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8.

 ここがクランベルとかいう奴の住み処か……これ、住み処……か?

 オレは目の前にあった建物を見上げてみる。歯車がギーコーギーコー音を立てて、回っている。というか、建物がまるごと歯車と歯車と歯車だけで構成されているような気がする。

 なんだこの機械仕掛けの何かは。これ、住み処ではないだろ。普通、こんなの住み処にしないし、そもそもこんな建物を建てることはない。魔女というものはベルベートといい、何処かセンスがズレているような気がする。




「何か失礼なこと思ってるでしょ」


「全然思ってない」




 オレが失礼だと思っていないから、間違っているわけではない。と主張しておく。




「とりあえず、上がろうぜ」




 オレたちはその歯車の塊の中に入っていく。それにしてもこれ、どうやって動かしているのだろう。建てるのに相当苦労するだろうな。魔法でも使って建てたのだろうか。

 中にある階段を上りながらいろいろと思う。ベルベートのところもそうだったが、どいつもこいつも皆ご丁寧に階段を用意して上らせてくるな。

 オレは心で悪態をついて、心の疲労を回復させようとした。だけれども、逆効果だった。余計に心が疲弊してしまう。

 ぜぇぜぇ。くそっ。ここも高いな。オレは高所恐怖症だ。高いところに上らせるな。お客人が来るかもしれないと考えて、居住スペースは低層階に置いておけ。はぁ、しんどい。

 オレの足取りは重い。足に鉛のようなものがついてしまったのではないか、と錯覚してしまうほどだ。


 ……てか、また勝手に上がってしまった。ベルベートのときはこいつがふわふわした奴だったから問題なかったけれど、クランベルとかいう奴はこの非常識な行為を許してくれるだろうか。


 オレはそんなことを考えながら、なんとか足を動かしていく。ああ、鉄下駄を履いているような気分だ。




「あれ、お客人かな?」




 上っている途中、聞いたことのない女の声がした。琥珀色の目。栗色の腰まである長い髪。白く艶やかな肌。それからこのオーラ。

 ああ、こいつがたぶんクランベルとかいう奴だな、と瞬間オレは理解する。

 年齢はそうだな。魔女と同じくらいだろうか。とりあえず、隣のちんちくりんみたいに幼い容姿ではない。


 チラッ。


 オレはおそらくクランベルであろう奴の二つの丘を見る。フッ。可もなく不可もなく、といったところか。オーケー。合格だ。

 オレは何を考えているのだろうと思いつつ、その二つの丘から視線を逸らす。おっとっと。そうだったな。オレの欲についてはバレないようにしなければ。というか、オレは破廉恥なことを考えすぎなのである。もう少し謹んでおいた方が良い。

 たしかにな、女体についている二つの神秘というものには魅力を感じる。それはわかるぜ。理解できる。

 だが、その欲望を相手や女性に知られたらドン引きされたり口汚く罵られたりされてしまうだろう。消極的な人物なら兎も角、相手は魔女。魔女なんだよなぁ……。うっかりまたまたそのことを忘れていたよ。魔女というものは攻撃的な存在。そ。攻撃的な存在なのだ。故に、欲望を知られてしまったら、次の瞬間、オレがどうなっているかがわからない。

 であるから、オレは自分の身を守るためにピンクなことは考えてはいけないのだ。わかったかね?

 と、オレはオレ自身に説教をしてみる。効果のほどはどうだろうか。




「クランベル。私だ」


「あなたか。隣はベルベートだな」


「よっ、クランベル!」


「で、そちらは……?」




 オレだけ見たことない顔だったために、オレはオレ自身のことについて訊ねられる。普通に名乗れば良いか。こいつも、ある程度友好的な魔女のようだ。




「オレはアレクサンド・バーデンライト。ライトで結構だ。協力者。ただの人間だ」




 名乗ってみた。すると、クランベルとかいう奴もベルベートのときと同様に興味津々な目でオレのことを眺めてきた。

 でも、ベルベートのときとは異なり、なんかモルモットでも観察しているかのような目で見られているような気がするのは、オレだけの気のせいなのだろうか。




「ふむ。あなたは人間か。まぁ、初対面だし自己紹介でもしておこうか。私はクランベル・クライア。クランベルでもクライアでもお好きなように呼ぶと良い」


「わかった」




 まともそうな奴だな。一瞬だけそう思いはしたが、頭の中ですぐにそれを否定した。いや、こいつも勝手に住み処に上がり込んだことを指摘したり叱りつけたりしないのかよ。と、思ってしまったからである。

 いや、べつにこちらとしては構わないんだよ。まったく問題はない。

 だけれど、オレがクランベルの立場だったら、これが話が全然ちがうことになる。一般的に他人の家に許可もなく上がり込むことは迷惑なことであると考えられているし、そもそも街にある住居に勝手に入ったら侵入罪でお縄行きだ。

 というわけで、この今の状況は、常識的に考えたらおかしいことなのである。が、それに気がついている奴はオレだけというなんとも珍妙不可思議な状態であること、あること。

 魔女と接していくということは、通常のルールで物事を考えてしまってはいけないということを念頭に置いておいた方が良いのかもしれない。




「それで、何をしに来たのかな?」


「ああ、そうだな。私たちは『災厄の魔女』を殺しに行こうとしている。それで、クランベルには奴を殺すのを手伝ってもらいたい」


「んー、そうか」




 クランベルは言われて、何かを考えるような仕草をする。まあ、ベルベートのときと比べれば想定できる範囲内の反応か。普通はこういう反応をしたりもしくは「帰れ」と言って追い出したりするだろう。

 すぐに断られなかったのはこちらとしては都合が良いというところだろうか。




「『災厄の魔女』はたしかに私たちにも危害を加えてくる。直接的にも間接的にも。そして、人間たちは皆魔女を見たらすべて『災厄の魔女』だと言い張って殺しに掛かってくるのは知っていた話だ。奴を殺すのは私にとっても利があるかな。殺せば両方がなくなるかもしれないし、人間たちも魔女を見る目が変わるかもしれない」




 クランベルはニタリと不気味に笑ってみせた。なんとも邪悪そうな笑みをできる奴である。オレたちに敵対的な態度を示していたとしたのならば、おそらく、オレはぶるってしまうくらいに恐ろしい笑みに感じていたことだろう。現に今、額に若干の冷や汗をかいてしまったことが確認できるし。こいつの表情はなかなかに迫力のあるものであった。




「了解した。協力しよう。奴を殺すというのであれば、こちらも協力してくれそうな奴らに連絡してみることにする」


「本当か!? 助かるよ、クランベル」


「それで、何処で落ち合う。奴は何処に現れる?」


「えっ」




 クランベルに訊ねられ、魔女は硬直した。そういえば、魔女は特に計画とか作戦とかそんなものをまったく考えていない奴だったのである。

 オレがフォローしてやった方が良いのだろうか。ただ、フォローするといっても、どうすれば良いのだろうか。出発する前に、詳細なことを魔女と二人で考えておけば良かったと僅かばかり後悔しているが、あのときのオレは嫌々ながら魔女に協力することにしていたからな。

 今も嫌々であることにはかわりないのだが。

 おい、どうするんだよ、という目でオレは魔女の方を見てみる。魔女はめちゃくちゃ焦っていた。目の焦点が合っていないし、身体が震えている。

 ヤバい。このお姉さん、ここぞとばかりにポンコツ力を発揮していやがる。ダメだ、こりゃ。オレとベルベートが助太刀してどうにかするしかないな。

 オレはチラッとベルベートの方を見た。ベルベートはワクワクした顔で建物内の歯車を見ていて、まったく話を聞いていないようである。つ、使えねー!?

 ということはオレがどうにかこうにかするしかないではないか。なんてこったい。

 と思っていたら、クランベルが勝手に何か話し出した。




「まあ、そんなに強張るな。さては、何も考えていなかったのだな? ならば、これはどうかな。そちらが落ち合う場所をのちに私に連絡してくる。あー……連絡魔法は使えるだろう?」




 魔女はコクリと頷いた。




「よし。その後、奴を探し出して、血祭りにあげてやろうじゃないか」




 このお姉さんもやはり物騒な単語を口にするのであった。あっ、クランベルも魔女なんだな、なんてことをオレはようやく実感する。どうしよう。オレだけ非力な人間だ。今、この三人の誰かを怒らせてしまったら、オレは殺される。味方というものは心強いものであるが、仲間割れ、なんて言葉があるように、味方が敵になってしまうこともある。魔女が味方として増えていくということは、もし、万が一、仲間割れなんてものが発生してしまえば、オレは一瞬にして消し炭となってしまうだろう。それはまずい。

 こいつら、こえーよ。こえーお姉さんが二人と、こえー幼女が一人、ここにいる。さて、オレはどんな超次元的な能力を使えば、無事に生還することができるのだろうか。

 とりあえず、ニコニコとしていよう。不機嫌にさせないように、オレは表面上は明るく振る舞ってみることにしよう。だが、その際には相手に気を遣われてしまっている、と気がつかれてはいけない。自然に、演じるのだ。自然な笑顔。自然な振る舞い。これを努めろ。オレは優しいお姉さんは大好きだが、お痛がすぎる怖いお姉さんは苦手だ。

 という視点から考えてみれば、この目の前にいる二人のお痛がすぎるお姉さん……特に片方の人殺しは何をしてくるかわからないので、もう本当に怖い。今でこそこんなポンコツポンコツしていてちょっと可愛く思ってしまうのだが、待て待て待てよと。この美人なお姉さんはオレの目の前で人をぶち転がしてくれていやがるわけなのである。一応、百この魔女に非があるというわけではないのだが、それでも恐怖してしまうことは否定できない。


 ……でも、今のポンコツ具合はちょっと可愛かったな。うん。




「話はそれだけかな?」


「ああ。では、また」


「ああ。またな、フレイア。ベルベート。……それから、ライトくん」




 ウィンクをされた。どうやら、からかわれているらしい。良いかね。男という生き物はね、女性の行動に勘違いしやすいものなのだよ。だから、クランベル。誤解してしまうような行動はしないこと。絶対にしないこと。

 オレはそんなことを思いながら、一つ、引っ掛かりのようなものを感じていた。




 ……ん。あれ、今、クランベルの発言が何かおかしかったような。


 フレイア。……フレイア。おそらく、この魔女の名前なのだろう。出会ったときに名前を教えてくれなかったのだが、この魔女はフレイアというのだそうだ。


 オレはその名前に聞き馴染みがあった。




 そう、オレはその名前の人物と親しい間柄だったのだから――。

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