第二話
本当に無意識だった。指が勝手に動いたと言ってもいい。
スキルボードに表示された炭鉱夫スキルの下側に、何もないスペースがあったから、何かあるのかと確かめる為に、スキルボードを人差し指でフリック入力してみたのだ。
すると長い空白部分が続いた後、スキルボードの最下部に、次のページに行く為なのか『→』が表示されたので、今度はこの矢印をタップしてみた。
長々と文章が表示されていたのだが、ここには炭鉱夫スキルの詳細が書かれているらしい。
まず一番上に表示されているのは『指差呼称』。
指差呼称で装備品の安全確認を行うと、崩落事故に遭わなくなるらしい。
しかも岩石や鉱石で怪我をしなくなる、有毒ガスや高熱ガスなど人体に影響のあるガスや毒物を無効化できるらしい。
そして採掘した鉱石や宝石、魔石などが傷を付けず奇麗な状態で掘り起こせるそうだ。
大きな声で指差呼称確認を行うことで効果が発揮され、その効果は十二時間持続するらしい。
なんだこれは。鉱山での危険を全て排除できるようなスキルじゃないか。
指差呼称っていうのはアレだよな。現場作業の人達がみんなでやる『右よーし!』ってヤツだろ?
そんなので効果が発動するのか?
スキルの詳細はこれだけではない。
『探知』を行うと任意の鉱石や宝石、魔石などの位置が判別できるようになる、と書かれている。
この鉱山ギルドでは鉱石の買取価格表が大きく表示されている。
様々な種類の鉱石名が書かれているので、その中の『ミスリル』を、探知を意識して探してみた。
ギルドの受付カウンターの奥、職員が作業している手元がピカピカと白く光っている。
その他にもギルド奥に続いている鉱山の方でも、無数の白い光が輝いている。
輝き方にも違いがあるみたいで、強く発光している場所、薄く発光している場所、その光の大きさもバラバラだ。
これは埋蔵量や鉱石の質などの違いが出ているのだと思われる。
ミスリル以外にも買取価格表に表示されている鉱石を探知でチェックしてみると、鉱山の至る所で反応していて、まるでクリスマスツリーのイルミネーションみたいに鉱山全体が輝いていた。
久しぶりに見た美しい光景に目を奪われてしまったが、スキルの詳細にはまだ続きがある。
ツルハシを装備すると攻撃力とスタミナが上がる。装備したツルハシの耐久値が上昇する。
ヘルメットを装備すると防御力と運動能力が上がる。装備したヘルメットの耐久力が上昇する。
ニッカポッカを装備すると防御力と回避能力と反射神経が上がる。装備したニッカポッカの耐久力が上昇する。
安全靴を装備すると防御力と素早さが上がる。装備した安全靴の耐久力が上昇する。
そしてツルハシ、ヘルメット、ニッカポッカ、安全靴の四つを装備していると、装備品の耐久値と全てのステータスが大幅に上昇するらしい。
更に四つの装備品を装備しつつ指差呼称確認を行うと、全てのステータスが更に上昇する。
ステータスがどうとか色々と書かれているのだが、そのステータスそのものは確かめる術がない。
周囲の炭鉱夫達でヘルメットやニッカポッカを着用している者は見当たらない。
ステータスとやらの上昇幅が低くてヘルメットなどを着用しても、それ程恩恵を受けられないのかもしれないとも考えたが、奴隷商のおじさんが説明してくれた時には、炭鉱夫スキルは岩が掘りやすくなる、体が鍛えられる、くらいの認識しか持っていなかった。
つまり他の炭鉱夫達は、誰もこのスキルの詳細を知らないのだと思う。
現代日本で生活していたから、画面のスペースを見るとフリック入力するという意識も浮かぶが、スマホやタブレットに触れた事がない人達には気付かない事なのかもしれない。
ツルハシを振れば振るほど体が鍛えられる。
そして詳細の最後はこう締めくくられていた。
オマケ程度の能力なのかもしれない。スキルを所持していなくても、ツルハシを振れば体は鍛えられると思うのだが。
「どうかしたのダダン君?」
スキルの詳細を読んでいる間に、いつの間にか受付のお姉さんが戻ってきていた。
「あ、いえ、別に。……この炭鉱夫スキルってどんなものなのかなぁって思いまして」
「うーん。説明しにくいけど、ごく普通のスキルかな。岩が掘りやすくなるみたいよ?」
受付のお姉さんも奴隷商のおじさんと同じ認識みたいだ。
「ダダン君の契約金額はやっぱり間違いないみたいだったわ」
「そうですか。残念ですが仕方がないです」
「私にはどうする事もできないのよ、ごめんなさいね」
「いえ、ご親切にありがとうございます」
「じゃあ改めて鉱山ギルドの説明をするわよ。ダダン君はこのカルステッド鉱山が少し特殊だって事は知ってる?」
「はい。少しだけ教えてもらいました。何か新しい事に挑戦しているとか」
「そうなのよ。少し長くなるけど説明を聞いてね――」
受付のお姉さんがゆっくりと話してくれる。
この鉱山では炭鉱夫達は『クルー』と『マイナー』に別れているらしい。
クルーは一般的な労働者達で、鉱山側から毎月決まった賃金を得る事で作業を進めている。
鉱石を採掘できなくても、監督から指示された作業を行っていれば、お給料がもらえるらしい。
現代日本の社会人と同じだと思ってしまった。
この賃金は全額契約奴隷の返済に充てられるので、手もとにお金は残らないが、食事と部屋は提供してくれるらしい。
食事は最低限だし、部屋は大部屋だし、と子供の僕がトラブルに巻き込まれるのは目に見えている。
そしてマイナーはクルーとは違い、お給料というものは出ない。
自分で掘り出した鉱石をギルドで買い取ってもらい収入を得る。
何も採掘できなければ収入はゼロだ。
ただし鉱石を買い取ってもらって得た収入は、手もとに残すのも良し、返済に充てるのも良し。自由にしていいらしい。
契約奴隷の者がマイナーとして働く為には幾つか条件があり、仮にクルーとして働いた場合に半年で契約金額分を返済できる者は、マイナーとして働いた場合でも半年以内に契約奴隷の契約金額分を返済し終えなければならないそうだ。
因みにこれが払えない場合は、契約奴隷ではなく犯罪奴隷に落とされてしまうそうだ。
しかも契約金額分を更に上乗せさせられて、手枷足枷を付けた状態で強制労働を強いられるそうだ。
そして一度犯罪奴隷に落とされると、奴隷紋が消える事はなく一生残ってしまうらしい。
またマイナーは食事代と部屋代は無料ではないので、毎月の終わりに代金を徴収される。
これが払えない場合も即犯罪奴隷に落とされてしまうという過酷なものだった。
そしてマイナーには、毎月の採掘の成績によって、様々な特典が与えられるという。
この特典欲しさにマイナー達は毎月の採掘に励むのだとか。
「毎月の成績トップには『エース』の称号が与えられて、あそこに住めるのよ」
お姉さんがあそこと指をさすのは、ギルドの広場の上。ギルド全体を見下ろせるような位置にガラス張りの大きな部屋がある。
最高の設備が整っている部屋なのだそうだ。
「――というわけで、ダダン君はクルーね」
「え? どうしてですか?」
「だって、ダダン君みたいな子供が、マイナーとしてやっていけるはずがないもの」
ハッキリと言われてしまった。
「いい? クルーとして作業すれば、小さなダダン君でもとりあえず生きていけるの。長い年月は掛かるけれど、契約分を返済し終えたら鉱山から出てまったく別の生活が送れるのよ?」
「……あの、因みにクルーとして働いた場合、僕はどれだけの期間鉱山で作業しなければならないのでしょうか?」
「ダダン君の年齢で金貨二枚分でしょ? ……ええっと、十五年と少しかしら」
長いって! 絶対に嫌だ!
七歳の少年で、住む場所と食事を約束されていたら、そりゃ十五年も掛かってしまうか。
だが、炭鉱夫スキルの詳細を知ってしまった今なら、マイナーとして十分にやっていける自信がある。
というよりも、買取価格表を眺めていたら、金貨二枚分なんてあっという間なのではと思ってしまう。
価値の高そうな鉱石は、鉱山内でゴロゴロと転がっているみたいだし。
「あの、マイナーとしてやっていきたいのですが――」
「駄目よ。絶対に駄目! ここはお姉さんの言う通りにしなさい!」
このお姉さんは僕の事を思って親身になってクルーを勧めてくれているのはわかっている。
でもここでクルーになるわけにはいかないのだ。
すぐに鉱山を出て、あのクソ村長をぶっ飛ばしに行くって決めているのだ!
「お姉さんごめんなさい。僕の事を思って話してくれているのはとても嬉しいのですが、どうしてもやりたい事があるのです。ここで十五年も働くわけにはいかないのです。もしマイナーとしてやっていけなかった時は、自分が未熟だったと諦めて、素直に犯罪奴隷にでもなんでもなります。だからお願いします。マイナーとして活動させてください」
「あうー」
きちんと説明したらお姉さんを困らせてしまったみたいだ。
お姉さんは何か言いたげに、でも口をモゴモゴと動かしながら髪をガシガシと掻いている。
「ダダン君みたいな可愛らしい少年が、犯罪奴隷になるところなんて見たくないわ……」
「お願いします!」
「もうっ! わかったわよ。マイナーでも何でもなりなさいよ! ふぇー」
お姉さんは少しヤケクソな感じで書類にサインを済ませている。
そしてそのヤケクソな口調のまま、マイナーとして作業する上での注意点を詳しく教えてくれた。
まずはクレジットカードのような物を渡され、これがギルドカードだと説明される。
身分証明書兼キャッシュカードといった位置付けで、マイナーとしての収入をギルドで預かり、このギルドカードで何時でも引き出せるらしい。
そして鉱山内では稀に魔物が出るので、魔物と遭遇した時にはギルドに報告する義務があるので忘れないようにと注意された。
……魔物。やっぱり居るのか。
スキルの詳細で防御力とかステータスとか書かれていたので、居るのではと覚悟はしていた。
ツルハシでぶん殴れば良いのだろうか?
そしてカウンターの上に幾つかの道具が置かれた。
一つはランタン。これはギルドの貸し出し品なので、毎日戻ってきた際に返却するように言われる。
そしてそんなに性能は良くないので、余裕が出来たら魔石で使える魔道具の『ライト』を購入するようにと勧められた。
鉱山で魔石が採掘できるみたいだし、色々と使い方があるのだろうとは思っていたが、いきなり魔道具の話をされるとは思わなかった。
そしてツルハシも貸し出してもらえるみたいだ。肩紐が付いているツルハシで、背中に背負えるようになっている。
小柄な僕が背負うと地面を擦るギリギリのサイズのツルハシだ。
そして謎の袋だ。コンビニの袋サイズで生地は普通っぽいのだが、あちこちに魔法陣が描かれていて、紫っぽい光を静かに放っている。
「それが収納袋ね、鉱山で採掘した物は全て収納袋に入れて持ち帰ること、いい? キレイな鉱石だからってポケットに入れて持って帰っちゃ駄目よ!」
「わかりました」
鉱石の持ち出しは厳禁、と。
鉱山に入る時も出る時も、必ずこのギルドを通るように設計されているので、鉱石の持ち出しは厳しくチェックされているのだろう。
魔法陣が普通に存在する世界なので、どんな方法で持ち出しをチェックされているかもわからない。
十分に気を付けよう。
魔物を討伐した際に、稀にアイテムをドロップすることがあるらしく、そのドロップ品は収納袋に入れなくても良いが、アイテムが手に入ったことだけは報告して欲しいとのこと。
ドロップアイテムか……と考えていると、お姉さんに絶対に無理はするなと念を押された。
そして赤く点滅している一枚の木札を渡される。
他のマイナー達とのトラブル防止の為に、採掘している場所にはこの札を掛けておくようにと説明される。
この札が掛かっている場所や、札が掛かっている穴の奥には立ち入らないのがマイナー達のルールらしい。
この場所は俺が見つけてた! とか言いがかりをつけられても困るので注意しておこう。
「最後にコレね」
お姉さんが手にしているのは、青くて滑々の掌サイズの石。
「これは転移魔石といって、鉱山内で事故に遭った場合なんかでここに戻れなくなった場合、使用するとそこの魔法陣まで戻ってこられるのよ」
お姉さんが指差す先の地面には、七メートル幅くらいの紫色の魔法陣が静かに明滅している。
この転移魔石はカルステッド鉱山の敷地内でしか効果がないもので、他所の土地からこの魔法陣まで転移することはできないそうだ。
「これは最初の一つだけギルドから支給されるわ。次回の購入から有料になるからね」
「わかりました。……この転移魔石は予備で購入することってできないのですか?」
「勿論できるわよ? 小金貨一枚でちょっと高いけどね」
小金貨というのは、十枚で金貨一枚と交換できるらしいので、約十万円ってところだ。
お姉さんの言う通り少し高いのだが、もしもの時の命の値段としては安いものだろう。
「こちらの転移魔法陣のスクロールはちょっと高くて買えないと思うけど、一応説明しておくわね。この転移魔石と転移魔法陣のスクロールをリンクさせておくと、転移魔石を使用した時に、ギルドの魔法陣ではなくて、スクロールの方に転移できるっていう優れものなの。スクロールは何度でも使用できるけど、転移魔石は忘れずに毎回リンクさせる必要があるから注意してね」
この転移魔法陣のスクロールの貸出は行っておらず、しかも購入の際に金貨が必要になる金額らしい。
暫くは購入できそうにないかな。
時刻は三時といったところ。
今日はもう部屋に戻って休む? とお姉さんが僕の大部屋の場所を教えてくれた。
マイナーでも大部屋なのは変わらないのか。
「今日は鉱山の入り口に行って、どんな感じなのか様子だけ見てきます」
「そう? 無茶しちゃ駄目よ? ご飯を食べてからの方が良いんじゃない?」
「昨日食べたので大丈夫です。行ってきます」
「……。本当に気を付けるのよ!」
お姉さんが複雑な表情を浮かべたまま手を振ってくれた。
だがこのまま鉱山に入るわけではない。
僕にはやらなければならないことがあるのだ。
ギルドの広場の中央で陣取り、立ち止まる。
周囲のギルド職員やマイナー達が、少し僕に興味を示しただけですぐに自分の作業へと戻っていく。
こんな中で一人で指差呼称確認をするのは恥ずかしいのだが、そんなことを言っている場合ではない。
七歳の僕が鉱山で生きていく為だ、やってやろうじゃないか!
大きく息を吸い込み――
「右よーし!」
お腹から声を出し自分の右側をビシっと指差した。その声はギルドに響き、周囲で作業していた皆が何事かとこちらを伺っている。
「左よーし!」
腹が減って気でも狂ったのかとマイナー達がざわついている。
「前方よーし!」
子供が馬鹿なことを始めたぞ、と笑っている奴らもいる。
笑いたければ笑うがいいさ。
この指差呼称確認を笑っているということは、炭鉱夫スキルの詳細を知らないということだ。
それだけで僕の方が優位に立っているのだから、好きなだけ馬鹿にすればいい。僕は何も気にしないぞ!
「足もとよーし!」
本来であればこの指差呼称確認で装備品のチェックをするらしいのだが、ヘルメットなどは持っていないので、確認のしようがない。
果たしてこれでも指差呼称の恩恵は受けられるのだろうか。
「本日もご安全に!」
広場が大爆笑に包まれている中――
『指差呼称が発動しました』
脳内にアナウンスのような人工の声が流れた。よし、しっかりと発動したみたいだぞ!
「ちょっとダダン君! どうしちゃったのよ! 大丈夫なの?」
「はい。大丈夫ですよ。出発前に安全確認をして、自分の気を引き締めていました。では行ってきます!」
追い掛けてきてくれたお姉さんに手を振り、ギルド奥の鉱山入口へと向かった。