸命演じてる姿を見るのは和みましたが――」
「ワシらからすると、考えて演じておるのだとわかっておるから、恐ろしい活劇じゃったわい」
見せ方が上手かった。
溜める間合いが絶妙だった。
臨場感のある話し方だった。
自分達が見たことがない表現方法だった。
二人はダダンの演劇を思い出しながら、むぅ、と唸り声を上げている。
「学院に通っているリードネルも優秀です。公爵家の長男として私達の思想を受け継ぎ、立派に成長しています。……ですがダダン君と比べてしまうと、どうしても足りない部分が見えてしまいます」
「学院の知識や世間の常識の面ではリードネルの方が長けておる。じゃが、人に教えられること以外の方面ではのぅ」
一日二日で覚えられることではない。
それこそ彼はどうやって身に付けたのだろうか。
リードネルがエルノーの跡を継ぐというのは今後も変わらない。
エリーゼと婚約させたとしても、その事実は変わらない。
だが、今のままダダンが活躍を続けるとそれを良しと思わない者が出てくるかもしれない。
アルフィネアとしてはダダンには将来、リードネルのサポートをしてくれるとありがたいと考えている。
「カルステッド鉱山の町の改善点でも意見を聞いておる」
以前よりダリムからも指摘されている『商店と娯楽の不足』の部分だ。
特に甘味処甘味処とうるさかったと思い出し、こんな部分を見るとやはり子供なのだと和まされるが、彼の要望は的を得ている。
早急に働く者達の金の使い道を用意する必要があるのも事実だ。
商人達の手配は済ませてあるので、これからどんどん人が集まるだろうとアルフィネアは予測している。
「父上はダダン君を今後どうなされるおつもりですか?」
「難しいことを聞くのぅ」
彼は権力を持ちたいという様子がなく、というよりもむしろ貴族にはなりたくなさそうである。
今は鉱山に集中することに生きがいを感じているようだった。
ダダンが頑張ることで町が大きくなる話をした時には、凄く嬉しそうにしていた。
カルステッド鉱山が今よりも需要が高まるのは目に見えているので、将来的には大きくなる麓の町をエリーゼとダダンに任せるのはどうかと考えている。
エリクサーの存在については何とかするしかない。
幸いダダンの人柄なら、どうしても必要な場合なら頼めば用意してくれるだろうし、欲がある訳でもなく報酬を求められることもない。
アルフィネアとしてはお金で解決できるのが一番有難いのだが、ダダンはお金を必要としていないので非常に厄介である。
今はダダンの要望である、町の発展に全力を尽くすしかできることはなさそうだと結論付けた。
「それであの父上、ドラゴンの涙はどうしましょう」
「アレなぁ……アレは、どうしようかのぅ……」
二人で頭を悩ませるが解決策は全く浮かばない。
陛下に報告しない訳にはいかないのだが、報告するわけにもいかない。
広く静かな部屋で時間だけが重苦しく流れた。




