第十一話
「あの、ダダン様……」
「何ですか?」
「私が隣を歩いても宜しいのでしょうか?」
「どうして? 歩いていいよ?」
「私のような容姿の者が隣を歩くとご迷惑に――」
「だから気にしなくていいってば。ほら、早く行くよ」
カノンさんを連れて麓の町を歩いているのだが、すぐに僕の背後を歩こうとする。
まだ包帯でグルグル巻きの容姿の事を気にしているようだ。
「僕とカノンさんは対等な立場で契約しているのだから、後ろを歩かれると困ります」
「そんな、私は雇用して頂いている立場ですので――」
「契約書にサインしたのはカノンさんですよ」
「うう……」
全然読まずにサインしたみたいだが、あの契約書にはしっかりと上下関係はないと書いておいた。
金銭面でも後で揉めないように細かく記載しておいたし、契約解消後は続けるのも辞めるのも、カノンさんが自由に決められるようになっている。
商人の娘さんだそうだし、ダリムさんに契約書を作成してもらったのだ。
「ご両親からしっかりと教育を受けていると聞いています。僕は子供で世間の常識にも疎いので、カノンさんから色々と教えてもらえると嬉しいです」
「は、はい。精一杯頑張ります」
「それとカノンさんの容姿の事を馬鹿にしてくる人が居れば、僕が厳重注意させてもらいますから、堂々としていてください」
「はい。申し訳御座いませんでした」
カノンさんを連れて向かっているのは、モルツさんの武具工房店だ。
「ごめんくださーい」
「はーい、すぐに行きます!」
奥の工房を除いて見ると、やはりと言っていいのか、武具ではなく家具の製作を行っているみたいだった。
カノンさんのヘルメット、ニッカポッカ、安全靴の発注をお願いすると、今回は明日の朝にはできると言われた。
「早くないですか?」
「そりゃそうだよ。一度作ってるからね。作り方が決まれば早くもなるよ。じゃあ採寸をするから」
触れても大丈夫ですかとカノンさんに尋ねながらメジャーを当てている。
その間にカノンさんの紹介と、エースになった事などの世間話をしていたら、支払いを済ませた頃にはお昼を回っていた。
その後は小物類の買い物だ。カノンさんの鉱山用品の購入と、VIPルームで使用する日用雑貨、明日の食材を購入して、全部カノンさんの新しいバックパックに詰め込んだ。
服も購入しようとしたのだが、自分はまだ役に立つというところを見せられていないので、もらう訳にはいかないと断られてしまった。
強引に買い与えても良かったのだが、遠慮をしている感じでもなかったので、次の買い物の時にでも購入しようと思う。
購入した荷物を全てVIPルームに置き、急いで酒場に向かうと既に宴会が始まっていた。
僕が入店すると、場が一気に盛り上がったのだが、カノンさんが続いて入店すると、一瞬時が止まったように静まり返ってしまった。
「彼女はカノンさん。僕が雇用する事になりました。皆さんよろしくお願いします」
「カノンと申します。ダダン様のもとで精一杯頑張らせて頂きます。宜しくお願い致します」
「なんだダダンが雇った子かー。うん、こっちこそよろしくねー! さあこっち座って座って!」
ララーさんは僕達を席に着かせると、乾杯の音頭を取り、再び盛り上がり始めた。
カノンさんは遠慮して椅子で小さくなっていたので、沢山食べてくださいとお願いすると少しずつ口へと運び始めた。
「……しまったな、ゴメン。もっと早く気付くべきだった」
「えっと、どうかなされましたか?」
「カノンさんはこれまで殆ど食事を摂っていなかったのですよね? お腹が空いていたでしょう」
僕がカルステッド鉱山に連れられてきた時に、腹ペコだったことを忘れていた。
同じ状況だったカノンさんもきっとお腹が減っていたに違いない。
お昼からしっかりと食べさせてあげれば良かった。
「えっとその……はい、すこし」
「今度からはそういうの、お互いにちゃんと話し合っていきましょう」
「はい、申し訳御座いませんでした」
二人で小さく乾杯をしてから宴会に参加した。
食事をしながらカノンさんと色々話し合った。
身長はララーさんよりも一回り小さいくらいのカノンさんは、今年十五歳だという。
両親が事故で亡くなったことや、商会の話も聞いた。
体のことも聞いた。天気によって痛む日もあるが、基本痛みはないそうだ。
ただし関節や両手足の可動域が狭いので、鉱山では役に立てそうもないと落ち込んでいる。
全然問題ないと言っても、声のトーンは明るくならない。
僕が考えている作業だと、カノンさんが居るだけで断然効率が上がるはずなので、現場で信じてもらうしかなさそうだ。
最後に叔父への復讐は考えているか、と深く入り込んだことも聞いてみたのだが、全く考えていないという。
「今はダダン様のお役に立つ事しか考えておりません」
しっかりと目を見て言ってくれたので、期待しています、とだけ応えておいた。
「ダーダーン―! これ見てよー!」
ララーさんがジョッキを片手に持ったまま胸元をアピールをしてくる。
そこにはブルーの大粒の宝石が輝いていた。
「ララーさんの髪の色と同じで凄く似合ってますよ」
「でしょー! これは絶対に買いたいと思っていたのよねー! この宝石、何かわかる?」
「……えっと、サファイア、かな? ごめんなさい、あまり詳しくなくて」
「もう、そうじゃなくってさー。このサファイアはねー、フフ。ダダンが採掘した宝石よ」
「もしかして、あの時の?」
「そー! アタシとダダンが出会った日に生まれた子なのよ! こんなのアタシがお迎えしなきゃ駄目でしょうよ!」
いや、駄目なことはないと思うのだが。
大粒だし、青というか碧というか、色の深みも綺麗なのでお値段は高そうだ。
「……お金は大丈夫だったのですか?」
「全然大丈夫じゃないわよ! ふぇーんダダン、お金貸してーおねがーい」
駄目な大人の見本みたいな人だ。七歳の子供に借りようとしないでほしい。
ララーさんはお酒を飲む度に残念な部分を見せてくれる。
でも僕が採掘した宝石で、知り合いの方が喜んでくれるのは嬉しいものだな。
探知でこのサファイアを見ても、今でも強い反応を示している。
鉱山でもちょっとお目にかかれない反応だ。
そしてまた今度奇麗な宝石を見つけた時には、知らせるようにと念を押されたのだが、絶対に内緒にしておこうと決意した。
翌朝ベッドルームから出ると、香ばしくていい香りがリビングルームに漂っていた。
「おはようございますダダン様」
「おはようございます。良い匂いですね」
カノンさんが朝食を作ってくれていた。
ベッドルームが幾つも余っているので、カノンさんにはこの一つを使用してもらっている。
勿論契約書には記載済みなので、有無を言わさず住み込んでもらっている。
「一緒に昼食もお作りしておりますので、お口に合えば宜しいのですが」
「ホントに? ありがとうございます」
いやーホントいい子を雇えて良かった。
朝食の準備を待っている間に毎朝の恒例行事である、買取価格表のチェックを行う。
今日から窓の下を眺めるだけなので、非常に楽になった。
いつも通りメモしていると――
「あの、ダダン様。何をなさっているのでしょうか?」
「何って、買取価格表をチェックしているのです。毎日変わりますからね」
「……毎日なさっているのでしょうか?」
「そうですよ。毎日の価格変動を見ているだけでも色々とわかってきますから」
カルステッド鉱山にきてから半月程が経過しているので、毎日の価格を折れ線グラフにして表示してみた。
「……これは……凄いです」
「でしょ? どの鉱石が下落傾向にあるのか、一目でわかりますよね」
そしてギルド職員に配布されている新聞を、VIPルームにも届けてほしいと依頼しておいたので、玄関扉の外まで取りに行く。
「……この日にドレイトライト鉱石の価格が大きく下落しておりますね」
「うん。僕が大量に採掘した日から二日後ですね。どうやら買い取り価格に影響されるのに二、三日掛かるみたいです」
「成程。珍しい鉱石でも、一気に市場に流れると価格が下落するのですね……勉強になります」
カノンさんは驚いた様子で折れ線グラフに見入っている。
商人の娘さんだし、こういうのは気になるのだろう。
そして取ってきた新聞をカノンさんに渡す。
「そこの見出しに北のバルムヒュッテ帝国とオーズウォル辺境伯領との戦争の話が出ていますよね」
「はい。長年いざこざが続いている地域と聞いております」
そこの戦争で僕の父が亡くなっている。
父が徴兵された時だけ、本当にその時だけ大きな武力衝突が起こったそうだ。
その時以外はお互いに牽制し合っているだけなのに。
色々と思うところはあるが、今は気持ちの整理ができている。
「そう、ずっと続いているいざこざなのに、これを見てくれるかな」
再び折れ線グラフをカノンさんに見せる。
「このグラフでは金と銀の価格が下落しているでしょ?」
「はい。……何か関係があるのでしょうか?」
「わからない。あくまで推測でしかないけど、今回は大きな戦争になるのかもしれない。そう感じている貴族の方達が持ち出しやすいように、金貨や銀貨の資産を宝石に換えているのかもしれない」
今度は宝石関係のグラフを見せると、同じ日から少しずつ上昇傾向になっている。
宝石は国外に持ち出しても換金しやすいから、資産家達も宝石に換えているのかもしれない。
カノンさんはそのグラフを見ながら言葉を失っている。
「情報が少ないから、あくまで推測でしかないよ?」
「いや……それでも……凄いですダダン様」
「これから戦争の準備が本格的に始まると、鉄やミスリルの価格が上昇し始めると思うから、いつでも掘り始められるように今日から準備しようと思う」
「……はい。お供致します」
「じゃあ朝ご飯を食べて早速準備をしよう」
モルツさんの武具工房へと向かい、カノンさんの装備を受け取った後、ギルドに顔を出すと個室へと案内された。
今日からは専属職員のネネットさんが個室で対応してくれる。今までみたいに受付で待たされなくなるし、買取価格で周囲を騒がせることもなくなる。
ネネットさんにカノンさんを紹介すると、複雑な表情をされた。
「……同情などで雇ったわけでもないのよね?」
「当然です」
「スキル、よね。……わかったわ。何も聞かないわ。気を付けて行ってらっしゃい」
収納袋やツルハシを受け取り、ギルドの広場へと向かった。
その中央でカノンさんと向かい合う。
「今からお互いの装備品を確認し合います。大きな声で僕の後に続いてください」
「は、はい」
周囲からは二人に増えたぞ? などと聞こえている。
僕としてはもっと増えても良いと考えている。
独占状態ではなくなるが探知が使える分、まだ僕の方が採掘には有利だし、ギルド全体で事故が減るのだから、指差呼称はドンドン真似してほしい。
誰が最初に気付いてくれるかな? とワクワクしている自分も居たりするのだ。
「右よーし!」
「み、右よーし!」
「声が小さい! やり直し!」
「はい、申し訳御座いません!」
「右よーし!」
「右よーし!」
「左よーし!」
「左よーし!」
カノンさんも恥ずかしがっていたが、徐々に声も大きくなる。
「本日もご安全に!」
「ご安全に!」
『指差呼称が発動しました』
脳内のアナウンスを聞いたカノンさんは、ビクッとして立ち止まっている。
「何故こんなことをしているのか、わかって頂けましたか?」
「何となくですが……はい」
「周囲を見てください。僕達と同じように指差呼称を行っている人は居ませんよね? つまりそういうことです。笑いたい人には笑わせておきましょう」
「はい。心得ました」
カノンさんはスキルの詳細が見えるわけではない。
それでも脳内のアナウンスで何かを感じ取ってくれたようだ。
「では行きましょう」
二人のヘルメットに装着したライトを点けた後、転移魔石を使用してベースキャンプへと向かった。
「これは――凄い景色です! キレイ……」
カノンさんはポカンと口を開けたまま、宝石や結晶が散りばめられた天井を眺めている。
転移魔石に驚いている様子もないようだ。
「ここが僕が活動拠点にしているベースキャンプで、だいたい地下四百メートルくらいの場所です」
「綺麗な場所ですが……暑いですね」
「でしょ? だからカノンさんの存在は必須なのですよ!」
「でもそれだけでは――」
「それだけではありません。今からカノンさんの役割を説明します。まずは暑いのが嫌なので僕の背後から離れないでください」
「はい」
「そして先程預かった収納袋の口を開いたままで居てください」
「? は、はい」
「以上です。説明するよりも見てもらった方が早いので、付いてきてください」
カノンさんの手を取り小さな横穴を抜けた。
ベースキャンプの景色を壊したくないので、なるべくこの穴からさまざまな場所に掘り進めているのだ。
「っしゃ! 行くぞ!」
ツルハシを振り下ろすと壁が爆散したのだが、その瞬間に瓦礫や土煙が収納袋に吸われていった。
「よっしゃー! 狙い通りだ!」
いちいちツルハシと収納袋を持ち替える必要がなくなるので、収納袋を開いてくれている人が居るだけで、掘るスピードが何倍にも跳ね上がると考えていたのだ。
カノンさんは何が起こったのかよくわかっていないようだ。
「今日中にミスリル鉱石の手前まで掘り進めるぞ!」
一気にペースアップして掘り進めたのだが、カノンさんはボケッと坑道の入り口で突っ立ったままだ。
「何ボケッとしてんだ! 暑いから離れるんじゃない!」
「は、ははい! 申し訳御座いません!」
やっと我に返ったようで、すぐ後ろを着いてきてくれるようになった。
今までだと昼まで掛かるくらいの距離を、二時間ちょっとで掘り進めてしまった。
「よし、休憩だ!」
「……あの、私まだ何もしておりませんが」
「ではお茶の準備をしてください」
全然納得がいっていない様子だったが、テキパキとお茶の準備をしてくれている。
「それとダダン様、先程掘り進めている間に、魔物のようなものが出現したように見えたのですが――」
「はい。出ましたね」
出たけど、出た瞬間に爆散してたよね。
よく見てたな。僕でも気付くのにちょっと時間が掛かったのに。
ツルハシを振り下ろしながら突き進んでいたら、いつもの岩石魔人が出たのだ。
可哀相に。登場シーンすらなかった。
「あれは弱いヤツだから大丈夫です」
「恐らく岩石魔人と呼ばれる魔物でしたよね?」
「そうだよ。良く知ってますね。そうだ、カノンさんも倒してみますか?」
「そんな、無理ですよ!」
「全然無理じゃないですよ。指差呼称しましたよね? 炭鉱夫スキルはそういうスキルなのです」
「……」
そういえば、掘るのに夢中で炭鉱夫スキルの説明を全くしていなかったことに今気付いた。
ざっと炭鉱夫スキルの説明をすると、カノンさんは黙り込んでしまった。
「……そんな大切な事、私に話しても良かったのでしょうか?」
「逆に話さない理由がないよ。暫く一緒に行動するのに、いざという時に動けなかったら困りますから。ここまで話すのが遅くなったのは僕のミスです。穴掘りに夢中になってしまいました。ゴメンなさい」
「そんな、頭をお上げください! そういう事ではなくて、私がこの話を他の方に話すとは考えなかったのですか? これは大金が動くお話ですよ?」
「別に話しても良いとは思うけど、カノンさんは話さないと思ったから全部話した、かな。……え、話すのですか?」
「話しませんよ! もう!」
何だか最後は少し自棄になっているように納得されてしまった。
「では休憩が終われば、私がツルハシで穴を掘ります。ダダン様が後ろで待機してください」
「それは駄目です」
「どうしてですか! 私が雇われているのですから、私が辛い作業をするのは当然です!」
「いや、そうではなくて、単純に僕が掘るのが好きで掘っているからです。だから代わりたくありません」
「……本当ですか? 私に辛い作業をさせない為ではないですか? 体を気遣ってくださっているわけではありませんか?」
「うん。全然違います。ただの僕の我が儘です。でも魔物は一度倒してみてほしいので、休憩が終われば真っ先に倒しに行きましょう」
「ね? 弱かったでしょ?」
魔石の反応へと向かい、カノンさんに魔物の討伐を任せてみたのだが、呆気なかった。
可動域が狭くなっているという体で、ツルハシは上手く振れないようだったが、それでも岩石魔人の拳を躱してからの一撃で仕留めていた。
「……自分の体ではないみたいです」
「だよね。僕もいつもそう思ってるよ」
「怪我の状態も良いみたいですし、何より体が軽いのでずっとこの状態で居たいです」
なるほど、ステータス上昇の効果か。それなら朝晩に一日二回、ずっと続ければ効果を持続できるので、カノンさんには指差呼称を続けてもらった方が良さそうだ。
この日は特に鉱石の採掘などは行わず、魔人を討伐した魔石のみの収穫でギルドへと戻った。
カノンさんの初仕事だったので、早めに切り上げたのだ。
「今日はお疲れ様でした」
「……私は全然疲れておりませんが、ダダン様はお疲れ様でした」
少し冗談っぽく言われてしまった。
ギルドの個室でネネットさんに対応して貰い、カノンさんが魔石の買取金額に驚いていた。
まさかあんなに簡単に倒せる魔物が落とす魔石が、こんなに高値で買い取ってもらえるとは思わないだろう。
因みに岩石魔人の討伐は全て僕が行っていると報告している。
まさかこの怪我のカノンさんが討伐しているとは思わないだろう。
「ネネットさん、このツルハシって買い取りできませんか?」
「え? そのツルハシが良いの? 良かったら新品もあるわよ?」
「では新品の方が良いです。誰かが使っているツルハシじゃなくて、自分のツルハシが欲しいといつも思っていました」
「そういう事なら用意するわ」
ツルハシを持ち帰りたかったのには別の理由がある。
一つはカノンさんの指差呼称だ。一日二回してほしいので、VIPルームでも行えるように持ち帰りたかった。
そしてもう一つの理由は、カノンさんがきてくれたので、防御力のテストがやりたかったのだ。
明日の朝、指差呼称の効果が切れている状態で、ひと通りテストを行ってみよう。




