第十三話
「いや、俺なら大金貨六枚で――」
「それならこっちは十枚だ!」
「私が最初に――」
小瓶の正体に気付いたのか、遂に商人達の間で勝手に競売が始まってしまった。
「何を言っとるんだ貴様ら! そんなふざけた――」
「うるさい邪魔だ! 引っ込んでろ!」
「ぶべっ――」
商人達を止めに入ったデッパラは、逆に吹き飛ばされて地面に転がっている。
「……ネネットさん、その小瓶は何なのですか?」
小瓶を返してくれたネネットさんの手は少し震えていた。
「その小瓶はどんな怪我や病気も瞬く間に完治してしまうという幻の秘薬――だと思います。現在王族をはじめ、各貴族や他国からも入手依頼が出続けています。最高難易度のダンジョンで稀に見つかるそうですが、もう何年も発見されていません。もし王族に納品できれば『報酬は望みのまま』だそうです」
ネネットさんから話を聞いていると、ギルドの魔法陣が強い光を放った。
「……何があったんですか?」
魔法陣から現れたのは――ダリムギルド長だ。
どうやってあの魔法陣に戻ってきたのだろうか?
「ダリムギルド長、何も聞かずにエースダダン様へ、今すぐ大金貨五枚の貸付を許可してください!」
ダリムさんは周囲を見渡して、瞬時に状況を把握したようだ。
その視線が僕の手もとでピタリと止まり、輝く七色の液体を食い入るように見ている。
「きょ、きょ許可する」
ダリムさんの一言を聞いて、ネネットさんは用意してあった大金貨五十枚を商人達に差し出した。
時間はギリギリだった。
「どうぞ、これでお引き取りください!」
「いや待て! 我々はそのエリクサーを――」
「出て行けって言ってんのよ!」
「「「は、はい……」」」
商人達はネネットさんによってギルドから追い出されていた。
ギルドの扉の外では、未だ諦めきれないのか商人達が騒いでいる。
デッパラは気を失っているようで、警備兵の方々が奥へと連れて行った。
「ネネット君、詳しい説明をお願いしてもいいかい?」
ダリムさんは胃を押さえて苦しそうにしている。
そしてネネットさんの説明を聞きながら、更に苦しそうに呻いている。
「……うぅ、まさかエリクサーとは。とにかくダダン君、一度ギルド長室にきてくれるかい?」
「はい。それは良いのですが、僕も色々聞きたい事があるのですが……」
「ああ、ゆっくり話そう……ネネット君、お茶の準備をお願いしても良いかな?」
ギルド長室でソファーに腰を下ろすと、ダリムさんは机の上に赤い魔石を置いた。
これはネネットさんも持っていた魔石だ。
「この魔石は緊急時にのみ使用を許可されている物で、対になっている魔石に振動を送れる魔石なんだ。本当に緊急時にしか使用しないから、魔石が震えた時には驚いたよ」
「そんな便利な魔石があったのですね」
「でもこの魔石と、私が使用して戻ってきた転移魔石は、使用用途の報告が義務付けされていて、もし適切な使用ではなかったと判断されれば、物理的に首が飛んでしまう代物なんだ……」
そんな貴重な物を使ってまで戻ってきてくれたのか。
「あの秘薬『エリクサー』を、商人達に渡すのは良くないと判断しました」
ネネットさんがお茶を入れてくれたのでひと息つく。
エリクサーか。ゲームに出てくる薬で、なかなか使えないアイテムだ。
……これで確定的だな。
カノンさんのスキル『エアコン』の時にも思ったが、僕が死んだあの時代くらいの日本の何かが、この世界と関係しているようだ。
僕がこの世界に転生した事も何か関係があるのだろうか。
「ダダン君にお願いがある。アルフィネア様に説明するのに、エリクサーの名前を出してもいいかい?」
「良いですよ。実際に助かっていますから」
赤い魔石と転移魔石の使用用途で、エリクサーが関係していたと説明したいのだろう。
二人の晒し首が並んでしまう、なんて悪夢も見たくないので素直に許可しておこうと思う。
「ありがとう。実はアルフィネア様に真っ先に話したいのには理由があるんだよ」
ダリムさんがお茶を飲みながらゆっくりと説明してくれた。
もしギルド経由でエリクサーが流れてしまった場合、購入先の優先順位は王族になるらしい。
まぁ当然と言えば当然なのだが、どうやらサザーランド公爵様にはお孫さんがいるらしく、そのお孫さんが奇病に侵されていて命の危機が迫っているそうだ。
医者や回復魔法では治せないと匙を投げられている状態で、公爵家は困り果てているらしい。
回復魔法ってやっぱりあるのだな。そこのところは後で詳しく教えてもらおう。
「それでもアルフィネア様に話をさせてもらっても良いだろうか?」
それはつまり、公爵家の為にこのエリクサーを使用しても良いか? ということだ。
ダリムさんの視線がカノンさんに向かっている。
当然怪我をしているカノンさんの体も、このエリクサーで治すことができるのだろう。
それでも公爵家の為に使ってくれるか、と聞いているのだ。
「良いですよ」
「そう言ってもらえると助かる。私は今から公爵家に転移魔石で向かう」
「え? こんな時間に行って怒られませんか?」
「さっきも言った通り、急を要する事態なんだ。それこそアルフィネア様も飛んできてくださるはずだ。ダダン君、今から一時間後にここにきてくれるかい?」
「わかりました。大金貨五枚分を採掘して、シャワーを浴びてからきます」
「……相変わらず規格外だね」
カノンさんは先に休んでいても良いと言ったのだが、一緒にきてくれるらしい。
ホント、こんな時間まで残業させるとは、とんだブラックな雇用主だ。
オリハルコンの鉱脈を発見してあるので、大金貨五枚分くらいならあっという間だ。
ここに辿り着くのがもう少し早ければ、あんなに騒動にならずに済んだのに。
ニ十分程採掘してギルドに持って行くと、大金貨八枚と金貨七枚で買い取りしてくれたので、借りていた大金貨五枚を返済した。
シャワーを浴びてギルド長室で待っていると、部屋の外が騒がしくなってきた。
どうやら公爵様がやってきたのだろう。
……しまった。カノンさんを部屋に置いてくるんじゃなかった。礼儀作法がわからない。
カノンさんを部屋に置いてきたのは、シャワーを浴びてからだと包帯の処理が間に合わなかったからだ。
仕方がない、僕は子供だから大丈夫、大丈夫――だと思いたい。
とりあえず座って待っているのは駄目だろう。ソファーの前で立って待とう。
ダリムさん、ネネットさんと一緒に部屋に入ってきたのは、着の身着のままという姿でやってきたお爺さんだ。
初老に近い歳で白い髪や髭が特徴の小柄な男性だ。
もっと貴族様! という人をイメージしていたので、肩透かしを食らった感じだが、着飾る事も忘れる程急いできたのだろう。
「ス、スマン。ワシとしたことが少々みっともなかったわい」
公爵様も色々と慌てているのだろう。
自分の姿を客観的に見たのだろうか、ゆっくりとソファーに腰掛けた。
ネネットさんがお茶を用意してくれたのだが、その手足は緊張で震えている。
「アルフィネア公爵様、こちらが話していた少年、ダダン君です」
「初めましてアルフィネア公爵様、ダダンと申します」
「ほう、これはこれは。礼儀正しい少年じゃのう。良い良い、座ってくれ」
「はい。失礼します」
正解かどうかはわからなかったが、何とか第一関門は突破できたみたいだ。
「早速で申し訳ないのじゃが、エリクサーを入手したそうじゃのう?」
「はい。エリクサーかどうか、僕にはわかりませんがこちらを入手しました」
虹色に光る小瓶を机の上に置いた。
その小瓶を見て、アルフィネア様も息を飲んでいる。
「これがエリクサーか。ダリムよ、これは本物なのか?」
「恐らくは、としか言えません。ギルドを通しておりませんので」
ギルドで鑑定すると真贋の見極めができるのだが、このエリクサーは王族へと流れてしまう。
ダリムさんもはっきりと答えられないようだ。
どうやらエリクサーには偽物が存在しているらしい。
本当に望んでいる人の判断を鈍らせてしまう程、病気や怪我を瞬く間に完治させるという薬は魅力的なのだろう。
アルフィネア様は真贋を見極めかねているようだ。
「僕もエリクサーというのを見た事がありません。先程ドロップアイテムで入手したばかりで、これが本物かどうかはわかりません。もしこのエリクサーが偽物だった場合、僕は何かの罪に問われますか?」
「ダダン君を罪には問わないよ。これは私がギルド長として判断したことだ。気にしなくていいよ」
そうか。この小瓶がエリクサーではない可能性もあるのか。
そんな物を公爵様に、病気のお孫さんに使っても大丈夫なのかな?
「少年よ頼む。エリクサーを譲ってくれぬか。この通りじゃ!」
アルフィネア様が机に額を付けている。
「頭をお上げくださいアルフィネア公爵様。お譲りするのは勿論構いません。ですがエリクサーではないかもしれない得体の知れない物を、病気のお孫さんに使うわけにもいきません。これが本当にエリクサーなのかどうか確かめる方法がありますので、試してみても宜しいですか?」
「なんと、そんな方法があるのか! 良い、試してみてくれぬか」
「では少々このままでお待ちいただけますか?」
アルフィネア様をはじめ、ダリムさんやネネットさんも何をするのかわからないようだ。
「カノンさんを連れてきます」
断りを入れてからVIPルームへと戻った。
シャワーを終えたカノンさんは、包帯も新しく巻き終えていたのだが、リビングルームのソファーで僕が戻ってくるのを待ってくれていた。
再びギルド長室に戻り、カノンさんをソファーに座らせた。
「本当ならアルフィネア公爵様にお見せすることではないと思いますが、状況が状況ですのでお許しください」
「ちょっと待ってくれダダン君。カノン君の怪我が治れば、そのエリクサーが本物かどうかは確かに判別できる。判別はできるけど――」
ダリムさんが立ちあがって、僕を止めようと動き出したところで、二本目の虹色の小瓶を机に置いた。
「に、二本目……」
「なんと……」
ネネットさんが腰を抜かしたようで、壁際に座り込んでしまった。
アルフィネア様も驚いているようすだ。
僕はソファーに座るカノンさんの目を真っ直ぐ見た。
「今からカノンさんの怪我をこのエリクサーを使用して治そうと思います。ただし申し訳ないのですがエリクサーが本物だと証明する必要がありますので、みんなが見ている前でその包帯を解いてもらうことになります。それでも使用しても良いですか?」
「ダダン様のお役に立てるのであれば、この身など如何様にも御使いくださいませ」
カノンさんの言葉は本心だろう。
謎の液体を使用される事に関しても全く不満を抱いていないようで、真っ直ぐな瞳で僕の事を見据えている。
カノンさんは自分で包帯を解いていく。
以前にも見せてもらったが、どれだけ医療技術が進歩しても、この傷を治すのは不可能だろう。
「ダリムさん、このエリクサーの使い方はどうすれば良いのですか? 振りかければ良いのですか? 飲めばいいのですか?」
「飲むんだよ、ひと瓶まるまる中身を飲み干せばいい」
「ではカノンさん、飲んでください」
蓋を開けた小瓶を渡すと、カノンさんは一瞬躊躇した後一気に飲み干した。
「伝承の通りなら、瞬く間に傷が――」
ダリムさんが説明し始めて間もなく、目も向けられなかったカノンさんの傷が、眩い輝きを放ちながら別の意思で蠢ているように消えていく。
輝きが放たれた後には、爛れていた肌は健康的な白い肌へ、破損部位は見事に復元されていた。
化け物なんて呼ばれていたのが嘘のように、あどけなさの残る少女が茶色の瞳でこちらを見ている。
艶のあるブラウンの長く真っ直ぐな髪が体を覆い隠しているので、カノンさんは皆に見せるように自分でその髪を背後に払いのけた。
そのまま自分の体を確認するように動かし始めたので、カノンさんが着てきた服をそっと着せてあげた。
「どう? 何処かおかしくはない? 気分は悪くない?」
「……そうですね。あえて違和感と言わせて頂けるのであれば、怪我をする前よりも体全体が軽やかに感じる事でしょうか。そしてダダン様への感謝の気持ちで涙が……涙が溢れてお顔が、……ダダン様のお顔が見られない事が一番の……ひっく」
「もう話さなくて大丈夫ですよ。ありがとうございます。ゆっくり休んでください、お疲れ様」
カノンさんにVIPルームへと戻ってもらうと、その場にいた皆が目頭を熱くしていた。
「この度のエリクサーはどうやら本物でお間違いないようです」
「ゆ、譲ってくれるのか? ワシはいくら支払えばよいのじゃ? 好きな金額を言ってくれ」
「いえ、お代は結構ですので、ちょっとだけお願いを頼まれてはくれませんか?」
「ダダン君、何を言っているんだ! アルフィネア様に対して――」
「ダリムよ、構わん。少年――いやダダン君よ、ワシは何をすれば良いのじゃ?」
「実はですね、僕はアルフィネア公爵様の領地のカロイ村という小さく貧しい村の出身で、半年分の税金が支払えないからという理由で、半月程前にここカルステッド鉱山へ金貨二枚という金額で契約奴隷として売られてきました」
「……ほほう、続けなさい」
「自分で言うのもなんですが、何の取柄もスキルもない七歳の農民の子供が、金貨二枚という金額で売れる物なのでしょうか?」
「……詳しくは調べてみんとワシにも分からん。じゃが高過ぎるというのはなんとなく理解できるぞ」
当然だ。十分の一でもまだ高いと思うぞ。
「僕はその金貨二枚を支払い終え、契約奴隷ではなくなっていたのですが、最近カロイ村の村長が、村の開拓を理由に僕の事を大金貨五十枚で商人に売り付けたそうなんですよ」
「ほほう、それはまた大層な金額を吹っ掛けられたもんじゃな、七歳の子供にのぅ……」
「その辺りの詳しい事実関係をアルフィネア公爵様のお力で調べて頂きたいのですが、お任せ出来ますか? それとこのままだと僕はまた食い物にされてしまいますので、カロイ村の所属からカルステッド鉱山ギルドの所属に変更していただけませんか?」
話しながら先程の商人達が持っていた契約書の束を差し出す。
動かぬ証拠というヤツだ。
「はっはっはー! いいじゃろういいじゃろう。孫の命の恩人の頼みじゃ。徹底的に調べさせてもらおう」
「僕がカロイ村に住んでいた時から、盗賊の類が村の周囲に陣取っていましたので、その辺りの事実関係もお調べいただけたら、と思います」
アルフィネア様は契約書に載っている商人の名前を、一つずつ覚えているようだ。
「そうかそうか、ワシの領地で盗賊のぅ。数日でケリがつくじゃろう、それまでこのカルステッド鉱山で採掘しておればええ。ダリムに知らせを寄越すわい」
「ありがとうございます」
「……こちらこそ感謝する」
ここまで話したところで、アルフィネア様は再び机にオデコを擦りつけた。
「ではさっそく失礼する。近いうちにまた寄らさせてもらうとしようかの」
「お孫さんのご無事をお祈りしています」
アルフィネア様はエリクサーを手に取り、用意していた転移魔石で戻って行った。
その姿を見てダリムさんとネネットさんが、どっと疲れた様子でソファーに腰掛けた。
「もう一生分驚いたと思います……」
ネネットさんはソファーでぐったりとしている。お疲れ様でした。
深夜で静まり返ったギルド内を歩きVIPルームへと戻ると、カノンさんがリビングルームで待っていてくれた。
泣きつかれたようすでボーっとしている感じがする。
うん、年頃の可愛らしい女の子だ。
「ダダン様、お礼の言葉も見つかりません。私はどうすれば良いのでしょうか?」
また涙が溢れてきたようで、大粒の涙が頬を伝っている。
「落ちぶれても商人の娘です。私が飲んだエリクサーがどれ程貴重な物か、どれ程高価な物か、今ではその価値がわかります。しかしそんな高価な薬で治療して頂いて、私はこの先どうやって恩返しをすれば良いのかわからないのです」
「そんな事を言われても……」
「どんな事でも致します」
カノンさん、ちょっと近いんですけど。
怪我が治って迫力が増した気がするのは気のせいだろうか。
「どんな事でもと言われても……。では最低でも僕がこの家業を引退するまでは、雇用され続けてください」
「もう! そんな事は当たり前です! そもそも私は辞めるつもりなど全くありません!」
「カノンさん近いって! 怖いって!」
泣きながら怒られるのは怖いのです。
ずっと泣き止んでくれなかったので、とりあえず今まで通りで良いですと伝えると、泣き疲れたのかそのままリビングルームのソファーで眠ってしまった。
カノンさんも今日はずっと頑張ってくれたから疲れたのだろう。
お疲れ様でした。
カノンさんがエリクサーを飲む場面を少し修正しました。




