第十七話
――翌朝――
「ダダン様、あちらをご覧ください」
カノンさんがVIPルームのガラスからギルドの広場を眺めている。
何か異変でもあるのかと覗いてみると、終身奴隷となった商人達やバーラル、デッパラが、自我を封印された状態で鉱山に向かっているところだった。
魂を抜かれているかのような虚ろな表情で、監督官同行のもと整列して歩いて行った。
崩落事故の瓦礫の撤去作業を行わせるのだが、恐らく彼らは怪我では済まない。
かつてはエースとして注目を集めていたバーラルも、今ではボロ布のような服をまとい、別の意味で注目を集めている。
僕達はああならないようにしようと心に誓った。
三日間ダリムさんから頼まれた鉱石を中心に採掘を続けていたのだが、四日目の朝にギルド長室に呼び出された。
「おはようダダン君。キミに客がきたよ」
「……遂にきましたか」
ダリムさんと警備兵の方に連れられて、ギルド奥の牢へと向かった。
「! ダダン、ダダン君じゃないか! ワシだ! カロイ村の村長トドーだ!」
鉄格子に飛びついてきたのは、無駄に贅肉を蓄えた頭の薄いオッサン。
おでこの上部にしか毛が無く、全身から酷い臭いを放っている。
そうだそうだ、こんな顔だったよ。
村に居た時はもっと腐った性格が表情に出ていたが、ここにくるまでの環境で随分と男前になったらしい。
「おお、会いたかったぞダダン君! 早くワシをここから出してくれ!」
……はぁ?
「ダダン君は騙されておる! ワシは無実だよ! 話を聞いてくれ!」
「警備兵の方、本当に申し訳ないのですがバケツで水を用意してもらっても良いですか?」
「勿論です。お任せください!」
警備兵の方が牢から離れると、間もなく走って戻ってきた。
お礼を言ってバケツを受け取り――
バシャ―ン!
村長にぶっ掛けた。
「ぶはっ……! な、何をするんだ!」
「臭いので洗い流しただけです。取りあえず壁際まで下がってください」
「は? 何だと――」
警備兵の方が手にした槍の石突で村長を突き、鉄格子から壁際へと追いやってくれた。
何とか理性を保とうと頑張ったのだが……無理。限界だ。
「無実とかどの口が言ってんだよ。貴様の所為で母さん――マリー母さんが死んだんだぞ!」
「だからそれは誤解だと――」
「貴様がブクブク太っていく間に、マリー母さんはどんどんやせ細っていって。あの状況を作り出していた張本人が、どんな精神をしていたら無実だとかほざけるんだよ!」
「それは……ワシも盗賊達に脅されていて――」
「よし、脅されていたんだな? どの盗賊だ、言ってみろ。確かめてやる。もし脅されていた事実がなかった場合、貴様には更なる拷問を与えるからな、覚悟しろよ!」
「そ……それは……」
「お前、エリクサーって知ってるか? どんな怪我でも治してくれるらしいぞ。死ぬギリギリまで痛めつけて、全快させてやるからな! 何度でもやってやる!」
懐からエリクサーを取り出し、村長に見せつけた。
ダリムさんや警備兵の方が慌てたように視線を逸らしている。
「さあ言え、言ってみろ。お前が手を組んでいたお仲間の盗賊達は、全員仲良く捕らえられてここに到着している。誰に脅されていたんだ? 聞いてやるから言ってみろ!」
「ぐ……ぬ……」
「言えよ! 言えないのかよ! クソつまんねー言い訳してんじゃねぇ馬鹿野郎!」
トドー村長は壁際に座り込んだ。
「アンタは終身奴隷だ。最後くらい人の役に立ってから死ね」
「……お願いだ! 助けてくれ!」
エリクサーをカノンさんに手渡して、その場を後にする。
「……ダダン君、もう良いのか?」
「はい。ここにきたのも謝罪の一つでも聞けるかと思ってきただけでしたから。アレからはそんな言葉も出ないだろうと思っていましたし。他の人達と一緒に鉱山に送ってください」
「痛めつけても良かったんだよ?」
「臭いし、手が汚れるから良いです。マリー母さんが戻ってきてくれるわけでもないですから」
牢の奥からはまだ喚き声が聞こえているのだが、内容は耳には入ってこなかった。
「……ダダンってさ、怒ると怖いのね」
「普段と違い過ぎて驚きました」
お昼休憩の時、カノンさんとララーさんが小声で話し合っていた。
「ごめんなさい。今朝は少し取り乱しました」
「いや、アレはアイツが悪いよ。ダダンの気持ちを全く考えてなかったし」
「そうですよ。私もあの方の言葉は不快になりました」
三年くらいしか一緒に過ごした記憶はないが、それでも必死に母親として僕を守ろうとしてくれた姿を思い出してしまい、感情的になってしまった。
気持ちの整理は付けたつもりだったのにな。
「もう煩わせられる事もないし、村長のことはどうでもいいよ。それよりもこれからを頑張って生きて行こうと思う」
「そうだね。それが良いよ」
「はい。何処までもお供致します!」
「じゃあお昼休憩はお終い。指差呼称確認をするよ」
「……あのさ、ダダンに聞きたかったんだけど、どうして毎日お昼に指差呼称確認をするのよ? 朝にしているんだから、十二時間は効果があるのよね?」
そうか。指差呼称確認をする理由をきちんと話していなかった。
「僕はべつにスキルの効果を発動させる為だけに、指差呼称確認をしているわけではありません。毎日の作業を事故なく終える為、毎日の作業に油断しない為に指差呼称確認をしています」
「気を引き締める為に行っているのですね?」
「はい。カノンさんの言う通りです。だから今後も毎日お昼休憩後には指差呼称確認を行います」
「……わかったわよ。こんな小さな子がしっかりしているっていうのに、大人のアタシが面倒だとか思ったのが恥ずかしいじゃない。油断しないように毎日やるわよ」
ララーさんはちょっとばつが悪そうだ。
三人で元気に指差呼称確認を行い、午後の作業を開始した。
いつもの定時まで作業してギルドの魔法陣に戻ると事件が起こっていた。
ギルドの広場が大勢の兵士達によって制圧されていたのだ。
数人の兵士達が僕達に気付いて近寄ってきたのだが、その一瞬で視線を巡らせて現場の状況を把握する。
受付カウンター前ではギルドの職員達、ネネットさん、ダリムさん、それに何故かアルフィネア様までもが拘束されている。
一か所に集められていて、その周囲を武装した兵士が取り囲んでいた。
「転移魔石の準備を――」
僕の視線と小声で呟いただけでカノンさんは全てを理解してくれたようで、コクリと頷いてくれた。
兵士達が僕達を取り囲むように移動すると、立派な鎧をまとい兜を脇に抱えた一人の男性がこちらに近付いてきた。
「我が名はワインズマン伯爵だ。貴様がダダンだな?」
「……そうですが、どうされましたか?」
「貴様を国家反逆罪で拘束する!」
「……は?」
思わず声を漏らしてしまった。
国家反逆罪? いつの間に僕はそんな大それた事をしたのだろうか?
「いい加減にせんか伯爵!」
カウンター前で拘束されているアルフィネア様が声を荒げている。
話している感じからすると、この人、ワインズマン伯爵はこの王国の伯爵様だよな?
アルフィネア様って公爵様だから、この伯爵様より全然偉い人だと思うのだが、色々と大丈夫なのかと逆に心配になる。
「ダダン君は何もしとらんと言っておるじゃろうが!」
「見苦しいぞ、サザーランド公爵! エリクサーの入手経路を確保しつつ、その利益を独占するのは国家の、王家の利益を著しく損なう立派な反逆行為である!」
「何を馬鹿な理屈をこねとるんじゃ! 頭を冷やさんか!」
「あなたこそ頭を冷やされてはどうですか、サザーランド公爵様。この者は平民ですぞ? このまま国家反逆罪で拘束して終身奴隷にした後、エリクサーを集めさせれば良いではないか」
「お主……正気で言っとるのか?」
「当然でしょう。たかが平民の一人や二人、奴隷にしようが構わないでしょう。国の利益が優先されるべきです」
「何たる浅はかな――陛下がこんな事を望んでおるはずがないじゃろう!」
「これ以上この逆賊を庇うというのであれば、サザーランド公爵、あなたも同じ反逆者として連行させてもらうぞ!」
ララーさんが兵士に飛び掛かろうとしたので手で制した。
「二人共、大丈夫です」
兵士達の視線から隠すようにして、カノンさんから転移魔石とエリクサーを受け取る。
ララーさんも転移魔石を受け取り、後は僕の指示を待ってと呟くと二人が頷いた。
「何をコソコソとやっておる貴様ら!」
このワインズマン伯爵というのが何者かわからないが、アルフィネア様の話からするとこの男は、国王陛下の意思でここにきているわけではなさそう。
誰かに入知恵されたのか、それとも単独行動なのかは分からない。
自尊心が高く、デッパラや村長と同じく自分の利益を優先する思考が見え隠れしている。
「僕の罪はなんですか? エリクサーを採掘した事ですか?」
「クソガキが、貴様の罪は国家反逆罪だと言っただろうが!」
「エリクサーを採掘しただけですよ?」
「黙れ、口答えをするな! 貴様は他にもエリクサーを隠し持っているのだろう、それを今すぐ差し出せ! そしてこれからはわたし――王国の為に採掘し続けるのだ! おい、この逆賊共を捉えよ!」
兵士が動き始める直前に、開いた掌に乗せられたエリクサーを高く突き出すと、その場に居た人達の動きがビタリと止まった。
「おお、あれがエリクサーか」
「伝説の秘薬か……美しい」
兵士達の間でどよめきが起こっている。
「や、やはりまだ隠しておったか。くっくっくっ、さっさと出しておけば――」
ワインズマン伯爵が下卑た笑みを浮かべてエリクサーを受け取りに近付いてきたので、エリクサーを地面に落とし瓶を踏みつけて粉々にしてやった。
「「「「ぎゃーー!!」」」」
ワインズマン伯爵は顔面蒼白で震え、あちこちから悲鳴が聞こえている。
「き、貴様一体何を考えて――」
「あなたが先程語っていた理由によると、エリクサーが手に入らないのは国益を著しく損なう反逆行為なのですよね? あなた方が武力行使した結果、残念ながら王家に渡るはずだったエリクサーが失われ国益が著しく損なわれてしまいました。これによってあなた方にも国家反逆罪が適用されるのですよね?」
「ふ、ふざけるな! そんな馬鹿な理屈が通じるわけがないだろう!」
「その言葉をそっくりお返しします。あなたが説明した馬鹿な理屈が通用するというのなら、エリクサーなんて二度と採掘するものか。そして僕はこの鉱山を――国を去ります」
カノンさんから受け取った転移魔石を頭上に掲げる。
「待つのじゃダダン!」
アルフィネア様が叫ぶ。
「その者の言葉は決してニーアカルド王国の総意ではない。陛下がこのような決断をくだされるはずがない! ワシが今から直接陛下のもとへ向かい、真意を確かめてくる。だから――」
「ええい! うるさい! 兵ども、今すぐこの小僧を取り押さえろ! 決して逃がすな!」
数人の兵士が飛び掛かってきたところで転移魔石が発動した。
「どうするつもりじゃワインズマン伯爵よ、お主の所為であの者からの信用を失い、行方も眩まされ、エリクサーも二度と手に入れられんようになってしもうたぞ」
「何を言うかサザーランド公爵よ! ふん、どうせ鉱山に籠っておるだけだろう、兵に捕らえさせれば良いだけだ」
「……それは無理なんですよ、伯爵閣下。カルステッド鉱山は崩落事故の為、現在実質閉山中のようなものなのです」
「なんだと!」
ダリムさんの言葉を聞いてワインズマン伯爵が酷く動揺している。
「現在終身奴隷により撤去作業を行っておりますが、瓦礫の撤去作業だけでもいつまで掛かるのやら……」
「お主はもうお仕舞いじゃ。このような事をしでかしてタダで済むと思うでないぞ。連絡を受けてワシの軍がこちらに向かっておるはず。諦めてお縄につけ」
「くそ、……クソー! おのれ、忌々しい。おい貴様、茶だ、茶の用意をしろ!」
ワインズマン伯爵は親指の爪を噛みながら広場の椅子に腰掛けた。
ふむ、かなり焦っているようだな。
ネネットさんが兵士に連れられてお茶の用意に向かったので、キッチンを見張る兵士へそっと近づいた。
「やあ、こんにちは」
兵が声を上げる前に一撃で黙らせた。
「ちょっとダダン君、一体どうやってここに?」
「ギルド長室の転移魔法陣のスクロールに転移したのですよ。前から常設してほしいと伝えていましたので、最近やっと設置してくれたのです」
カノンさんとララーさんは周囲の警戒をしてくれている。
「あの場でワインズマン伯爵を叩きのめすのは簡単でしたが、アルフィネア様が人質になっておられましたから、身の安全を優先させて頂きました」
「……もう、本当に何処か遠くに行っちゃったのかと思ったじゃないのよ」
「行きませんよ。それとアルフィネア様は転移魔石をお持ちですか?」
「それが、拘束された時に取り上げられてしまわれたようなの」
「そうですか、ではこの魔石を二つお渡しします」
「これは?」
「僕達がベースキャンプに使用している場所への転移魔石です。残りが三つしかありませんので、この二つをネネットさんにお渡しします。これでアルフィネア様と一緒に転移してください。お二人が転移した隙を見て、一気に武装解除させます」
「わかったわ」
「お二人は転移したら、その場所から絶対に動かないでください。こちらが片付けばすぐに向かいますから。それまで待っていてください」
カノンさんとララーさんがネネットさんのポケットにライトの魔道具を入れている。
そして念の為なのかギルドへ戻る転移魔石も二つ懐に仕舞っていた。
ネネットさんにナイフも持たせて、準備は完了だ。
最後に気絶させた兵士の全身鎧をララーさんに着せた。
「ワインズマン伯爵は転移魔石を所持していると思いますか?」
「分からないわ、多分所持していないと思う。もし逃げられても今回の事件が公になれば、伯爵はただでは済まない筈よ。それよりも武装解除なんて本当にできるの?」
「やった事はありませんが、負ける事はないと思います。でも手加減ができなくて殺してしまうかもしれません。残っている兵士達が、先程黙らせた兵士くらいの強さなら問題ないと思います」
カノンさんとララーさんも頷いている。
「伯爵様をぶん殴ったら、罪になりますか?」
「遠慮なくぶっ飛ばして! 私の分も一緒にお願いね!」
ここからはギルド職員の安全を第一に考えて行動する。
兵士姿のララーさんが背後につき、ネネットさんが二つのお茶を運ぶ。
ワインズマン伯爵に睨まれるが、アルフィネア様にお茶を出さない訳にはいかないと、ネネットさんが機転を利かせていた。
ワインズマン伯爵は舌打ちしたが今はそれどころではないので、この後どうするのか考えている。そして兵に苛立ちをぶつけている。
アルフィネア様にお茶を渡すためにネネットさんが近付いた。
「このような状況ですがせめてお茶でも――」
近付いて後ろ手に転移魔石を握らせたようだ。
二人が転移した瞬間にララーさんがギルド職員達に近い兵士を吹き飛ばし、それと同時に僕とカノンさんが壁の脇から飛び出し、職員近くの兵士を無効化する。
その様子を見てこの場はカノンさんとララーさんだけで問題ないと判断し、僕はワインズマン伯爵の懐に飛び込んだ。
懐に手を伸ばそうとしていたので、伯爵の両腕をツルハシで吹き飛ばす。
ネネットさんに頼まれていたので、腕は二本とも飛ばした。
「ぎゃー!」
叫びながら両腕を失い倒れるワインズマン伯爵の懐から残りの転移魔石を奪う。
兵士達が束になって襲い掛かってくるが、ワインズマン伯爵の頭にスッとツルハシを構えたところで、全ての兵士達が武装を放棄した。




