第十八話
「ダリムさん、ここは任せても良いですか?」
「ああ、助かったよ。後はこちらで処理しておくから、アルフィネア様達を頼んだよ」
ダリムさんはカウンターから幾つかの転移魔石を取り出し渡してくれた。
カノンさんとララーさんを置いていくと伝えて、転移魔石でベースキャンプへと向かった。
「ダダン君!」
「おお、無事じゃったか!」
転移先ではアルフィネア様の縄が解かれた後だった。
「お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫じゃ。すまんかったこの通りじゃ、許してくれ」
「いやいや、許せも何もアルフィネア公爵様は何もされてないじゃないですか」
「いや、ニーアカルド王国の者として、あのような馬鹿者の短慮軽率を詫びさせてほしい。決して王国の総意だとは思わんでくれ」
結晶や宝石が散りばめられた床に頭を擦りつけそうだ。
公爵様なのに腰が低いお方だ。
上は問題なく片付いたことを報告した。
「何処からかエリクサーの話を聞き付けて、自分が独占する為に我先にと行動に移したのじゃろう。罪状も持たずにな」
「呆れますね。エリクサーさえ手に入れてしまえば、どうとでもなると考えていたのでしょうか」
「恐らくのう。まさかワシにまで武力行使するとは思わなんだがのぅ」
エリクサーというのは、そこまで人を変えてしまう物なのだろう。
「カルステッド鉱山を乗っ取り、ワシを亡き者にして領地そのものを統治する手はずだったのかもしれんが、陛下がそんな事を許すはずがなかろう。少し考えればわかると思うのじゃがのぅ」
「……そんな事すら考えられなくなる程、盲目になっていたのでしょうか。あのワインズマン伯爵というのはどんな方ですか?」
「ヤツはダームラン公爵派の者じゃが、今回の件でダームラン公爵と繋がっているかはわからん。恐らくないとは思うのじゃがのぅ」
「別の誰かが入れ知恵している可能性はありますか?」
「それは上に戻って本人に聞けばわかるじゃろう。ワシに任せてくれればええ。それよりもダダン君、其方にこの際聞いておきたいことがある」
「何でしょうか?」
「もうエリクサーは入手できないのか? 今ここでできないとはっきり言ってくれれば、ワシから陛下に報告できるので、今後其方が面倒に巻き込まれることはなくなるじゃろう」
アルフィネア様がそのように手を回してくれるということだろう。
……そう言えたらどんなに楽か。
「はぁ……凄く面倒になってきました。僕は気兼ねなく採掘がしたいだけなのです」
「そう言わんでくれ。其方のおかげでうちのエリーゼは救われとるんじゃ。面倒ついでに少し年寄りの話に付き合ってもらってもええかの?」
アルフィネア様がゆっくりと話し始めた。
僕の置かれている状況を説明してくれて、一番厄介なのが僕が平民だということらしい。
先程のワインズマン伯爵のような馬鹿が、権力でどうにかしようと今後もやってくる可能性があるらしい。
勿論今回のように蹴散らせばいいのだが、あの手の馬鹿は世界中に居て際限なくやってくる。
今後は金で強力な傭兵や冒険者を雇ってくるかもしれない。
その煩わしさから解放されたいのであれば、僕自身が権力を持つ必要があると教えられた。
「こういうわけじゃからダダン君、ウチのエリーゼと婚約せい」
「何ですか急に! びっくりしますよ」
全然関係ない婚約の話に飛んだ。
僕まだ七歳ですよ?
「お主が権力を持つ必要性は理解できたな?」
「はい。何となくですが」
「お主が権力を持つと、様々な貴族から縁談を持ちかけられるじゃろう。それこそ家柄だけの年増を押し付けられる可能性だってある」
「うへぇ……」
新参者の貴族では家柄に逆らえず、縁談は断れないだろうと話された。
ホント勘弁してください。
「これは王国だけの話ではないぞ? 話を聞きつけた近隣諸国の権力者達からも話がくる可能性もあるのじゃ」
「もう嫌だ……」
「煩わしい政争に巻き込まれるのは目に見えておる。其方の望む生活とはかけ離れてしまうぞ? その点、エリーゼと婚約すればサザーランド公爵家で其方を守れるのじゃ。採掘を頑張りたいというのであれば続けることもできるじゃろう」
僕の落としどころの問題、か。
今のままの生活で、敵を蹴散らし続けるか。
権力を得て、婚約者を勝手にあてがわれるか。
その都合で政争に巻き込まれるか。
エリーゼお嬢様と婚約して、採掘を続けるか。
人生の岐路に立たされてしまった。
「エリーゼと婚約するにしても問題はある。身分差の問題じゃ。まずは其方が貴族になる必要がある。しかも早急にな」
「そんなの、すぐに成れるものなのですか?」
「そこは陛下と話して何とかするしかあるまい」
むむ、非常に悩む。貴族にはなりたくない。
更に採掘から遠ざかってしまう気がするし、仕事が増える気がする。
面倒事を棚上げしたいのはやまやまだが、そうこうしていると第二第三のワインズマン伯爵がやってくるというわけだ。
いっその事全部を投げ捨てて別の地へ向かう案もあるが、カルステッド鉱山での生活も気に入っているし、仕事仲間を裏切ることもしたくない。
麓の町を大きくするという新しい目標もできたところだし、逃げ出したくはない。
八方塞がりというヤツだな。
「エリーゼは美人じゃぞ?」
……くそ、何だかアルフィネア様に嵌められている気がしないでもないが、大丈夫かな?
「あの、ついでに私も一緒にどうですか?」
背後で影の存在になりきっていたネネットさんは無視しておく。
ファストフードじゃないのだから、今はおすすめしないでいただきたい。
「……一度エリーゼお嬢様と会ってから」
結局、問題を先延ばしにするしか思いつかなかった。
ギルドに戻ると兵は全て拘束された状態で牢に入れられていた。
ワインズマン伯爵は治療を受けたらしく、失血が多く両腕を失っている状態だが命は助かるらしい。
ただし極刑は免れないので、全てを話した後に伯爵家は取り潰し、死罪になるだろうとのことだ。
両腕を失っていては、終身奴隷として鉱山でも使えないからだ。
アルフィネア様は帰る間際に、僕達を近々公爵家に招待する旨を伝えた。
エリーゼお嬢様との顔合わせも兼ねているのだろう。
公爵家への転移魔石を用意するので、採掘の遅れも気にする必要はないだろうという。
転移魔石一つで大金貨が吹き飛ぶのだが、そこは気にしないのだろうか。
その翌朝にギルド長室に呼ばれた。
公爵家に着ていく服の採寸をするので、今日の夕方に採掘が終われば寄ってくれと言われた。
商人を手配済みだそうで、その費用は公爵家持ちだ。
服の事なんてすっかりと忘れていたので助かる。
僕達の制服だとしても、流石にニッカポッカで公爵家に行くのはまずいだろう。
採寸の時、僕は部屋から追い出された。
子供の僕でも許してもらえなかったようだ。
ワインズマン伯爵の襲撃から三日が経った。
前回の教訓からなのか、警備兵の人数が大幅に増員された。
ギルドの広場で整列している警備兵の方達を眺めていると、ギルド長室に呼び出された。
「今度は何がありましたか?」
「ダダン君達には申し訳ないんだけど、崩落現場の収束に手を貸してくれないか?」
「やはり終身奴隷達だけでは間に合いませんか?」
「……終身奴隷達は既に使い物にならなくなったよ」
早っ! まだ数日しか経ってないぞ?
話を聞くと全員が亡くなったわけではなく、怪我で動けない者も多数いるらしいが、このままでは作業が進まないらしい。
現在のマイナー達はというと、一時的にクルー達の現場で採掘しているらしい。
状態が状態なので、今月のランキングは中止されるそうで、先月のランキングをそのまま引き継ぐらしい。
「ただし、鉱石の採掘の方も引き続き行ってほしいんだよ……」
「つまり崩落現場の後始末と採掘の二手に別れてほしい、ということですね」
「……可能かい?」
「できなくはありませんが、これって僕達だけがやらなくてはならない仕事ではありませんよね? 別料金を請求しても良いのですか?」
「勿論だよ。公爵家からも予算を頂いている。その間採掘の収入が減るのだから、当然補填させてもらうよ」
そういうことなら仕方がない。
鉱山の復旧は最優先事項だし、鉱山の採掘量を以前の数値まで戻さなければ、麓の町発展計画にも支障が出てしまう。
「アタシがやるよ」
「ララーさんが? 危ないですけど、良いのですか?」
「平気よ?」
だって指差呼称しているもの。
ララーさんから目で訴えられた。
崩落事故に遭わないという効果があるので大丈夫だとは思うのだが、充分気を付けて作業してほしい。
「転移魔石を常に携帯しながら、慎重に作業してください。少しでも違和感があれば、迷わず転移魔石を使用してください。ララーさんの体の方が大切なのですから。いいですね?」
「うん。わかったわ。それと……カノンちゃんを貸してほしいな」
「それは駄目です。カノンさんは誰にも渡しませんから」
「だからそういう事を女性に言うんじゃないの。はぁ……今日から辛いなぁー」
そんな目で見てもカノンさんは渡しませんから。
一度カノンさんの快適さを味わうと、元の作業には戻れなくなるのだ。
こうして今日からララーさんは上層部で崩落事故の後処理、僕とカノンさんは下層で採掘することになった。
「……ただただがむしゃらに穴が掘りたい」
「急にどうなされたのですか?」
下層で採掘していたのだが、色々と問題が山積みになっている現状が嫌になってきた。
「もっと下層を目指しましょう」
「それは構いませんが、お疲れではありませんか? 少し休憩致しますか?」
「大丈夫です。すぐに向かいましょう」
オリハルコン鉱床の場所には転移魔法陣のスクロールが設置してあるので、ここを第二のベースキャンプとして利用している。
この場所から下層へと掘り進めることにした。
転移魔石は現在のところ、ギルドの魔法陣用、ギルド長室用、第一ベースキャンプ用、第二のベースキャンプ用の四種類がある。
カノンさんはいつも間違えずに用意してくれるので助かっているが、そろそろごちゃ混ぜにならないように印を付ける必要がありそうだ。
カノンさんと二人で掘り進めているので、螺旋状に下へ下へと向かっている。
最後に虹色魔人を討伐して以来、強力な魔石の反応は周囲には無く、更に下層まで向かわないと魔物に遭遇する気配はない。
魔石の反応もまだまだ先なので、暫くは穴を掘り進めるだけの作業である。
鉱石の採掘と下層への穴掘りを交互に続けた三日目に異変が起こった。
「……カノンさん、昨日の魔石の反応って覚えていますか?」
「勿論です、と申し上げたいのですがこれは……少し自信がありません」
強力な魔石の位置が、昨日よりも明らかにこちら側へ近付いていたのだ。
気のせいかもというレベルではない。
掘り進んだ最下層の周囲に向かって、魔石が集まってきていると表現してもおかしくない。
「どうなっているんだ、これは……」
ネネットさんの話では、魔石が坑道内に突然湧くという話は聞いていたが、岩盤内を移動してくるなんて初耳だ。
今魔石の反応を見て動いている様子は見られないので、僕達が居ない間に一気に移動したのか。
あるいはじわじわと移動しているのかはわからない。
「とりあえず、一つだけ魔石を確認しに行きましょう」
螺旋状に掘り下げて高低差をなくし、真横に掘り進めると虹色魔人が飛び出してきた。
二人掛かりで撃破してエリクサーと魔石を入手した。
「虹色魔人でしたね」
「そのようですね。特に今までと違いはなかったように思います。ダダン様、もう一体倒してみましょう」
そのまま真横に掘り進めて行くと、赤い龍の背中が大崩落するように剥がれ落ちた。
その巨大な岩盤が僕達を横殴りに襲い掛かってきて吹き飛ばされた。
「カノンさん大丈夫ですか!」
「はい、問題ありません! これは……赤いドラゴンみたいです!」
龍の背中が崩落したのではなく、巨大なドラゴンを形どった魔物に変化していたのだ。
虹色魔人などの大きさの比ではなく、魔物が暴れる度に周囲が崩壊していく。
「とにかくこいつの動きを止めます」
真っ赤なドラゴンに向かって突進したのだが、ドラゴンは大きく息を吸い込んでのけ反った。
マズイと思った時には、僕の周囲がオレンジに染まっていた。
どうやらドラゴンのブレス攻撃が直撃したらしいのだが――
『高熱ガスを無効化しています』
ドラゴンブレスは高熱ガスに分類されるらしい。
流石に死んだかもと思ったが、炭鉱夫スキルが有能過ぎる。
僕に全くダメージが入っていないことに驚いている様子のドラゴンの足に、ツルハシを見舞ってやると片足が弾け飛んだ。
「自己再生も持っていないみたいだし、虹色魔人より討伐しやすいよ!」
「お手伝い致します!」
二人掛かりで巨体にツルハシを振り下ろしていると、あっという間に粉々になってしまった。
「最初だけ少し驚きましたね」
「ダダン様が炎に飲み込まれた時には、生きた心地がしませんでした」
「僕も駄目かと思いましたが、炭鉱夫スキルの指差呼称で無効化されていました」
二人で話しながらドラゴンの魔石を探す。
巨大な魔物の魔石を探すのは大変なのだが、収納袋で吸い込む訳にはいかない。
もしドロップアイテムが出ていた場合に一緒に吸い込んでしまうからだ。
「ありましたよダダン様!」
カノンさんが魔石を手に持っているのだが、もう片方の手にも何かを持っている。
「……また小瓶ですか」
「今回の小瓶は……私に心当たりがあります」
カノンさんが小瓶を渡してくれた。
目薬サイズで涙型の宝石のような小瓶で、中の液体は白く強い光を放っている。
「有名な御伽噺ですよ。赤い岩石のドラゴンが宝石の涙を落として、呪いによって老婆にされた王妃様を若く美しい姿に戻す、というお話です。ご存知ではありませんか?」
「……その話、僕も知ってるよ」
カロイ村の唯一の娯楽だった、御伽噺の本だ。
まさか子供に聞かせる御伽噺が実話だったとは。
「ま、まだだ。まだ御伽噺に出てくるドラゴンの涙だと確定したわけじゃないよ」
「ご自身に言い聞かせていらっしゃるようですよ? しかし、真っ赤な岩石のドラゴンが涙型の宝石のようなアイテムを落として、別物でしたという展開が私には想像できません」
「カノンさん、現実を突き付けないでください……」
これが呪いを解く薬なのか、若返る薬なのか。
できれば呪いを解く薬であってほしいと願う。
これ、ダリムさんに報告したら、胃に穴が開くのではないだろうか。
山積みになった問題の憂さ晴らしに掘り進めたら、問題が増えてしまった。
何をやっているのだ僕は……。
転移魔法陣のスクロールをこの場所に設置して、今日はララーさんの作業に合流する事にした。




