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7.

 砂漠を抜け、涼やかな草原に出る。先程まで半端ではないくらいの暑さであったから、気持ちが良い。

 だがしかし、気温の寒暖差というものは人間の身体に悪さをしてくる。暑い場所から涼しい場所に移ることで、次第に涼しいという感覚から寒いという感覚に変わる。そして、それがずっと続いてしまえば、あら不思議、といったかたちで風邪をひいてしまうものだ。気をつけなければならない。ただ単に力不足で足を引っ張ってしまうのはまだ良い話なのだが、自分の体調管理ができなくて足を引っ張ってしまうのはなんか恥ずかしい。

 恥ずかしい。恥ずかしい? オレはどうやら恥を気にするような人間らしかった。恥じらっているような状況でもないな。これから、オレたちは『災厄の魔女』を殺しに行くのだから。

 今のところ、いまいち実感がわかないのだが、『災厄の魔女』を目の前にしてみればわいてくるだろうか。

 まず、この目で眺めることが許されるレベルの強さなのかどうか知りはせんけども。

『災厄の魔女』は強い。凶悪で凶暴で、人類の脅威となっている存在だ。そいつを討伐しに行こうとしているわけなのだが……果たして討伐することができるのだろうか、という疑問が既に何回もオレの頭の中で生産されている。


 ……考えるな。ダメだ。不安に思うようなことは頭に浮かべてしまってはならない。前向きなことを考えろ。気分が上向きか下向きかだけでも結果なんてものは変わってきてしまうものだ。


 そうだ。口笛を吹こう。それが良い。曇り模様の気分が、きっと晴れてきてくれるはずさ。


 ぶひゅ、ぶるる、すぴぴ、すぅ、ふぃ。


 ……忘れていた。オレは口笛を吹くことができないんだった。過去の思い出が脳裏に蘇ってきてくれて助かった。おかげで二人の前で醜態を晒すことなく済む。

 オレは口笛が吹けなかったので、代わりに遠くを眺めてみた。見晴らしが良い。景色は草、草、草、草、草。緑、緑、緑、緑、緑。うーん、実に長閑だ。ポカポカ日和で良い気分。最高だね。

 これから『災厄の魔女』を討伐しに行くという事実がなければの話だけれど。


 はぁ。あそこで逃げていれば、オレはこのような陽気の中、畑仕事に従事して昼にはのんびりと畑で取れた食物を使った優しい味の飯を食い、日が暮れるまで農作業に励んで、夜にはまったり茶でも啜っていたのだろうに。

 悔やまれる。非常に悔やまれる。そっちの道に進めていたのならば、オレは血を見ることなんて、ほぼほぼなかっただろう。せいぜい農作業している間に転倒してすり傷をつくったりクワが自分の足にクリーンヒットして血豆ができてしまったりする程度であったろう。ああ、なんて羨ましい生活だ。オレはそっちの方が良かった。ついでに幼馴染みの美少女なんかもいてイチャイチャできていたら、もう言うことはないね。


 幼馴染みの美少女。いたにはいたけど……思い出したくない。これは、思い出したくない記憶。だから、オレは思い出さないことにする。


 オレは勝手に開いていた過去の扉をそっと閉めていた。この記憶は掘り返してはいけない。掘り返してしまったら、悲しくなってしまうのだから。


 ……あれ。前向きなことを考えろ、というのはどうしたというのだ、オレよ。ポジティブシンキング。良いことではないか。何事もポジティブさが大事だ。例えば……うん、思いつかないな。普段からオレはネガティブ寄りの人間だったから。ハハハハハハハハハハ。はぁ。


 思っていて、悲しくなってきた。オレ、もしかしなくても心がボロボロ?

 おっかしぃなぁ。何故、こんなにもボロボロでズタボロなのか。わーけがわからん。誰か知っている? ……って、二人に訊いてもなんの話だよって話だよなぁ。


 ダメだ。下向きな気分になってしまう。気分転換をしよう。


 ……そうだ。エデンを眺めよう。柔らかい二つのムニムニしてバインバインしているアレを眺めるのだ。

 オレはそんな下劣なことを考えて魔女のアレを横目で見る。バレたらまずいとわかっているのに。

 ……うん。良いサイズだ。デカすぎるわけではないけど、普通サイズってわけでもない、普通に大きいくらいのサイズ。うんうん。残忍な部分は怖いが、魔女にはこれがある。この至高の丸二つが。


 ええと、オレの頭は重症かな? ヤバいな。これ。上向きな気分にするためにオレはわざわざ下劣なことを思わなければいけないだなんて。自分でやっていて、「あれ、こいつどうかしているな?」なんて思ってきてしまったよ。

 ふぅ。ごちそうさまでした。と、一応、感謝は述べておこう。だが、オレのことは殴ってもらって良いぞ。最低なことを考えてしまっていた。自分の欲を満たすために、魔女を利用してしまっていた。なんか、そう考えたら気持ち悪すぎて吐きそうになってくる。自己嫌悪とかいうやつ。今、完全にそれになっている。




「……む。ライト。良からぬことを考えているのね?」


「ベ、ベルベート。ち、ちがうもん! そ、そんなことないもん!」




 オレは嘘をつくのが下手くそか。なーにが「ないもん!」だ。まったく。オレ、もしかして二重人格なのではなかろうか。そんな気がしてきた。




「じーっ……」




 ベルベートに疑いの目で見られる。おいおい、見ないでくれよ。本当に疚しいことなんかしてな……いわけではないけれど、見られると困ってしまうのでやめてほしい。切実な願いだ。

 オレは魔女のアレを観察することをやめた。気づいたら鬱々とした気分ではなくなっていたし、充分堪能しただろう。


 チラッ。


 オレは視界の端にベルベートを捉える。まだオレのことを疑り深く見ている。安心してくれ。もう、やめた。勝手に塞いでしまった気分が回復してきたので、やめることにした。だから、この通りだ。勘弁してくれ。ジロリと見られると、オレがめちゃくちゃ困ってしまう。

 悪かった、悪かった。ベルベートの持つものはスットントン……なだらかな丘だったが、魔女の持つものはデーンとちゃんと聳え立っている山だったんだ。山があったら男というものは見てしまうものなのだ。そいつはご理解いただきたく思う。




「今、失礼なことを考えてたでしょ?」


「フッ。そんなことはないよ。ハハハ。ベルベート。キミもいつかはきっと立派な山になれるさ。アハハハハ」


「そっか」




 適当に返された。物凄く、あっさりとしていた。もしかして、呆れているのかなとか怒っているのかなとか思ってみたのだが、ベルベートはそのような表情を少しも見せないでいた。


 ……あっぶねぇ。すっかり、忘れていた。この少女がただの少女ではないことに。というか、こっちにいる魔女もただのお姉さんではないんだった。何をやっているんだ、オレは。機嫌を斜めにさせてしまったら、オレはこいつらにいとも容易く殺されてしまうのだぞ? 注意しろ? な?

 普通に女性の知り合いといっしょにいる感覚で歩いてしまっていたけれど、ここにいる奴らはオレを抜いたら普通ではないのである。そのことをちゃんと頭に入れておけ。オレ。

 こんな見るからに少女みたいな見た目をしているこいつは、下手をすれば残虐非道なことをしてきてしまうかもしれないのだし、こんな見るからに美人で優しそうな見た目のお姉さんも血を見てもまったく動じない奴なのである。あと、おまけに息をするように人を殺していた。

 よし。良いか? 常に警戒は怠らないこと。欲に負けないこと。自分の行動に違和感を感じたらすぐに思考して、脳内会議を開くこと。全部、理解できたか? オレ。

 オレは自分自身に訊いてみる。もちろん、返答はない。




「ねえ、ライト」


「な、なんだ魔女。……ん? てか、その言葉遣い……」




 やけに親しげな話し方だ。これは、距離を詰められている?




「あ、えっと……な、なんでもない……」




 プイとあっちを向いてしまわれた。出会ってからぼんやりと感じていたことなのだが……もしや、この魔女、可愛い、のか? 魔女という事実がなければ、オレは求婚していたかもしれない。する勇気はないのだが、求婚したいとは最低でも思っていたと思う。

 嗚呼、惜しいかな。惜しいかな。残念なことに、この美人で良いにおいがして良いかたちの山を身体につけているお姉さんは自分の命が狙われてしまったら人殺しも容赦なくしてしまうお痛なお姉さんなのだ。

 そんなお姉さんに好かれてしまっているようなのだが、最後の要素がなければオレはどんなに嬉しかったことか。蛇足。蛇足である。その、人殺し、という要素をちょっと切り取ってしまいたい。人殺し、という要素をどうにか消去することはできないものだろうか。

 オレは沈黙し、悩む。ふむ。これは無理難題であろう。犯してしまった事実は変わらない。……お亡くなりになった人間たちのことも考えると、それはない話である。難しい題だ。

 あっ、いけない。せっかく沈んでいた心を浮かせたというのに、またセンタメンタルなことを考えてきてしまっている。それもよろしくないことだ。

 ……亡くなった奴らを、のちに弔いには行こう。花くらいは添えるべきだ。そして、魔女にも謝罪させよう。それで、どうにかなるってわけではないのだが。まあ……贖罪はするべきだ。魔女も。オレも。

 これでセンチメンタルな話はやめよう。やめ、やめ。やめだ、やめ。

 こんなことしたって、オレが救われたような気になるための手段にしかならないのだから。それは、オレにしか利がない。意味がない。

 というわけで、オレは頭の中で妄想を始めることにする。魔女やベルベートの絡まない妄想でな。オレは妄想大好きっ子だから、妄想をしよう。すると、どうだろう。あら不思議。たちまち元気百倍、心もホッコリ。……ホッコリ? ……してくる。よし、始めよう。オレは妄想を始めた。


 ポワワワーン。


 ……すぐに妄想することをやめた。理由は、魔女のことを考えないように意識していたのに何故か妄想の中に魔女が登場してきたからである。おいおい、もう良いだろ。頼む。オレは知り合いを欲を満たすために悪用するだなんてしたくはない。これは本気だ。心の中に重たい錘を入れられてしまったかのような重苦しい気分になってしまうことなど容易に想像ができてしまうのだから。


 さて、どうしようか……。




「あっ、ライト。見えてきたよ、クランベルの住み処が」


「……ッ!」




 魔女に腕を引っ張られ、魔女の胸がオレの方に近づく。フッ。動じるな。オレはなんとか堪えていた。


 ……てか、魔女、すっかりフレンドリーな話し方になったな。


 オレはそれを少し変に感じていた。なんだろう。この違和感は――。

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