第十二話
――翌朝――
新聞を丸めて棒状にした物を用意した。
これでカノンさんにぶん殴ってもらって、防御力の確認をしようと思う。
先ずは指差呼称を行わずに、ヘルメットのみを着用した状態だ。
カノンさんの指差呼称は効果を失っている。
流石に攻撃力が上がっている状態で殴られるのは怖かった。
「……本当に宜しいのですか?」
「うん。ヘルメットの部分を上から叩いてください」
「畏まりました」
カノンさんが丸めた新聞を振りかぶって、僕の頭に叩きつけた。
バシン! と音は鳴ったが、普通の衝撃だ。ヘルメットの上から叩かれた、というごく普通の感覚だった。
「うん、普通だった。次は腕の部分を叩いてくれるかな」
「はい」
同じようにバシン! と叩かれたのだが――
「痛ってーー!!」
「だ、大丈夫ですか!」
腕の叩かれた部分が真っ赤に変色している。
どうやら防御力が上がっているのは、ヘルメットの部分のみ。
つまりヘルメットの部分以外は生身と同じなのだろう。
ヘルメットでこれなのだから、ニッカポッカや安全靴も同じで、装備しているその部分だけが守られているのだろう。
……カノンさん容赦がないのー。腕がもげるかと思った。
次はヘルメット、ニッカポッカ、安全靴を装備した状態で、ツルハシを背中に装備してみた。
これで全てのステータスが上昇しているはずなので、この状態で腕を叩いてもらう。
「ゆっくり叩いた方が宜しいでしょうか?」
「いや、さっきと同じで思いっきりやって……ください」
少し腰が引けながら腕を叩いてもらうと――痛くない。
「全く痛くない。叩かれた感覚がほとんどないくらいだ」
「つまり四つの装備を身に着けていれば、全身の防御力が大幅に上がる、という事ですね」
「そうみたいです。よし次は指差呼称を行ってから確認しましょう」
全て装備した状態で指差呼称を行い、今度は全ての装備を外してみた。
バシン! と腕を叩かれたのだが、痛みは殆ど感じなかった。
「この新聞だと、指差呼称をする前と違いがわかりません。今度はキッチンからナイフを取ってきてください」
「……正気で仰ってますか?」
「うん。思いっきりぶっさせ! とは言わないです。少し肌に当ててみて様子をみましょう」
「……畏まりました」
カノンさんが恐る恐るという感じで、僕の肌にナイフを当ててくれたのだが……刃が肌で弾かれている。
肌がカチカチに硬質化しているようだ。
指で肌を触っている時には、全然そんな感じはしなかったのだが、刃物などの武器類が当たる時だけ変化するのだろうか。
ともかくここまで防御力が上がるのなら、外出時はヘルメットなどを装備していなくても、装備を整えた状態で指差呼称だけしっかりと行っていれば、怪我をすることもなさそうだ。
カノンさんにも指差呼称を行ってもらいギルドに向かうと、今日はネネットさんと一緒にダリムギルド長が対応してくれた。
「どうしたのですか? 朝からなんて珍しいですね」
「僕は今日から暫く留守にするから、ちょっと話をしておこうかなと思ってね」
「出張ですか?」
「そう。サザーランド公爵家のアルフィネア様に副所長のことで話をしに、ね」
あー、そういやそんな人も居たかな? というくらいには頭から存在が消えていた。
そろそろ本格的にデッパラ副所長をどうにかしてもらいに行くのだろうか。
アルフィネアさんというのは、ご当主様かな?
「サザーランド公爵家のお屋敷がある領都までは、馬車で六日程掛かるから往復で二週間程留守にするよ」
「結構大変ですね」
「そこで、なんだけど。ダダン君にお願いがあってねー」
出た。ダリムさんのお願いだ。
狙った鉱石が掘れる事がわかってから、色々と需要のある鉱石をおねだりされてきたのだ。
「最近このカルステッド鉱山でも珍しい鉱石が沢山採掘されるようになって、各地から商人達が集まり始めているんだよね」
「へー。それは良かったですね」
「彼らが今後もカルステッド鉱山にきてくれるようになると、麓の町ももっと発展すると思うんだよ」
「つまり商人の皆さんから、何か鉱石の催促を受けている、と」
「いやー、そんなことはないんだけどさ。以前にアダマンタイト鉱石が大量に採掘されたと聞きつけて、きてくれている商人達も多くてね」
「はいはい。アダマンタイト鉱石ですね」
ホント、このギルド長は頼み方がイヤらしいんです。
「それと宝石関係も取れるんじゃないかなーって期待されて――」
だんだん遠慮しなくなってきているし。
「そうですね。見つかればいいですね」
そんな会話を朝から続けて、ダリムギルド長が安心したように部屋を出て行くのを見送ってから、僕達もベースキャンプへと向かった。
この日はギルド長のお願い通り、アダマンタイト鉱石を少し採掘して終わったのだが、事件は次の日に起こった。
ベースキャンプより更に下層には、アダマンタイト鉱石や更に高値で取り引きされているオリハルコン鉱石が大きな反応を示している。
しかしその周囲では岩石魔人に変化する魔石よりも、更に強い反応を示している魔石がゴロゴロあるので、暫くはそこまで行かないでおこうと思っていた。
ベースキャンプ周辺で採掘してギルドに戻り、ネネットさんに個室で対応してもらっていると、急に外が騒がしくなった。
バタン! と勢いよく扉が開けられ、デッパラ副所長と数人の男達が乗り込んできた。
「副所長! 今は応対中ですよ!」
「やかましいクソ女! 黙っとれ! おい、このクソガキだ」
乗り込んできた男達は、武闘派という訳ではなく、どちらかというと商人のようだ。
その男達が数枚の書類を渡してきた。
「ゲハハハ、残念だったな。クソガキ! 貴様は再び奴隷として売られたのだ!」
「……は?」
書類を確認しようとしたのだが、僕よりも早くネネットさんが書類を手に取り確認し始めた。
「貴様の村の村長が、村の開拓の為にここに居る商人達から金を借りたのだ。貴様は金を稼げるからな、彼らも喜んで出資してくれおったぞ」
「我々はそのお金で村に大量の物資を送りました。こちらがその証明書になります」
ネネットさんはその証明書も奪い取って確認してくれている。
「そ……そんな、大金貨五十枚分ですって? そんな馬鹿げた金額を、少年の契約奴隷の金額にだなんて、聞いたことがありません!」
「そちらの副所長から、彼にはそのくらいの支払い能力があると伺っております。期限以内に払っていただけないようでしたら、契約金額分をこちらの鉱山にてクルーとして作業させて、返済させると伺っております」
「そ、そんな馬鹿な話が――」
「そちらの契約書を見ていただければ、我々の言っている話が出鱈目ではないと理解していただけると思いますが?」
「ぐ……」
契約書を隅々まで読み込んでいるネネットさんと、ネネットさんの読み終わった契約書を読み込むカノンさん。
二人掛かりで見ても、その契約書には不正の跡が見られないらしい。
契約内容はふざけていても、何故か書類そのものは行政を通った正規の書類なのだろう。
大金貨五十枚分をクルーで働いて返済するだと? そんなの何百年掛かるんだよ。
こんな事なら採掘を頑張る前に、あのクソ村長をシメとけば良かった。
僕の所属が村のままだから、僕の意思に関係なく決められてしまうのだろう。
「……それで? その金額の支払い期限はいつまでなのですか?」
大金貨五十枚だろ? 数日で採掘して支払えばいい。
そのままクソ村長をぶっ殺しに行けばいいだけだ。
あの野郎、どこまで僕から毟り取れば気が済むというのだ。
薄い前髪だけじゃなくて、前歯も全部引っこ抜いてやる。
「それがダダン君……支払い期限が今日までなのよ」
「は? 今初めて聞いて期限が今日まで?」
時計が刺している時間は夕方の六時だ。
つまり後六時間以内に大金貨五十枚分を支払わないと、クルーとして一生を過ごす事になるのだな。
何てふざけた契約だ。
「ネネットさん、すぐに転移魔石数個と転移魔法陣のスクロールを用意してください!」
「採掘に行くのね、わかったわ」
ネネットさんが急いで部屋を出て行き、転移魔石とスクロールを持って戻ってきた。
「それとここは少し任せても良いですか? まだあと六時間近くあります。ギリギリまで採掘してきますので、ネネットさんはすぐに支払えるように大金貨五十枚分を用意しておいてください」
「おい待て貴様! 何処へ――」
デッパラが個室の出口を塞いでいたが、突き飛ばして部屋を飛び出した。
「カノンさんゴメン、ちょっと残業になるけど付き合ってくれるかな?」
「勿論です。あんな卑劣な行為、許してはいけません!」
少しお怒りの様子のカノンさんを連れて、ベースキャンプへと転移した。
とにかく時間がない。高額で買い取りして貰えるオリハルコンを採掘して、一気に稼ぐしかなさそうだ。
ただしオリハルコンが採掘できるのは、かなり下層なのでそこまで掘り進める必要がある。
暫く行かないでおこうと決めていたのだが、そんな悠長なことを言っている場合ではなくなってしまった。
「ダダン様、大金貨五十枚まであとどのくらい採掘すれば宜しいのでしょうか?」
「恐らくですが、あと大金貨二十枚分くらいは必要だと思います」
今まで採掘していた分を貯金していたのだが全然足りない。
残り数時間でどこまでオリハルコンを採掘できるかが勝負の分かれ目になるだろう。
真下へと掘るにはカノンさんが立つスペースが足りないので、螺旋状に掘り下げるしかない。
「ぅるぁー! 全力だ! 絶対に採掘してやるからな! 待ってろよクソ村長!」
「ダダン様が少し怖いです」
「何か言ったか?」
「いえ……」
背後のカノンさんの声がよく聞き取れない。
発破の最中を突き進んでいるので当然だ。
大丈夫、オリハルコンまで辿り着くのに時間は充分にある。
辿り着いたら二人掛かりで採掘すれば何とかなるだろう。
残り時間を計算しながら掘り進めていると、更なる問題が起こった。
「おいカノン! クーラーが効いてないぞ?」
「申し訳御座いません! 少し強くします!」
何だか暑さが増してきたのだ。
更に掘り進めていると、龍の背中の岩盤が、黒色から赤色に変色した。
「どうなってんだこれは?」
「私にはわかりませんが、硬さはどうでしょうか?」
「いや、問題ない。今まで通り掘り進められるが――くるぞ!」
岩石魔人と同じように強い反応の魔石が魔物化するのであれば、この強力な反応の魔物は危険かもしれない。
赤い岩盤がボロボロと剥がれ落ちるように魔人化するのかと思いきや、ド派手な魔人が赤い壁を突き破って突進してきた。
「何だコイツは!」
岩石魔人よりも一回り大きく、虹色にギラギラと輝いている。
目がチカチカしてじっくりと観察しにくい魔人だ。
動きは岩石魔人よりも少しだけ早い。
力は同じくらいで、僕のツルハシの方が高火力なので――
「今は忙しいんだ! 邪魔をするな!」
ツルハシを振り下ろせば爆散――はしなかった。
振り下ろした一部は弾け飛んだのだが、その瞬間から部位が再生していく。
自己再生とか、今一番出会いたくない能力の持ち主じゃないか。
その後何度も攻撃するのだが、なかなか再生分以上に削り取れない。
「カノン! 二人掛かりで攻撃するぞ!」
「はい!」
振り回す両腕を避けながら、二人同時にツルハシを振り下ろす。
何とか再生スピード以上に削り取れるようなので、このまま攻撃を続けるしかなさそうだ。
暫く続けていると、胴体部分の中央に黒い部位が見え隠れし始めた。
「あの黒い場所を集中して攻撃するぞ!」
どうやらこの黒い部位がこの魔人のコアだったようで、ツルハシが当たるとその瞬間に魔人が爆散した。
「はぁはぁ、くそ、滅茶苦茶時間をロスしたじゃないか」
「ですが、撃破できました――あの、そこに落ちているのは、魔石と――何でしょうか?」
「ん?」
カノンさんが指差す先には、先程の魔人が落とした魔石と、魔人の体の一部のように虹色に光る、小さな小瓶が落ちていた。
「……奇麗な小瓶ですね」
「これは何だろう。カノンさんはわかる?」
「いえ、申し訳ありませんが見覚えがありません。後でネネットさんに見て頂きましょう。今は先を急いだ方が良さそうです」
そうだった。そうでなくとも時間を大幅にロスしてしまっているのだ。
そしてこういう急いでいる時に限って、雑魚モンスターは襲ってくるものだ。
その後に二回、計三つの魔石と謎の小瓶を入手したのだが、その分以上に時間を取られてしまった。
漸くたどり着いたオリハルコンは金色に輝く鉱石だった。
巨大な鉱脈を掘り当てたようだ。
二人掛かりでボコボコと採掘して行くのだが――時間が足りない。
「ダダン様、買い取りの査定時間を考えれば、そろそろ限界です!」
「くそ、仕方がない。戻ろうか……」
駄目だ。多分足りない。
大金貨で数枚分は足りないと思う。
この場所に転移魔法陣のスクロールを設置して、転移魔石のリンクを済ませてから、ギルドの魔法陣へと戻った。
「「「おおー! 戻ってきたぞ!」」」
僕達の事はマイナー達の間で噂になっていたようで、大勢のマイナー達が受付に集まっていた。
「ネネットさん! これを!」
待ち構えていたネネットさんに収納袋を渡した。
後は査定結果を待つのみだ。
カウンターの奥には、僕を信じてくれていたのだろう、山積みにされた大金貨が用意されている。
職員が奥の部屋で査定してくれているのだが――足りないだろうな。
「ダダン君がギルドに預けているお金が大金貨三十一枚と金貨七枚とちょっと。今の採掘分と合わせて不足分が少しなら、私達ギルド職員達の貯金で何とかしようって話はつけてあるわ」
「ネネットさん……皆さん。ありがとうございます」
「でも私達の貯金なんて、合わせてもたかが知れてるわ。あまり期待しないでね」
「お気持ちだけで充分です。ありがとうございます」
ギルドの広場ではデッパラが偉そうに演説している。
やれ所詮は平民だの、奴隷はいつまで経っても奴隷だの、貴族に逆らうからどうとか喚いている。
周囲の商人達もデッパラと一緒になって騒いでいる。
仮にこの危機を乗り越えたとしても、こいつらをどうにかしないと、僕は一生食い物にされてしまいそうだ。
支払期限の十二時まであと五分というところで、ギルドの奥から男性が現れた。
査定結果が出たようで、トレイに硬貨が山積みにされている。
「査定結果がでたわよ!」
ネネットさんの一言で、ギルド中が静まり返った。
皆が固唾を飲んで見守っている。
デッパラ達も静かに聞いているようだ。
「大金貨十五枚と金貨三枚……大金貨三枚分足りないわ」
「「「「うおー!」」」」
ギルドにどよめきが起こった。
大金貨十五枚分を数時間で採掘してきたという驚きのどよめきと、五十枚に届かなかったという安堵にも似たどよめき。
二つが折り重なってギルド中がパニックになっている。
「すいませんネネットさん、ギルドからお金の融資はしていただけないのでしょうか!」
カノンさんが必死に訴えかけている。
「ごめんなさい。融資の決裁にはギルド長の許可が必要なのよ」
くそ、デッパラめ。
わざわざギルド長が留守のこの時を狙ってやがったな。
こういうところだけは頭が回るヤツだ。
「ゲハハハハ、貴様は奴隷、奴隷だ! 一生なー! 一生、一生、ド、レ、イ!」
とにかくこいつを黙らせてやろうか。
「……そうですダダン様、先程のドロップアイテムを見ていただきましょう!」
「ドロップアイテムが出たの?」
「そうなんですよ、僕達じゃコレが何なのかわからなくて、ネネットさんはご存知ですか?」
カノンさんのバックパックから取り出した七色に光る小瓶を手渡した。
「……こ、ここコレは――」
「お金になりそうですか? それならすぐに換金を――」
「ちょっと待ってください!」
僕とネネットさんの間に、デッパラと一緒に騒いでいた一人の商人の男が割り込んできた。
「その小瓶、私が買い取りましょう。大金貨三枚でどうでしょうか? これで支払いは間に合いますよね?」
……一瞬思考が停止してしまった。
この人達は僕を陥れたいのではなかったのか?
大金貨三枚だと契約奴隷分の金額を支払えてしまうぞ?
時計は十二時三分前を指している。
そしてネネットさんは小瓶を持つ手が震えていて、もう片方の手には謎の赤い魔石がしっかりと握り締められていた。




