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第十九話


 ギルド長室で仕事をしているダリムさんのもとへと向かった。


 「報告があるのですが宜しいですか?」

 「……あまり聞きたくないな」

 「そう言わずに聞いてください。胃が痛くなる話ともっと胃が痛くなる話。どちらを先に聞きたいですか?」

 「報告を聞く前から胃が痛いよ……」


 ダリムさんは胃を押さえて猫背になっている。

 

 「エリクサー飲みます?」

 「やめてくれ。そんな物を飲んだら胃に穴が開いてしまうよ!」


 そんなことはないと思うのが、さっさと報告を済ませることにする。


 「下層を掘り進めているのですが、龍の背中の中を魔石が移動しているようです」

 「馬鹿な! 間違いないのかい?」

 「はい。転移魔法陣のスクロールに戻った時に、周囲の魔石が穴の最下層へ向かって集まっているようでした」

 「……魔石が地上へ上がってくる可能性もあるんだな?」 

 「今は何とも言えませんがゼロではないと思います。掘り進めた穴の周囲の魔石は、とりあえず撃退しておこうと思います」

 「そうだな。それで様子をみてもらえるかな。……因みにそれは胃がもっと痛くなる方だよな?」

 「違います」


 勘弁してくれよとダリムさんが蹲ってしまった。

 言うよりも現物を見せた方が早そうなので、机の上に涙型の小瓶を置いた。

 ダリムさんは小瓶を不思議そうに眺めている。


 「綺麗な小瓶だね。初めて見る物だけどこれは何だい?」

 「最下層でドラゴンが落としました」

 「ドラゴンを倒したのか! ホントに? 信じられん……」


 まずはドラゴンを倒したことに驚かれた。

 まさかドラゴンまで倒してしまうとは――とブツブツ呟いていたダリムさんは、気付いてしまったようでどんどん顔色が悪くなってきた。


 「……岩石のドラゴンじゃないよな?」

 「赤い岩石のドラゴンでしたね」


 ダリムさんはまたソファーに蹲った。


 「まだその小瓶の効果は試していませんが――」

 「お願いだから、お願いだから試さないでくれ!」


 懇願されてしまった。


 「これは世に出回ってはいけない物だから、私は見なかったことにする。ドラゴンの涙なんて私は知らない!」


 ドラゴンの涙だなんて一言も言っていないのだが、ダリムさんの中でも確信があるのだろう。

 現実逃避を続けるダリムさんに明日からの予定を伝えながらギルド長室を出た。

 ダリムさんはソファーに蹲ったまま微動だにしなくなっていた。



 VIPルームに戻ってきたのだが、ララーさんがドラゴンの涙に興味津々だ。


 「アタシが飲んでみて試してみるわよ?」

 「危ないですよ。まだ中身がどんな物なのかわからないのですよ?」

 「でも御伽噺だと若返るわよね?」

 「老婆が若返るのですよ? 今のララーさんが飲めば胎児まで若返ったりしませんか?」


 そうなったらエリクサーを飲ませる事もできない。


 「それに呪いを解くだけの薬かもしれませんよ?」

 「それならそれでいいじゃないの。じゃあ飲むわよ?」

 「待って、ちょっと待ってってば。勢いに任せ過ぎです! 飲むにしても明日エリクサーの予備を数本準備してからにしましょう!」

 「……わかったわよ。明日まで待つわ。でもアタシが若返ったらダダンがドキドキするような美少女になるわね」

 「……若返っても結婚はしませんから」

 

 はっきりと念を押しておかないと面倒なことになる。

 そうでなくとも嫁関係は今後面倒になるのに、話がこじれるのは勘弁してほしい。


 「ダダン様にお願いがあります。エリクサーやこのドラゴンの涙を沢山持ち歩くのは宜しくありません。この部屋で保存する許可をいただきたいのですが宜しいでしょうか?」

 「そうだね、考えてなかったよ」


 液体の入った瓶を何本もバックパックに入れて持ち歩くのは駄目だ。

 割れるしガチャガチャうるさいし。

 この部屋は安全だが万が一の事を考えて、金庫でも買いに行こうかな。

 いや、麓の街の雑貨店には金庫なんて置いてなかったし、モルツさんに作ってもらった方が良さそうだ。


 「明日の朝モルツさんに相談に行きましょう」

 


 モルツさんのお店にきたのだが、今日も工房で家具を製作していた。

 VIPルームに置きたい金庫の話をして、この世界の金庫がどのような物なのか聞くと、だいたい魔術式だという。

 魔術式というのがどんなものなのかはVIPルームの仕様で想像がつく。

 しかしそんな物は作れないとモルツさんに言われたので、地球産のディンプルキーの説明を軽くした。

 そんなに詳しいわけではないので大まかな仕組みしか話せなかったのだが、それでもモルツさんが凄く食いついてくれた。

 絶対に破られない金庫ということで、オリハルコンで作成してもらう。

 材料は自分達で採掘してギルドで購入してくるからと説明して、それまで設計をお願いしておいた。



 「さぁダダン! ドラゴンを倒しに行くわよ!」

 「え? ララーさんは瓦礫の撤去ですよ?」

 「そんなの後よ! 明日明日! 今日はエリクサーの回収とドラゴンの討伐よ!」


 ララーさんの張り切りようが怖いので、一緒にきてもらうことになった。


 「どりゃー! ドラゴンの涙を寄越せー!」


 ララーさんがハイテンションのままツルハシを振り回し、ドラゴンを討伐していく。


 「……ララーさんの頑張りようがちょっと怖いです」

 「普段のダダン様もさほど変わりませんよ?」

 「そうかな……あんなに高ぶってはいないと思うのですが――」


 カノンさんと会話している間も、ララーさんは一体、また一体とドラゴンを討伐している。

 虹色魔人が出た時だけ三人で攻撃して、結局この日は合計でドラゴンの涙が十二本、エリクサーが十本手に入った。

 ここまで量産されるとありがたみも減る。

 いっその事領の特産品にでもすれば良いのではと思えてきた。


 ここまでララーさんに頑張ってもらって、やっぱりドラゴンの涙を使うのはよしておこうとは言えない。

 どうしても飲みたくて頑張ってくれたのだろうし、ここは腹をくくるしかなさそうだ。


 

 ギルド長室へ顔を出し、VIPルームへ誘った。


 「……急に誘うなんて怪しいな」

 「そんなことはないですよ。たまにはみんなで宴会でもどうですか? 飲み物も用意しておきますよ?」

 

 ちょっと小さい小瓶ですが。


 「ダダン君、私も行っていいかしら?」

 「勿論です。ネネットさんにもいつもお世話になっていますから」


 そんな感じで二人を確保し、VIPルームへと招待した。

 カノンさんには飲み物やおつまみを用意してもらっているので、宴会というのは全くの嘘ではない。

 みんなが席に着いたところでララーさんがドラゴンの涙の小瓶を手にして立ち上がった。


 「じゃあ飲むよー!」


 ショットグラスで一気飲みでもするかのように、勢いをつけている。

 ダリムさんは頭を抱えている。


 「どうなっても知らないぞ! きっと凄く不味いぞ! それでも飲むのか?」

 

 結果を知るのが怖いようだ。

 ララーさんがグイッと小瓶を飲み干したのだが、ダリムさんの言う通り激マズだったらしく、酷くむせている。


 ……ララーさんの容姿は特に変化がない。


 「は……ははは。良かった、若返りの薬ではなかったみたいだな。御伽噺の薬は解呪の薬だったんだ! いやー良かった!」

 「ちっとも良くないわよ! アタシは凄く楽しみにしていたのよ! マズい液体を飲まされただけじゃないの! 期待していた分ショックが大きいよー」


 二人のリアクションは対照的だった。

 そのまま大人達はアルコールを飲み始め、宴会が盛り上がり始めた。

 カノンさんが料理ばかりしていて宴会に参加できていないので、程々でいいからと席に座らせた。 

 まぁたまにはこういうのもいいかな。


 そろそろ日付が変わるかも、という時に事件は起こった。


 「……何だかララーさん若くなってない?」

 「なによーダダン、ジュースで酔っぱらってんのー? もっと飲め飲めー」

 「飲め飲めー」

 「ネネットさんも飲み過ぎですよ? いや、そうじゃなくて明らかに肌とか瑞々しくなってるし、髪も艶々になってるし」

 「何だよー口説いてんのか、よし結婚しろ結婚ー」

 「そうだそうだ私と結婚しろー」


 駄目だ。酔っぱらい相手では会話にならない。

 ララーさんの若返りには、シラフの僕とカノンさんしか気付いていない。

 ダリムさんは早々に眠ってしまっているし、酔っぱらいの二人は手が付けられないし。

 ドラゴンの涙はエリクサーのような即効性の薬ではなく、効果が出るまで数時間掛かるようだ。

 暫く様子を見ていると、遂に酔っぱらいの二人もダウンして寝始めたので、カノンさんと二人でエリクサーを手にしたままララーさんの観察を続けた。

 夜明け前まで待ってみたが子供にまで若返るようすもなく、十代半ばから十代後半くらいの、成長期が終わったくらいにまで若返ったところで止まっている。


 目が覚めた三人は、ララーさんを見てどんな反応をするのだろうか。


 「僕達も少し寝よう」

 「そうですね」


 色々と疲れたので少しの間仮眠することにした。


 VIPルームが朝から騒がしかったのは言うまでもない。

 このことは誰にも言わないようにと約束させられ、ララーさんの容姿については化粧で誤魔化しているだけだと、少々無茶な言い訳を通すことになった。




 二週間後、若返ったララーさんの頑張りのおかげで、無事に崩落事故の瓦礫の撤去作業が終了した。

 この後はクルー達の手によって、坑道内の補強作業が行われるらしい。

 それと時を同じくして、注文していた服と公爵家からの食事の招待状が一緒に届けられた。

 仕立て屋さんも公爵家からせかされていたのだろう。納期が決められていたようだ。

 招待状には転移魔石が三つ同封されていたので、VIPルームにて着替えを済ませて、指定された時間通りにサザーランド公爵家へと向かった。


 到着したのは公爵家の一室。 

 転移専用の部屋のようで、執事さん達が勢揃いで出迎えてくれた。

 黒の礼服のような正装の僕。

 髪色に合わせたのか水色っぽいタイトなドレスに身を包んだララーさん。

 そしてこちらも髪の色に合わせたビスケットような色で、ふんわりとしたドレスのカノンさん。

 僕が二人をエスコートする形で執事の方に案内される。

 ……正確に言うと捕らわれた宇宙人のアレだ。

 案内された扉の奥では、アルフィネア様と、そのご婦人。

 そして二人よりも若い夫婦が待ち構えていた。


 「よくきてくれたのぅ」


 アルフィネア様が出迎えてくれたので、事前にカノンさんに教わった通りに挨拶を返した。

 カノンさんが居てくれて良かった。僕にはこういう知識はまるっきりないので非常に助かる。

 ララーさんは少々ぎこちなさそうに挨拶を返している。

 初めてドレスを着ると言っていたので、もう少し頑張ってもらおう。

 その様子を見ていたアルフィネア様も戸惑っているようだ。

 恐らく挨拶のことではなく別の要因なのだが。


 「ダダン君」


 生前の僕と同い年くらいの男性、恐らくサザーランド公爵家の次期ご当主様で、エリーゼお嬢様のお父さんだ。

 若くてもしっかりと威厳を備えている方だ。


 「私はエルノー、そしてこちらが妻のテトナだ。この度は娘を助けて頂き、本当に感謝している。ありがとう」

 「本当にありがとう存じます! 本当にこんなに小さな体で――感謝のしようがありませんわ」


 優雅に優しく抱きしめられた。


 「さぁ、エリーゼもご挨拶なさい」


 テトナ様の背後に身を隠していたエリーゼお嬢様が姿を現した。

 歳は僕よりも三つ上の十歳だというので身長は僕よりも高い。

 金色の髪がそんなに長くないのは、恐らく病床に伏していたことが関係しているのだろう。

 これから伸びるので全く気にはならないが、そのフワフワとした髪には真っ赤なリボンが乗せられている。

 そしてリボンとお揃いのドレスの裾をちょこんと摘まみ挨拶してくれた。


 「ダダン様初めまして、エリーゼと申します」

 「初めましてエリーゼお嬢様、ダダンと申します」


 これが初めての挨拶となったのだが、アルフィネア様に嫁にと言われていた為か、少し緊張してしまった。

 計四十年近く生きていて、何をやっているのだか。


 「この度は病から救っていただき、誠にありがとう存じます」


 それだけ言って恥ずかしくなったのか、またテトナ様の後ろにささっと隠れてしまった。

 テトナ様が普段はこんな感じではないと教えてくれたのだが、青いクリクリとした目を潤ませているので、これでも精一杯だったのかもしれない。


 「皆さまのお力になれて良かったです」


 挨拶を返したらまた隠れられた。

 何だかたまにしか会えない親戚の娘さんと会っているような感覚だ。

 エリーゼ様は確かに可愛らしい、お人形さんのようなお嬢様だ。

 しかし合計で四十年程生きている僕から見ると、どうしても子供を見るような目で可愛いと思ってしまう。

 こんな状態で婚約などして今後やっていけるのだろうか。


 そして本当であればもう一人、長男でエリーゼお嬢様のお兄さんが居るそうだ。

 現在学院に所属していて、寮生活の為に今日は不参加らしい。

 将来義兄になるかもしれない方だ、会ってみたかったな。    


 そのまま食事の流れになり、マナーの面で少し苦労させられた。

 カノンさんはご両親から躾けられていたのでしっかりとできているが、ララーさんは付け焼き刃で少し教えただけなので、食事と格闘しているようだった。

 僕はと言うとカノンさんから教えられたマナーと一緒に、生前の食事マナーが出てしまっている感じになってしまった。

 それ程おかしくはなさそうなので良しとしておこう。

 アルフィネア様からも食事前にマナーは気にするなと言われていたからだ。

 しかし僕の食事の様子は公爵家のみんなに凄く見られていた。

 もしかして色々エリーゼお嬢様の婿としてチェックされていたのかもしれない。

 ここは誤魔化すしかなさそうだ。


 「こんなに美味しい食事を食べたのは初めてです」

 「ハハハ、それにしては綺麗に食べるね!」


 エルノーさんに驚かれてしまった。


 「鉱山の七歳の子供だと聞いていたから、どんな食べ方をするのかと思っていてね。もっと七歳児らしい食べ方をすると思っていたんだよ」

 「ではダンスでも踊りながら食べましょうか?」

 「そんな子供はいないよ!」


 一同が爆笑してくれたので、この危機は乗り越えられたのだろう。

 食事中の話題は鉱山のことがメインだ。公爵家の方々は鉱山を運営していても、鉱山の詳しい話題など普段は聞かないのだろう。

 僕達の話に興味津々だ。ララーさんとカノンさんも話せることは話すし、話しても良いか迷うような内容なら僕の方に話題を振ってくれる。

 エリクサーの入手方法は知らせてあるので、実際に入手した時の話をすると、エリーゼお嬢様は舞台を観戦しているようにハラハラドキドキしながら話を聞いていた。


 「それで? それでその後はどうなさいましたの!」

 「これエリーゼ、はしたのうございますよ」

 「も、申し訳ございません」

 

 淑女のなんたるかをテトナ様に教えられるくらいには興味を持ってくれたようだ。

 そんなふうにシュンとされると逆に焚きつけたくなる。

 ギルドの武装解除のシーンでは、ナイフをツルハシに見立てて大立ち回りを演じると、エリーゼお嬢様は喜んでくれたが、アルフィネア様に呆れられてしまった。


 僕は七歳児なので、これくらいは許してもらえるだろう。


 「お父様お母様、私もカルステッド鉱山に行ってみたいですわ」


 どうやら焚きつけ過ぎたらしい。

 エルノー様とテトナ様が困惑されていた。

 エリーゼお嬢様は諦めきれない様子で、今度はアルフィネア様に視線を送っている。

 ……アルフィネア様はすぐに陥落しそうだ。お孫さんに弱いのだろう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] これは情報が漏れると戦争が起きても仕方ないレベル
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