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6.

「……静かだ。留守かな?」




 魔女が言う。こんな辺境に誰かが住み着くとは思えん。静かなのは当然の話だろう。

 ……ふむ。外部は巨大なチョコレートにしか見えなかったが、内部はなんだか工場の中に入っているみたいな感じだ。外は素肌がヒリヒリするほどの暑さであったが、中はひんやりとしている。おかしな場所だ。




「おーい。いないか、ベルベート。客人だぞー。茶くらい出せー」




 それは厚かましいように思う。ずけずけと勝手に入って茶を出せ、なんてやられたら、オレだったら無言で追い出しているところだ。魔女よ。常識というものがなっていないと思うぞ。まあ、オレも勝手に入ってしまっているのだから、そんなことを言える立場ではないのだが。

 しかし、見た目通り、中も広いな。上にやたらと広いぞ。なんだこの建物は。これをつくった奴の顔が見てみたいものだな。




「上だ。たぶん、ベルベートは上にいる」


「魔女。どうしてだ?」


「なんとなく」




 なんだそれは。直感とかいうやつなのだろうか。当たるのならべつに良いのだが。

 オレは魔女が階段を上っていくのであとをついていく。上るとき、オレは少し不安に思っていたことがあった。

 あっ、まずい。オレがあとから行くと、魔女のパから始まってツで終わるものが見えてしまうのではなかろうか。参った。男というのは非常に素直な生き物なのである。魔女のそれを見てしまったら、オレは最低でも鼻から血を噴き出してしまうだろう。そいつは本当にまずい。鼻血を噴き出してしまう原因を問い詰められてしまえば、オレはそれを話さなくてはいけなくなる。そして、ジ・エンド。あの世へバイバイだ。

 と思っていたのだが、杞憂に終わる。

 魔女の着ていた衣服の丈が長かったおかげで見ることをせずに済んだのだ。危うく興奮してしまうところだった。

 オレはホッと息を吐き、魔女とともに階段をどんどん上がっていく。まだか。まだあるのか。どんだけ段数あるんだよ。螺旋階段が延々と続いていく。オレは次第に苦しい顔になっていった。




「……ようやく、最上階かな?」




 魔女が振り向いてキョトンとした顔でオレに訊く。その仕草がとても可愛く思えてしまったのは、オレの頭が重症だからだろうか。




「……あれ、お客さん?」




 紫紺の瞳がオレたちを不思議そうに見つめる。黄金に輝く金の髪。人形のように白い肌。あどけなく存在感を主張している八重歯。少女のような容姿と背丈。オレより、五つくらい歳が下だろうか。


 こいつが、ベルベート・リルヴェル……とかいう奴なのか? それで、こんなちんちくりんの奴が、魔女?


 オレは怪訝そうに目の前の少女、ベルベートを見た。




「こいつはお前のお付きの者か?」


「あー……ベルベート。まぁ、そんなとこかな?」


「こいつ、もしかして、ただの人間?」


「ああ」




 魔女が頷くと、ベルベートはオレの方に興味津々顔で迫る。

 なんだこいつは。どうしたというんだ。何故、この魔女といい、ベルベートといい、そんな豊かな表情をする。オレは以前まで、魔女は『災厄の魔女』しか知らなかったから、魔女は無表情で猟奇的な奴、というイメージでしかなかった。

 これが、偏見とかいうやつなのだろうか。偏った目でしかオレは今まで見れてこなかったのかもしれない。

 オレはしずしずとベルベートの方に寄り、息を呑む。それでも、やはりこのちんちくりんが魔女だと言うのであれば、オレは下手をこけば殺されるかもしれないのだから。




「……あ、そうだ。それで、今日はいったい何をしに来たの?」




 ベルベートは魔女の方を向いた。あっ、勝手に入って来たこと怒られないんだ。




「単刀直入に言うが……『災厄の魔女』を殺す。そのために、ベルベートには味方してもらいたい」


「あー……なるほどね。良いよ」




 ……ノリが軽すぎやしないか。おいおい、そこのちんちくりん。良いのか? そんな二つ返事で了承してしまって。『災厄の魔女』を殺しに行くということは、自身が危険な目に遭うかもしれないのだが。このちんちくりん、あっさりとオーケーを出しやがった。

 なんだろう。この感じ、人間とは少し異なる雰囲気の会話だ。この魔女もそうなのだが、魔女というのはネジが外れた奴しかいないのだろうか。もっと、危機意識を持った方が良いぞ、そこのちんちくりん。

 オレは自分勝手に説教くさいことを思っていた。あー、もう、なんか調子が狂う。会話についていくことができない。いや、ついていこうと思えばできるのだが、ついていくためには無理をする必要がある。この魔女とベルベートの会話というものはそれだけぶっ飛んだものなのだ。




「ありがたい。恩に着るよ」


「いえいえ。どういたしまして。私としてもあいつはぶっ殺しておいた方が利があるしさ」




 物騒なことを言う。魔女というものは、皆殺すことに躊躇のない奴らであることはオレのイメージから外れていない。

 こいつらは人外だから、そういった生命の尊さとか命を摘み取ることへの罪悪感とかを感じないのだろうか。通常、オレもだが、人間というものは誰かの命を奪うとき、もしくは誰かの命を奪われたとき、罪悪感や後悔、怒り、悲しみ、憎しみなどといった感情を心の中に生む。それらが心の中を暴れまわって、自分の心をボロボロに壊していくのだ。

 だけれども、こいつらはどうなのだろうか。

 誰かの命を奪うとき。誰かの命……大切な者の命を奪われたとき。こいつらは、そのような感情を心の中に生み出すのだろうか。

 オレには……わからない。知りようがない。オレは凡なる人間で、本当に普通の人間であるから、こいつらの心の構造など知りもしない。


 ……でも、思ったんだ。この魔女の笑顔を見たとき。魔女はオレたちと何一つ変わらない。力があるかないか。ただそれだけなんだ、って。


 と、思ったのだけれど……今の会話を聞いたらわからなかったことがさらにぐちゃぐちゃになっていってしまった。




「ねえ、人間?」


「…………」


「おーい、人間ー?」


「……あ、悪い。なんだ?」


「名はなんと申す?」




 ベルベートに覗き込むように訊かれる。無邪気な笑みを浮かべていた。




「オレはアレクサンド・バーデンライト。ライトって呼んでくれ」


「オッケー。ライトね。私の名前はベルベート・リルヴェル。ベルベートでもリルでもどっちでも好きなように呼んで」




 ずいぶんと人間に友好的な奴だ。これはオレのイメージとちがう。もちろん、魔女というものは皆この魔女のような魔女らしい見た目をしているものと思っていたから、ベルベートの見た目もオレのイメージと異なる。ベルベートは街中にいたらただの少女にしか見えん。だから、オレはとても吃驚している。




「よしよし」




 む。おい。ベルベート。何故、オレの頭を撫でる。オレは子どもじゃない……いや、年齢的にギリギリ成人はしていないけれど、オレは幼い子どもではないぞ。

 だが、ベルベート。お前は幼い子どもだ。

 オレがお前を撫でてやるのはわかる話なのだが、何故、お前がオレを撫でている。オレは少女によしよしされる趣味はないのだぞ。ホントだぞ。ウソじゃないぞ。

 まあ、いいか。オレに危害を加える者でないというのであれば、素直にナデナデを受け入れてやるとしよう。

 おっと、魔女に上から目線の態度はいけないな。心ではどのように思っても良いが、顔には出してはいけない。ここは一つ、スマイルを浮かべて応対してやるべきだろうか。ぐふ。ぐふふ。ふはふはふはふは。

 オレは、オレの笑い方がおそらく気持ち悪いだろうということを感じて、やっぱりスマイルすることをやめていた。なんとか心の中でとどめておくことに成功した。




「それで、どうする?」


「どうする……とは?」


「えー!? 『災厄の魔女』を殺す、って言った張本人が何も考えてないのー!?」


「す、すまない……」




 魔女が申し訳なさそうに謝っていた。これもオレのイメージとちがう。お前、そんな表情もできるのか。




「一先ず味方集めを、とは考えているのだが……」


「うんうん。じゃあ、海カラスの丘に住んでる、クランベルを頼ろう」




 クランベル? 誰だ、そいつ。また、こいつらと同じような魔女って感じの奴なのだろうか。

 何はともあれ、この魔女は何も考えてはいなかったようだけれども、着々と話は進んでいるようだな。良かった、良かった。味方に強い奴が多ければ多いほど、死ぬリスクは減るというものである。

 ま、それは当たり前の話か。

 オレは血を見ることすら苦手な人間だからな。目の前で誰かが死んでしまう光景を見てしまったら、たとえ見ず知らずの奴であろうとも吐きそうなほどに嫌な気持ちになってしまう。そして、感傷に浸って、自分の心を傷つけていってしまうのだ。オレの心はそういうよくわからない仕組みでできている。不便な仕組みだ。


 …………。じゃあ、間違っているか。もし、いくら強い味方を数引き連れても『災厄の魔女』を仕留めることができなかったとしたら。そして、仮に運良くオレだけが生き残ってしまったら。オレは血の海を見ることになるし、たくさんの屍を見ることにもなる。大勢の犠牲を前にして、オレはただ罪悪感に苛まれて合掌をしてやることしかできない。

 オレは無力だから、嘆くことしかできないことくらい理解しているのだ。

 味方……味方……。オレは今になって、味方集めをすることに乗り気ではなくなってしまう。

 誰も失わずに勝てれば良い。その場合はハッピーエンドだ。

 だが、世の中、そんなに事が上手く運ぶことなんてない。良くても、犠牲は少なからず出てしまうだろう。


 ああ。オレの選択は大失敗している。素直に逃げて田舎でゆっくり暮らそうとしていれば良かった。


 何故? 何故、オレはそんなことを思う? 目の前にいるのは『災厄の魔女』と同じ、魔女だぞ? しかも、片方はオレの目でしっかりと人を殺していたところを見た。だというのに、オレは何故そんなことを思うのか。


 ……そうか! やはり、乳か! あー、乳かぁ。オレは魔女のこの二つの柔らかボールに心残りがあるのだろう。それで、この魔女には死んでほしくないとか思ってしまっているのだろう。


 なんだか、全身から元気が漲ってきたぞー! なんか、あの辺もめちゃくちゃ元気だー!




「…………? ライト、どうしたの? ニヤニヤしちゃって。頭、おかしくなった?」


「ベルベート、それ、直球。オレ、正常。イェーイ」


「そっか。それなら良いや。じゃあ、行こう。クランベルのところへ」


「えっ、お前もついてくるの?」


「えっ、仲間集めしたらすぐカチコミに行くんでしょ?」




 早い。待て待て。オレは全然心の準備ができていないのだが。


 そんなこんなあって、オレたちはこの巨大チョコレートを出て次なる地に進み始めた。

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